ファルマーレ教団の書

部屋に入るとアベルは軽く自己紹介を済ませ、ファルマーレ教団について色々と教えてくれた。

アベルの話によるとラインドックを拠点として繁栄してきたファルマーレ教団は、最近の近代化の煽りを受け徐々に衰退していった。

何とかして教団員と資金を増やしたかった教祖はゴールドランドに金銀財宝が眠っているという噂に目をつけた。

そこから誰もゴールドランドに近付けないよう何年もの時間を費やしクリープランドは神の地だ。神域だ。と偽りの情報を拡散し自分自身を神の使徒と名乗り教団を大きくしていった。

船が完成したら恐らくゴールドランドに向かうつもりなのだろう。

その前に教団に侵入して教祖を殺害しゴールドランドまでの地図を手に入れる。

それがアベルの作戦だった。

私とカーマは黙って話を聞いていたが気になる事があった私は口を開いた。

「侵入するって言ってもあれだけ巨大な組織だしこちらも人数を集めないと囲まれて殺されるだけじゃないのか?」

「別に戦争をしにいくわけではないんですよ?それに教団に入ってる者達はそのほとんどが非戦闘員です。見つかりさえしなければ何の問題も無いですよ」

そう言うとアベルはどこから手に入れたのか教団建物内部の地図を取り出した。

「一階は礼拝堂がメインになっていて深夜でも人の出入りが多いので基本的に一階から侵入する事は不可能でしょう。教団員から服を奪って侵入も考えましたがどちらにしろ二階以上に行けるのは幹部のみなのでこの方法では無理だと判断しました。私達が侵入するならここ」

アベルは地図を指差し

「二階のこの部屋。主に教祖殿が幹部達を集めて会議をする部屋になっているようですが深夜なら誰もいないのでここから侵入するのが得策でしょう。上手く侵入出来たら見つからない様に三階の教祖殿の部屋を目指します。」

言い終わるとアベルは質問は無いか?と言う眼差しをこちらに向けた。

「二階から侵入すると簡単に言っているが梯子でも掛けて登るつもりなのか?」

カーマが腕を組んだ状態でアベルを見た。

「まさか。深夜とはいえ梯子なんかかけてしまえばすぐにバレてしまいますよ。酒場にいた教団幹部を覚えていますか?」

私は頷き「私の事を羽交い締めにした連中だろ?」

そう言うとアベルはフッと笑いながら

「そのうちの一人。彼は私の会社の人間なんです。いつの日かこの作戦を実行する時のために忍び込ませていました。深夜二時。私の合図で窓からロープが降ろされます。それを使って登りましょう。会議室の窓は丁度通りからは見えにくい位置にあります」

そう言うとアベルは地図を閉じ立ち上がると

「では。今夜の二時に再び集合ということで。休息はしっかり取っておいてくださいね」

そう伝えると、ゆっくりとドアを閉めてアベルは出て行った。

「……おい。本当にあいつは信用出来る人間なのか?」

カーマはどこか不満げな顔をして尋ねる。

「……分からない。だけど教団に連れ去られそうになった私を助けてくれた」

「……もし奴の行動で私が信用出来ないと感じたら……その時は切るぞ?」

私は少し考えた後、黙って頷いた。

それから私達は休息を取り闇夜に紛れて外に出た。

カーマは懐かしのフードをしっかりと被り、私も全身を覆うローブを着けて合流地点に向かった。

深夜とはいえラインドックの街は彷徨いている人が多い。誰にも見つからない様に裏道や、時には民家の庭に侵入しながら慎重に動き何とか誰にも見られずに目的地に到着した。

アベルはまだ来ていない。私達は時間が来るまで待機していた。

……だが約束の時間の二時を過ぎてもアベルは姿を現さなかった。

「……周りを警戒しろ」

急にカーマが声を出した。

「え?何でだよ?」

私は急に声を出したカーマに驚きつつも聞き返した。

「約束の時間を過ぎた……これは罠の可能性がある。奴は教団とグルで私達二人を捕らえるために一芝居打っていた。なんて事も考えられる。」

確かにその可能性も考えられる。でも……どうしても私はあの鋭い眼光の奥底に人を慈しむ様な温かな目を持つアベルと言う男を疑う気にはなれなかった。嘘は付くかもしれないが人を騙す様な男では無い。何故かそう感じていた。

丁度その時、ゴソゴソと後ろの茂みが動いた。

「失礼。待たせてしまったね」

茂みを掻き分け息を切らせながら少し汗ばんだアベルが出てきた。

「……約束の時間を過ぎているぞ?商売人ならば時間を守るものではないのか?」

カーマはアベルを睨むと語気強めに放った。

「ははは。確かに。ですがあえて遅刻して相手を怒らせ正確な判断が出来ない状態で交渉をするというやり方もありますよ」

アベルはパンパンと服を叩くとにこやかにそう言った。

カーマはムッとした顔をしたまま立ち上がった。

アベルが建物の二階に向かって手で何か合図を送っている。するとゆっくりと窓が開き、そこから何かが下に垂らされてくるのが確認出来た。

私達は闇に紛れる様に建物に近付くと、アベルを先頭にして垂らされたロープを伝って二階に登って行く。

アベル、カーマはすいすいと登って行ったが、私は要領が掴めず少し登ってはズルズルと落ちるを繰り返していた。

二階の窓からイライラとした顔とニコニコと微笑んでいる対極な顔が二つこちらを見下ろしている。

アベルから何か指示を受けたのだろうか、ここの教団幹部に扮した部下とアベルが直接ロープを引っ張り始めた。

お陰で私の体はロープを握っているだけですいすい上に上がって行く。

壁の中間あたりまで上がった所で急に何かが上から伸びてきた。

「そこから落ちると面倒な事になる。掴め」

ブンっと鎌が首元に近づいて来る。

「危ないな!掴めるわけないだろ!せめて柄の部分を使えよ!」

上から降りてきた鎌を避けると私はカーマに向かって小声で注意した。

引き上げてもらって会議室に侵入すると既に教団幹部と思われる男が三人床に転がり縛られていた。

「これで少しは動きやすくなるでしょう」

アベルはそう言うと部屋を出て、慎重に廊下を進んで行く。

二階には幹部以上しか出入り出来ないと言う事と深夜という事もあり人はほとんど見当たらなかった。

私達は物音を立てない様静かに廊下を通り三階へ向かう階段を探す。

内部に詳しいアベルの部下がいるお陰ですんなり三階へ向かうことは出来たが、教祖がいるであろう部屋は頑丈にロックされていた。

「もういいだろう」

そう言うとカーマは杖を扉へ向けた。がアベルは杖を掴み首を横に振る。

その時。扉の向こう側から声が聞こえた。

「そこにいるのは誰だ?」

アベルは人差し指を口の前に持っていき、静かにする様私達にジェスチャーを向けるとアベルの部下が扉に近付き小声で話しかけた。

「深夜に申し訳ありません。教祖……酒場であった男が教祖に会わせろと入り口で暴れておりまして……」

シーンと静まり返った後、ガチャッと鍵を開ける音がしてゆっくりと扉が開いた。

扉の前に立つ男達三人が視界に入ると教祖は、目を見開き誰かを呼ぼうと口を開いた。

その瞬間。カーマが杖で教祖の胸を突くと教祖は声を上げる事も無くそのまま後ろへひっくり返った。私達はそのまま部屋に入ると扉を閉め鍵をかけた。

教祖は何とかこの場から逃げ出そうと倒れた状態でキョロキョロと辺りを見渡す。

アベルが教祖の前に屈み声をかけた。

「夜分に申し訳ありませんね。どうしてもお話しておきたい事がありまして」

「ここには私達以外誰もいません。ですから正直に話してください。……ゴールドランドへの地図はどこに隠しているのですか?そして……あなたは何の為にゴールドランドへ向かおうとしているのですか?」

教祖は少し驚いた様な顔をした後にニヤッと口元を歪めアベルを睨みつけながら言った。

「金の為に決まっているだろ!海賊共の財宝など残しておいた所で何の役にも立たん。ならば有効に活用した方がよいだろう!」

アベルは目を逸らす事なく教祖を真っ直ぐと見据え

「……それが例えあなた方教団の教えに背く行為だとしてもですか?」

教祖は耳に手を当て馬鹿にした様な声をあげ

「はぁ?教え?くだらん!そんなくだらん事を信じていた結果どうなったと思う?お前達フォールナット商会が交易によってこの街には無かった海外の便利な物を街に流通させた事で、古き文化は廃れ便利なものばかりを求め効率ばかりを優先する機械の様な街が出来上がったのだろうが!この教団もそうだ。信仰心に溢れた者達の目は便利な文化によって曇り神を崇めると言う行為は古いものだと……効率の悪いものだといつしかここは人一人近付かない場所になってしまった」

教祖は目を見開き憎しみを込めた目をアベルに向ける。

「そこで目を付けたのがゴールドランドだ。海賊の財宝の眠る島。ここを島ごと掘り起こして山程の財宝を手に入れればまた元の姿に戻れる。こんな惨めな生活を送らなくて良くなる。だが島を掘るにも船を漕ぐにも人手がいる。ワシは考えた。ゴールドランドを誰にも見つからずそして人手を増やす方法は無いかと」

「……それで歴史的な書物も全て改竄したと?」

私は教祖を見下ろしながら言った。

「騙される方が悪い!だが騙すにしても大人は疑い深い生き物だからな。まずは子供から騙す事にした。クリープランドという架空の島を作り出しそこを神の住む島だと記した。そしてその神の言葉を聞く事が出来るのがこのファルマーレ教団だけだと。するとどうだ。一人また一人と子供を連れた家族がこの教団に集まるではないか。これはいいとワシは更に本を書いた。子供向けの本から神話。神話から伝説。するとどうだ!教団には馬鹿の様に金が入り、再び人で溢れ返る場所となったのだ」

私は心の奥底からこの教祖に嫌悪感を覚えた。

純粋な人の心を弄び金をむしり取り、挙句の果てに島へ渡る時の労働力にしようとしているのだ。

「……神を冒涜する者が神の教えを語るなどあってはならぬ事だ。もう喋るな。反吐が出る」

カーマは教祖を睨みつけたまま鎌を振りかざす。

スッと片手を上げカーマを制すと、アベルは穏やかな口調で教祖に語りかけた。

「……私もこの教団の出した本のファンだ。幼い頃からクリープランドに思いを馳せいつかこの神の島に降り立ちたい。そして叶う事ならば神と会話し神の世界の物をこの私の住むラインウッドに持ち帰りたいと。小さな少年は大きな夢を胸に商人になった。夢の島を目指し世界を回った。まるで私があの本の……少年の頃に見ていた本の主人公になった気分だった。とても心躍る毎日だった……だがあなたはそんな少年の夢を踏み躙った」

アベルは鋭い眼差しを教祖に向けた。

「はっ!……だから言っただろう!騙される方が悪い!それにお前達商人も似た様な者だろうが!お前達フォールナット商会に粗悪品を高値で売り付けられたと聞いた事があるぞ!」

アベルは被っていたハットを取ると教祖の手に握らせニコッと笑った。

「私は自分の目を信じています。この目で見て商品の価値を決めて売っています。それで私の商品が粗悪品だと言うのであれば、それはその方の物を見る目が無いだけ。それを持つに値しない人間だったのでしょう。それと教祖殿。騙された方が悪いのでは無いのです。私にしろ、あなたにしろ、最後まで……死ぬその時まで相手を騙し切れた者が勝ちなんですよ」

アベルはそう言うと教祖の口を塞ぎ手にしたハットの上から胸に向かってナイフを突き立てた。

教祖は目を見開き、しばらく悶えていたが程なくしてアベルに抱き抱えられるような体勢のまま後ろへ力無く倒れた。

「さようなら。そして夢をありがとう……あなたの代わりに私が夢の果てを見に行ってきますよ」

事切れた教祖の耳元で呟くとゆっくりと立ち上がり部屋から出て行った。

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