第2話 とある俳優の秘密

 数ヶ月前に、SNSで撮った写真をきっかけに出会った、俺を含めて五人の高校生写真家は、東京で小さな展覧会を開いた。

 SNSで活動していたため、フォロワーの方々が手紙を書いてくれたり、話したりして、三日間の展覧会が終わろうとしていた。

 しかし、三日目の夕方。後一時間で展覧会も終わるとなっていた時、一人の男性が俺に声をかけてきた。

「君の写真は透き通るような写真ですね」

 花嫁姿の高校生を撮るきっかけになった写真は、春の日の公園のブランコと水溜りに桜吹雪が写っている写真である。

 その男性は、写真家ではなくてカメラマンでもない。有名な俳優だ。

 俺はその人を知っている。バトルシーンもかっこよく、できない男と、とことんできる男を演じられるギャップがある演者。

 その男の名前を言う前に

「バレたか」

彼は言って、それからこう言った。

「お願いがあるんだ」

それから続けて、連絡先を書いたメモをその場で書いて俺に渡してきた。

「落ち着いたらでいいから、連絡を入れてほしい。頼む、君の写真がいい」

 俺は、物事がスピーディーに進んでいくのに驚きながらも、自分の存在意義を認めてくれたような言葉に自然と笑顔になった。


 一週間後の日曜日の昼、上野駅の中央改札で待ち合わせして、個室の高級焼き肉屋に行った。

 そして、今いるのは、その店の最上階にある個室の窓際席。そこから東京の絶景が見えるのだ。

 俳優の男は、座っていてお酒を飲んでいる。俺は未成年だからとオレンジジュースを頼んでくれた。

「申し訳ないです。ファミレスとかでも大丈夫だったんですけど……」

と、遠慮がちに俺が言うと

「いやー、俺がダメなんだよね。これでも有名俳優っていう自覚はあるしね。まぁ、とりあえず自己紹介から始めようかな」

と言って、男は軽く頭を下げた。

「石倉 いしくら ゆうです。一応、本名は久留藤流夜くるふじ りゅうやだけど。まぁ、流夜って呼んでいいよ」

石倉さんは、ドラマで金髪のお父さん役を演じているため、髪が茶色だったりするのかと思いきや黒だった。焼く肉屋に着くまでの道中でそのことを聞くと、「あのドラマは、結構前に撮ったからね」と笑って言った。

 三十六歳ではあるとはいえ、まだ若く見える。

「俺は、結野です。四月に高二になります」

 自己紹介をして、黒い髪の毛をかきあげてから、彼はまた続けた。

「お願いっていうのは、娘の写真を撮ってほしいんだよ」

「ああ、四月に幼稚園に入学するんでしたっけ?」

俺が訊くと

「いや、高校生になる方の……娘って言っていいのか分からないんだけど」

なるほど、娘みたいに可愛がっている女の人がいるのか。そう思って頷いていた。

「可愛いがっいらっしゃる方がいるのですね」

石倉さんは歯切れが悪そうに

「いや、その、誰にも……言わないでほしいんだけど……」

と言ってから、続けて

「あの、本当に娘なんだ。十六年前に産まれた俺と兄の恋人の方との子供で」

俺は、理解するのに時間がかかると思い、ゆっくりと水を飲み込んだ。

 つまり、不倫相手との子ってことか? と脳内で答えを出すと顔に出ていたらしく、彼が

「あ、いや、その、正当したかったけど、言い訳にしかならないんだけど」

と、言い訳のように早口で言うのを聞いてから

「高校生の娘には言ってはいないんだ。俺の兄が、二十七で末期癌になって亡くなる前に。その、俺は二十歳だったんだけど」

「はぁ」

俺は、まだ状況を理解しきれていない。相槌を打つしかなかった。

「だから、俺は兄の代わりになろうって思って。彼女が望むことはなんでも叶えてあげたくて。兄とは結婚もできないだろうって思ってたし。彼女もそれで納得しているのかと思っていた」

 彼の目線はどこか遠くを見ているようで、どこか寂しげな表情をしていた。俺はただ黙ったままだった。何も言えないというか、言えることが思いつかなかったからだ。

「悪いことで片付けられることじゃないと思う。その時は、まだ売れない演者だったから、どうこうってことじゃなかったけど」

高一の俺は、氷山の一角ではあろう社会の闇のような部分を知った気分だった。

「君には、全てを話そうと思って。そうじゃないと、写真を撮るのは難しいと思って」

しばらく、沈黙が続いていると注文していた肉が届いた。

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