旅立ちの書
私はムッとした顔で魔王城を後にした。
それはがっしりと手を握りあった後、ワープホールへと歩を進めている時に判明した。
「あ。そうだ。私は自分の作ったワープホールには入れないから今後これは使えないぞ。」
衝撃の言葉だった。正直に言うと魔王と手を組んだ理由の一つにこのワープホールを使えば、目的地に辿り着くまでの移動時間を短縮出来ると考えていたのだ。
だがこのワープホールを作り出す本人がこれに入れないとなれば徒歩で移動するしかない。
私は一瞬にして計画が狂った事に腹を立てていた。
「自分は使用出来ないとかどれだけ不便な魔法なんだよ!」
乱暴に地面を踏みつけながら私は船着場へと進んで行く。
「仕方がない事だろう!一歩ずつ進んで行くのも冒険の醍醐味だと思うが?」
「醍醐味より効率が大事なんだよ!」
「へなちょこの癖に効率など気にしている場合か!お前は弱いんだから少しずつ戦闘を重ねて経験を積め!」
「へなちょこではない!お前こそ肝心な時に役に立たないポンコツ魔王だろうが!」
「……なんだと?この私をポンコツ扱いだと?」
しばらく言い合いを続けていたがポンコツと言う言葉にカチンときたのか、先を歩く私の肩をガシッと掴み魔王が突っかかってきた。
掴んで来た腕を手で払うと私は声高に言い放った。
「……朔夜だ!僕の名は朔夜!」
「……ん?……僕?」
訝しげに見つめる魔王を前に私は慌てて訂正する。
「あれ?……私の名は朔夜!だからへなちょこではなく朔夜と呼べ!」
一瞬やたらと幼く感じた勇者に違和感を覚えつつも魔王は頷き
「朔夜か。外の世界で魔王と呼ばれると人間共も不安がるだろうからな。私の事は……カーマと呼べ。」
「そうか。分かった。カーマ!じゃあクリープランドに向かうにはまずどこを目指せばいい?」
「まずは大都市のラインドックを目指すのがいいだろう。人の多い場所は情報も集まる。まずはこの小舟で対岸のマリーヴェル大陸に渡ろう。」
私はコクリと頷き、2人は小舟に乗り込むとゆっくりと対岸に向かって漕ぎ出した。
少しずつ魔王城が遠ざかっていく。カーマはどこか感慨深げに小さくなって行く魔王城を眺めていた。
「なんだ?もうホームシックか?」
私はニヤニヤしながらカーマに問いかけた。
「そんなものではない……だが城を離れるのは本当に久しぶりだ。」
カーマは対岸に着くまで一言も発さずに遠ざかっていく城をただ黙って物思いに耽る様にずっと眺めていた。
私は慣れた手つきで岸辺に小舟を括り付けると、陸地へ降り立ちしばらく周辺を歩いていた。
何事もなく歩いていると、ある違和感に気がついた。
「なぁ?なんかさっきから私達を見たモンスターが逃げて行っている様に感じるんだが。」
カーマは周りを威嚇する様な目付きで睨みながら
「いくらローブで魔力を抑え込んでいるとはいえ、私は俗に言う魔王と同レベルの力を持っているからな。圧倒的な力の差を感じて本能的に逃げているんだろう。それにお前の付けているそのブレスレットも、多少は魔除けの効果があるからそれも関係しているのかもな。」
逃げていくモンスター達を目で追いながらカーマは更に続けた。
「ずっと先に見えている山が分かるか?あの山を越えて行った先にラインドックがある。」
私は手をかざしながら言った。
「カフト山脈だよな?結構な高さで険しい道が多い山だと聞いたことがあるけど……うぅ。始まって早々こんな難所を越えないと行けないなんて。」
カーマは少し考える様な素振りをして
「確かに昔はそんな話を聞いたが……最近ではこの山を通ってラインドックを目指す商人や旅人が多いらしく、かなり整備が進んでいる言う話だが。まぁ……どちらにしても装備品の新調や食糧の調達は必要だ。山の麓に小さな村がある。そこでしっかり準備をしてから向かうぞ。」
私とカーマは並びながらカフト山脈への道を歩いていった。
麓の村に着く頃にはすでに日は暮れかけていた。
「今日はここで泊まって明日山に向かうとしよう。宿の予約はしておくからお前は装備を整えてこい。」
そう言うとカーマは私に向かって手を差し出した……が同じタイミングで私も手を出していた。
「……え?」
お互い驚いた様子で顔を見合わせた。
「お前金持ってないのか?」
カーマの言葉を遮る様に
「え、お前こそ魔王なのに金無いの?」
カーマは腕を組むと
「私は人間の社会で生活してないんだ。金なんて持っているわけないだろ!……お前こそ今までどうやって生きてきたんだ?」
「……街では魔王に親を殺されてしまった可哀想な子供と言うような扱いだったし……街の人達が食糧や衣服は持ってきてくれていたからお金がなくても生活にはそこまで困らなかった。」
「なるほど……だからあんな丸腰で私の城に乗り込んできたのか……」
カーマは納得したという様子で頷いた。
「でも金がなければ今日泊まる事も出来ないし、山を越える事も不可能なんだよな?……なんか手は無いのか?」
カーマは少し考えた後に思い出した様に切り出した。
「人間の世界にはギルドというものがあるはずだ。その人にあった仕事を斡旋してくれる場所だ。こんな小さな村でも支部くらいはあるだろう、探してみたらどうだ?」
「ギルドか……確かに私の街にもあった様な気はするが近寄った事はおろか仕事という仕事もした事無いからな……そうだ!あのさ!モンスターとか倒してお金とかアイテムって集められないの?」
カーマは不思議そうな顔でこちらを見つめ言った。
「……なんで野生のモンスターが人間の使う金やアイテムを持っていると思うんだ?倒して使えるものと言ったら皮や牙、爪、肉程度ではないか?」
私はそっと目を逸らすと
「ゲームだとそう言うものだと思ってたけど……案外リアルなんだな……」
ボソリと呟くと一旦カーマと分かれギルドを探した。
カーマに聞いていたギルドの特徴でもある袋に入ったお金のマークが付いた看板を探して歩いた。流石に小さめの村と言う事もありギルドはすぐに見つかった。
私はギルドに入ると早速登録を済ませ仕事の内容の説明を受けた。
「あなたの仕事内容ですが……復讐になります。」
受付の女性はにこやかに笑いながら伝えてきた。
「……復讐?」
「はい!」
相変わらずニコニコと笑っている。
「え?仕事の内容が復讐なんですか?例えばここにいる人達の代わりに復讐を成し遂げるみたいな?」
「いえ、これはあくまであなたの仕事内容が復讐という事になります。人それぞれ仕事の内容は違います。例えばあそこの青い服を着た男性は狩猟が仕事になっています。森に入り動物やモンスターの肉などを取って来て、ここに納品する事で報酬が支払われます。」
女性は男性に手を向けて説明を始めた。
「なるほど……あの人の仕事内容はバッチリ理解出来たけど肝心な私の仕事の方はさっぱりだな。」
「とりあえずやってみたほうが早いですよ。それではまずこちらの依頼をこなしていただきます。よろしくお願いします。」
そう言うと女性は何かが書かれた紙を手渡し
「いってらっしゃいませ。」
とにこやかに送り出した。
すると突然周りの空間がぐにゃりと揺れる。揺れは徐々に激しくなっていき、自分が一体どこにいるのか判断できない程になってきた。
少しずつ揺れが収まり始めると、私はさっきまでいた所とは別の場所へと転移していた。
「……なんだ?ここはどこだ?」
さっきまでいた村とは違い現実の……我が家に近い交差点に立っていた。
そして隣には見覚えのある顔が。
え……横峰君?
横峰君とは小学一年生の頃、一番仲の良かった友達で家も近かった事もありよく一緒に登下校していた。
何か話してるのか横峰君は楽しそうに笑いながら歩いている。不思議な事に横峰君の声が全く聞こえない。
(なんだこれ……夢?)
僕の手には先程女性から渡された紙が握られていた。
立ち止まりその紙を開いてみると「依頼書」と書かれておりこんな内容が書かれていた。
横峰を虐めていた二人の少年に復讐せよ。
方法は問わない。今後絶対に二人が横峰に手を出さない事が確認出来たら依頼達成とする。
そうだ……思い出した。
体も小さく気も弱かった横峰君は、この日二人の少年にちょっかいを出され、泣いた事がきっかけで毎日虐められる事になる。
そしていじめを苦に不登校となってしまった。
僕は後悔していた。何か出来ることがあったんじゃないか、もう少し僕に勇気があれば横峰君を守ってあげる事が出来たんじゃないか。
僕は何かを覚悟すると、紙を折りたたみポケットに突っ込んで横峰君の隣に並んで歩き始めた。
確か……僕がトイレに行きたいと言って、公園のトイレに寄った時に、僕を待っていた横峰君が二人に絡まれて泣かされたんだったな。
そう頭で認識すると、突然尿意がやってきた。
(なんだよ!こんな事まで再現されるのか!)
僕がトイレに行きたいと話をしたのか、横峰君は公園に向かって歩いている。
(声が聞こえないのは不便だな!こっちも声が出せないから場所を変える事も出来ないのか!)
公園に着くと横峰君はトイレの横に設置されているブランコに腰掛けた。
僕は急いでトイレに入ると戦闘の準備を始めた。
トイレットペーパーを両腕に通し装着すると両ポケットに使い古した石鹸を突っ込んだ。
そして右手にはトイレ界最強と呼び声の高いスッポン(ラバーカップ)を装備した。
程なくしてトイレの外から少年達のからかう様な笑い声が聞こえてきた。
僕は腕に通したトイレットペーパーを靡かせながら、颯爽とトイレから飛び出した。
トイレを出て横を見ると、少年二人に絡まれている横峰君を発見した。横峰君は暗い顔をしてジッと俯いたままブランコに座っている。
「おい!早くブランコから降りろよ!」
「ここは俺達専用のブランコなんだぞ!生意気に座ってんじゃねーよ!」
何故か少年二人の声は聞こえる。
「おい!やめろ!」
僕は叫び、走る勢いのままに少年の一人にタックルをかました。
少年はタックルされた衝撃で倒れ込み、偶然にも馬乗りになる体勢を取った僕は、両足で少年の両手を押さえ込み鼻の穴に指を突っ込んだ。
「やめろよ!何なんだよお前!早く指抜けよ!」
叫ぶ少年を尻目にもう一人の少年を警戒する。
もう一人の少年は驚いた様子でこちらを見ていたが、すぐさま少年を助ける為にこちらに走って来る。
僕は右手のスッポンを置くと、ポケットに入れた石鹸を投げつけた。
石鹸はうまい具合に走って来る少年の足元に落ち、石鹸を踏んだ少年がつるりと滑り転けた。
倒れた姿を確認すると僕は再び馬乗りになった少年を見下ろしてゆっくりと指を抜き、左のポケットに入れていた使い古して小さくなっている石鹸を手の中に隠すと
「おい!さっきトイレで捕獲した新鮮なゴキブリが今この手の中にいる。これを今からお前の服の中に解き放つ。」
ゴキブリと聞き、ギャーギャーと叫ぶ少年の服の中にそっと石鹸を入れる。
人間とは不思議なもので、それが石鹸だろうと石だろうと目で確認しなければゴギブリだと思ってしまう。
少年は叫び、暴れながら地面を転がり回った。
僕はスッポンを手に取ると、立ち上がりさっき石鹸でこけた少年の元にゆっくりと近付いていき、顔に向かってスッポンを近付けた。
「何千……何万と菌のついたスッポンだ。味わえ。」
僕がスッポンを顔に押し当てようとするとすでに涙目だった少年は大声で泣き出した。
僕はスッポンを下げ少年に顔を近づけると
「いいか!もう絶対に横峰君に悪さするな!次手を出したらこのスッポンをお前の口に付けてスポスポするからな!」
少年はワーワーと泣きながら、うんと頷いた。
僕はそっと少年の目の前にトイレットペーパーを置くと転がり回ってる少年の所へ向かった。
ようやく石鹸だと気付いたのか、はぁはぁと息を切らしこちらを睨んでいる。
「お前!ゴキブリじゃないじゃないか!ふざけるな!ムカつくんだよ!」
ぜぇぜぇと息を切らしながら、少年は激昂して向かって来るがすでに相当体力を消耗していたらしく、軽く肩を押しただけで力無く倒れた。
僕は再びスッポンを顔に向けると
「分かったよ!俺が悪かったよ!ごめんなさい!」
少し不貞腐れた様に言った。
「2度と横峰君に手を出さないか?」
「横峰って誰だよ!……あぁブランコに座ってたあいつか。別に何もしないよ!」
少年はチラッと横峰君を見て言った。
「本当か?もし手を出したら今度は本当にゴキブリを持って来るからな!」
「分かったよ!約束するよ!だからゴキブリだけは辞めてくれ、本当に苦手なんだ。」
少年にそう約束させると
「鼻……拭けよ?血が出てるぞ?」
そう呟きそっとトイレットペーパーを置いて横峰君の所に向かった。
横峰君はキラキラとした笑顔を浮かべ、何かを話すと楽しそうに走りながら僕と共に公園を出て帰っていった。
……あれ?あれは一年生の僕?
楽しそうに話しながら歩く二人を眺めていると、上空から女性の声が聞こえてきた。
任務終了です。お疲れ様でした。
そうアナウンスが聞こえた瞬間、再び空間が揺れ始め元の村に帰ってきた。
目の前には受付の女性。私と目が合うとにこやかに微笑み
「復讐お疲れ様でした。あなたの行動の結果、彼は現在も元気に学校に通っているだけでなく、虐めていた少年達とも良好な関係を築けているようです。完璧な仕事でしたね!お疲れ様でした。」
そう言い微笑むと
「では依頼書の提出をお願いします。」
促される様に依頼書を受付に置くと「了」という判子が押され、皮袋にパンパンに入った金貨が渡された。
私はギルドから出ると、少し考え事をしながら夜の村を歩いた。
(ゲームの世界と現実がリンクしているのか?僕が……いや私がギルドで依頼をこなすと、現実でその結果が反映されて行くという事か?今回はうまく行ったがもう少し慎重に行動しなければ……)
そういえばカーマはどこに行ったのだろう。
村をぶらつきながらカーマの姿を探す。しかしどこを探しても彼の姿は見当たらなかった。
仕方なく二人分の部屋を取り、連れが来たら部屋に案内するように。と頼み床に着いた。
……どれくらい寝ていたのだろうか、誰かが部屋に入って来る気配を感じて体を起こす。
「……悪い。起こしてしまったか?」
両手に袋を抱えたカーマがそろりそろりと部屋に入ってきた。
「……なんだそれは?」
カーマの持つ袋を指差して聞いた。
「これか?私はギルドで仕事を受ける事が出来ないから、代わりと言ってはなんだが野生の生物を狩って干し肉や干し魚を作っていた。」
「……へぇ。干し肉って作るのに結構な時間がかかる物じゃないのか?」
目を擦りながら尋ねると
「かなり魔力を弱めた風魔法と氷魔法を混ぜれば簡単に作れるんだぞ。1つ食べてみるか?」
ゴソゴソと風呂敷から何か出そうとするカーマを制して再び横になった。
「……無事に初めての仕事をこなしたみたいだな。上出来上出来。」
カーマは嬉しそうな声色でそう言うと、横になったらしくゴソゴソと布団に潜り込む音が聞こえた。
私もカーマが寝たのを確認すると再び目を閉じた。
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