第4話 少女の初恋

 春風に風菜ちゃんの髪は揺らいだ。

 彼女は、自然体で笑っているだけで絵になっていると思った。

 その笑顔にはどんな意味が込められているのだろうか。疑問を浮かべながらもシャッターを切る。

 父親に目元が似ている。大きくて優しさが滲み出る目の形。クシャっと笑ったその笑顔。

 流夜さんと、そのお兄さんと、お兄さんの恋人だった風菜ちゃんのお母さんの三人が病院内で撮られた写真を、高級焼肉屋で見せてもらった。流夜さんとお兄さんは、正直あまり似ていなかった。鼻の形が似てるなくらいではあったけれど。

 春の晴れた空の下、ベンチに座っている風菜ちゃんの隣に座った。俺は、写真を撮ることに少し慣れてきたかもしれないと思いながら風菜ちゃんを撮った。

 そして、また俺は隣に座り直した。

「ありがとうございます。私、この公園に来る度に思い出すんです。父方の叔父さんと遊んだこと。私、好きだった。だって、優しくて面白いし」

と、風菜ちゃんは目を細めて言った。

 俺はまだその言葉の意味をよく分かっていなかったけど、「そっか」とだけ答えた。俺の脳味噌の中を整理する時間が欲しかった。

「あ、好きの意味、理解してます?」

俺は、当たり前のように

「え、親戚の叔父さんが好きって言うのは、家族愛みたいなやつでしょ?」

彼女は、残念そうにため息を吐いて

「付き合いたいなぁって思ってた。三年前に、結婚しちゃう前までは。歳も離れているし、叔父さんはそうは思っていないと思うけどね」

俺は、頭を抱えたいところだが、抱えることはせずにそのままで固まっていた。

 すると

「私の初恋は終わったってわけ」

彼女は、吹っ切れたはいないけれど、受け入れるしかないような顔をして空を見上げた。

 そして、彼女は目を瞑った。

 俺はシャッターを押した。

 その音で彼女は目を開けた。

 そして、驚いた表情をしていた。

ただの自己満足だなと思う。

 だけど、彼女の心の奥の闇のようなものが見えてしまった気がするから。

 俺は彼女に向けて微笑む

「俺からは何も言えないし、風菜ちゃんはそう言う慰めの言葉みたいなの多分求めていないと思う。まぁ、俺は、君の写真撮りたいから撮るよ」

俺はそれだけを言うと立ち上がった。

「切り替えてこ!」

彼女は、俺が歩いて行く後ろ姿を眺めながら

「あ、あの! どうして、透き通るように撮れるんですか? なんで、そんな風に人の気持ちに寄り添える写真が撮れるんですか?」

俺はパフォーマンスのように振り返って、ベンチから立ち上がった彼女の不思議そうな全体像と表情を撮った。

「それがプロってもんでしょ? 人生のプロっていないと思うけど」

と答えると、

「えー! なんか、ずるい」

と言い返された。

それからは、「ずるい」「え?」というやりとりが何度か続いて、最後には笑い合った。ただ純粋に、楽しくて嬉しく幸せに満たされた。


 被写体の彼女に春の花のブーケを持ってもらって、俺は彼女をファインダーに収め続けた。彼女の全身全霊の笑顔をカメラに収めた。その写真が、彼女の心に届くかは分からないけれど。

「ねぇ、結野くん」

シャッターを押し続けていると、声をかけられた。

「忘れられない恋をした私は花嫁じゃないよ」

台詞と表情が一致していないように俺は思った。

 その笑顔は太陽よりも眩しかった。その輝きがレンズの中にいつまでも収まることを願っていた。

「じゃあ、花嫁じゃないならなんなのさ!」

俺は困ったように笑った。彼女は

「天使だよ!」

と、元気に言い切った。

 そして、また笑った。今度は満面の笑みだった。

 彼女は、ヒールを脱いでベンチの上に彼女は立った。笑った顔のまま、手を高く上げた。

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