終章 朧月夜に夢を見る。

……眩しい。

目を開ける事が出来ない程強い光に包まれていた。

……遠くから声が聞こえてくる。

誰か話してる声……?懐かしく暖かく心に染み込んで来る様な優しい声。僕はその声に聞き覚えがあった。

……カーマ?アベルもいるのか!

うっすらと、でも確かに二人が笑いながら何かを話してる声が聞こえる。

早く!早く僕も行かないと!

目を開けようとするも、誰かに瞼を押さえつけられている様に頑なに開く事ができない。

二人の声が少しずつ遠ざかって行く。

待ってよ!待って……僕を置いていかないでよ。また僕を一人にしないでよ。

僕は二人を追いかけ走りながら、上瞼と下瞼を親指と人差し指で思いっきり引っ張って強引に目を開いた。目が眩むほどの眩しい光に包まれていた。やがて明るさに目が慣れて行き見慣れた景色が姿を現した。

……窓から優しい日差しが差し込み、爽やかな風がレースのカーテンを揺らし小鳥達が囀っていた。

もう確認するまでもない。僕の部屋だ。

ゆっくりと体を起こすと隣には熊吾郎がいた。

いつもの様に変わらず隣にいる熊吾郎を見ていると、何だか全てが夢だった様な気がしてきた。仲間と共に壮大な冒険をする夢を見ていただけだったのか?

「……カーマ?」

僕は熊吾郎に声をかけてみるがもちろん返事は無い。

「そうだよね。ただのぬいぐるみだもんね」

部屋を見渡すとゲーム機に刺さっていたはずのリベンジクエストも無くなっていた。

「……やっぱり夢だったのか」

全てが夢だったと言う現実を打ちのめされた僕は、ベッドから出ると重い足取りで部屋を出た。

「あれ?おはよう!寝坊助の朔夜が今日は随分と早く起きてきたね?」

僕は声に驚いてリビングを見た。

そこには椅子に腰掛け母と楽しそうに話をする父の姿があった。

「お父さん!?なんでいるの?仕事は?」

父は不思議そうな顔をして僕の顔を見つめている。

「なんでって……今日は日曜日だよ?それにお父さんの仕事はお母さんと一緒に野菜や花を作る事なんだからずっと家にいるに決まってるじゃないか。まだ寝ぼけてるのかな?」

その話を聞いた瞬間頭の中に無かったはずの情報が流れ込んできた。

そうだ!父は今年の初めに家族と過ごす時間を大事にしたいと言って突然仕事を辞めたんだった。

そして今は母と二人で野菜を作ったり花を育てたりしながら生活している。

「あ。朔夜!せっかく早起きしたんだから買い物に行って来てくれない?」

母にそう言われ、軽く返事をすると急いで着替えて買い物に出掛けた。

歩きながら色々な事を考えていた。父が仕事を辞めたのはただの偶然だろうか?それともあのゲームの中で家族の笑顔を取り戻したからだろうか?自分の仕事に誇りを持っていた父が簡単に仕事を辞めるとは思えない。やっぱり夢なんかじゃ……少しだが期待を持つ事が出来た気がした。

無事に買い出しを終え、家の近くの交差点で信号待ちをしていると住宅街の方から僕を呼ぶ声が聞こえてきた。

「朔夜君!」

誰かに呼ばれて振り返ると、そこには横峰君と……横峰君を虐めていたはずの二人組!

三人仲良さげに僕に声をかけてきた。何でこの三人が一緒に?

「横峰君どうしてその二人と一緒にいるの?」

僕の発言に三人は顔を見合わせて不思議そうな表情を浮かべた。

家で父がいた時もそうだったが、僕の知っている情報と目の前に広がる情報が違っていて頭が激しく混乱する。

三人と一緒にしばらく歩いていると、いじめっ子の二人が笑いながら公園を指差した。

「おお!この公園懐かしいな!」

「俺達が横峰にちょっかい出したら朔夜にボコボコにされちゃったんだよな!」

と二人は笑いながら僕を見た。

やっぱりそうだ!やっぱり夢じゃなかったんだ!

「え!おい!朔夜!どこ行くんだよ!」

僕は居ても立っても居られなくなって家まで走って帰った。

やっぱり僕はあの世界に行ってたんだ!

横峰君を虐める二人組への復讐、家族を悲しませる父への復讐。

僕がこなした復讐が現実で起こっていた。

じゃあ夢の終わり……最後光に包まれた時。

確かにカーマが熊吾郎の中に入って行くのを感じた。

家に着くとバタバタと自分の部屋へと急ぐ。息を切らしながら熊吾郎を見ると熊吾郎は相変わらずベッドに横になっている。

……やっぱり今の熊吾郎からは何も感じられない。

僕は落胆した。気のせいだったのか。僕は無気力に熊吾郎を見つめていた。

……どれだけの時間熊吾郎を見ていたのだろうか?

もう既に日が暮れかけていた。

力無くゆっくりと立ち上がると風呂場へと向かった。

もう何も考えたく無かった。流石に理解してしまった。両親や横峰君達は現実の世界の人間だ。だがあの世界で出会ったカーマやアベルはこの世界の人間では無い。どれだけ考えてもカーマやアベルと再び会う事は不可能なんだ。

いつもの生活に戻るだけ。でもいいじゃないか。あんなに冒険を楽しんだんだ。

頭の中をグルグルと駆け回る何かを抑え込み服を脱いだ。

……あっ。

自分の左手に結ばれている何かに気付いた。

これ……カーマが付けてくれた紐のブレスレット……

必死に堪えていた涙が溢れ出した。

「カーマ……やっぱり僕。お前がいてくれないと寂しいよ……」

左手のブレスレットを強く握りしめながら僕は泣いた。

その夜、晩御飯を食べる気にもなれずに部屋に引きこもっていた。

両親も心配そうに何度も顔を見に来たり果物などを持って来てくれたがどうしても食べる気にはならなかった。

ベッドに横になり隣で寝ている熊吾郎をジッと見つめていた。

カーマやアベルと過ごした日々が思い起こされる。

あの冒険のきっかけを作ってくれたのは熊吾郎だったなぁ……

小さい頃から一緒に過ごしてきた熊吾郎は常に僕のそばにいた。どれだけ僕が話しかけても、返事を返してくれる事はなかったが静かに僕を見守ってくれていた。

……結局熊吾郎を誰が攫ったのかも分からなかった。

もしかして熊吾郎はずっと一人だった僕が心配だったのかな。

だから仲間を見つけて旅をする様に差し向けてくれたのかも。

……考えすぎかな。

僕は窓の外に視線を向ける……輪郭がぼんやりとしていて朧げな月が浮かんでいる。

「なんだか……あの日の夜に見た月に似ているな……」

僕は目を閉じ熊吾郎がゲームの世界に入っていってしまった日の事を思い出していた。

なかなか寝付けずにうつらうつらと夢との境目をウロウロしていると

……ゴソゴソ

カチャ……ピッピっ……

誰かがゲームをしている様な音が聞こえてくる。夢?音は気になったが目を開ける事をせず、静かにその音に耳を澄ましていた。

「……なんだこれは。どうやって動かすんだ」

僕はその聞き覚えのある声に飛び起き、音のしている方向に目を向けるとそこには、ゲームを操作しテレビのモニターの中に入って行こうとしている熊吾郎の姿が。

「熊吾郎!何してるの!?」

そう叫ぶと熊吾郎は振り返り驚いた様な表情を浮かべながらも小声で喋った。

「おぉ!お前……寝ていたんじゃ無かったのか?」

……見た目は熊吾郎だった。でも……忘れもしない。

ずっと僕が聞きたかった声。熊吾郎が発した声はカーマだった!

「カーマ……!何で僕の言葉に返事してくれなかったんだよ!」

カーマはモニターの前からこちらを見たまま答えた。

「……恥ずかしい」

よく聞き来れず「え?」っと聞き返すと

「恥ずかしいだろうが!魔王と呼ばれた男がこんなよく分からないずんぐりむっくりな熊の人形になってしまったんだぞ!」

ワナワナと両手に力を入れ恨めしげに自分の手を見つめながらカーマは答えた。

「……寂しかったんだよ?カーマもアベルもいなくなって。僕はまた一人きりになったって。そう感じたんだよ!」

僕は目に涙を浮かべてカーマを見つめた。

カーマはピョンとベッドに飛び乗ると僕の手を握り落ち着かせる様な声色で言った。

「お前には愛してくれる両親も仲のいい友達もいるじゃないか。それに中身は私になってしまっているが……この熊も戻った。お前はもう一人じゃない」

カーマはそう言いながら僕の手をポンポンと叩いた。

「贅沢なのは分かってる。でもカーマやアベルがいなくなってしまって……僕の心にポッカリと穴が空いた気分なんだ。またみんなと冒険したい。またみんなとくだらない事を話したり横になって一緒に寝たり……」

これ以上言葉にならなかったが……ポロポロと涙を流しながら僕はカーマを見つめた。

はぁ。と一つ大きなため息をつくと、カーマはピョンとベッドから飛び降りテレビのモニターへと歩いて行く。

「魔族の中でも魔王とまで呼ばれる程の強さになると一度肉体が滅びても再び再生する事が出来る。体が再生する前にこの熊の中に封印されてしまったから戻れなかったが……恐らくあの世界でもどこかで私の体が復活しているはずだ。私は自分の体を見つけ出す為もう一度あの世界に行ってくる……お前も行くか?」

その言葉を聞いた瞬間ポッカリと穴を開けた心の中に暖かい液体が注ぎ込まれたような感覚があった。

僕はパァッと顔色が明るくなりベッドから飛び起きるとポケットに剣のキーホルダーを放り込り旅支度を整えた。

「体を見つけ出すって何か当てはあるの?」

カーマは半分体をモニターに突っ込みながら

「分からん。とりあえずアベルに会いに行く。あの商会なら何かしらの情報が転がり込んできているかもしれない。一応言っておくがこの体の私は魔力がゼロだ。戦力と思うなよ?」

そう言うとニヤリと微笑み僕に向かって手を伸ばした。

チラッと見えたゲーム機には見た事の無いソフトが刺さっていた。

「ブレイブクエスト」

「任せとけ!今度は僕がお前を守ってやるよ!」

僕はそう言い微笑むとカーマの手を取りモニターの中に飛び込んだ。


……もしかしたら長い夢を見続けているだけなのかもしれない。目が覚めた時にはこれまで起こった全ての出来事が無くなっているかもしれない。

でもそれでもいい。またこうしてみんなと冒険に行ける。それだけで充分だ。

だから今夜も僕は

朧月夜に夢を見る。

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朧月夜に夢を見る 放浪者 @hourousya

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