七幕:「保護者同伴のダンジョン探索1」

 眩しい光が瞼越しに目に当たる。

 人肌の温もりを感じる膝枕ですっかり落ち着きを取り戻したリリムは意識を覚醒させた。

 少し力が入る瞼をゆっくりと開く。

 どうやらソファで横になったまま一夜を過ごしたらしい。

 カーテンの隙間から入る光が、丁度目に当たっていたようだ。


「んぁ……」


 上を向くと、師匠がソファに背を預けた態勢で、すぅすぅと寝息を立てている。

 横を向けば、一人用の椅子で肘を付いて、寝息一つ立てずに静かに寝るエドレイスが居た。


「そっか……」


 ──二人共、俺が寝ちゃってからずっと近くに居てくれたんだ。

 

 なんとなく、こそばゆく感じた。


「んん……ああ愛弟子、起きたのかい?」

「あ、師匠、おはよ」

「ああ、おはよう……気分はどうかな?」


 師匠の手がソファに座り直すリリムを優しく撫でる。


「うん、大丈夫だよ!」

「そうか、それは良かった……もし、また何か違和感があったらすぐに言うんだよ?」


 未だ心配が拭えぬ顔をしている師匠にリリムは笑顔で答えた。

 実際、リリム自身は昨日の記憶がおぼろげで明確には思い出せなかった。

 壁掛け時計に目を向ける、

 陽の円環を象った少し変わった長針が月の満ち欠けのマークを指す変わった時計。

 陽の円環の中でも少し高く上がった火柱を模した長針が右側の欠けた月のマークを指している。


「えーっと……八時?」

「惜しい……九時だよ、月の右側が欠けているだろう?」

「うぅ……外した」

「まあ、陽針時計は古い時計だからねぇ……それに比べて、今の時計は数字で分かり易い」

「じゃあ新しいの買おうよ!」

「悪いが、愛弟子の意見でもそれはお断りだよ、これは私の思い出の品だからね」


 ソファから立ち上がった師匠が魔力で壁掛け時計を外し被った埃を軽く払う。


「じゃあ、もう一個買えばいいじゃん……」

「……その手があったか!」


 振り向いた師匠がそれは思いつかなかったとでも言わん顔で言った。

 壁掛け時計を掛け直した師匠がエドレイスの座る椅子の脚を足で小突く。


「こら、いつまで寝ているつもりかな? エド、もう朝だぞ」

「おぐぁ……あぁ? おぅ……おはよう、リエナ、リリ坊……」

「ああ、おはようエド、もう九時だ」


 頭を軽く掻くエドレイスが大きく欠伸をして、椅子から立ち上がった。

 慣れた部屋を歩き、自室へ戻ると赤エプロンを取って戻ってきた。


「そんじゃまぁ取り敢えず飯作るからよ、ちょっと待っててくれ」

「いや、朝食はいらないよ、ちょっと時計を買って来るから昼食を頼む」

「あ? 時計って……そこに掛かってるじゃねぇか」

「時計は時計でも現代式の数字時計さ、愛弟子には陽針時計は複雑すぎる」


 拡張空間から外出用の服を取り出す師匠が言う。

 リリムも真似して拡張空間から上着を取り出した。


「さて、それじゃあ一度行ってくるから、昼食、頼んだよエド」


「はいはい」と雑に手を振るエドレイスに手を振り返し外に出た。


 ◇◇◇◇◇


「ここがルネフ村……」


 丘の上から見ていた時よりもずっと大きく盛んな村だった。

 村人一人一人が生き生きと暮らしている。

 石畳の道を歩く途中何度も師匠が話し掛けられていた。


「おお、辺境伯様! ……お元気ですか?」

「その呼び方はやめてくれ……セイル、リエナでいいと何度も言っているだろう?」

「いやはや、然し、辺境伯様の恩寵のおかげで我が村は発展することが出来ました……名で呼ぶなど無礼に思いまして……」

「名で呼ぶことをそこまで嫌がるのは、それこそ逆に無礼だとは思わないかいセイル君?」

「それは……」

「それに、私の恩寵などではないよ。皆が支え合って来たからこそここまで大きくなったのではないか。私なんて、少しそれに手を貸したぐらいだよ……」

「そんな!? 辺きょ……リエナ様の法術の御力が無ければここまで村が大きくなることはなかったと──」

「分かった分かった……今日は予定があるからもうそろそろ失礼するよ」


師匠は師匠について熱心に語るセイルという男に、苦笑いをしてその場を後にする。

リリムが振り向くと一礼している姿が写り、何とも礼儀正しいと少し尊敬した。


「あ……リリム君……」

「え、あ! マイナちゃん!!」


突き当りに差し掛かった時、丁度声を掛けられた。

声の方角には白い兎の人形を抱えた、マイナが少し控えめに立っていた。


「村に……来たんだね、何か……用事?」

「うん! 時計を買いに来たんだ!」

「時計?」

「そう! 師匠と一緒に時計の買い物~!」

「あ、ちょ愛弟子! 裾を引っ張るのはやめないか!」


リリムとマイナを微笑ましく見ていた師匠の腕に抱き付いて笑うリリムに師匠は困った顔をする。

マイナは少し笑って、師匠を見た。


「魔女様と……リリム君でデート?」

「デ!? いや、マイナやだなぁ、只の買い物だよ……愛弟子が気に入った時計を買おうと思って連れて来──」

「そう! デートだよ!」

「ちょッ!? 愛弟子!?」

「俺の師匠だもーん」


赤面し顔を真っ赤にしている師匠を気に留めず、ぎゅーっと腕に抱きつくリリムは「それじゃあ行って来るね」とマイナに手を振って師匠の腕に引っ張って前に進む。

恥ずかし気な師匠とウキウキしたリリムを眺めていたマイナは、仲がいいな……と思った。


「愛弟子、分かったから腕に抱き着くのはそろそろやめないかい?」

「えー良い匂いするからもう少し!」

「うぅー、わかった! 手を繋ぐのならいいから! ね?」

「うーん……わかった良いよ!」


デートと言われ変に意識してしまっていた師匠は手を繋ぐ案にリリムが納得してくれたことに少し安堵した。

手を繋ぎ直し、ルンルンと腕を振るリリムを見て、淡く微笑んだ。


「あ……」


前を見ていた師匠の腕を引っ張りリリムが呼ぶ。

振り向いた師匠がリリムの視線の先を追った。


「ねぇ、師匠……あれ何?」

「おや、あれは自然迷宮ダンジョンだね」

「だんじょん?」

「山や丘、時には海底にも表れる超自然的生成物さ、この村でも湧いたのか、ちょっと寄ってみるかい?」

「うん!」


師匠がリリムを連れて脇道の先にある岩壁に空いた洞窟へ近づいた。

木の柵が設けられた手前には甲冑を纏った兵士が見回りをしている。


「おや、これは辺境伯様、ご無沙汰しております」

「辺境伯呼びは辞めてくれたまえ……えーっと、君は……」

「エメル・セウリアです……先代の駐在憲兵、オルト・セウリアの息子の……」

「ああエメル君か! 何とも立派になったものだね!」


思い出した師匠は何処か懐かしい物を見た表情で、エメルに笑った。

エメルが笑い返す事は無かったが師匠と話すこと嫌がってはいないのか変わらぬ穏やかな空気が流れている。

そんな中、リリムは少し後ろに隠れ様子を伺っていたが、エメルと目が合った。


「辺境伯様……その子は?」

「だから辺境伯呼びは……はぁ、もういいか、この子は私の弟子だよ、さ! 隠れてないで自己紹介!」


既視感のある持ち方で師匠に前に出された。

希薄な顔がリリムをのぞき込む、何となく気まずい空気が流れた。


「えっと……リリム……アィンフロッドです……師匠の弟子、してます……よろしく、お願いします」


カタコトで言い切りお辞儀をした。


──かなりカタコトだったけど上手く言えたぞ……どうだ!


ちょっとした勝ち誇りと、それに拮抗するレベルの緊張で顔をあげれないが、ファーストコンタクトはいい感じだと感じた。


「これは丁寧にどうも、ルフネ村駐在憲兵のエメル・セウリアと申します。以後、お見知り置きを……」


スラスラと且つ丁寧な言い回しにリリムは何処か敗北感を感じるが、

だが、それよりも今はこの目の前に広がる未知に興味を惹かれてしまう。


「……自然迷宮ダンジョン、入ってみるかい?」

「え? いいの!」


ボーっと洞窟の奥を覗くリリムに師匠が声を掛ける。

キラキラとした眼で師匠を向くが、後ろから対照的に気の進まなそうな声が飛んだ。


「幾ら辺境伯様であってもさすがにそれは……まだ自然迷宮ダンジョン協会王都支部の職員も来ていませんし、何かあった際の責任を負えません……」

「大丈夫だ、私が許可を出したとでも言っておけば、どうとでもなるはずだよ、あの王都の馬鹿役人共なら、私に首ったけだからね! だからぁ、良いだろうエメルくぅーん?」


肘で甲冑の胸を小突いていたずらな笑みで頼む師匠は何処か楽しげだった。

胸躍らせるリリムもエメルにお願いオーラを纏った視線を熱心に送り続ける。


「……はぁ、どうなっても私は知りませんからね……」

「よっしゃ! そう来なくっちゃな、では愛弟子、ダンジョンの探検と行こうか!」

「うん!」


頭に手を当てるエメルを横目に軽い足取りで自然迷宮ダンジョンに入っていった。

洞窟の入り口は少し湿っているが、暗くはなく所々の岩の隙間が淡く光っている。


「凄ーい、洞窟の中なのに暗くない!」

「岩の隙間に生えた陽苔ようたいが光っているからだね、適当な木の棒に塗り付ければ簡易的な松明にもなる天然の照明だよ」

「へぇー」


未知の洞窟にリリムは心を跳ね躍らせているが、さっきまでとは打って変わって冷静な声の師匠がリリムに言った。


「さて愛弟子、自然迷宮ダンジョンを探検するにあたってこれから言う四個のルールは守ってもらう、これは絶対に守らなきゃ駄目だ、良いかい?」

「うん!」

「よし、元気のある返事大いに結構、では一つ目、探検中は私から離れない事。二つ目、むやみやたらに落ちてる物を拾ったりしない事。三つ目、どんな姿の奴が居ても絶対に自分から近寄らない事。そして四つ目……これが一番重要だ」


一度息を整える師匠が真剣な眼差しでリリムを見た。

その空気感にリリムも僅かに身体が強張る。


「この自然迷宮ダンジョン内で敵と対峙した時、絶対に敵をと思うな」

「?? どうゆう事?」


言葉の意図を理解できないリリムが聞き返す。


自然迷宮ダンジョンには魔物と言われる地上の動物とは違う生物の様な存在がいる、だが、それの中には対峙した相手が討伐することを躊躇させる様な見た目に特化したヤツが居るんだよ」


師匠が指を立てる。


「例えば小動物に化ける物、人型に化ける物、他にも様々……故に、中には倒した事に罪悪感を持つ奴がたまに出る。罪悪感はいずれ次の戦いでの判断を鈍らせるからね、だからこそ、愛弟子には言っておく、この自然迷宮ダンジョン内で魔物と対峙した際はと思うな、と思え。所詮は自然迷宮ダンジョンに生み出されただ、生き物じゃない……分かったかい?」

「ふーん、分かった!」


隅から隅までは分からないが、取り敢えず大まかな理解は出来たリリムが頷く。

「よし」と返した師匠がリリムの手を取った。


「それでは、行こうか! 自然迷宮ダンジョン探索だ!」


「おー」と腕を掲げた師匠に乗ってリリムも元気よく腕を掲げる。

陽苔の明かりがぼんわりと周囲を照らす岩窟を奥へと歩いた。

僅かに道の様に先へと続く岩肌を踏みしめる。

隣では底へと流れる流水がガラガラと激しい音を立てていた。


「隣を流れる流水、一度落ちれば恐らく、戻ることは出来ないから気を付けるんだよ」

「はーい」


師匠はリリムの手をしっかりと握りながら注意をすると、軽々とリリムを抱きかかえ、リリムの位置を師匠を挟んで流水から遠ざける位置に移動させる。

一方リリムは、床に転がった光る石に目を奪われていた。


「ねぇねぇ師匠、これ何?」


指先に映る、七色に輝く輝石を見て師匠は目を輝かせる。


「おぉ!? これは純魔石スタチューではないか!!」

「すたちゅー?」

「属性的変化を起こさずに純粋な状態で魔力が結晶化した物だよ! でかしたぞ! 愛弟子!」


リリムよりも子供の様にはしゃぐ師匠がその輝石を手に取る。

さっき自分で言っていた約束事はどうしたと思いながらも興奮する師匠を眺めた。

片目を閉じて念入りにその輝石をのぞき込み興奮で恍惚として頬を赤らめる。

何とも平常時からは想像できない姿に置いて行かれるリリムがただボーっと師匠を眺めていた。


「そんなに凄い物なの?」

「勿論だとも!! ここまで大きく純度の高い純魔石スタチューなどそう易々と見つかるものではない! 現在価値で優に聖貨三百枚分の価値はあるぞ!!」

「それってどのくらい?」


貨幣価値の概念がいまいち理解出来ない年のリリムからすると、枚数での例えはピンとくるものでは無かった。


「そうだなぁ……分かり易く言うなら小国一つ買える値段だ!!」

「……フェア!?」

「私も長い事生きてはいるが……片手一杯に掴めるほどの大きさとなると一度見たことあるかどうか……」


法外的とも言える値段に絶句するリリムを他所に、未だ惚れ惚れと純魔石スタチューを見る師匠は、ようやくリリムの絶句に気付いて焦った様に頭を掻いた。


「ああ……すまん、愛弟子をほっぽって私一人盛り上がってしまった……」


少し恥じらい、純魔石スタチューを地面に置き直す。

が、その刹那、リリムが師匠ですら反応が遅れる程の速度で岩肌に触れる寸前の純魔石スタチューを手にとって抱え込んだ。

突然の行動に呆気に取られる師匠がリリムを見る。


「そんな高価な物捨てて行くなんて勿体ないよ!!」

「お、おお……それはそうだね……」

「これ! 持って行っていい?」

「え、ああ……うん、私は構わないよ? 愛弟子……うん……」


眼の中に金が浮かびそうな程爛々と輝かせた瞳でリリムが師匠に対し頷く。

師匠すら知らなかった、その瞬間的な速度で抱きしめた純魔石スタチューを嬉しそうに掲げて拡張空間にしまった。

満足げな顔をしたリリムはさっきとは対場が逆転したようにぽかーんとした顔の師匠に向く。


「じゃあもっと奥行こう師匠?」

「あ、うん! そうだな!」


そんな元気な言葉を投げかけるリリムに師匠も気を取り直し再び手を繋いで奥へと歩くことになった。

だんだんと陽苔ようたいの群生量も減り湿った洞窟内は暗く闇が支配していった。

薄気味悪くなっていく空間の変化にリリムは師匠の腕にしがみ付く。


「おやぁ? 愛弟子怖いのかい?」

「ッ! 別に怖くないよ!」

「なら、どうして私の腕を掴む力が強くなってるのかな?」

「うぐッ……」


痛い所を突かれ、悔し気に顔を歪めた。

少し勝ち誇ったように微笑む師匠が「やれやれ」と軽くリリムの頭を撫でた。

その瞬間、リリムの周りがぼんやりと明るくなる。


「……師匠?」

「光源の魔術さ、これで怖くはないだろう?」


確かにリリムが頭上を見上げると頭の上に術式の光輪が回転し、それが周囲に光を振り撒いている。

その光は少し暖かくて、陽の光のようだった。

触れようとしても指先をすり抜け、触る事は出来ない。


「これどうやって出してるの?」

「どうやってと言われもなぁ、簡単な事さ、私の魔力で光の線を描く魔法を使い、光源の術式を空中に描いた。ただそれだけだよ」


簡単な事と言うが、ほとんど実技時は先に見せてもらった術式を見様見真似をする事でしか魔術を使ったことの無いリリムからすると、簡単という言葉とは何処までもかけ離れたものだと思った。


「簡単……」

「そう、簡単だ。愛弟子も少し練習すればすぐに覚えられるさ」


そう言って微笑む師匠に少しはにかみながら頷く。

そうして師匠の明かりに照らされてさらに奥へと進むことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る