長い旅路の果て。朔夜の書

私はアベルの姿が見えなくなるまで見送ると建物へと入っていった。

建物の中は薄暗く、あまり広くないのか妙な圧迫感があった。

かなり古い建物の様で所々壁が朽ちて欠けている場所もあり長居出来る様な場所では無かった。

暗闇にも少し慣れ、辺りを歩いて部屋を見渡してみると中央には何かを設置するのだろうか、中央が窪んだ台座の様な物が置かれていた。

朽ち果て欠けている壁を触りながら歩いていると、コツコツと奥から誰かが歩いてくる足音が聞こえてきた。私は咄嗟に剣に手をかけいつでも抜刀できる様に身構えた。

少し離れたところで足音は止まった。はっきりと確認出来ないがどうやら女性の様な風貌をしている。警戒を解かずその女性らしき人物に近寄った。

口元しか見えない薄暗さの中、女性はニッコリと笑みを浮かべると聞き馴染みのある言葉を口にした。

「こんにちは。ライセンスカードの提出をお願いします」

え?ギルド?なんでこんな場所で?いきなりの事で私の頭は混乱していた。

果たして今目の前で起こっている出来事は現実なのか?だが女性は確かに目の前に立ち、ライセンスカードの提出を求めていた。

戸惑いながらもその言葉に従い、ライセンスカードを取り出すと女性に手渡した。

女性はチラリとカードに目をやると手に持っていた依頼書を私に手渡し感情の無い声で言った。

「これが最後の仕事となります。辛い選択になるかもしれませんが無事帰還される事を祈っています。ではいってらっしゃいませ」

そう言うと空間が揺れ始めた。

「……何なんだ。何で急に……どうしてここにギルドがあるんだよ」

起こっている出来事に頭が追いつかないままワープは完了した。

私は手にした依頼書に目を通す。

最後の復讐を成し遂げよ。

方法は問わない。

宿敵の死亡を確認したら任務完了とする。

尚これがあなたの最後の仕事となる。

依頼書の内容もそうだが、辿り着いた先の光景に見覚えがあった。嫌な予感を覚え私の心臓はバクバクと激しく脈を打っていた。

「……何でだよ……何で最後の仕事がここなんだよ」


腰にぶら下げた剣や装備品がやたらと重たく感じる。不思議な事に体は現実の世界の朔夜のまま転移されたようだ。

僕は魔王の住まう古城、魔王城の玉座の間の扉の前に立っていた。

……カーマは現在船に乗っている。過去に戻っているとはいえいない可能性もある。それに賭けるしかない。

僕はその可能性だけを信じゆっくりと扉を開いた。

大きな広間にはポツンと置かれた玉座。そしてその玉座には深く腰掛け足を組み頬杖を付いた……カーマの姿があった。

再び鼓動が速くなるのを感じる。

「子供……?何だお前は?」

カーマはぶっきらぼうに言葉を放った。

「……僕を覚えていないのか?」

……カーマは何も答えない。

「……十年前にお前が殺した……勇者の息子だ」

僕はボロボロと大粒の涙を流しながらカーマに言った。

カーマは驚いた様な顔をして問い掛ける。

「何故泣く?……何故そんなにも苦しそうな顔をして泣くのだ?」

「……黙れ!僕はお前を……殺す!」

僕は泣き叫びながら剣を抜くと玉座に座るカーマへと切りかかった。

カーマの首筋で剣は止まった。プルプルと剣を持つ手が震える。

「……なんで避けないんだ!?」

僕が問いかけるとカーマは穏やかな目で私を見つめ優しく微笑みながら言った。

「……復讐をしに来たんだろう?父の仇なのだろう?だったら殺せ。お前にはその権利がある」

僕はカーマの胸ぐらを掴み叫んだ。

「ふざけるな!何が権利だ!立てよ!僕と戦え!」

そう叫びカーマの頬を殴った。何度も何度も殴った。

殴る度に共に過ごした日々が思い返される。

「何でこんな事しなくちゃいけないんだよ!何で僕がお前を殺さなくちゃいけないんだよ!復讐って憎い相手に対してするものだろう!なんで大好きなお前を傷付けないといけないんだよ!」

泣き叫びながらただひたすらにカーマの胸元を殴っていた。

カーマは殴るのをやめた僕の拳を握り、肩に手を掛け穏やかな声で言った。

「朔夜。思えばお前の名をちゃんと呼ぶのは初めてだな。何故だろうな。お前に殴られる度に不思議と様々なあるはずの無い記憶が頭に飛び込んで来る。お前やアベルと過ごした暖かい記憶だ。だが……私はお前の父を殺した憎い魔王だ。それは間違いないだろう?」

「違う!お前は父さんを殺していない!そんなの……最初から分かっていた事だ!僕は……勇者と呼ばれ皆からチヤホヤされたかった。ただそれだけなんだ」

僕はカーマの目を見つめたまま言った。

「だから僕はお前を殺す必要なんか無い!そうだ!僕はお前を殺さなくていいんだよ!」

自分を納得させる様に、殺さなくてもいい理由を作る様に自分に言い聞かせるつもりで言ったがカーマは首を横に振った。

「それではダメだ。これはお前が真の勇者になる為の物語だ。船でも言っただろう。お前の手でこの物語を終わらせろ」

カーマは諭す様に優しく語りかけた。

「嫌だよカーマ……僕にお前を殺す事は出来ないよ。いいよ!僕はずっとへなちょこのままでいい!へなちょこ勇者と最強の魔王のコンビでこれからも……」

カーマは言い終わる前に僕を突き飛ばすと

「いい加減にしろ!お前と私は絶対に相容れない宿敵同士なのだ!理解しろ!」

そう言うとカーマは杖を数度回した。

杖の上に火球が三つ浮かび上がった。そして杖を僕に向けると頬を掠めて火球が後ろに飛んでいった。

「はぁ……もういい。お前が終わらせられないならば私がお前を殺しこの物語を終わらせてやる」

カーマは深くため息を吐いた後、右手に剣を構え、左手に杖を持ちこちらに向かって飛んできた。

僕は寸前で振ってきた剣を避け後ろに飛ぶ。

カーマがそのまま杖を振ると尖った氷の柱がこちらに向かって飛んできた。

氷の柱を剣で叩き落とし更に飛んでくる火球を横に飛び避けた。

更にカーマは追撃してくる。まだ体制を崩したまま立てないでいる僕の襟首を掴むと反対方向に力任せに投げ飛ばした。

投げられた僕はそのまま激しく壁に叩きつけられた。全身に痛みが走り一瞬視界が霞んだ。

カーマがこちらに飛んできているのが分かったがもう避ける余力は残されていなかった。

僕は目を閉じ死の恐怖から全身に力が入り硬直する。

その瞬間だった。剣を伝って嫌な感触が手に伝わってきた。カーマの弟、ジュリに刃を突き刺した時と全く同じ嫌な感触。

力を込めた事によりダラリと下がっていた剣は持ち上がり、飛び込んできたカーマの胸部に突き刺さり貫通していた。

目を開いた僕は、その光景を見て泣き叫んだ。

「カーマ……ごめん!突き刺すつもりなんて無かったんだよ!僕が死ぬって分かってたから……その……ごめんカーマ!そうだ!すぐに!すぐあの回復魔法使えばまだ大丈夫だよね?死んでないから傷塞がるよね!?」

カーマは口から血を噴き出すと首を横に振った。

「バカだな……私がこんな止まっているだけの剣に突き刺さると思うか?」

「え……?わざと刺さったの?どうして……」

僕が涙を流しながら尋ねるとゆっくりと頷き

「弟の尻拭いをするのが兄の務めだろう?お前が私を殺す気になれないならそう仕向けるしかない。最後の最後までお前には手を焼かされる」

カーマは笑いながら指先で僕の涙を拭いた。

「泣くな。お前は勇者だろう?凛として前を向け。これからお前は人々の勇気のシンボルになるんだ」

そう言って頭を撫でるとギュッと僕を抱きしめた。

「……よく頑張ったな。あんなに弱くて脆くてただの子供だったお前がよくぞここまで強くなった……お前はへなちょこなんかじゃない。真の勇者だ」

そう言うとカーマは私の目をじっと見つめニッコリと笑った。

「目が霞む……お別れが近い様だ」

カーマの体がキラキラと輝き少しずつ天へと向かって崩れていく。

「嫌だよ!カーマ!兄だって言うならずっとそばにいてよ!僕を一人にしないでよ!」

ボロボロと涙をこぼしながら消えようとしているカーマの体を抱き締める……がするりと腕はすり抜けた。

もう判別も出来ない程の光の粒になったカーマが天へと昇る。

「愛しているぞ。私はお前と旅が出来た事を誇りに思う。本当に楽しい日々だった。お前は……一人では……ない。私は……いつも……そばに……」

天へ登っていくカーマの声が部屋中に響き渡った。

私はその場に泣き崩れた。

こんなに泣いた事はこれまでに無いくらいに泣いた。

胸が締め付けられる程の……とても大事な物を失ってしまった事で心が壊れそうになるほど辛かった。

任務終了です。お疲れ様でした。

もう僕の耳にこのアナウンスの声は届いていなかった。

転移が始まる……しかし今までなら空間が揺れ始めるはずなのだが今回は違った。

体がフワフワと宙に浮き始め、空へ向かって飛んでいった。

景色が高速で流れて行き、気がつくとゴールドランドの依頼を受けた遺跡の真上に到着していた。

体は更に上昇を続け島を見下ろす高さになるまで浮き上がった。

すると突然アナウンスが響き渡る。

復讐お疲れ様でした。あなたの行動の結果、魔王は倒されこの世界に平和が訪れました。本当に今までお疲れ様でした。

報酬をお受け取りください。

アナウンスが終わると突然頭上から何かが落ちてきた。

「……熊吾郎?」

僕の腕の中に落ちてきたのは見覚えのあるリボンをつけたクマのぬいぐるみ、熊五郎だった。

僕が熊吾郎を受け取ると、島が揺れ始め少しずつ沈んで行っているように感じた。体が勝手に宙を舞い始め島の上をグルグルと回った。

沈んで行く島を空から眺めながら、次に体は船の方へと向かい始めた。その時小船を漕いで船に向かうアベルの姿が。

僕は必死になってアベルへ呼び掛ける。

「アベル!アベル!お前のお陰で無事に熊吾郎を助ける事が出来たよ!本当にありがとう!」

そう叫ぶが聞こえている様子では無かった……だが何かに気付いたアベルはバッと空中を見上げると僕に向かってニッコリと微笑んだ……様に見えた。

僕の体はアベルを通り過ぎると更に加速し船へと近付いた。

一応帆桁を確認するが、そこにカーマの姿は無かった。

……やっぱりいないか。期待していなかったと言えば嘘になる。

わずかな可能性でも信じたかった。いつもの様にカーマが……青白い顔で帆桁に座っている姿を。

また噴き出しそうになる涙を必死で堪えると、体は海を越えラインドックの方向へと向かって行く。

空から見るラインドックの街並みを感慨深く眺め、改めてこの街の大きさを実感した。

更にカフト山脈、麓の村を越え、魔王城へと体は加速して行く。

魔王城上空へ到着すると体が止まった。

……ここから僕の冒険は始まった。

そしてここで終わろうとしている。

僕はスッと熊吾郎から手を離すと一人でにフワフワと熊五郎は浮き上がった。今にも喋り出しそうな熊吾郎を眺めていると、魔王城から浮き上がってくる光の粒が熊吾郎に集まって行く。

……え?カーマ?

何故かその集まって行く光の粒がカーマの様に感じた。

熊吾郎へと集まった光の粒が激しく発光を始めると僕の体を光が包み込む様に輝きを増し始める。

僕はあまりの眩しさに目を閉じた。

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