第4話 最初のリスナーとウルフ攻略戦
手持ちの投げナイフによる牽制で何とか逃げ出した俺は、偶然見つけたスペースに身を隠し、脇腹の止血を行っていた。
「ったく、せっかくの初配信がとんだマヌケ動画になりやがったな。」
戦闘の興奮が落ち着いてきたところで、ドローンによる配信をしていたことを思い出す。
「つっても視聴者なんていないだろうけ・・・ど・・・。」
何気なくスマホを確認すると、視聴者の人数が1にそして多数のコメントが流れていることに気づいた。
〈やっと見たわね!!ちょっとあんた!見習いが何で一人でダンジョンに潜ってるの!?〉
どうやら初めての視聴者は女性のようだ。
しかし、コメントの内容は説教じみていて、〈ソロはやめなさい!〉とか〈とっとと撤退しなさい!〉といった、コメント履歴が見て取れる。
〈ダンジョン探索は基本的に5~6人!最低でもスリーマンセル必要って、ギルド講習で習わなかったの!?ソロの、それも見習いが2階層以下にいるなんて、自殺行為よ!〉
心配してくれてはいるのだろうが、はいそうですかと謝れるほどあいにく俺は素直じゃない。
それに俺自身がボッチ気質なこともあり、パーティーを組むのは当初から考えていなかった。
「心配してくれるのはありがたいが、あいにく俺は友人が少なくてね。
最初からソロ攻略で探索者になるつもりだったんだよ。」
少しすねたような言い方になってしまった。
〈いい?ダンジョンは1階層を除いて複数体のモンスターが出てくる。
特殊個体やボスモンスターなんかは単体なこともあるけど、基本探索者1人でどうにかできるもんじゃないの。〉
言いたいことはわかる。
ダンジョンのモンスターは頭がいい。
最弱のゴブリンですら戦略を練って、探索者を追い詰めていく。
その上、数の有利まで取られたら、その難易度はさらに跳ね上がるだろう。
〈2階層をクリアしたのはすごいけど、3層にいるウルフの脅威はゴブリンの比じゃない。
単純な速さもだけど、4足歩行による身のこなしが厄介すぎる。〉
なるほど、と納得してしまった。
最初の奇襲、決めるつもりだったカウンター、どちらも躱せないタイミングで仕掛けたつもりだったのだが。
(4足歩行による動き、正確には地面に接する足の数が多いから、急な動き出しが可能なのか!)
地面と設置する足が多いほど、体の急制動は素早く行える。
こちらの動き出しを見てからでも、素早く地面をけることで回避運動をとれたのだろう。
〈とにかく!今あんたはウルフ達の術中にはまってる!逃げて時間を稼いで、救援を待ちなさい!〉
「?今は一時撤退に成功したから、隠れているところだ。出血が収まるまで隠れるつもりだったんだが?」
おかしなことをいうリスナーだ。
コメントの内容から現役の探索者、少なくともダンジョンの知識を持つ人物で変なことは言わないと思っていたのだが。
〈ウルフは鼻がいい!あんたは逃げれたんじゃなくて逃がされたのよ!
血さえ流れていたら、居場所なんてすぐにばれる!〉
コメントを読んで青ざめる。
(バカか俺は!最初の段階でウルフの速度は分かってただろうが!
牽制したとはいえ、手負いで逃げれた理由を考えなかった!)
ウルフの狩りはこういったものだろう。
最初にどのような形であれ、獲物に手傷を負わせる。
相手を逃がし、血の匂いを頼りに追跡する。
出血と体力の消耗で動きが止まった所でトドメをさす。
通常、獲物に体力が残っていたらそいつは全力で抵抗してくる。
そんな窮鼠猫を噛む状態にならないように、わざと逃がして反撃できないまで体力を奪うのが奴らのやり方なのだろう。
(ああ、むかつくな!)
実に効率的で非情なやり方だと思わずにはいられないが、それはそれとして腹が立つ。
〈わかったら、私の指示に従って動いて!〉
「嫌だね。」
コメントが止まる。
「そりゃあ賢い選択ではないだろう?結局走らされて、動きが鈍った所を襲われるのがおちだ。」
〈それはそうだけど、そこはちゃんと指示をだすから〉
「それに、やられっぱなしは趣味じゃない。」
またもやコメントが止まる。
反応こそないが、あきれられているのだろう。
それでも
「ちょっと試したいこともあるし、このままじゃ引き下がれない。
それに何より」
_冒険しない探索者なんか、シャレにもなってないだろう?_
・・・・
・・・
・・
・
隠れていた岩陰から離れて、広い通路へ出る。
簡単な止血を行ったとはいえ血の匂いはどうしようもなく、しばらくすればウルフ達が集まってくるだろう。
思えば3階層に入ってから続くこの広い通路も、探査者にとって不利な形状だ。
狭い通路があれば1匹ずつ相手にすることもできたのだろうが、この広はどうしても囲まれてしまう。
「すー。ふぅー。」
深呼吸をして意識を落ち着ける。
あのやり取り以降、コメントに反応がない。
とはいえ視聴者数は1のままなので、見てくれているのだろう。
『ヴァウ、グルルルr』
ウルフ達が近づいてくる。
見えてきた数は4匹。
おそらく先ほど接敵したウルフ達だ。
コメントの指摘通り、マーキングされていたのだろう。
(もう少し近くまで引きつけないとな。)
脇腹をかばいながら、双剣を構える。
一瞬の隙も見逃さないように、確実な一撃を決めれるように。
(後5歩くらい、3歩、2、1、今!)
右足に力をためて、蹴るように駆けだした。
片足の力でできるだけ早く。
可能な限り空気抵抗を受けない体制で。
”モンスターのいない背後に向かって。”
『バウ!?』
ウルフ達の反応が遅れる。
わざわさ待ち構えていた上に攻撃の気配を漂わせた獲物が、距離を詰めさせた上で逃げ出すなど予想外過ぎたのだろう。
一瞬の間あっけにとられ・・・それでもすぐさまこちらを追ってくる。
とはいえ、正気に戻るのには差があった。
追ってくる隊列は崩れ、先頭のウルフが飛び出している。
「そこだああ!」
振り向きざまに先頭のウルフに向かって刃をふるう。
追うことに意識をとられたウルフは、とっさの一撃に対応できなかった。
“ザシュ”
1匹のウルフを仕留める。
トドメこそさせていないが、このウルフは戦闘不能だろう。
(・・・残り3匹)
追撃はせずに逃げ続ける。
このまま1匹ずつ仕留めたいところだが仲間がやられて冷静になったのか、隊列を整えて囲み込むように追ってくる。
何度か攻撃を加えてみるが、素早く身をかわされかすりもしない。
対してウルフ達の爪による攻撃は、ちょっとずつだが確実にこちらを傷つけていた。
“ガキンッ”
「しまった!」
何度目かの攻撃を捌ききれずに、片方の刃を落としてしまう。
その上、勢いにやられたせいで体制を崩され、致命的な隙を見せてしまった。
(クソッ!仲間が1匹やられても冷静に立て直してきやがる。)
ウルフの動きが加速し、こちらを仕留めにくる。
確実に仕留めるために、爪ではなく牙で・・・
あらわになった喉元へ・・・
最短距離で・・・・
とびかかってきた
(畜生、何て冷静で、正確で、的確な狩りだ。
確実に弱らせて、隙を見せた瞬間を確実に決めにくる。)
予想を上回る賢さである、獲物を狩るという一点で見れば、人間よりもIQが高いのではないだろうか?
(まさかモンスターが、まさか、まさか・・・)
まさか、ここまで的確に動いてくるとは全くの・・・
(ここまで予想道理に行くとはな!!)
ウルフの飛び掛かりに合わせて、体を斜めに倒す。
右足は折り曲げていき、今までかばっていた左足を勢いよく跳ね上げる。
“ メイアールアジコンパッソ!!”
カポエラの技で地面に手をついての後ろ回し蹴り!
飛び掛かり、地面から離れたウルフにこれを回避することは不可能である。
『ぎゃひぃい!』
凄まじい蹴りを首に叩き込まれたウルフは横へ飛ばされ
『ぎゃん!』
後詰めにきたウルフを巻き込み、もんどりうって倒れた。
「上々!!」
落とした刃を拾い、無事な3匹目へ投擲。
かわされこそしたが、体制が崩れた所を即座に追撃し仕留める。
これで2対1。
その後、首に蹴りを叩き込んだ1匹と巻き込まれた1匹を仕留めるのに、苦労はしなかった。
・・・・・
・・・・
・・・
「はあー、何とかなった。」
綱渡りの連続で、本当にギリギリの一戦だった。
全てのウルフを仕留め、体の緊張を解く。
そこでやっと配信のことを思い出し、ポケットのスマホを確認する。
〈おめでとう!すっごい感動した!〉
〈ひゃー、ギリギリだなこりゃ!見ごたえあったぞー!〉
〈心配だったけど、運がよかったな!にしてもこの泥臭さは見習いならではだよなー!〉
気づけば視聴者は10人ほどに増えていた。
どのコメントも、俺の勝ちを祝うコメントをしてくれている。
「わっ!いつの間にか視聴者さん増えてたのか。ありがとうございます。今日はこれで帰るので、配信打ち切りますがまたやるので見てやってください。」
体は疲れていたがいたわりのコメントがなんともうれしく、簡単なお礼と宣伝を行う。
〈見習いかな?ちょっと追っかけてみるか〉
〈とりあえず登録とフォローしといた〉
すると、視聴者の5人ほどがフォローをしてくれた。チャンネル登録をしてくれた人も何人かいるようだ。
「フォローと登録ありがとうございます。また竜馬チャンネルをよろしくお願いします。」
最初はお金目的で始めた配信だが、実際にコメントを貰うと嬉しいものだ。
こうして俺の、初回ダンジョン配信は終わりを迎えた。
とあるギルド内、某所。
そこには立派な机に座る、20代くらいの女性がいた。
部屋には誰もいないが、その造りの良さから結構な立場なのが伺える。
「なんなのあの子、狂ってる。」
(逃げてからの振り向いて一撃、あの戦法で1対1を繰り返そうというのまでは多少優秀な部類で説明がつく)
(けど、そこからが異常よ!コメントでは「運がよかった」なんて書かれてるけど、とんでもない。最初から最後まであの子の計画通りだった!)
無意識に体が震える。
理解できない物事を前に、動揺が抑えられない。
(追い詰められたふりをして、リーチの長い爪でなく頭を突き出す牙での攻撃を誘った・・・
飛び掛かりを誘い、地面から足を離れさせて蹴りをかわせないようにした)
優秀だ、あの一瞬で作戦を考え、自分が傷つくこともいとわずにそれを実行した。
(でも、そのために武器の1つを手放す!?自殺行為もいいとこじゃない!)
実際、この作戦は綱渡りもよい所だ。
追い詰められる中で四肢のどれかが致命傷を受けたら失敗する。
ウルフが最後まで爪による攻撃に終始すれば出血死する。
蹴りを受けたウルフが、もう1匹を巻き込まなければ、追撃でやられる。
これらのリスクを数パーセントでも減らすために、迎撃に必要な武器の片方を手放し、ウルフの攻撃を誘った。
「普通の精神でできる作戦じゃない!どこか1か所でもミスれば、迎撃手段が間に合わずに八つ裂きにされる!」
思わず声を張り上げる。
今は一人だが、仲間がいれば変な目で見られていただろう。
「とにかく、この探索者は目が離せない。もう少し観察を続けましょう。」
女性は動画のアーカイブを見返しながら、フォローボタンをクリックした。
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