師を追う日々
一幕:「一日が始まる」
「んぁ……」
──久しぶりに、師匠に初めて会った頃の夢を見た気がした。
「夢なんて見るの何時ぶりだっけかな……」
ベッドの上でぼんやりとした意識を巡らせながら思う。
隣に備え付けられたサイドテーブルに置いていた服を持って、ベッドを降りた。
「おーい!! リリ坊! 飯出来たぞ!」
下からエドレイスの声が聞こえる。
姿見を見ながら髪型を整え下に向かった。
リビングでは既に師匠がソファーに座って珈琲を飲んでいる。
普段は紅茶ばかりだったので珍しいと思いながら食卓テーブルの席に付いた。
「師匠が珈琲ってなんか珍しいね」
「んん? まあたまには味変というヤツだよ」
「嘘つけ、茶葉切らしてたのを忘れただけだろ」
師匠のカッコつけた言い回しを一瞬で粉砕したエドレイスの言葉にリリムが苦笑する。
「まあ、切れてたんならしょうがないね」
「うぐッ……まあそうとも言うね」
「そうとしか言わねぇよ、リリ坊の前でカッコつけてぇんならもっとマシなカッコつけ方探せ」
呆れたエドレイスがそう言いながら、皿を並べていた。
「むぅー……奴隷クンは一々
「テメェ、奴隷クンやめろ!!」
──また始まった。
初対面の頃からずっとだが、本当にこの二人はよく喧嘩をする。
まあ、奴隷クン呼びをやめるかやめないか論争が根本にあるので、基本、非で言うなら師匠にあるのだが。
「奴隷クンではないか、今だって家事全般は君の仕事だし」
「そりゃあ、リエナテメェに任せたら何もかもがひっちゃかめっちゃかになるからだろうが!!」
「ほぅ? なら私が何時そんなへまをしたのか言ってみたまえよ」
「十年前、お前に俺が一日家空けるからって家事任せた時どうなったか言うか?」
「んぐッ!?……」
師匠が珈琲を吹き出しかける。
──おお、珍しい今日はエドレイスが優勢か?
「翌日帰宅してみれば、洗濯場のカゴん中に未洗浄のコップが入ってるわ、寝室の引き出しに入れてた筈の俺の服が何故か知らんがリビングの窓に引っかかってるわ……一番驚いたのは何で買って間もない野菜類がリビングに散乱してたんだよ!?」
──何だそのカオスを体現した現場は……
エドレイスが用意してくれたベーコンエッグとサラダをバゲットに載せて食べながら師匠を見る。
こちらを向いてはいないが、恥ずかしくなっているのが分かる程に耳が真っ赤になっている。
「さ……さぁ? しょ、そんなこと……あったかなぁ?……」
焦って声が裏返りかけている師匠が、苦し紛れの誤魔化しを発動している。
さすがのリリムも引き目で師匠を眺める中、エドレイスが間髪入れずに追い打ちをかけた。
「極めつけはそんな惨状の中でテメェはグゥグゥ浴槽に片足突っ込んで風呂場で爆睡──」
「もうやめてくれぇ!!」
──おお、師匠が先に根を上げた、これは実に珍しい。
師匠は珈琲を置いてソファーに並べているクッションに頭を突っ込んで悶絶している。
「愛弟子の前で……そんな痴態を言わないでくれぇ……」
「じゃあもう奴隷クン呼びやめろ」
「ひゃい……」
「おお、珍しくエドが勝った……これは明日龍でも来るかな?」
「ひでぇ言いようだな、リリ坊……」
朝食を食べ終わったリリムが明日の天気を心配したことに、肩を落としてエドレイスが返す。
食べ終わった皿を重ねて隣に来ていたエドレイスに渡した。
リリム自身も席を離れ、未だクッションに顔をこすり続けている師匠の元に向かった。
──師匠と合ってから二年が経つけど、こんな姿の師匠は初めて見た。
……記念に残しておこう。
師匠に最初に教えて貰った空間拡張魔法、それを利用して拡張した空間に置いておいた紙を一枚取り出した。
リリムはクッション顔を埋める師匠を呼ぶ。
「師匠、こっちむいて」
「んぅ……なんだね愛弟子──」
赤らめた頬に半泣きしているのか潤んだ目をした師匠がこっちを振り向いた。
その瞬間……
「《
「ふぇ?」
広げた紙を師匠に重なるよう調整して背景を写し撮る魔法を唱える。
見事に紙には、痴態に悶絶する恥ずかしそうな顔をした師匠の姿が写し撮られた。
──我ながら完璧な構図だ、只々可愛い師匠が撮れた。
「愛弟子!? 今何を撮ったのだね!?」
自分が撮られた事を察した師匠が何とか紙を奪い取ろうと飛んできた。
即座に空間拡張魔法を起動し紙をその中へ放り込む。
「あ!? ちょっと待って!?」
拡張空間が閉じる寸前に師匠が手を伸ばしたがもう遅い。
努力は虚しく、空間の穴は閉じてしまった。
師匠はリリムの上に乗り上げ華奢な腕を伸ばした態勢でフリーズした
リンゴの様に真っ赤になった師匠がジト目でリリムの襟を掴んで来る。
「愛弟子ぃ? 今私の何を撮ったのか言ってもらおうかぁ?」
「えっと……」
──勿論、この二年で俺も成長した。
師匠の腹下程までしかなかった身長も師匠の胸下あたりまで伸びた。
だがさすがに体格差には敵わず襟を掴まれようもんなら逃げようが無い。
「大丈夫だ、怒ったりはしないから、正直に、しょーじきに言ってごらん?」
「……師匠の赤くなってる顔撮った」
「……」
「……」
「やっぱり撮ったのだね!? いい加減にしなさい!!」
「怒らないって言ったじゃん!?」
正直白状した結果、子供の様に腕をブンブンと振って師匠がキレた。
「怒らない? ああ言ったとも、言ったともさ……そんなの白状させる為の建前に決まっているだろうが!!」
「そんな無茶苦茶だぁ!?」
「無茶も苦茶も無いわぁ! とっとと出せぇ!」
「嫌だぁ!!」
「何故だぁ!! 愛弟子ィ!」
リリムの腕を掴み出せと脅してくる師匠を拒絶する。
──あんな可愛い師匠、滅多に見ないのに……
渡したら絶対破られる、破られてたまるか!!
「可愛い師匠取っておきたいんだもん!!」
リリムが切な願いを言い放った直後、不意に力が緩んだ。
ゆっくりと目を開けると、さっきより更に真っ赤になった師匠が何かボソボソと言いながら固まっていた。
「かっ、かわ……か、かわいい? 私が?……かわ、いい?……」
何を言っているかリリムには聞き取れないが、逃げるなら今の内だと直感した。
慎重に身体をよじって、ソファーから脱出する。
急いで食器を洗っているエドレイスの元に走った。
「エド、ヘルプミー!」
「聞こえてたが、俺を巻き込むな自分で何とかしろ」
「そんなぁ!?」
──何と薄情なことだろうか。
子供の救援を求める声を無視するなんて……
リビングを見ると師匠は未だほわ~んとした顔で固まっているが何時また追いかけてくるか分からない。
リリムは数少ない知恵を絞り、ある結論を出した。
「エドに撮ってこいって言われたから俺は悪くないもん!!」
「は!?」
師匠へ向けて盛大に叫ぶ。
ズバリ、完全な擦り付け大作戦である。
「リリ坊! テメッ!?」
「ごめんエド犠牲になって!」
「ふざけんな俺がリエナに殺されるわ!」
焦るエドレイスと共にリリムが師匠を見るが、まだ赤らめて固まっている。
──というか、様子がおかしい。
固まったまま、本当に微動だにせずにずっと何かをボソボソ言っている。
「……リエナ?」
エドレイスが恐る恐る声を掛けるが、まるで聞こえていない。
「……よし! リリ坊行ってこい」
「え!? 俺!?」
「お前が撒いた種だろうが、早く行ってこい!」
「えぇ~……」
ソファーの上に座る師匠の近くへゆっくりと慎重に近く。
だがしかしやはりおかしい、接近するにリリムに師匠は一向に気付いていない。
いつもの師匠であれば当然に気付く距離でも、リリムのことなど蚊帳の外だ。
「師匠?……」
「私が……かわ……? かわいい? 私……が?」
「師匠!!」
「おわぁ!?」
リリムの二言目の叫びでようやく我に返った師匠が驚く。
余りに過剰な反応にこちらまでビックリしてリリムまでもが身を引いてしまった。
「な、なんだね? リリム?」
「あ、いや、師匠がフリーズしてたから……(でも今、リリムって……)」
久しぶりに本名を呼ばれ、リリムの心が少し弾んだ。
普段は我が弟子とか、愛弟子としか言わなくなっていた師匠が、不意にでも本名で呼ぶという事は相当動揺していたようだ。
「ん、あ! ああ、そうだな……ゴホン! ま、まあ今回の事はその、愛弟子にもときには悪戯の一つや二つはしたくなることがあるだろうし……んと……えと……まあ見逃してやるとしよう」
「え!? いいの?」
「あ、ああ……許す!」
仄かに赤みがかった顔のまま、そっぽを向いて師匠はそう言った。
──やっぱり、師匠は優しい。
俺を拾った身である事も少しは関係しているのかもしてないが、それでも師匠は俺に目一杯の優しさや愛情を注いでくれる。
師匠は本当に優しい人だ。
「あ! じゃあ撮った絵、俺の部屋に飾ってもいい──」
「それは断固として許さーん!!」
少し調子に乗ってみたリリムの発言に師匠の叫び声が木霊し、朝のドタバタ劇は平和(?)的な終わりを迎えた。
◇◇◇◇◇
──ここは、アルフレスト皇公国。
そして、その国の三大貴族が一人、ニレフレーナ公爵領の辺境にあるルネフ村の外れの丘陵の上に立つ少し大きめの家。
悠久の魔女こと、俺の師匠が住まう家だ。
「……すぅー、すぅー」
「おい、起きろ~」
「すぅー……すぅー……」
丸々リリム専用の教室に改良された、空き部屋の一室。
その中で対面する師匠を前に惰眠を貪る、机に顔を押し付け、完全な睡眠姿勢をとって眠るリリムを師匠は呆れた顔で眺めていた。
「おーい」
「すぅー……すぅー……」
呼び掛けにも応答なし。
物の見事に夢に入り浸る馬鹿弟子の姿にしびれを切らした師匠は、思い切り耳を引っ張った。
「痛タタ!?」
「やっと起きたか? 馬鹿弟子」
「起きました……」
耳を抑えて寝起きの声で返事をする。
師匠は俺の頭を小杖でコツンと叩いた。
「お前は本当に、魔術や魔法の才能はあるのに、座学に関しては飛び切り群を抜いて悪いな……」
「だって……つまんないだもん」
「ほほぅ? 私の授業が退屈だと言いたいのかな?」
額をグイグイと杖の先端で押しながら、師匠が小言を言う。
「退屈というか……うーんと、眠くなるんだよ」
「それを退屈というんだよ……全く……」
やれやれと首を振りながら教卓代わりの少し背丈の高い机に戻る。
リリムは、重い瞼を擦りながら教科書に目を向けた。
──《魔術学・魔法学》と書かれた教科書……ハッキリ言って実技は楽しいが、座学は飛び切りつまらない。
「師匠~」
「何だね?」
「結局のところ魔術と魔法って何が違うの?」
「……」
黒板に書き込んでいた師匠の手が止まり、冷たい目付きでリリムを見ている。
「お前なぁ……その違いについては前の授業で言った筈だが?」
「あれ? そうだっけ?」
「とうとう前日の話すら思い出せなくなったとは言うまいな? 居眠り小僧」
「えーっと……えへ?」
「えへ? じゃない!!」
教卓越しに弟子に手を向けた師匠の掌から小さな氷塊が放たれ、ものの見事に居眠り小僧の額を撃った。
「いて……」
「全く、そもそも実技では両方使えていたではないか、どうしてわからん?」
「いやぁ、実技の時は何となく感覚で使えたんだけど、改めて理屈を聞かれたら……分からない、です」
「……はぁ、確かに高位の術者や法使いになれば直感的な操作は出来るが……それでも理屈や原理の理解をしてる人間がほとんどだぞ?……」
肩を落として、半ば諦めながら説明を始めた。
「はぁ、では、もう一度最初から説明するから今度は眠らずに聞くんだぞ?」
「はーい」
「ホントに分かっているのか……」
絶対眠ると思いながらも師匠は黒板に改めて書き込んでいく。
「良いか? まず魔法というのは、自身の体内に貯蓄されている魔力を、外部に魔法という形状に変換して発散させる攻撃法だ。だが、それ故に自身の貯蓄できる魔力量に大きく左右される為、威力は自身の実力次第だ。だがそれは逆を言えば貯蓄魔力量の大きい者であれば魔法は強大な威力になる。そして、次に魔術というのは空中か地面、又は何かしらの物体に術式を刻む事で、それを経由し大気魔力を攻撃に変換するものだ。こちらは大気魔力を利用する点から、自身の魔力は関係なく、誰でも等しく同じ威力になるな。だが魔術はその術式に使う印や紋を正確に書かなければ効果は無い、形状が違えば一瞬で大きく威力は半減する。ここまではいいか?」
ここまで書き込んで振り向き、机に着くリリムに睨みをきかせる、顎に手を付きながら聞いていたので何とか怒られずには済んだ。
聞いている弟子の姿に満足し「よし」と言って、師匠が再び書き始める。
「では、術式についての詳細に移ろう。術式とは、詳しくは一つ一つが意味、つまりは
再び居眠り確認に振り返る。
危なかった。
振り返ってくれなかったらまた眠るところだった。
リリムは閉じかけた瞼を開き、しっかりと聞いていたアピールをする。
「ほぅ、やっとしっかり聞けるようになったようだね」
「まあ、何とか聞けてる……と思う」
「そうか、なら続きを行くぞ」
淡く微笑んだ師匠が黒板に向く。
「術式とは形状も様々でな、陣型の物、帯型の物、他にも星型や言葉では表しずらい複雑な形状の物もある。だからこそ、その術式の形そのものを覚えるのではなく根本となる印や紋を覚えることが、魔術学での基本的な学習方法だ。では、今度は術式にも関連する応用編、付与について──」
「……すぅー……すぅー……」
寝息に気付いた師匠が書くのを止める。
振り返った先では、机に突っ伏して寝入るリリムの姿があった。
「全く……結局は寝入っているではないか。やれやれ……まあ、今日は持った方かもなぁ」
幸せそうな顔で寝入る弟子を見て口元が緩む。
そっと、頭に触れた。
起こさない様にゆっくりと撫でて、自身のローブを掛けてやる。
「お疲れ様、リリムよ」
起きぬままの弟子に母の様に声を掛けた師は、教室を後にした。
◇◇◇◇◇
「ん~……はッ!? 師匠ごめん! 寝て……た……あれ?」
陽が少し傾き始めていた教室に、自身の声が木霊する。
どうやらかなり熟睡してしまっていたようだ。
どこからか、仄かに甘い香りがした。
「あ、このローブ……」
起きた拍子に滑り落ちていたローブを手に取る。
──この香り、この色合い、師匠の物だ。
多分眠ってしまった俺に掛けてくれてたんだろう。
「返しに行こーっと」
椅子を降りてローブを片手に廊下へ出た、直ぐ先にあるリビングに向かう。
引き戸を開き、部屋を見たが、どうやらエドレイスも師匠も居ないようだった。
テーブルの上に拳ほどの大きさをした少し不格好な握り飯と手紙が置いてあった。
手紙を手に取り目を通す。
──愛弟子へ──
これを読んでいるという事は、起きたのだろうな。
今、エドレイスは工房で手が離せないから、変わりと言ってはなんだが、私が握り飯を作っておいたぞ。
腹が減っているだろうしそれで昼飯を済ませるといい、私は自室に居るから、用があればノックをしておくれ。
──師匠より──
「なるほど、これ師匠が作ったんだ……食べてみよ」
横に置かれた握り飯を手に取り食べる。
僅かに塩が強い気がするが全然食べれる。
具はどうやら昨日余った
あっという間に食べ終わったリリムは忘れかけていた元の目的を思い出した。
「あ、そうだ、師匠にローブ返しに行かないと」
リビングを出て階段を上がる、直ぐ横についた扉の先が師匠の部屋だ。
ローブを抱き直し、ノックをする。
部屋の中から声が聞こえた。
「んー? 誰だい?」
「師匠~! 俺だよー!」
その声を聴いた師匠が扉を開けた。
「おや愛弟子よ、どうしたんだい?」
「これ! 返しに来たよ」
抱いていたローブを師匠に見せた。
「あー、ありがとう! 丁度そろそろ取りに行こうと思っていたところだ、ご足労かけて悪いね」
屈んでローブを受け取る師匠の後ろに師匠の部屋が見えた。
隙間越しでもわかる程に膨大な量の本が貯蔵された書棚、それが部屋中を埋めている。
普段勉強に興味が無いリリムでも少し興味が湧いた。
「師匠、師匠の部屋入ってみたい!」
「うぇ? 私の部屋かい?」
リリムの言葉に師匠は少し驚いたようだった。
「構わないが、そこまで愛弟子が楽しめる物は無いと思うが……」
「いいの!! 師匠の部屋気になる!」
食い気味に目を光らせているリリムを見たからか、師匠もやれやれと笑顔で肩をすくめている。
「わかったわかった……ほら、何もないだろうが、どうぞ入りな」
扉を大きく開き、俺を迎え入れる。
師匠の部屋は、壁の全方位が書棚になっていて、そこには読み切れんばかりの本が貯蔵されていた。
扉から見て正面の大きな窓の下だけは、棚が無くなり師匠の机が置かれている。
机の上には、装飾の施された木製の枠に入れられた魔石灯が掛けられ、机に乗るサイズの小棚と羽ペンを立てる瓶が置かれている。
自分の部屋とは完全に異なる、師匠の部屋に入るのは未知の世界に足を踏み入れた気分でとても興奮した。
「私はちょっと書き物があるから、そこらに置かれている本は好きに読んで構わんよ、高い所にあるものはそこの梯子を使うといい。大丈夫、この部屋には重力軽減の術式を掛けてあるから、落下しても怪我はせんよ」
師匠は扉横に置かれた移動式の梯子を指さすと、受け取ったローブを着直し机に座った。
リリムは返事をしてさっそく部屋の探索に移る。
梯子を手で押し、様々な書棚の前を通った。
梯子を上り、最上段に置かれた書物に目を通す。
沢山の本があって、たくさんの色がとても鮮やかに写った。
そんな中でも、一際目立つ異色の本。
革表紙が黒く塗りつぶされ、本来書かれているタイトルが削られた……奇妙な一冊を手に取った。
梯子を飛び降りるとどうやら本当に術式が掛けられているようで、身体はゆっくりと雲を滑り降りる様にふんわりと着地した。
改めて本の表紙を見る。
鎖の絵柄が刻まれた黒表紙、やはりタイトルは削られていたが、代わりの文が上から書き殴られていた。
あまりに雑で読みづらかったが、ゆっくりと読み上げる。
「き……ん…き……──」
その先を読もうとした直後、目の前から本が消えた。
否、正確には目にも止まらぬ速さで取り上げられた。
後ろを見るとリリムが取り返せない様に腕を高く上げる師匠が居た。
「危なかった……」
「師匠~なんで盗るの?」
頬を膨らませ不満を吐くリリムに、師匠は気難しい顔で言った。
「これは、そうだな……危ないんだ、愛弟子が見るにはまだ早い……そう! 早いのさ!」
「絶対今思い付いたよね、その台詞……」
「ギクッ!?」
痛い所を突かれたのか、少し声を上げリリムから目を逸らす師匠を訝しげに見つめる。
ジーっと見つめ続けた、ジーっと、ジーっと……
だんだん耐えられなくなったのか、言い訳を諦め師匠は溜息を吐いて答えた。
「はぁ……これは危険な書物だ、何度そう見ようと返さんよ」
取り上げた書物を宙に浮かべた師匠が、手で巧みに書物を操り元の場所にしまった。
そして移動式梯子用のレールを少し歪め、その本の場所へ動かせない様にする。
「ふぅ、何とかなった……」
「むぅー」
冷や汗を拭う師匠を他所に、何とか梯子を動かそうとするが、レールの歪みのせいでビクともしない。
「その歪みを治したいなら高等魔法を使えるようにならねばならないからな。まだ愛弟子には早いよ」
「ちぇー」
諦めて肩を落としながら目の前に見えた本を適当に取った。
どうやら古い御伽話のようで、親を亡くした少女が魔法使いと旅をするお話だ。
「これ、師匠と俺に似てる!」
「んー? どれどれ……おや、これは……」
見せた御伽話の本をまじまじと見る師匠が懐かしむ様に口元を緩めた。
「懐かしいな、私も昔、母にこれを読んでもらったものだ、確かに今の私と愛弟子の様だね」
「でしょ!」
本を開いて見ると所々で魔法使いが少女に魔法を教えているシーンがあった。
陽がまだ傾く前、授業で師匠に教えて貰ったようなことが書かれている。
「師匠もこれで魔法を練習したの?」
再び机に向かっている師匠に声を掛ける。
「ん~? そうだねぇ、私も最初はそれで魔法の何たるかを学んだものだよ」
「へー」
一ページ、また一ページと読み進めていくうちに、物語は終局を迎え、読み終えてしまった。
新しい本を探していると何やら師匠のぼやく声が聞こえる。
「全く……なんど送ってこようと、私は行かぬと言っているというのに……公爵共め……」
珍しく何か師匠がボヤいている。
小声だが、静寂の部屋では良く聞こえた。
「師匠何かあったの?」
「おや、聞こえていたか……いいや、問題ないよ」
「そっか……何書いてるの?」
机に顔を上げ、机の上を見た。
そこにあったのは、
「あー何でもない、ただの手紙だよ」
少し隠して師匠がそう言う。
気になるが、これ以上はきっと師匠も教えてくれないと諦め書棚に向かう事に決めた。
新しく取った本には面白くも興味深いことが書かれていた。
「《召喚術教典》?」
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