到着!ラインドックの書
私は雨に打たれながら急いで山を駆け降りた。
山を駆け降りて行くうちに徐々に雨の勢いは収まっていき、山の麓ではカーマが腕を組んで待っていた。
「雷系の魔法を使うと絶対に大雨が降るから使うのは嫌なんだよ。」
カーマは鬱陶しそうにカフト山脈上空の分厚い雲を睨みつけると、合流した私と共にラインドックへと向かった。
ラインドック付近の道は、流石大陸一の大都市と言うだけあってしっかりと整備されており女性や子供、お年寄りなどでも自由に往来出来るほど警備体系が行き届いていた。モンスター一匹見かけなかった程である。
大都市ラインドックにはこれまで見たことがない程の人で溢れ返っていた。
まるでこの世界の人間をここに集結させたのかと言うくらいどこを歩くにも人の山だった。
私達はそそくさと人混みを抜けて宿に向かった。
しばらくはここを拠点としてクリープランドへの情報を集めなければならない。
しかし宿で受付をしている時にほとんど資金が底をついてしまっている事に気がついた。
私はギロっとカーマを睨みつけると無駄な買い物をしないよう、ここでの待機を命じてギルドへと向かった。
これほどの大都市には初めて来たので人の圧に負けてなかなか街の中央へ入れなかったのだが少しずつコツを覚え、人波に逆らわず流れる様に進み、遠回りにはなったがようやくギルドへと到着した。
ギルドへ入るとまずはその規模の大きさに驚いた。
村のギルドと比べるのは流石に失礼だとは思うが、ほぼ並ばずに仕事を受注することの出来た前回とは違い、5つも用意されてある受付は人で溢れ、仕事を受注するにもかなりの待ち時間がありそうだった。
私は最後尾に並び自分の順番が来るのをひたすら待った。
だが流石は毎日これだけの人数を捌いているだけあって、すいすいと行列は進みあっという間に自分の番がやってきた。
受付の女性はニコッと笑顔を見せ
「こんにちは。ライセンスカードの提出をお願いします。」
そういえば前回仕事をこなした後にカードの様な物を渡されていたのを思い出した。
簡単に言うと本人確認や今までどんな仕事をこなしたかを確認する様な物なのだろう。
私はカードを女性に手渡すと機械のような物に差し込み依頼書を渡してきた。
「今回のあなたの仕事はこちらになります。いってらっしゃいませ。」
ニコッと笑うと早く行けと言わんばかりに視線を次の人に向ける。
依頼書を受け取ると内容を確認する前にまたぐにゃりと空間が揺れ始めた。
私は目を閉じると揺れが収まるのを待った。
ゆっくりと目を開けるとまたしてもそこは馴染みのある場所だった。
そう。自宅である。
自宅で一体何の復讐をするのだろうか、全く心当たりがなかった僕は依頼書へと目を落とした。
仕事で家を空けることが多くあなたと母に寂しい思いをさせている父親に復讐せよ。
方法は問わない。
3人が再び笑って過ごせる事が確認出来たら依頼達成とする。
……確かに父親は仕事で全国を飛び回っており家には年に数回しか帰ってこなかった。
僕も母も寂しい思いはしていたが、いつの日かいないのが当たり前と感じる様になり、母と二人幸せに暮らしていければいい。そう感じていた。
僕の心の中ではそれで解決していた……もしかしてお母さん?
母が父の仕事をどう思っているのか、寂しくないのかそんな気持ちを聞いた事も無ければ気にした事もなかった。
僕は部屋を出ると母の姿を探した。
家の中を一通り探すが見当たらない、外に出てみると庭で花を植えていた。
僕は母に近付くと少し明るい声を作って話しかけた。
「ねぇ?次はお父さんいつ帰ってくるんだっけ?」
「さぁ?いつもいきなり帰ってくるからいつかは分からないわね。ご飯の準備とか色々としなきゃいけない事があるんだから事前に教えてくれないと困るのよね。」
母は手を止める事なくぶっきらぼうにそう言い放った。
「そっか。」
僕はそう一言言うとそのまま部屋へと戻った。
……どうしたものか、父がいつ帰ってくるかも分からない。母も明らかに父に対して不満を持っている様子。
解決しなければあの世界に帰る事も出来ない。
その時だった。何やら玄関でバタバタと音が聞こえた。
「おーい!朔夜ー!帰ったぞー!」
お父さん!?
僕はバタバタと玄関に向かって走った。
「おお!元気だったか?今日はあまりお土産は無いんだが……」
僕の頭を撫でると父は包装紙の様な物で出来た小さな袋を手渡してきた。
ありがとう。と言いながら袋を開けていると
「お前ゲーム好きだろう?空港に伝説の剣が売ってあったから買ってきたぞ。」
父はにっこりと笑みを浮かべながら袋を開ける様子を眺めていた。
袋を開け取り出すと台紙に乗っけられビニール袋に包まれた剣が出てきた。
その剣はキーホルダーになっていて、鞘には立派な竜が巻き付き刃の部分が鞘から抜き出せる様な仕組みになっていた。
「……嬉しいけど、これがなんで伝説の剣なの?」
僕は不思議そうな顔をして父に尋ねると、父は頭をぽりぽりと掻き困った様な顔をして
「……え?だってその台紙に伝説の剣シリーズって書いてあるだろ?竜が巻き付いてるし……なんかゴツゴツとしててカッコいいじゃないか!それにお父さんが伝説の剣だって感じたんだからこれは伝説の剣なんだ!」
満面の笑みを浮かべ自信満々に答える父に
「そっか。ありがとう。」
と伝え無造作にポケットに剣を突っ込むと父は何か感じ取ったのか苦笑いしながら部屋の奥に入って行った。
騒がしくなった室内に違和感を感じた母が家に入ってくる。
いつもなら部屋に戻りゲームでもするのだが、依頼でここに来ていると言うのもあるし、何やら胸騒ぎの様なものを感じて部屋の奥に行った父の後を追った。
小声ではあるが語気が強く何やら言い合いをしているような声が聞こえてきた。
僕の心臓がドキドキと鼓動を早める。いつもだった。
僕の起きている時間は家族三人、仲良く食卓を囲み笑いながら話しているのだが僕が部屋に戻りベッドに入るといつもリビングから二人の言い争う声がうっすらと聞こえていた。
僕は父と母の争うその声を聞きたくなくて熊吾郎を強く抱き締めベッドに深く潜り込んでいた。
父の事も母の事も大好きだった。だけど2人が喧嘩をするくらいなら……寂しいけど父に帰ってきて欲しくなかった。
ゆっくりと二人のいる寝室に歩いて行くと母が小声で父に何かを問い詰めていた。
パキッ。
僕の踏んだ床が音を立てると二人がこちらを向いた。
僕の姿を確認した二人る慌てた様子で
「おお!朔夜、部屋に戻ってたんじゃないのか?ほら!お父さんのあげた伝説の剣をお母さんに見せてあげて!」
父はあたふたとしながら僕のそばに駆け寄ってきた。
「朔夜。お母さんは少しお父さんと話があるから少しの間部屋に戻ってて?」
母は何かを覚悟したように真剣な眼差しをこちらに向けてそう言った。
(ダメだ。僕が何とかしないとこのままじゃ二人は……)
でも子供の僕に二人を止める術は思いつかなかった。
僕は部屋に戻ると熊吾郎のいないベッドに潜り込んだ。
(カーマ……お前がいてくれたらこういう時どういう助言をしてくれるの?やっぱり僕はお前がいないと何も助ける事の出来ないへなちょこ勇者だ。情けないよ。)
何もしてあげる事も出来ない自分に歯痒さと腹立たしさを感じ涙を流した。
……いつの間にか寝てしまっていたのだろう。
もう周りは真っ暗になっていた。
コンコンと部屋をノックする音が聞こえるとゆっくりと扉が開き、眩い光と共に父が部屋を覗き込んできた。
「朔夜?……体調が悪いのか?」
父は不安そうな顔を浮かべて聞いてくる。
僕はベッドから上半身を起こすと
「……眠くなったから少し寝てただけだよ。大丈夫。」
父はそっか。と言うとゆっくりと部屋に入って扉を閉めた。
そして電気を付けるとゆっくりとベッドに腰を下ろした。
「朔夜……お父さんな。この家にはもう帰ってこないかもしれない。」
ズキっと僕の心臓が勢いよく動きはじめる。
「……え?どうして?」
「お父さんな?勇者になって魔王をやっつける旅に出ようと思ってるんだ。」
そう言うとにっこりと笑ってこちらを見た。
嘘なのは分かっていた。嘘も冗談も下手くそな父だが父なりに僕を心配させない様にそんな言い方をしているのだろう。
「……そんなの。魔王なんてゲームの世界の話じゃないか。」
父は気まずそうに顔を背けると
「……お父さんには世界を救うなんて大それた力は無いけど、お前達二人が元気に平和に暮らしていける世界が作れるんだったら何だってする。」
「……どうしてお父さんが家から出て行ったら平和な世界が作れるって思うの?」
父は少し考え込みながら口を開いた。
「……お父さんが魔王なのかもしれないな。お父さんが家に帰ってくるとお母さんは機嫌が悪くなっちゃうんだ。」
「それはお父さんがいない間お母さんがこの家を守っているからだよ!お父さんが家にいて僕達を守ってくれないからお母さんが勇者になるしかないじゃないか!」
僕の発言に父は驚いた様な顔をした。
「そうか……そうだよな。いつも家を守ってくれてるのはお母さんだ。だからお父さんもこの家に帰れているんだもんな……やっぱりお父さんは魔王だ。この家の平和を乱してしまっている。」
僕はベッドから立ち上がって父の前に立ち叫んだ。
「いいじゃないか!魔王でも!勇者と魔王でこの家を守ればいいじゃない!そんな世界最強の二人が手を組んだら勝てる奴なんてこの世にはいないよ!……二人でそんな世界を作ってよ!」
僕の目からはいつの間にか涙が溢れ出していた。
父は俯いて聞いていたが、はははっと笑い声を上げると
「そうだな!朔夜は天才だな!宿敵のはずの魔王と勇者が手を組むなんて考えもしなかったぞ!」
そう言いながら僕の頭を優しく撫でてきた。
涙でぼやけてよく見えなかったが父の目にも涙が浮かんでいる様に見えて何故だかそれが可笑しく見えて笑いが噴き出てきて、僕も泣きながら笑っていた。
僕の声に飛んできたのだろうか。いつの間にか母も部屋の入り口に立っていて僕達の様子を笑いながら眺めていた。
その瞬間フワッと体が浮き上がる感覚があった。
母が笑いながら何かを話すと父と僕はリビングへと歩いて行った。
そしてその様子を見送る僕の周りの景色が揺れ始める。
任務終了です。お疲れ様でした。
そうアナウンスが聞こえると私はギルドの目の前に戻ってきた。
再び長い行列に並び依頼書を提出する。
「復讐お疲れ様でした。あなたの行動の結果、夫婦は離婚の危機を乗り越えた様です。いい仕事振りでしたね。お疲れ様でした。」
ニコッと業務的に微笑むと判子を押しパンパンに詰まった皮袋を机に置いた。
私はそれを手に取るとギルドを出た。
(あの出来事が現実だったのかゲームなのかまだよく理解出来ない。前回の様に過去に戻っていたのか?だが熊吾郎がいなかった。だとしたら一旦現実に戻ったと言う事になるのだろうか……)
ダメだ……いくら考えても分からない。
色々と考えながら歩くうちにいつの間にか宿の前に辿り着いていた。
宿の扉を開くとカーマがソファーに腰掛け退屈そうに欠伸をしながらこちらを見た。
「お疲れさん。無事に仕事をこなした様だな。」
そういうとソファーから立ち上がりこちらに向かって歩いてきた。
「ん?なんだその腰の剣は。随分と立派な物を手に入れたな。」
私は驚き腰に手を当てると何やら立派な剣を帯刀していた。
慌てて腰から外して見てみると、父から貰ったあのキーホルダー型の剣だった。
鞘に龍が巻き付いていてゴツゴツとした見た目、間違いなくあの剣だった。
(なんでキーホルダーが実際の剣に……)
現実では起こり得ない事が起こる世界に来ている。考えるのは辞めよう……
カーマも興味津々に剣を覗き込んでいる。
「ほう。これほどの装飾がなされた剣はなかなか見ないな。どこで手に入れたんだ?……まさかお前仕事で得た金を全て注ぎ込んで買ってきたんじゃないだろうな!」
私はムッと顔を顰めてカーマを睨みつけ言った。
「お前と一緒にするな!この剣は父さんに貰ったんだ。伝説の剣なんだって。」
私は笑いながら剣を眺めて言う。
「伝説の剣……お前の父はもう……どこかに置いてあったと言う事か?」
「まぁ……そんな所だな。」
私は説明が面倒になり適当に誤魔化すと話を切り上げ部屋を取った。
「さて資金も十分に得たしその剣を手に入れた事で、装備もひとまずは揃ったと言ってもいいだろう。後はクリープランドへどう向かうかだが……」
部屋に入ったカーマが椅子に座りながら話し始めた。
「お前が仕事をしている間、宿に来る者達に尋ねていたのだがいくつかの情報が集まったぞ。」
「本当か!じゃあ行く方法が見つかったのか!」
私は身を乗り出して聞いた。
「慌てるな。とりあえず集めた情報をまとめると……」
クリープランドはおどき話に出てきた島で実在しない。
地図には乗っていない最果ての地に晴天の日にのみ現れる。
クリープランドは遥か昔に存在していたと言われている島で現在は、とある軍の基地として利用されている。
クリープランドを探して旅に出た者は現在まで誰一人として帰ってきていない。
絵本や児童書の中で神様が住む島として登場する誰もが知っているただのおとぎ話。
そもそもクリープランドという島は存在していない。
「まぁ……こんな感じだな。」
カーマは目を伏せて残念そうに答えた。
「……なんだよそれ……じゃあクリープランドなんて島、この世には無い可能性が高いって事かよ!」
私は机を叩き怒声を上げた。
「そう怒鳴るな。その熊……熊吾郎がはっきりとクリープランドと言ったわけではないのだろう?ならば他にランドと名の付く地域が無いか探そう。」
カーマは落ち着いた声で私を諌めた。
「何か……手がかりがあるのか?」
私が尋ねるとカーマは宙を眺め何かを思い出す様な素振りをすると
「……無くはない。だが調べるのに少々金はかかるが。」
私は机に皮袋とドンと置くと
「好きに使ってくれ。情報を得るためならば必要な経費だ。」
カーマは皮袋を手に取ると立ち上がり
「しばらく時間をくれ。必ず情報を持って帰る。」
そう言うと立ち上がり長い金髪を靡かせながら部屋を出ていった。
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