三幕:「師達の事を知る」

「そういえば、どうしてルーザって大人の姿で出てこなかったんだろ?」


 成長した姿に喜んではいたが、改めて考えてみると奇妙だ。

 本には、大人の状態で召喚されるような口ぶりで書かれている。

 だが、実際は今首に巻き付いてリリムにご飯を食べさせて貰っている子供の状態である。

 その不思議に疑問符を打ちながらリリム自身も自分のご飯を口に運んだ。


「それは、恐らく術式の精度だろうね」

「精度?」


 横に座って同じ食事を取る師匠が言う。


「ああ、確かに愛弟子が描いた術式は欠けた箇所は無かったが少し歪んでいた、恐らくそれが影響したんだ。まあ、共に成長する兄弟のようで良いんじゃないのかい?」


 リリムとルーザを撫でながら師匠が優しい笑みを浮かべる。

「そんなものかなぁ」と軽く考えながら口に料理を運んだ。


「まあ、愛弟子も様々なことに興味が湧くような年頃だからねぇ、私やエドレイスに答えられる範囲でならば、存分に知恵を貸すよ」


 エドレイスが師匠の言葉に頷く。

 様々な事に興味が湧く年ごろ……


 ──じゃあこれも聞いて良いのかもしれない……


 その甘い言葉に、リリムは思うままに聞くことにした。


「じゃあ! 聞きたいこと一つあるよ!」

「おっ、何かな?」

「師匠とエドってどうして俺と身体が違うの?」

「え……」


 ──あれ、まずかったかな……


 師匠の顔が少し強張り固まった。

 意図していない質問を受けた顔だ。


 師匠のどう答えるべきかを探すその瞳が改めてリリムを見つめる。


「えーっと……それはどういう事かな?」

「えっと、師匠って俺と違って耳が大きいでしょ? それにエドも俺には無い角を持ってるし……なんで二人は俺と違うのかなって」


 思うがままにそう答えた。

 師匠が驚きを隠せないのか、僅かに「えっ……」と漏れそうになった口を抑えている。


「愛弟子は種族を知らないのかい?」

「しゅぞく?」

「あ、えと、愛弟子の母や父から種族について教わった覚えは?」

「わからない……あ、でも確か、俺がお母さんとお父さんと住んでた所にも、目が一つしかない人とか、動物の耳が生えてる人が居た気がする」


 静寂とした食卓で、師匠は何か思いがけない物を目にした様な顔をしていた。

 エドレイスもエドレイスで想定外な出来事に直面した様な顔だ。


「なあ、エドレイス……」

「ああ、言いたい事は分かってる……リエナ……」

「愛弟子、どうやら君は最も最初に習うべき教育を受けていなかったようだ」

「え?」


 リリムは何か聞いてはいけない事聞いてしまったのかと、さらに不安に駆られた。


「俺、言っちゃダメな事言ったかな……」

「いや、何も駄目な事なんて言ってないよ、だけど、これからいずれ外の世界に出た後の為にも、今日教える事は知っておこうね」

「?……うん!」


 ──何かは分からないが、今日の事は忘れない様にしよう。

 

 その時の師匠はいつになく真面目な声色だった。

 食事を終え、重ねた食器をエドレイスに渡す。

 リリムは師匠に言われるまま、リビングのソファに座った。

 シンクに食器を置くと、エドレイスもリビングにやって来る。


「さてと……うん、どこから話すべきか……」

「まあ、普通に話しちまえば良いんじゃねぇか?」

「そういうもんだろうか……」

「???」


 何も分からないリリムを置いてエドレイスと師匠の間で話が進む。

 ポツンとソファに座ったまま、取り敢えず二人の話が済むのを待った。


「よし、愛弟子、これから種族について説明しよう」

「うん!」

「まず最初に、先程愛弟子が言っていた、何故私達と愛弟子の身体の構造が違うかだが……それは、今言っていた種族が愛弟子と私達では違うからだ」

「種族が違うってどういう事?」

「それはこれから説明しよう」


 師匠がエドレイスからもらった紙に拡張空間から取り出した羽ペンで絵を描き始める。

 愛弟子と書かれた棒人間と、エドレイスと師匠と書かれた棒人間……

 全部が線で区切られ、離れ離れになっている。


「まず、この私だが、私は森魔族エルフという種族だ」


 師匠が師匠の棒人間の上に森魔族エルフという文字を書き足す。


「そしてエドレイスは鬼人族オーガ錬土族ドワーフの混血だ」

「混血って何?」


 師匠がエドレイスの棒人間にその二種の種族を書き足す中、リリムがそう問う。

 張本人たるエドレイスがそれに答えた。


「混血っつうのは、両親が別の種族でその間の子って事だな」

「うーんと、つまり?」

「あー、俺の場合で言うなら母親が鬼人族オーガで親父が錬土族ドワーフってこったな」

「へ~」


 ほわ~んとした返事を返す俺にエドレイスは苦笑する。

 エドレイスが語る役を師匠に返した。


「えーっとだな、愛弟子の話に戻すと、愛弟子は人間族ヒューマンという種族に位置してる。だから私達とは種族が違う事になるんだ」

「へ~、でも種族っていうのが違うと何か変わるの?」

「そうだな、主に種族が違うと、簡単に言うなら得意なことが変わってくる、例えば私の様な森魔族エルフは魔法や魔術、一般的に魔力の操作が得意だ、そしてエドレイスは鬼人族オーガ錬土族ドワーフ両方の得意なことが出来る──」

「ああ、だから俺ぁ物作りと力仕事が得意だな!」


 エドレイスが横から口を入れる。

 リリムがエドレイスの方を見ると力があるアピールのつもりなのか腕を捲くり、力コブを見せてドヤ顔をした。


「はぁー、エドレイスはこの手の話をすると必ず力自慢をしたくてしょうがなくなる……愛弟子も放っておいていいぞ」

「はぁ~い」

「えぇ!? そりゃねぇだろ!?」


 師匠の言葉に苦言を呈すが師匠はそれを適当にあしらって話を続けた。

 エドレイスはとても不満げだったが、何処か諦めた顔をしていた。


「愛弟子の種族である人間族ヒューマンは、種族というものの中で見れば短命ではあるが、その分様々な分野を卒なくこなせる知恵と魔力を備えたバランスの取れた種とも言える」

「たんめいって何?」

「短命とは死ぬまでが早いという事だよ、人間族ヒューマンの平均的な寿命は89歳と言われている、他の種族であればもっと長く生きる者は多いからな」


 死ぬまでが早い。

 師匠はリリムの目から見てもまだまだ綺麗で若く見えた、そんな師匠でも短命という言葉を使う事にリリムは、師匠よりも長生きすることが出来ないのかもしれないという事に孤独感を感じた。


「師匠より早く死んじゃうのは嫌だな……ずっと一緒に居たい……」

「おや? 少し寂しくしてしまったかな、すまないね。だが、種族間の交流では良くあることさ、寿命の違いからくる文明や感覚の差、どう頑張ってもこれだけは埋める事が出来ないのだよ」


 少し悲しそうな顔をしていたからか、師匠はリリムを抱き寄せ、頭を撫でた。

 顔を埋めた師匠の腕の中からは師匠の香りがした、ほんのりと甘く、落ち着く香り。

 その柔らかい手触りがリリムの心を落ち着かせた。


「だけど大丈夫、約束しよう愛弟子……君が胸を張って独り立ち出来るまで私達は一緒に居よう……エドレイスと私と君とルーザでね? これでも私は森魔族エルフの中では長生きしている方なのだよ? 森魔族エルフの中には『長寿のちぎり破られる事無き』という言葉があってね、長生きしている人は約束を破らないというそのままの意味だ、だから安心しておくれ、私達は絶対に愛弟子のことを一人にはしないよ」

「……うん」


 言い聞かせる様に温かい声音の師匠にリリムからも抱き着いた。

 ──師匠は本当に母親のように優しくて……それでいて時に姉の様に無邪気で……


 大好きだ。


「さて、しんみりした雰囲気はやめだ! 愛弟子よ、つまり言いたいのは皆違って皆良いという事さ! な? エドレイス!」

「え? ああ! そうだな!!」


 その場の空気を変える為に師匠が元気な声で場を明るくする。

 エドレイスも続いて声を出した。


 ◇◇◇◇◇


 ひと段落したリビングでは、久しぶりに食事以外で全員揃っての団欒をしていた。


「そういえば、さっき師匠は魔法と魔術が得意って言ってたけど、俺って魔法と魔術が下手なの?」

「いや? そんなことないよ、ただ少し他の種族よりは難しいというだけさ」

「難しい?」


 買い足した紅茶を飲む師匠が顎に手を当てながら得意げ顔をした。


「そう、人間族ヒューマンは私やエドレイスの様な所謂いわゆる魔種族と呼ばれる者とは違い、どちらか言えば野生的な種なのだよ」

「やせいてき?」

「ああ、少し歴史の授業になるが、私の森魔族エルフやエドレイスの錬土族ドワーフ、それは元々は魔力が意思を持って生まれたとされている。けれども愛弟子の人間族ヒューマンや、愛弟子の住んでいた所に居たと言っていた獣の耳を持つ獣人族ワーテルは、私達とは、違い元は野生動物が進化する過程で生まれた種族とされている」

「へ~……でもそれって関係あるの?」


 その種族というものの生まれ方に関係があるのかと、首を傾げるリリムを師匠は軽い力でデコピンする。


「いてっ……」

「それが関係大ありなのだよ、愛弟子」


 リリムは痛くは無いがつい手で覆ってしまった額を師匠が指で差す。


「私達、起源が魔力にある種族はそこで魔力を視れる」

「魔力を視る?」


 同じ言葉を返すリリムに、師匠は今度は自身の額を指して言った。


「そうさ、魔力という本来の眼の役割では見れない不可視の物質を外部に形状としては出てきていないここで視る、そうだねぇ、分かり易く第三の眼とでも名付けようか」


 そうして命名された第三の眼の説明が始まった。


「第三の眼は魔力が起源の種族にしかないんだ、エドレイスも混血故に私よりは見えないしね」

「ああ、工房で付与掛けたり熱した鉄を打つ瞬間にぼんやり視えるだけだ、基本的には視えねぇ」


 エドレイスが肩をすくめ、出来ないと首を振る。


「彼ですら、混血の結果でここまで第三の眼の能力は薄くなる、だからこそ、魔力が起源ではない愛弟子では、そもそも視る事が出来ないのだよ」

「えぇー、じゃあどうにかして俺でも視える様にはなれないの?」


 口を尖らせたリリムに師匠は人差し指を立て進言する。


「いや、方法はある!」

「本当!?」

「ああ、人間族ヒューマンだからこそ出来るちょっとした裏技だけれどね」


 片目を瞑った師匠がいたずらに笑った。

 師匠達に追いつける方法があるのならば、リリムとしてはぜひそれをやってみたい。

 師匠に教えて貰える事が増えるかもしれないし、何よりもまず。師匠と同じ景色を見れる。

 リリムにとってこれほどまでに心が惹かれる物は無かった。


「やってみたい!!」


 リリムはすぐさま答えを出した。


 ◇◇◇◇◇


「もう目を開けてもいい?」

「まだだよ、早くてもあと二日は掛かる」

「え~……」


 リリムは今、師匠やエドレイスに補助してもらいながら、目隠しを着けて生活している。

 師匠が言った、人間族ヒューマンが魔力を視える様にする裏技。

 それが、 この目隠しを着けて生活するという事らしい。

 既に着けて生活を始めてから一週間が経った、だが未だに何も視えない。

 何も──只黒い目隠しの布が見えるだけだ。

 個人差があるらしいが、視える様になると目を隠していても空間の把握、距離間の把握、その場の魔力濃度の把握、魔力の流れの把握ができるようになるらしい。


 然し、居るのは我が家で、近くには師匠やエドレイスが居ると分かっていて、この状態限定で師匠があ~んしてくれるという特典が付いていても、こうも長く視界が暗闇のままだと流石にリリムにも焦りと不安が出てくる。


「俺、視える様になるかな……」

「大丈夫さ、直ぐに視える様になっていくよ、いつも私やエドレイスが近くにいるし、ルーザだって首に巻き付いて愛弟子の頬をなめているだろう? 焦らなくてもいい、次第に身体が魔力を視るという感覚を捉えようと適応を始めるはずさ」


 師匠の言う裏技が、どうして人間族ヒューマンにしか出来ないのか始める直前に説明した。

 人間族ヒューマンとは発展途上の種族であり、適応と進化、その進行が極めて早い。

 特にリリムのような子供の時期であればその進行速度は大人の何倍にもなるのだ。

 逆に獣人族ワーテル鬼人族オーガはその姿を完全形として固定してしまっているため、新しく肉体に変化を加える事が出来ないという事らしい。

 だからこそ、人間族ヒューマンであればその適応と進化の対応速度の速い幼い内に目隠しをして魔力を視るという感覚を身体に捉えさせ、無理矢理適応させる事が可能という訳だ。

 それがこの裏技の全容である。


「でも、やっぱり視えないよ?……」

「愛弟子は前の授業をしたとき、直感的に魔法と魔術を扱っていたと言ったのを覚えているかい? それはつまるところ、恐らく愛弟子は視えずともその魔力という物質の扱いかたを身体が無意識に覚えている証だと、私は思う。だからこそ諦めずもう少しやってみよう? そうすればきっと、視えるようになる」

「……うん、俺頑張ってみる!」

「その息だ!」


 師匠に鼓舞され、その嬉しさもあってか、少し続ける事に対しての希望が見えた。

 リリム自身でも目隠しの状態になってからの一週間で気付いたこともある。


 身体が音に敏感になった。


 食器を置く音、ペンの書く音、外の風がカーテンをなびかせる音、本のページを捲る音、蛇口を捻る音、水が流れる音……


 普段、そこまで意識せず聞こえていなかった音がより繊細に大きく聞こえる様になり。

 身体の感覚がより繊細な違いにまで気付く様にもなった。


 温度の変化、大気中の湿度の変化、質感の変化、風向きの変化……


 大きく変わらなければ気付けない様な微細な違いそれすらも感知できる。

 こんな感覚、きっとこの経験をしなかったら得られなかっただろう。


 そうして、目隠しをしてから二週間が過ぎようとしていた。


「んー……」


 目が覚める。

 相変わらず暗い視界しかないと、最初は思っていた。

 だが、等々やって来たその変化にリリムの眠気は消える。


「あ、ああ!! 視える!」


 ぼんやりではあるけれど目の前がぼんやりとシルエットの様に視える。

 完璧な知覚とまでは行かずとも、見えないはずの視界の先が視える。

 その事が何よりもうれしかった。

 そして楽しかった。


「んん……おや、起きたのかい? 愛弟子」


 リリムが見えない間、隣で寝ていてくれた師匠が少し遅れて起きた。

 興奮はそのままに師匠に言う。


「師匠視える! 少しだけど視えるよ!!」

「おお……おお!! ついに視えるようになったのか!! やったな!」


 視えるようになりはしゃいでいるリリムに、師匠も喜びを見せた。

 薄ぼんやりと師匠の輪郭も視える。

 身体が慣れてきているのだ。

 あと少し、きっとあと少しで完全に視える。

 師匠達と同じものが視える。

 その自身の成長にリリムの心も喜々としてベッドを降りた。

 ゆっくりと視える物を頼りに廊下に出る。


「一人で大丈夫かい?」

「うん! 視えるから多分大丈夫!」


 慎重に歩いて階段を下る。

 リビングに向かって行くとエドレイスが朝食を準備している音が聞こえた。


「エドおはよう!」

「おお、リリ坊起きたか……って、おお!! 遂に視える様になったか!」

「うん! ぼんやりだけどエドだって分かるよ!」

「そうかそうか! 頑張ったなぁ!」


 笑いながらリリムの頭を撫でるエドレイスも嬉しそうだ。

 ぼんやりと映るエドレイスの表情も読み取れる。

 完全に視えるようになってこの目隠しを外した時、どれほど綺麗にこの世界が映るのか楽しみになった。


「よし朝食にするか!!」

「うん!」

「はいはい愛弟子、喜ぶのもとても良い事だが、ルーザを忘れてやったらかわいそうだぞ?」


 弾む声でルーザを抱えた師匠も階段を降りて来た。

 ルーザが師匠の手からリリムの首に移った。

 目が見えず気付かなかったがルーザもまた少し成長していたようだ。

 ぼんやりとだが、ルーザの背に生える石柱の形が変わっているのに気付く。


「そんじゃ全員揃ったこったし、改めて飯だな!」


 エドレイスが元気のある張った声でそう言った。

 食卓に料理を並べていく。

 席について食卓を視ていると、ぼんやりと料理も視える。

 それが楽しかった。


 食事を済ませた後は、外も視てみようかと思ったが、師匠がまだ危ないと言うので、大人しく家の中で過ごす事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る