その男の名はアベルの書

それから数日間カーマが戻ってくる事は無かった。

一人で部屋に引きこもっていても不安から余計な考えが頭をよぎり、気持ちが鬱々とするだけなので情報収集も兼ねて街に繰り出した。

しかし……どうもこの街は好きになれない。

人の入れ替わりが激しいと言う事もあるのだろうが、どこか業務的で感情というものをあまり感じられない人間が多い印象を受けた。

まるで機械と会話しているような気さえするのだ。

だがそんな機械人間だらけのこの街で唯一人間味を感じる人々が集まる場所があった。

酒場だ。

どうすれば人が効率よく流れるかを最優先で考えられたこの街の、丁度中央に位置した場所にあり日々人で溢れかえっていた。

私はここ数日間酒場に足を運んではクリープランドについての情報を集めていた。

酒には不思議な力がある。私は酒が飲めないから何が美味しいのか理解出来ないが、寡黙な人間でも酒を口にすれば流暢に話す様になり大事な情報でも垂れ流してしまう。そんな不思議な力を持った飲み物だ。

今日もいつものように酒場の二階、隅の席に腰掛け人々を観察しながら水を煽っていた。

キョロキョロと周りを見渡し人々を見定める。

……見つけた。

おぼつかない足取りで二階に上がってきた髭面の男性。

目線が定まらず顔を真っ赤にしフラフラとフロアを歩いている。私はその男性に話しかけ酒を奢る。

カーマに資金のほとんどを渡してしまった為、少量の酒に水を入れたほぼ水と言ってもいい酒だったがほとんどの人物がそれを酒だと思い飲んでくれる。

男性は嬉々として椅子に腰掛けベラベラと話し始める。頃合いを見計らいクリープランドについて聞いてみると

「おお!クリープランドか!……噂によると島付近に近付くとバカみたいにデカい魚の化け物が出るって話だ」

……ダメだ。この男性もクリープランドについて語りはするがほとんどがおとぎ話の様な内容ばかり。

大した情報を持っていないと判断した私は男性との会話を切り上げ次を探す。

次のターゲットを探し辺りを見渡していると、黒いスーツに身を包んだ三人組の男達がこちらに近付いてきているのに気付いた。

その異様な雰囲気から目を合わせない様にしていたが、三人組は真っ直ぐに私を見据えて歩いてくる。

そして私の元に辿り着くと中央の男性が話しかけてきた。

「失礼。ここ……よろしいですか?」

そう言いながらハットを目深に被った男性は、こちらの返事を待たず対面の席に腰掛ける。

「初めまして。私フォールナット商会と言う貿易商の代表をしているアベルという者です」

そう言うと男性は丁寧に名刺を机に置いた。

「フォールナット商会?……商人が私に何の用だ?」

私はチラッと名刺に目を向けた後ぶっきらぼうに聞いた。

「そう邪険にしないでいただきたい。なんでもここ数日間この酒場でクリープランドへの行き方やクリープランドの情報を聞いて回っている人間がいると耳にしたもので」

トンとテーブルに両手を置くとアベルと名乗る男は、顔に笑みを浮かべたまま返事を待った。

「別に深い意味は無い……酔っぱらい同士子供の頃から知っている共通のおとぎ話で盛り上がっていただけだ」

アベルは、あははとわざとらしく笑い声をあげた。

「水で酔えるとは随分と便利な体を持っているものですね。それに捕まえた全ての人間にクリープランドの事を聞いておきながら、おどき話で片付けるのは無理があるのではないですか?」

返事をせず黙って聞いているとアベルは更に話し続けた。

「あなた……黒いローブを羽織った金髪の男の仲間なのではありませんか?その男も色んな場所に出向いては、こそこそとクリープランドの事について聞いて回っていたという噂ですよ。そしてその金髪の男が一人の情報屋を雇って更に調べさせていたらしいのですがその情報屋……消されたみたいですよ?」

目深に被ったハットの隙間から鋭い眼光が覗いていた。

汗が頬を伝うのが分かる。

私は何も答えず黙ってアベルの目を見ていた。

「……この街でクリープランドの事を調べるという行為がどれだけ危険な事か分かりましたか?別にあなたを心配して言うわけではありませんが……あなた一人でもこの街を出た方がいい。あの黒いローブの男もどうなったか分かりませんよ?……あぁ。ちょっと忠告をするのが遅かった様ですね」

アベルは後ろを気にする仕草をするとスッと席を立つと、その後ろから顔を布で覆った異質な出立の集団が現れた。

その集団の中央から真っ白なローブに身を包み立派な白い髭を貯えた司祭風の老人が現れ、髭を触りながら私に話しかけてきた。

「お前達か?神域についてあれこれ聞き回っているという輩は?」

老人はおっとりとした雰囲気からは到底かけ離れた威圧感のある眼光をこちらに向け聞いた。

「……神域?なんだそれは。私はクリープランドというおとぎ話に出てくる島の話をしていただけだ!」

私がクリープランドという言葉を口にしただけで集団がざわつき始め、老人はワナワナと怒りに震え私の座る机を殴りつけた。

「貴様の様な信仰心の無い者が口に出していい言葉ではない!恥を知れ!」

老人はそう怒鳴り声をあげ何か合図の様に右手を上にかざすと、その集団をかき分け屈強な男達が現れた。

その男達は座る私に掴みかかり力任せに外に連れ出そうとしてくる。

必死に抵抗し何とか抜け出そうとするが、男達に羽交い締めにされ動きを封じられてしまった。

「ああ、横から失礼。教祖殿。一度お会いしてお話をしてみたいとずっと思っておりました」

その様子を見ていたアベルが、教祖と呼ばれた老人と羽交い締めにされた私の間に割り込んで入ってきた。

教祖と呼ばれた老人はチラッとそちらに目をやると一瞬眉を顰めた後、笑顔を浮かべ両手を広げた。

「おお!フォールナット商会の若殿ではないか!父君は元気かな?」

そう言うと私を抑え込んでいる者達に手で「連れて行け」というジェスチャーを送り無理矢理私を外に連れ出そうとする。

「まぁまぁお待ちください。」

アベルはそう言いながらゆっくりと私に近付くと男達の腕を掴み、その勢いのまま腕を捻り上げると屈強な男達は苦悶の声を上げその場に跪いた。

「今からあなたと話す内容はこの男も関係してくる事なので勝手に連れていかれては困ります」

老人はムッとした表情を浮かべアベルを睨みつけた。

「私も幼い頃からクリープランドに関する本をよく読んでいました。伝説の島、神の島等様々な呼び名で呼ばれていたクリープランドに夢は膨らんでいきました。神に会いたい。神と会話したい。幼かった私の稚拙で幼稚な夢です。しかしどれだけ調べてもこの島が存在していると確証の持てる物が一切出てこなかった。全ての本が同じような内容で締め括られていました。島は幻だと。クリープランドについて調べるのはもう辞めよう。夢を諦めよう。そう思っていた時ここラインドックの酒場でクリープランドについて調べている男がいるという噂を耳にしました。そこにいたのが彼なのです」

アベルはそう言うと私の目を見て少し微笑んだ。

「……たかが商人風情が神と対等に語り合えるとでも思っているのか?」

老人は吐き捨てる様に言葉を投げかける。

「夢の話ですよ。教祖殿。どんな人間にも等しく夢を見て語れる権利がある。そうは思いませんか?……さて。ここからが本題なのですが」

アベルはゆっくりと椅子に腰掛けると老人にも座る様に促す。老人が椅子に腰掛けたのを確認すると一息付き話を続ける。

「クリープランドについて書かれている書物。その全てがあなた方の教団によって出版されているものでした。歴史書から児童書に至るまで全て」

貯えた髭を手でさすりながら話を聞いていた老人がニヤリと口元を歪め答えた。

「それの何が疑問なのかね?我々がクリープランドについて調べた事知っている事を綴ったまでの事。むしろ教団に入らずともここまで情報を知る事が出来るのだと感謝して欲しいくらいだが」

アベルは控えさせた二人の部下に何か伝えると老人の目を見据えた。

「私は仕事柄様々な国に行く事が多いのですが、ある日今までほとんど足を踏み入れていなかった土地に立ち寄った時の事なんですがね?そこの露店には見た事もないような商品ばかりが並んでいました。ですが……そこでこんな物を発見したんですよ」

そう言いながら部下と思われる一人から一冊の本を受け取る。

「あなた方が出している本と全く同じ物です。ただ出版元があなた方教団ではない事と出版されている年もかなり古い物だ……更に本の中に目を通して見るとこの本とあなた方教団の本とでは書かれている内容が全く違いました」

老人は目を見開きどこか落ち着きなく視線を動かしている。

「そしてこの本には一切神の島や幻の島などと言う言葉は使われておらず、ある男の名とその男の物語が書かれていました。他の島の名前は多少出てくるのですが、どこを読んでもクリープランドという名は……」

「黙れ!」

アベルの話を途中で遮り激しく机を叩きつける。

「教祖殿何を取り乱しておられるのですか?それではまるでこの本の内容を教団が改竄し誰もこの島について調べられない様にしたと言っている様な物ですよ?」

アベルは老人を見据えたままニヤリと笑う。

「おのれ!誰かこの男を捕らえろ!」

そう叫ぶと先程私を羽交い締めにした男達が腰掛けるアベルへと向かっていく。

アベルの部下が男達とアベルの間に割って入り私もアベルの隣に駆け寄り剣に手をかける。

後ろにいる教団関係者、更に酒場にいた客や店主達がザワザワと声を上げ始める。

アベルは皆に聞こえる様な声で

「この本にはこう書かれていました。遥か昔海賊団を率い世界中の金銀財宝を集めたザメルという海賊がいた。誰も到達したことがないと言われている遥か東の地を目指し航海をしていた。とある海域に近付いた時激しい嵐に見舞われ船団は壊滅。船長であるザメルの乗る船のみが嵐を乗り越えある島に辿り着いた。ザメルはその島に積み込んだ金銀財宝を下ろした。そして金銀財宝で埋め尽くされたその島はいつしか金色に輝くゴールドランドと呼ばれる様になった。と」

アベルの話を聞いていた客達が騒つく。

老人はワナワナと震え今にもアベルに飛びかかりそうな勢いだった。

「あなた方最近巨大な船の製作を行なっているみたいですね?向かうつもりですか?ゴールドランドに」

老人は黙ったまま立ち上がるとくるりと踵を返し部下達に言った。

「やれ。こいつらを生きて帰すな。必ず殺せ」

そう言うとその場にいた教団員達が波となり襲いかかってきた。

「さぁ。教祖殿を追い詰めますよ?」

アベルは向かってくる教団員達に机を蹴り上げぶつけると、チラッとこちらを向いてそう言い裏口へ向かって走り出した。

もみくちゃになっている教団員とアベルの部下達の間をすり抜け私もアベルの後を追う。

外も大勢の教団員達が怒号をあげながら私達を探している様子だった。

見つからない様に裏道を進みアベルを探すが見当たらない。

更に裏道を進み、ようやく教団員達の声が遠ざかったと安心していると

「いたぞ!」

誰かの声が響き渡った瞬間、あっという間に教団員達に囲まれてしまった。

私は剣を抜き、捕らえようとしてくる教団員達を牽制する。

(流石に一人でこの数をどうにかする事は無理だ……)

どこか抜けられる場所は無いかと教団員達を見るが全員で重なりながらジリジリと囲んで来ていて、どこからか抜け出すのは困難な状況だった。

その時だった。集団の後方にいる教団員から断末魔とも取れる声が上がった。

「やれやれ。隠密行動の一つも取れないとは」

数人の教団員が倒れアベルがこちらに近付いてきた。

教団員の目がアベルに注がれた。教団員達は何かを口々に叫ぶとアベルに向かって切り掛かって行った。

私は咄嗟に手にした剣で教団員を切り伏せた。

……嫌な感覚だった。カーマの弟のジュリを突き刺した時以来の感覚。

この切り付けた相手がモンスターであれば気持ち的にも違ったのだろうが、人を切ると言うのは何とも気持ちが悪い感覚だった。

その後も数人切り伏せると、合わせた様にアベルも手にしているナイフで何人か切り伏せ私達は合流した。お互い背を合わせ続々とやってくる教団員達を迎え撃つ。

……キリがない。倒しても倒しても次から次に湧いてくる。

少しずつ疲れが見え始め集中力が途切れて行く。一瞬だった。ほんの一瞬敵から視線を逸らしたその時。突然目の前に現れた教団員の刃が私に向かってキラリと輝いた。

その刃は真っ直ぐに私の胸に向かって来ているのが分かった。全身の血が一気に引いていく。周りの光景がスローモーションになって行く。

アベルがこちらに駆けているがとても間に合わない。

私はゆっくりと目を閉じた。

……死んだ。そう思った。その時だった。

私の横を一陣の風が吹き抜けていった。

巨大な鎌の薙ぎ払いで次々と教団員が倒れて行く。

ハッと意識が戻った時にはほとんどの教団員が地に伏せ、残った数人の教団員も腰を抜かし震えながらアベルと巨大な鎌を手にした男が刃を交えている姿を見つめていた。

私はすぐにその大鎌を手にしている男がカーマだと気付き、慌てて二人の間に割って入った。

「待て!ダメだ!」

そう叫ぶと私の腹部に鎌が、首筋にはナイフが、後寸前と言う所で止まった。

「急に飛び出すな!危ないだろ!死にたいのか!」

カーマが叫ぶ。

「やはり黒いローブの男。あなたの仲間でしたか」

そう言うとアベルはナイフに着いた血を拭き取りカーマを見る。

「何だお前。この者達とは無関係の者か?」

カーマは倒れた教団員を睨むと鎌を肩にかけ私を見る。

私はカーマにこれまでに起こった出来事を話した。

カーマも雇った情報屋を教団員に殺され顔を布で覆った教団員を見つけては殺して回っていたそうだ。

「お前……その大鎌はどうしたんだ?」

流そうにも流せないあまりにも目に余る巨大な武器に私は触れた。

「ん?これか?」

カーマは肩にかけた武器を私の前に向けるとブンと振った。

巨大な鎌がカシャンと音を立てコンパクトな棒に姿を変えた。

「おい!なんだよそれ!どうやったらあんな巨大な鎌がそんな形状になるんだよ!」

私は驚き棒をベタベタと触った。

「ほう。変形式の武器ですか。海外製の武器でかなり珍しい物のはず」

アベルも物珍しそうにカーマの武器に目をやった。

「どうだ?似合うか?魔王と言えば鎌だろう?」

そう言いながら少し微笑むと皮袋を私に投げる。

フワフワと重みの無くなった皮袋が私の目の前に落ちた。

「ああ!お前また……」

前回のチョーカーといい今回の武器といいカーマはどうも浪費癖があるようだ。

この男に金を預けるのは辞めよう。

私はそう心に決め二人と共に宿に入って行った。

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