出航の書

教祖死亡の報は瞬く間に街中に広まって行った。

トップを失った教団は、徐々に力を失って衰退して行った。

何者かによる暗殺という噂だが、フォールナット商会が関与していると言う噂が出ると、特に犯人探しをする事もなくこの事件は業務的に処理され街はいつもの様に回り始めた。

アベル率いるフォールナット商会がどういった組織なのか定かでは無いが、この街では相当力を持っている組織だと言う事は間違いないだろう。

私達は連日ゴールドランドへの手がかりを探していた。

教祖が事切れた後、部屋を探したがゴールドランドへの地図や手掛かりなどは一切発見できなかった。

重苦しい空気の流れる室内で、私とカーマはしかめっ面をしたままある男を見つめていた。

二人の視線の先には、ニコニコと笑顔を浮かべ私達と同じ机に腰掛けるアベルの姿。

「お前なんで毎日ここに来るの?」

私はアベルに問いかける。

「誰が君達の酒代と宿代食費を出してると思っているんですか?」

アベルは笑みを浮かべたまま答える。

そう。カーマが変形式の鎌に全財産はたいてしまった為、我々にはお金が無かった。

ギルドで金を稼ぐという選択肢もあったのだが、暗殺の次の日宿にやってきたアベルが、我々の生活費を出す代わりにゴールドランドの手がかりを探してくれと提案してきたのだ。

資金面で弱い我々に選択肢は無く、その言葉に甘えている状態になっている。

「遥か東の地、嵐を超えた先にある島。今ある情報はこれくらいか」

私は俯きながら呟くと、カーマがこちらを見て言った。

「最近元教団員達が残された教団の建物を解体し始めたのを知っているか?」

私とアベルが首を横に振ると

「あのじいさんがゴールドランドへ向かう為に巨大な船を作っていると言っていただろう?どうやらあれも解体されるという話を耳にした。何か出てくる可能性もあるから行ってみようと思うのだが……」

「私も行こう!中に何かあるかもしれない!」

私は伺いを立てる様な目でアベルを見ると、笑みを浮かべたまま

「どうぞどうぞ。私は仕事がありますので。」

その返答を聞き、私とカーマは教団へ向かった。

あれだけ繁栄していた教団の建物は、元教団員達によって崩され金目の物はほとんど持って行かれていた。

「……人とは真に愚かな物だな。昨日まで信仰し祈りと金を捧げていた対象が自分達を騙していたと知るとこうも簡単に手のひらを返し破壊し奪って行くのだから。こんな奴らにまともな信仰心など存在していないだろうに」

カーマが苦々しく元教団員達を見た。

私は何も答えず造船所を探した。

船が建造されていたのは教団の地下で、そこに造られていた簡易的な造船所で、そこに船大工達を集めて船を作製していたらしい。

ほぼ解体された礼拝堂の奥に地下へと続く階段を発見し、教団の地下へ向かうと、目の前に作りかけの巨大な船が見えてきた。

「かなりデカいな……どれだけの資金を注ぎ込んでいたんだ」

「金もそうだが人力でこれを動かすんだろう?相当な数の人も動員される予定だったはずだぞ」

カーマと私は階段を降りながら船を見た。

船にはまだそこまで解体の手はついておらず私とカーマは船の内部へと歩を進めた。

内部もまだそこまで作り込まれてはいなかった。地図らしき物も見当たらなかったが、ふと何かに気付いたカーマが船板の一部の前で立ち止まった。

「こんな所に隠していたのか」

そう呟くとカーマは船板に向かって杖を振る。小さな炎が船板を焼くと、焼かれた船板から地図の様な物がジリジリと音を立てて浮かび上がって来た。

「特殊な魔術で書かれた地図だ。魔力を与える事によって書かれた物が浮かび上がる様に細工されているのだろう。こんな芸当あのじいさんに出来るとは思えん。何者かが手を貸しているのかもしれないな」

カーマの魔法によって浮かび上がった船板を丁寧に剥ぎ取るとそれを手に私達は造船所を後にした。

その日の夜に仕事を終えたアベルと合流し、船から剥ぎ取った板を前にゴールドランドへの航路の打ち合わせを行った。

「……かなり短縮されて書かれていますが、地図と照らし合わせながら当てはめると……この辺りになりますね」

アベルは地図と板を見比べながら地図に印を付けて行く。

「確かにこの辺りは行った事が無い……というよりも近寄った事が無いというべきか。時期によって変わるのかもしれないのですが、この付近の海域は暗礁地帯になっていて船では近付けないのですよ」

ジッと地図を見つめながらアベルはクルクルとペンを回した。

「でもおかしいですね……この辺りに島と呼ばれる様な物は無かったはず。それに私もこの近辺には行った事がありますが割と穏やかな海域で嵐なんて遭遇した事もない」

私は静かにアベルの話を聞いていたが

「……だがこれ以上情報があるとは思えない。とりあえずこの海域に行ってみないか?」

私が提案するとカーマは眉を顰め不機嫌そうに言った。

「無駄足になるかもしれないぞ?」

「構わない。アベルも長い時間をかけてこの島の事を調べていたんだ。実際に行って自分の目で確認しなければ先に進む事も出来ないだろう」

アベルはにっこりと笑いながら

「ありがとう。朔夜。では私は出航の準備を進めておきますので準備が出来たら港まで来てください。長旅になります。しばらくの間この街には帰って来られなくなるので、やり残した事など無いようにしておいてくださいね?」

私達にそう伝えると地図をまとめ部屋を出て行った。

私達はしばらくの間無言で座っていたが意を結した様にカーマは切り出した。

「もし……島が無かった時、お前はどうするんだ?」

「最初からこのゴールドランドに熊吾郎がいるという確証は無かったんだ。何の手がかりも無かった所からお前とアベルのおかげでここまで近付けた。もしここに島が無かったとしても熊吾郎に関する情報が何も無かったとしても……それがこのゴールドランドという島の答えなのだろう。私はお前達と協力して一つの答えを見つけられた。それだけで満足だ」

私は微笑みながら答えた。

「お前らしいというべきか……お前がそれで納得するならばまぁいいだろう。」

カーマは納得の行かない様な表情を浮かべてため息を吐きながら呆れた様にそう言い立ち上がった。

「金はアベルから預かっている。俺は少し買い出しをしてくるからお前も準備をしておけ」

そう言うと荷物をまとめ部屋から出て行った。

あっ!

私はしまった!と思い部屋を飛び出したがそこにカーマの姿は無かった。

カーマに金を全て預けてしまった事を激しく後悔したが、どこに行ったのかも分からないのでひとまず部屋に戻った。

荷物をまとめながらこれまであった事を思い返していた。

熊吾郎を探しに来ただけなのに随分と長い旅になってしまったな。

色んな事があった。魔王カーマと出会い魔物と化した弟を殺害した事。

初めて仕事をいうものを経験した事。怪鳥に襲われた事。

巨大な教団に命を狙われアベルに救ってもらった事。

教団のトップを追い詰め巨大な教団を壊滅させた事……

あれ……?どうしてだ?この世界に来てからというもの……一度も熊吾郎の事を考えた事が無かった。

熊吾郎を探しにこの世界にやってきたはずなのに、いつの間にか私は旅をしている目的を忘れてしまっていた。

さっきカーマと話した時も、心の奥底では熊吾郎がいなかったらまた探す旅に出ればいいと思っていた。

そうすればまだこの旅を続けることができる。

熊吾郎を見つけてしまったら、この旅が終わってしまうのでは無いか。もっと冒険を続けていたい。心の底でその考えが少しずつ強くなっていたのだ。

私は頭をブンブンと振り、ダメだ!ゴールドランドへ行き熊吾郎を探す。今はそれに集中しよう!

浮かんでは消える雑念をかき消す様に騒がしい街に飛び出すと港へと向かった。

港ではアベルが部下達に指示を出し出港の準備を行なっていた。

私はアベルに近付くと

「随分と大きな船だな!何か手伝う事はあるか?」

「おや。随分と早かったですね。もういいのですか?」

アベルの問いかけに頷き次の言葉を待った。

「そうですね……でしたらそこに詰んである食料品を運んでいただいてもよろしいですか?」

アベルは木箱を指差してそう言った。

アベルの指差した木箱は、腰の高さほどある大きさの箱で大量の食材が入っているのかずっしりと重かった。その木箱を抱えると一つずつ船に運び入れた。

大汗をかきながら夢中になって何往復かしていると、誰かが後方から近付いてくる気配がした。

「なんだ。随分とヒョロヒョロとした見すぼらしい船乗りがいるなと思ったらお前か」

木箱を抱えあげた私の後ろに立ちカーマがニヤリと笑った。

「見すぼらしいとはなんだ!懸命に働いている人間に少しは敬意を示せよ!」

振り返り木箱を抱えたまま食ってかかると、カーマは私の顔をタオルで乱暴に拭いた。

「汗だけなら敬意を示してやらんでも無いが爆発にでも巻き込まれた様なその煤(すす)だらけの顔面は見すぼらしいだろう」

そう言いながらゴシゴシと私の顔を拭くとカーマは船に入って行った。

「ああ、後は私の部下達がやるのでもう大丈夫ですよ!ありがとうございました……おや。私の船……そんなに汚れていましたか?」

在庫確認や船の点検などを済ませたアベルが私の顔を見て驚いた様に聞いてきた。

「いや……厨房の位置が分からなくてウロウロしてたらいつの間にか……」

顔を伏せて答えると、ハハハと笑いながらアベルが鏡を手に取り私に渡してきた。

鏡には乱暴に拭かれた事によって煤汚れが顔全体へと広がった自分の顔が映っていた。

私はカーマに怒りを覚え、船に飛び乗りカーマの部屋を激しめにノックしたのだが、返事もなく一向に出てくる気配がないので大人しく自室で顔を洗っていたその時、ゆっくりと船が港から離れていくのが分かった。

船の外から歓声が上がる。顔を拭きながら外の様子を見ると港には商会の人間だろうか、船に向かって歓声をあげ手を振る人達、そしてその歓声を受け港に向かって手を振る船員達そんな全員の気持ちを乗せて船は港を出港した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る