二幕:「召喚術の術(すべ)を学ぶ」
「《召喚術教典》?」
召喚という響きに興味が湧いた、何が呼べるのだろうか。
そしてが何が現れるのだろうか。
興味と興奮が入り交じりながらページを捲っていく。
最初は召喚術の何たるかという基礎について、また召喚術の行い方が記されていた。
そして初級編と書かれたページを見つけそこから念入りに一ページ一ページに目を通す。
初級編と書かれているだけあって
「しょくばいとなる魔石を術式の中心に置き、詠唱を唱える……」
「おや、召喚術の指南書か、やってみたいのかい?」
いつの間にか後ろから覗いていた師匠が話し掛けてきた。
「あ、師匠。書き物は終わったの?」
「あーササっと書き終えて来たよ、それで興味があるのかい? 召喚術」
「良いの!?」
師匠の言葉をやってもいいと判断したリリムは興味津々に声を出した。
「うーん、本来、召喚術学は付与系の学問を終えてからやるものなのだが……」
悩む師匠はリリムの視線に目を合わせる。
そうして少し悩んでから、軽く頷いた。
「まあ、今日の様に私やエドレイスがどちらも構ってあげられない時の遊び相手として一匹ぐらいなら……出してみてもいいか!」
「召喚出来るの?」
「ああ、いいよ!」
師匠の言葉を聞いたリリムは教典を抱えて飛び跳ねながら喜んだ。
満面の笑みで喜ぶリリムに、師匠も優しく微笑む。
「──さて、そうとなればどれを召喚してみたい?」
一通り喜んで落ち着いた俺に師匠が聞いた。
改めてそう聞かれたリリムは本を開いて熟考を始める。
沢山の
「じゃあこれ!!」
リリムが指したページには、六つの翼をもった光る龍の姿が描かれている。
眉をひそめる師匠が顎に手を置いた。
「
目を輝かせるリリムとは対照的に困り顔で苦笑する師匠が言った。
「召喚用の触媒も召喚術式の大きさもここだと……」
難しい顔をした師匠が言葉を切る。
どうやら難しい事とここでは無理なことは理解できた。
──しょうがない、
「じゃあこれ!」
次にリリムが指したのは蜥蜴に似た色鮮やかな
「
「やった! じゃあこれがいい!」
「分かった分かった、それじゃあ必要な道具を持って外に行こうか」
「うん!」
許可をもらえたリリムはノリノリで準備を始めた。
一階と直結している資材庫から触媒となる魔石、
「おおリリ坊どうした? なんか色々持って駆け回ってるが?」
玄関で鉢合わせた工房帰りのエドレイスが首を傾げて聞いた。
「あ! エド! これから召喚するからその準備してんの!」
「しょ、召喚?」
「そう召喚!」
突然の言葉にはてなを浮かべた顔をしているエドレイスが、階段を降りながら笑っている師匠を見つけた。
「アッハッハッハ! 元気で何よりだ」
「あ、リエナ。召喚ってどういうことだ?」
「言葉の通りだよ、さっき愛弟子が私の部屋に来てね、召喚術の指南書を見たらやりたいと」
「ああ、そういうことか」
「そう、そういうことなんだ」
はしゃいで準備しているリリムを、二人は温かい目でゆっくりと眺めていた。
一通りの持ち物を腕一杯に抱えたリリムが外に出る。
後ろで師匠が見守る中、草原の中心で、手に持っている実技練習用の杖と本を便りに術式を描いていく。
──授業の時に確か師匠が言ってた、術式は少しでも間違えると発動しないんだったっけ?
リリムはそれを脳裏に刻んで慎重に術式を描き続ける。
「よっしゃ描けた!」
──十数分が経過しただろうか、地面には少し形は歪だが、それでもはいない術式が描かれている。
「うん、多少歪ではあるがしっかりとした術式だ、良く描けているよ」
「えへへ」
軽く頭を撫でられ、少し照れ臭くなった。
だが、これからが本番だ。
術式の中心に触媒の魔石と四方にその他供物を置いて……
そして最後の見せ所、詠唱を行う。
嚙んだり間違えると上手く発動しないから慎重に言わないとならない。
「すぅー、はぁー」
深呼吸をする。
心を落ち着かせないと、失敗するかもしれない。
いつの間にか後ろにはエドレイスも様子を見に来ていた。
腕を組んで薄い笑みを浮かべて。
「よし!」
行こう。
本の詠唱内容が書かれた文を慎重に読んでいく。
「大気に溢れん魔力を喰らいし古の魔物……吐いた吐息は焔となり、吸い込む空気は大気を震わす……踏み込む大地を凍土へ変え、叫ぶ咆哮は雷鳴とならん……」
詠唱を読み込む間、術式はぼんわりと輝き中心の魔石が明滅していた。
「それは
詠唱を終えた直後、目の前が白く染まった。
否、正確には発光する眩しさで一時的に視界が潰れたのだ。
何度も瞬きし、視界を慣らす。
段々と戻ってくる視界の中で見たことのない何かが蠢いていた。
「……あれ?」
思わず首を傾げた、術式の中心に確かに成功した結果が居る。
だけど……
「なんか、思ってたのと違う……」
その中心に居た結果は、丸っこくクリクリのつぶらな瞳をした蜥蜴っぽい何かだった。
何かこう──あんな壮大な詠唱の内容とは大きく乖離した可愛い物がそこに居た。
詠唱の中で王などと言っていた気がするが、そんな威厳の欠片も無い。
それよか、弱々しい守ってやりたくなる可愛さだけで出来ていると言われた方がしっくりくる見た目だ。
近づくと気付いたそれも近寄ってくる。
背中には赤や青、緑に黄色の鮮やかな石柱は生えてはいるが、本の見た目とも違っている。
「………………」
「クギャウ!」
鳴いた、なんか鳴いた。
高い声で鳴くそれは、やはりカッコイイよりも可愛いに寄ったそれだ。
「お前が
「ギャウ!」
──返事と捉えていいのかわからない……だけどまあ、可愛いしいっか!
リリムはその
「よし、来てくれたからには名前つけてやらないとな!」
「ギャ!」
「そうだなぁ……何がいいだろう」
──うーん……これといって名付けをしたことも無いからどうすればいいことやら……
「師匠!」
「うぇ? 私かい?」
不意に呼ばれた師匠が少し驚きながら答える。
「なんて名付ければいいかな?」
「あー、あはは……そういうことか……別に愛弟子が付けてやりたいと思う名前を付けて上げればいい。きっと誰かに言われて付けたものなんかより、
「あるじ?」
「召喚をした張本人の事さ。召喚物は基本、召喚主の言葉に従う様になるからね。だからその子に取って愛弟子は
主という言葉が妙にこそばゆく感じるが、何処か心地いい言葉だ。
──主、主かぁー……フフッ。
「よし! 決めた! お前の名前は《ルーザ》だ!」
「ギャァ?」
名前をいまいち理解していないルーザは首を傾げているが、その動作もまた愛くるしい。
腕の中で器用に身体をくねらせる。
腕に張り付いてリリムの首にマフラーの様に絡み付いてきた。
仄かに温かい。
「あ、そうだ師匠」
「ん? どうしたんだい」
「俺、やっぱり失敗したのかなぁ……」
確かに可愛い、愛くるしい姿なのはとてもいいのだが、本に描かれていたそれと比べるとどうにも違う。
「どうしてだい?」
「だって、ルーザって似てるけど本とは少し違うんだもん、ほら」
本を広げ
そのページには剣山の如く鋭く巨大な属性石を背に生やし、鋭利な目付きに王冠の様な逆鱗が生えた王という名に相応しい姿をした蜥蜴であった。
それを見せられた師匠は口元を緩め笑った。
「大丈夫、きっと直ぐに成功してたって気付けるさ、それにそのままでもルーザの個性だよ」
「こせい?」
「そう、その子だけの特別って意味さ」
「ふーん……そっか、そうだね!」
そう言って笑い返す俺は、首に巻き付くルーザの頭を師匠の様に優しく撫でる。
「あ、そうだ! ルーザもお腹空くだろうしご飯あげよっと!」
「ルーザは空腹になることは無いよ?」
「え、そうなの!?」
師匠の不意の発言に玄関に入りかける脚をぐるりと返す。
「ああ、ルーザ達召喚物の核は魔石で身体は魔力で形成されている、魔石はゆっくりだが魔力を吸収し続ける性質があるし、それを利用して身体が形成されているからね空腹を感じることは無いのだよ」
「へぇー」
「でもまあ、食べたって影響はないから好きに食べさせてあげな」
「うん!」
元気に廊下を走り、リリムはキッチンへ向かって行った。
師匠とエドレイスは外で残った術式痕を眺める。
「……私は少しあの子の事を
「え、そうか?」
滅多に見せない感傷的な雰囲気を纏った発言にエドレイスは聞き返した。
「ああ、私はこの術式が成功すると思ってなかったからね」
「なんでだ? 初めてにしては立派に描けてるじゃねぇか、上等だろ?」
「ああ、本当だ。あの子はしっかりと完成させた」
屈んで術式痕を擦りながら、師匠──リエナが言う。
「あの子の呼び出そうとしたのは
術式痕の中心に立ち、両手を広げ、エドレイスに向かってとても満足気な笑みを浮かべる。
「あの子は自分の力だけで
そう言って高らかに笑っている姿がエドレイスの目には印象的に映った。
彼女の、あそこまで満足感と多幸感に包まれた……満たされた笑みを数十年ぶりに見たのだ。
「ああ、そうだな」
「ああ、そうなのさ! なぁエドレイス……」
改まりリエナがエドレイスに向き直る。
「ん? なんだ?」
「我が子の成長を見守るというのはここまで……ここまで心地の良い気分になるのだな」
「……」
思わず目を逸らすことが出来なくなった。
ここまで澄んだ目で、慈しむ様な目で、ただ自身の弟子を思い笑う。
エドレイス自身もリリムという同居する子供が出来、父親にはなれずとも、せめて良き保護者として居てやろう思っていた。
然し、リエナは違う。
既にリリムの親を殺した罪滅ぼしなんかではない、あの幼かっただけの子供を一人の弟子として、リエナ自身は親として、最も大切で、無くてはならない、掛け替えのない人として見ているのだ。
「そうだな……良い気分だ」
二ッと口元を上げ、二言だけ……
そうリエナに返した。
◇◇◇◇◇
「ん~……」
腹部に感じる重さで目が覚めた。
「んん~、る~ざぁ?……」
その重みの原因を触る。
少しブニブニとした感触で、手で握ると簡単に潰れて……潰れて……潰…れ……
──潰れる!?
「ルーザ!?」
有り得ない事象に一気に眠気が吹き飛んだ。
急いで布団を引き剥がし、腹の上を見る。
「あれ?……」
リリムが触っていたのはブニブニとしていて、半透明がかったまだ仄かに暖かい何かだった。
形だけで見ればルーザに似てはいるが、半透明なそれをルーザと言うには無理がある。
それになぜか、背中部分が割れている……
「ギャァ?」
放心していると、ベッドの縁から顔を出すルーザが不思議そうにリリムを見ている。
「ルーザ?」
「ギャ!」
安心と心配から直ぐに抱き寄せ腕の内に収めた。
「もう! どこに居たんだよ……心配したんだぞ」
「ギャア?」
「全くもう……なんか大きくなった?」
腕の中に収まってはいるが、その姿は何処か少し前よりも窮屈そうに見えた。
ルーザ自体は満足そうに丸まっているが……
「まあいっか……ルーザ、ご飯行こう?」
「ギャウ!」
ルーザが丁寧に首に巻き付いて器用に落ち着き始める。
リリム自身もベッドを降りて、先程のよくわからないブニブニとした物体を持って階段を降りた。
「おおリリ坊、それにルーザも起きたか……早起きだな!」
その体格には似合わない赤色のエプロンをしたエドレイスがキッチンで野菜を切りながら話し掛ける。
「うん……ねぇエド」
「ん? どうした?」
リリムは手に持ったその半透明のブニブニをエドレイスに見せる。
一瞬、驚いていたエドレイスはそれが何か分かったのか、直ぐにそれをまじまじとそれを見た。
「この変なの何かわかる?」
「ああ、それは多分脱皮した皮だな」
「だっぴ? かわ?」
「ああ、蜥蜴みてぇな生き物は成長する時に皮を脱ぐんだよ、そんで段々大きくなってく……だからこれは、ルーザが成長した証みたいなもんだな!」
エドレイスはリリムの首に巻き付くルーザの頭を軽く撫でた。
丁度、後ろからは起きたばかりの師匠が階段を降りて来ていた。
ツンツンと沢山の寝癖を生やしたロングヘアーを揺らし目を軽く擦りながらこちらを見る。
「おや、二人もいるとは早起きだねぇ」
「あ、師匠! 見て見て!」
そうして師匠に脱皮した皮を見せる。
「おお、ルーザが脱皮したか、成長したんだね」
「うん!」
「フフッ、それは良い事だな、言っただろう? 直ぐに気付けるって、そのまま大きく成長してすぐに本の通りになるさ」
微笑む口でそう言った師匠は、髪を直しに姿見の元へ向かった。
「さてと、そんじゃルーザの成長した分の飯を作ってやんねぇとな!」
笑うエドレイスが張りのある声でそう言った。
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