四幕:「新たな世界と新たな出会い」

 草原の香りを包んだ風が顔に当たる、暖かい陽の光が心地良い。

 今、リリムは外に出ている、とうとう目隠しを取る日が来たからだ。


「ねぇ~、もう取ってもいい?」

「ああ、ちょっと待ちたまえ、今後ろの結び目を解くからね」


 あの視え始めた時から更に三日……計十七日が過ぎようとしていた。

 リリムの第三の眼が視える様になってからの発達速度は凄まじかった。

 たったの三日しか経過はしていないが、既に空間はハッキリと視え。

 色は付いていないが、モノクロのシルエットの様な世界をハッキリと視界に捉えられる。


「さあ、結び目が解けた目隠しを取ってごらん?」

「うん!!」


 師匠の言葉を合図に緩くなった目隠しに手を掛け、ゆっくりと外す。

 瞼越しにも分かる明るい陽光、期待に胸を鳴らすリリムは静かに瞼を開いた。


「──」

「どうだい? 成長した目と眼で見る新しい世界は?」

「──」


 言葉を失った。

 目を隠す前と変わらぬ風景のはずなのに、全てが煌びやかに視える。

 色彩豊かな緑の草原、あおあおあおが混ざる美しい空。

 仄かに揺れる草木のなびき──いつも見ていた筈のそれが凄くハッキリと、そして鮮やかに見えた。

 果てに見える山脈は頂きの白までが美しく、地上に続く移ろう緑への変化がハッキリと視界に映る。


「綺麗……」

「ハハッ! そうかそうか、良い景色だろう?」

「うん……あと何か、ぼやぼや動く綺麗な霧みたいのが見える」

「それが、大気を埋める魔力という物質だよ」

「へ~……綺麗だね」


 ──この透明で様々な色を放つこの空間の色が魔力……凄く綺麗だ。

 手をかざすと指の隙間から流れ出して掴むことは出来ない。

 本当に空気と同じで、流れるままに対流を続ける物質。


「ねぇねぇ師匠!」

「ん? どうかしたかい? 愛弟子」

「魔法! 撃ってみて良い?」


 この新しい見え方の世界では魔法もきっと更に美しく美麗に映る筈だ。

 収まらぬ好奇心に従うがままに師匠の答えを待つ。


「ああ、構わないよ。けれど、一発だけだ、今の結界を張っていない状態では何処まで飛ぶかわからないからね、あっちの方向に一発だけ……守れるね?」


 師匠はルネフ村とは逆の何もない草原を指さす。


「うん!」

「よし! いい返事だ! 久しぶりなんだ、思い切りのいい一発を撃ってみるといい!」


 師匠に言われた通り自分の中のありったけを放つべく、手の内に意識を集中させる。

 手の先から自身の貯蔵魔力が皮膚を通し粒子状に変わり、手の内に収束するのが視えた。

 収束する粒子を圧縮し、一つの火種へと変化させる。

 意識をより綿密にそのてのひらの中で成長する火種へ向けた。


 火種が火へ、火が炎へ、炎が大火へ、大火が業火へ。


 脳内に浮かぶその移り行く情景を手の内に写し出す。

 一滴の火種は今や掌全体でバチバチと音を叫ぶ巨大な業火そのものへと昇華していた。


深紅を吐く劫火シンフォニック!!」


 体内の魔力の巡り方、大気の魔力の流れ方、それが理解出来るようになった今、リリムの放つその炎弾は過去の比ではない威力になっていた。


 大気を焼くけたたましい音を響かせながら炎弾が宙を駆ける。

 遠く小さい光の球程にしか見えなくなる程の距離を飛んだ炎弾は次第に失速し蒸発した。

 炎弾が触れていない地面の草木が干乾び変色している。


「おお! 流石愛弟子だ、魔力の巡りを覚えたからか、今まで一番良く飛んだんじゃないかい?」

「うん! 凄い楽しかった!!」


 師匠が腰に手を当て笑う。

 リリムもそんな師匠に満面の笑みで返した。


「今の何!? 凄い!」


 ふと、横から声が聞こえた。

 師匠とは違うもっと高い女性の声。

 声が聞こえた方角を見ると見知らぬ少女がリリムの事を見ていた。


「誰!?」


 咄嗟に叫んで師匠の後ろに隠れた。

 突然の大声にビクリと驚いた向こうはよろけて転んでいる。


「あーあ、リュナのせいでばれたじゃねぇかよぉ!」

「ええ!? あたし悪くないもん!!」

「でも、リュナが大きい声出さなかったら、きっとバレなかったよ?」

「だって、あんな凄い魔法見たら驚くじゃん普通!!」


 師匠の後ろから声の方を見ると同い年位の子供がわきゃわきゃと何かを言い合っていた。


「コラコラ君たち、もうバレてるんだからこっちに来たらどうだい?」


師匠は彼らを知っているのか呆れ気味に呼ぶ。


「ギクッ!? ほら魔女様にも見つかってんじゃん!!」

「もうこれは諦めて出た方が……」

「だからあたしのせいじゃないし!!」


 何やら少し喧嘩をしている子供たちは渋々リリムと師匠の近くにやって来た。

 少し背の高い男の子と、リリムと同じくらいの背丈の女の子二人。

 リリムは只、師匠のローブを盾に様子を伺った。


「やれやれ……アレン、リュナ、マイナ、ここにはなるべく来ちゃダメだと言っただろう?」

「だって……村で魔女様が弟子取ったって聞いたからどんな奴か見たくて……」

「私は……止めたんだよ? でも、アレンとリュナが……」

「は!? ちょっとマイナ、一人抜け駆けする気!?」

「ふぇ!? そ、そんなつもりじゃなくて……」

「はいはい、喧嘩はそこまで……ふーむ、秘密にしてたはずなんだがなぁ……一体何処から?……」


 リリムを置いて話が進む。

 師匠が額に手を当て、首を傾げながら心当たりを探そうとする。

 そんな中──


「なんか、騒がしいがどうしたんだ?」


 騒がしくなった外の様子を見にエドレイスが玄関から出て来た。

 エドレイスを見た子供達が口々に言う。


「エドの兄貴!!本当に魔女様弟子取ってたんだね!!」

「エドさん……噓つきじゃなかった」

「エドレイスさんって時々は本当の事言うんですね」

「あ?……あ!」


 エドレイスは何かに気付いたのか焦った表情で師匠の顔を勢いよく見る。

 リリムもエドレイスの視線を追って師匠の顔を見た。


 凄い顔だった。

 笑顔だが、冷めていて、笑顔だが、怒りを隠さず周囲に漏らしている、そんな静かにキレている人の顔だ。


「ほーう……エドレイス、どういう事だ?」

「あ、いや、あの……」

「御託はいい、とっとと言え」

「……はい」


 その静かな剣幕に子供達も弟子たるリリムですら割って入ることは出来なかった。

 エドレイスの話は要約するとこういう事らしい。


 この子達は工房で作業中に時々遊びにくる子達で、エドレイスに良くちょっかいをかけているようで……


「ただでさえ今はガキが一人多いんだから勘弁してくれ」


 と、つい口を滑らしてしまったらしい。

 それからそのもう一人のガキ──

 要するにリリムの事をしつこく聞かれ、渋々答えたようだ。


「それで、結果この秘密が子供達に漏れていったと」

「……はい」

「はぁ……まあ元からもう少ししたら言うつもりではあったから、大事に至った訳ではないが……それにしても不用心が過ぎるのではないか? エドレイス」

「……すみません」

「まったく、これじゃまた奴隷クンに降格だな」

「ちょおま!? それここで言うのは──」


「「奴隷クン??」」


 焦るエドレイスの口止めは虚しくも、子供達の奴隷クンという単語の斉唱によって、失敗に終わった。


「ああ、エドレイスのドレイから取って奴隷クンだ」

「プッ! エドの兄貴、奴隷呼ばわりされてたのかよ!」

「奴隷……エドさん、ドンマイ」

「エドレイスさん、流石に同情するわ……」

「──ガキに慰められるなんて……どんな屈辱だよ、くそぅ……」


 何故か膝から崩れたエドレイス俯いて固まってしまった。

 師匠はそんなエドレイスをひとしきり冷めた目で眺めた後、子供達へ向き直る。


「さてと……それじゃあ今私の弟子について知っている人は君たちだけかい?」

「ううん、俺たちの親も知ってる、あと、茶屋のイグ爺と農家のリンおばさん、後は──」

「もういい分かった、粗方村民全員が知っているんだな……はぁ~全く、子供の情報伝播能力には恐れ入るよ……」


 師匠が肩をすくませ、大きくため息を吐いた。

 そしてさりげなくリリムの首根っこを掴み前に出す。


「愛弟子も、いつまで隠れているのかね?」

「え!? ちょっと師匠!?」

「これも人付き合いだ、ある種、将来独り立ちする時の練習と思って頑張りたまえ~」

「ちょっと師匠!!」


 師匠はただそう告げて、エドレイスの耳を引っ張って家に戻ってしまった。

 静寂が奔る……

 子供達とリリムだけが残ったその場には気まずさだけがのうのうと欠伸をしていた。


「ねぇアンタ」


無言を貫いていたリリムに真ん中に居た女子が強気に声を上げる。


「名前、なんていうのよ?」

「え、えと……」

「なによ、おどおどして、情けないわね」


ギスギスとした物言いに、流石に言葉が詰まる。

黙りこくってしまったリリムを見ていた、左隣の男子が止めに入った。


「リュナ……流石に言い方ってもんがあるだろう、もう少し穏便に──」

「だって! こんななよなよしたチンチクリンが魔女様の弟子なんて信じたくないし! 大体! 何でこんなどこの馬の骨とも知らないガキが弟子なんか──ンぐ!?」


指を指して堂々と言い切るリュナに両隣の二人が焦り、リュナの口を無理やり塞ぐ。


「リュナ……言い過ぎ!」

「その通りだ!ちょっとは言葉遣い考えろ!!」

「んんー!? ぷはッ! 何よ二人そろって! 二人だって思うでしょ! いつも魔法を教えてって言っても教えてくれなかった魔女様が弟子を取るっていうから、どれだけ凄いヤツかと思ったらこんな私達と同じくらいの子供が弟子って……ふざけんじゃないわよ!!」


何か堪忍袋の緒が切れたのか、リュナは激昂し言いたい放題に全てぶちまけた。


「はぁ、はぁ……で、もう一度聞くわ、アンタ名前は?」

「えと……リリム・アィンフロッドです……」

「ふぅん……リリムね……こんな名前負けしたヤツが弟子を名乗るなんて、ほんとムカつく」


終始イライラし続けるリュナは両隣の二人すら近寄りがたい程に、周囲に怒気を漏らしていた。


「ああ、えと、ごめんな? リリム君? リュナのヤツ……今はちとカッカしてっけど普段はもっとお淑やかで優しい奴なんだよ……多めに見てやってくれ……」

「ちょっと!! アレンも何よ、あたかも私達が悪いみたいに!!」

「現に今は俺らの方が悪いだろ!! 初対面の相手にあんなボロクソ言ってんだぞ!?」


段々とエスカレートするアレンとリュナの会話は再び喧嘩に変わった。

リリムにはどうすることもできず兎にも角にも見守ることしか出来ない。

そんな二人と一緒に居たはずのもう一人の子も、内気な性格なのか、オドオドするだけで止めることが出来ずただ立ち尽くしていた。

そんな三人を眺めていると、リリムはあることに気付いた。


「緑、青……白?」


三人の周囲が別々に僅かに色付いて歪んでいる。

今まで起きた事のない事象に、まじまじと三人に見入ってしまう。


「何よ?」


視線に気付いたリュナが不満げな顔でこっちを見た。

その刺すような視線にリリムも僅かに身を引いてしまう。


「いや、その、みんなの周りに色が見えたから……つい……」

「色? 何よそれ、私達何にも見えないわよ?」

「え、でもぼやぼやーっていうのあるじゃん……」


──リュナは青、アレンは緑、えっともう一人の名前は……何だったか忘れちゃったけど、その子は白。


「うん、やっぱり色があるよ……」

「もしかして、リリム君って魔力視えるの?」

「はぁ!? アレンアンタ、頭に血上り過ぎて馬鹿にでもなったの? 人間に魔力が視えるなんて──」

「見えるよ? えと、最近からだけど……」


リリムの発言にリュナが目を開いて口を半開きでにして固まる中、もう一人の内気そうな子が口を開いた。


「……魔力が視える、って事は、私達の優位属性が見えてる……のかな?……凄い……」

「優位属性って何? あ、えと、名前は……?」

「マ、マイナ……マイナ・ハウエル。んと……よろしくね?」


 不器用な挨拶をして何とか取り繕った様な不格好な笑顔を浮かべる。


 ──そうか、マイナか、確かに師匠がさっき言ってた気がしなくもない様な気が……


「えとじゃあ、マイナちゃん……優位属性って何?」

「確か、えっと……人間族ヒューマンとかに限らないで、その個人の魂? に刻まれた、最も扱いに長けた属性の事……えーっと……確か青が水で、緑が風で、白が……えっと光? だったかな?」


──そんなこと師匠から聞いてなかった気がする……いや、俺が寝ていた授業の中で言っていたのだろうか。


思考を巡らせているとそんな沈黙をぶった切るようにリュナが言う。


「そもそも、リリムが魔力視えるって、どうやって視える様にしたのよ!!」

「師匠に教えてもらった……裏技? をしたからかな……」

「裏技ってどんな!?」


さっきとは一転、何事もなかったかのように目を輝かせたリュナがぐいぐいと距離を詰めてくる。


「目隠しをして視える様になるまで過ごす……だけ」

「それだけで視える様になるの!?」

「う、うん……俺はそれで視えるようになった」

「そんなことで良いならあたしだって視えるようになれるわ!!」


 捲し立てるだけ捲し立てて、聞いた後はただただ興奮して自分も視れるかもと飛び跳ねているリュナとは対照的に冷静かつ静かに思案していたマイナは、改めて聞いて来る。


「──視えるようになるまで、って……どのくらい、なの?」

「確か個人差があるとか言ってたけど、俺の場合は二週間と少し位かな……」


浮かれていたリュナがこちらを向いて再び固まる。

それに気づかずリリムは続けた。


「確か、師匠は俺は適応と、その、成熟が早いって言ってたから……もしかしたら、ほかの人だったらもっと掛かるかもしれない」

「何よ……何よそれぇ!?」


リュナが凄い剣幕で叫んだ。


「やっぱりアンタ嫌いよ!! 自分ばっかり特別だって思ってんでしょ?! あんたなんか火口鶏カタトリスに蹴られて顎の骨折っちまえば良いわ!! フンっ!!」


勢い任せに罵声を吐ききったリュナはアレンとマイナを置いて一人帰っていく。

取り残された二人とリリムは、顔を見合わせた。


「えーっと……よし、取り敢えず今日は初対面だったし挨拶ってことで、このぐらいで……俺たちは村の方にいるからよ、たまには降りて来いよな、じゃな!!」


気まずい空気を払拭するようにアレンは歯を見せて笑うとマイナにも目配せをして、リュナを追って行った。

そんなアレンを追って控えめに手を振ったマイナも付いていく。

師匠の家の建つ丘陵に残ったのはとうとうリリムだけとなった。


こうして、魔女の弟子:リリム・アィンフロッドは少年時代を共に生きる三人の仲間とのファーストコンタクトを終えた。

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