長い旅路の果て。アベルの書

おーい!おーい!

船員達が騒がしい。誰かが部屋をノックする音が聞こえる。

眠気を堪えながら起き上がり目を擦りながら扉を開けた。

「おはようございます。ちょっと外に出てもらえますか?」

アベルに促され私は外に出た。

少し霧がかかった水平線の向こう側に小さいが確かに島の様な物が見えた。

「……地図によると丁度あのあたりがゴールドランドと呼ばれている島の様ですね。ここは本来暗礁地帯なのですがクラーケンを倒したからなのか、水位がおかしな事になっているみたいですね。この船で行くには少し危険なので小船に乗り換える必要がありますが……行ってみますか?」

私は頷くと準備をする為に自室に帰った。

ここで全てが終わるかもしれない。またここに戻ってきて旅を続ける事になるかもしれない。どうなるかは行ってみなければ分からないが、何故かもうここには戻ってこないのではないかという気持ちが突然湧きあがった。

部屋を片付け荷物をまとめると私は部屋を出た。

ゆっくりと船内を見渡しながら甲板に上がった。帆桁に腰掛け遠くを見ているカーマに声をかける。

「おーい。出発するぞ!準備しろよ!」

声をかけるとカーマはゆっくりと降りてきて

「あの島へは……熊吾郎を助けに行くのだろう?ならばお前の手で助けて、そして二人で帰ってこい。お前の物語はお前の手で終わらせろ。いいな?私はここで待っている」

そういうとカーマはまたゆっくりと帆桁に戻り腰掛けた。

確かにそうだ。もしあの島に凶悪な何かが待っているにしても熊吾郎が捕えられているのなら私一人で救出するべき事だ。

心細く思いながらも私はアベルと二人で小船に乗り込み島に向かって出発した。

霧をかき分けながら船は進んで行く。

「結局カーマは来なかったのですね」

船を漕ぎながらアベルが呟いた。

「あぁ、お前の事だからお前が片付けて来いってさ」

アベルはフッと笑うと

「あの方……らしいですね。本当はもっと優しい言葉をかけたい癖に変なプライドからか不器用でぶっきらぼうな言い方しか出来ない」

私も笑いながら

「ただの変人なんだよ、あいつは」

正直に言うとカーマがいないのが不安だった。いつも最後には何とかしてくれた。カーマが控えているから勇気を出して戦えた。

兄弟のいない私にとってカーマは兄の様な存在だった。本当に兄がいたらこんな感じなんだろうなと思っていた。

カーマは私の事を弟に似ていると言っていた。この旅を経てカーマも私の事を本当の弟のようだと感じてくれただろうか?

胸を突く不安な思いを押し殺し私は船を漕いだ。

島に近付くにつれ徐々に島の全貌が見え始めてきた。

島全体はそこまで大きくないものの鬱蒼と木々が生い茂り、少なくとも人が住んでいる様な気配は無かった。

外観も噂に聞く金色に輝く島とは程遠い、悪魔が住んでいると言われても違和感が無いほど不気味な雰囲気を醸し出していた。

「私の夢はここで潰えそうですね」

アベルは笑いながらも少し悲しそうな表情を浮かべ、そう言った。

私達は島へ上陸し辺りを見渡すと、不思議な事に真っ直ぐと島の中央に向けて道が出来ていた。まるでここを進んで来いと言わんばかりに。

私達は吸い込まれる様に道を進んでいった。

不気味な雰囲気が島全体を包んでいる割にはモンスター一匹すら存在している気配を感じない。

それよりも長らく封印されていたのかというくらい時の流れを感じられなかった。

道の先にはポツンと古びた建物……というよりも遺跡に近い構造の建物があった。

私はその建物に近付くと

「……行こう」

と呟いた。

確証は無いがこの先に熊吾郎がいる。なぜかそんな気がしてならなかった。

私が一歩足を踏み出した時

「……行ってください。この先は朔夜。あなた一人で」

そう一言告げるとアベルは私に一礼し来た道を戻っていった。


朔夜と別れたアベルは上陸した時に見つけた海岸沿いの道を歩いていた。

(朔夜が一人で決着を付けに行ったんだ。私もこの島で自分の夢に決着を付けなければ)

海賊達の金銀財宝が眠る島。恐らくこれは本当の事だろうが長い年月埋まっているのならばもう探し当てたところで価値は無いだろう。

本当に時間が流れていれば。だが。この島の空気は異常だ。

遥か昔で時が止まってしまっている様な感覚だ。

海岸沿いをしばらく歩いていると数体の骸が砂地に倒れていた。

屈み込むとその白骨化した骸を観察した。

「……随分と古い衣服だ。暗礁地帯に座礁した船の乗組員の遺体が流れ着いているのかと思ったが……もしかしてこれは海賊の遺体か?」

少し骸を漁るとかなり昔の時代の金貨が出てきた。

「これは……私も見たことが無い種類の金貨だな」

ポケットに金貨を入れると他の骸も漁った。

他にもコンパスやボロボロの地図、酒などが出てきたがどれも今の時代では見たことが無いデザインの物だった。

ある程度骸を漁り終えると更に先を目指して歩いた。島の外周に沿って道が続いている様子だったが、私はこの付近に人がいる気配を感じ取っていた。

海辺には焚き火をした跡があり、魚の骨や貝殻などが転がっていた。

「……そこまで古い物では無い。というよりも昨日の夜ここで誰かが過ごしていたと言っても不思議じゃ無いくらいに新しい」

周りを見渡すと人がいる様な気配は感じるのだが普通の人とは違う……何か不気味な存在がここにいるような気配を感じ取れた。……焚き火の側に何かを引きずって行った様な跡がある。

その跡は森の方へと続いている様だった。

引きずった物が何かは分からないがその跡を追って行くうちに血の様な物がベッタリと地面に残されていた。引き摺られていたのが生物なのは間違い無いだろう。

その足跡は森を抜けた先にある洞窟へと続いていた。

腰からランタンを取り出すとそれに火をつけ、かざしながら洞窟を進んで行く。

洞窟の中は腐敗臭だったり獣臭だったり様々な臭いが立ち込めていた。胃から食べた物が迫り上がってくるのが分かったが何とか堪え口と鼻を布で押さえ進んで行く。

しばらく洞窟を進むと奥の方から何かを食べているのか、こねているのかネチャネチャと言う咀嚼音の様な音が聞こえてきた。

その音が止まったかと思ったその時、背筋に今まで感じた事が無い程の寒気が走った。

……何かが来る!

咄嗟にナイフを取り出したが、一瞬のうちに何かが目の前に迫り数度殴打された後、引きずられながら洞窟の外へと投げ飛ばされた。

頭をブンブンと振り意識が飛びそうになるのをなんとか堪え、ボヤける視界で洞窟からゆっくり出てくる生物に目を向けた。

目の前には二足歩行の人間とも獣とも取れない何かが立っていた。

「突然家に入られたのが不満でしたか?それでしたら失礼しました」

無駄だとは分かっていたが一応言葉を投げかけてみるも、特に返答があるわけではなく、カラカラと喉から謎の音を立ててこちらを見つめている。

服は着ている様だが肌は汚れなのか色なのか見分けが付かない程茶色く変色している。だが服装の雰囲気や腰に帯刀しているサーベルの様な物を見るに、海賊では無いかと私は思った。

「……もしかしてここに辿り着いたと言われている海賊ザメルですか?」

返答はないがその生物からは、昔父の書斎に飾ってあった大海賊ザメルの肖像画に似た雰囲気を感じた。

「……オレを……コロシテクレ……」

言葉なのか鳴き声なのか聞き取りづらいが確かにそう言ったように感じた。

私は被っていたハットを手に取りザメルと思われる人物に一礼すると

「……何があったかは分かりませんが……死ねない理由があるのでしょう。私であなたを縛る何かから解放してあげられるか分かりませんが力を貸しましょう」

ザメルはオオオ!と雄叫びを上げるとこちらに向かって突進してきた。

後ろに下がりながら飛びついてくるザメルの腕を数度切り付ける。

鮮血が噴き出すが痛みを感じないのかその傷だらけの腕でアベルの腕を掴み地面に叩きつけようとした。

叩きつけられる寸前で腕を掴み、背中に回り込みながら腕から背中にかけて切り裂いていく。

ボタボタと血が地面に流れ落ちてはいるが、弱っている様子は感じられない。

「随分と丈夫なんですね。普通の人間ならとっくに死んでますよ?」

血のついたナイフを拭うとクルクルと回しながらザメルに投げつけた。

ザメルの片目にナイフが突き刺さり、悲鳴とも威嚇とも取れる叫び声を上げこちらに向かってくる。

「少々本気で行かせて貰います!」

そう言うとスーツを広げ内部に仕込まれたナイフを次から次に手に取り投げつけていく。

ザメルの全身にナイフが突き刺さって行く。少しずつ前進をしていたザメルが動けなくなったのを確認するとナイフをクルクルと回しながら近付きそのまま髪を掴みうつ伏せに倒すと体に刺さっていたナイフが深々とめり込んでいき、ザメルが倒れた周辺が血だまりで染まって行く。

何かザメルが話しているような感じがした。屈みザメルの顔の前に耳を近付けると

「……アリガトウ……コレで……ミンナノ所へ……行ける……手間……かけた」

そう言ったかどうかは分からないがそう言った様に感じた。

ザメルの体がガタガタと震え始め蒸発したかの様な煙を上げながら白骨化して行く。

白骨化した遺体から盃のような物が転がり落ちてきた。

私は盃を手に取ると

「……聖遺物……かどうかは分かりませんがこれが私の夢の果て……と言う事になりますかね。」

私は盃を手に取りしばらく眺めた後、朔夜の向かった建物へと引き返した。

ゆっくりと朔夜の元へ向かっていると、突然地震の様な地響きが起こり島全体を大きく揺らし始めたかと思ったら、島がブクブクと沈み始めた。

私は海に飛び込むと小船があった方向に向かって泳いで行く。

(朔夜……無事脱出出来ているといいが)

小船に飛び乗りしばらく朔夜を探したが見つける事は出来なかった。

船へと向けて進んでいると、ふと突風の様な風が上空を舞って行った。その風は私の頭上でクルクルと円を描くと再び凄まじい速度で通り過ぎていった。

その風の様な物が通り過ぎる瞬間、朔夜の声が聞こえた様な気がして無意識に私は微笑んでいた。

(朔夜。見つけたんですね。あなたの夢を……)

私はゆっくりと船に横付けした。

船へ引き上げられた私は少しずつ沈んで行く島を眺めていたが暗礁地帯も海から現れていた為に船を動かしひとまず海域を離れた。

私は盃を自室へ移動させ大事に箱に入れると甲板に出てカーマを見上げた。だが帆桁にカーマの姿は無かった。

周りにいた船員にカーマについて尋ねてみたが、誰一人として彼の行き先について知っている者はいなかった。

念の為に数日二人を待ったが彼らがこの船に戻ってくる事は無かった。

私は二人の無事を祈りながら船をラインドックへと向け舵を切った。

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