再会の書
「うわぁぁぁぁぁ!」
ワープホールの中は以前経験した時とは大きく違っていた。
どこか深い谷の底に落ちていく様な感覚で、私は手足をバタバタと動かしていた。
ガバッと起き上がると魔王が玉座に座っていた。
「起き方までもうるさい男だな……」
頬杖をつき、呆れた様な眼差しをこちらに向けて面倒くさそうに呟いた。
「おい!熊吾郎をどこにやった!攫ったのはお前か?」
魔王は怪訝な表情を浮かべため息を吐きながら言った。
「はぁ?熊吾郎とは誰だ?」
私は部屋の中をキョロキョロと見渡し
「その黒いフードが何よりの証拠だ!しらばっくれるな!お前の言うことは信用出来ない!ちょっと城の中を調べさせてもらうぞ!」
「おい!ちょっと待て!勝手に動き回るな!」
魔王の言葉に耳を貸さず私は立ち上がると部屋の外へと走り出した。飛び出したはいいが、私は目の前に広がる光景に困惑していた。
魔王城は想像以上に広かった。部屋数も相当な物で一部屋一部屋見て回っていたらどれだけ時間がかかるか分からない。
走りながら怪しげな部屋はないかと視線を左右交互に向けながら探した。
部屋の扉を見て回っていると、1つだけ色が違う扉がある事に気付いた。
「おーい!見て回るのは勝手だが色が違う扉には近づくなよー!」
魔王の声が館内放送のように城中に響き渡った。
(裏を返せば違う扉の中には何か隠してるって事だな。バカな奴め!)
私はニヤリと笑うと赤い扉の前に立った。
扉には何やら護符のような物が貼られていた。何かを封印しているのだろうか。それとも攫った熊吾郎を閉じ込めているのだろうか。
先ほど魔王の警告もあって、剥がすのを躊躇ったが確認しなければ気が収まらなかったので、思い切ってビリッと護符を剥がすと勢いよく扉を開けた。
「うっ……なんだこの生臭さは。」
真っ暗な部屋の中から独特な臭いが漂ってきた。
奥の方から何かがこちらに向かって歩いてくる様な気配がする。
フッとその何かの気配が消えたかと思ったら、一瞬で私の目の前に現れ頭を掴み投げ飛ばされた。
廊下を突っ切り向かいの壁に叩きつけられそのまま崩れ落ちる。視界がぐらぐらと揺れる。
獣臭のような死臭のような……不快極まりない匂いを纏いそれは近付いてくる。
視界がぼやけてはっきりとは見えないが人型のそれはユラユラとゾンビの様に歩き、血の様に真っ赤な目を輝かせながらダラダラと涎を撒き散らしながらこちらに近づいて来る。
「くそ……力が入らない。」
立ち上がろうとするがガクガクと足が震えて思う様に動かない。
「こんな所で死ねるか……私は熊吾郎を助けなければいけないんだ……」
力が入らず徐々に視界が狭まっていく。こんな所で終わってしまうのか。私はこの程度の人間だったのか?自分の情けなさに悔しさと怒りが込み上げてくる。
……こんな所で倒れているようで何が勇者だ。近付いてくる獣を睨みつけながら小さく呟いた。
カツカツと誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。
「あーあ……だから忠告したのに。」
騒ぎを聞きつけた魔王がゆっくり廊下を歩いてくる。
魔王は何かをブツブツと呟くと杖をクルクルと回した。
すると私の体を緑色のオーラの様な物が包み込んでいく。
「傷が……癒えて行く?」
さっきまで立てない程にダメージを受けていた体が嘘の様に回復しているのを感じる。
「ほら、早く立て。食われるぞ?」
近づいて来た魔物の噛み付きを間一髪で交わし、魔王側まで引き距離を取った。
「礼は言わんぞ!」
チラッと魔王の方に目をやると
「いらん。代わりに……こいつを倒すのを手伝え。もうこの状態では留めておくのも限界だろう。」
「?」
私は怪訝そうに魔王を見るが魔王は何も言わず魔物をジッと見ている。
「……可哀想に。こんな醜い姿に変貌してしまったのか……」
ブツブツと魔王は聞き取れない声で何かを呟いた。
「おい!へなちょこ!これを使え!」
魔王は壁に飾ってあった剣を私に投げ渡して来た。
「誰がへなちょこだ!剣は使わん!危ないだろ!俺には拳がある!」
向けられた剣をぐいと魔王に押しやるが無理やり手に持たせてくる。
「いいから使え!そんな拳じゃ私はおろかそこら辺のモンスターにすら勝てんぞ。」
私は仕方なく剣を受け取ると鞘から抜き両手で構えた。
「ほう……初めて剣を持つにしては格好が付くじゃないか。」
魔王はニヤリと笑ってそう言った。
「くっ……重たい。」
ボソリと呟く私の前に出て魔王は何かを詠唱していた。
杖でコツリと床を叩くと氷の柱が床から出現し、魔物へ向かって無数に伸びていく。
見た目とは違い機敏な動きで氷の柱を交わすと魔王に向かって飛びかかった。
「うぉぉぉぉ!」
一直線に魔王に飛びかかってくる魔物に向かって横から振りかぶった剣を叩きつけた。
剣は魔物の肩に当たるも傷は浅い。
だが叩きつけられた衝撃で魔物は床に転がり私も弾き飛ばされた。
「剣が当たったら引け!そうしなければ切れん!まずは刃物の扱いを覚えろ!」
魔物に近寄り肩に刺さった剣を引き抜くと、魔王が追撃の氷の礫を魔物に向かってぶつける。
全身に深く食い込んだ礫を見て魔王はボソリと詠唱をした。
するとその礫が氷の剣と変化し魔物の全身を貫いた。
「おい、へなちょこ。その魔物はもう瀕死だ……その剣で……心臓を貫け。」
「え……そんな事……」
今まで魔物はおろかモンスターすら殺した事が無かった私は片手に剣をぶら下げたまま視線を下に向けた。
「勇者なのだろう?世界を守る存在なのだろう?お前が殺せなかった……見逃した魔物が村を襲い街を襲い新たな悲劇を生み出すかもしれないのだぞ!勇者ならば魔物は躊躇いなく殺せ!それが勇者の務めだろう!」
魔王は私の目を見つめたまま諭す様にそう言った。
私はコクリと頷くと、膝をつき苦しそうに呼吸している魔物の胸部に向かって力の限り剣を突き刺した。
手を伝って肉を裂き骨を砕く感覚が伝わってくる。嫌な感覚だった。魔物とは言え命を奪うこの感覚に嫌悪感を覚えた。
魔物は雄叫びをあげると力無く両手を床についた。
突き刺さった剣をゆっくりと引き抜くと、魔物の呼吸は浅くなり前のめりに倒れようとしていた。
その時だった。
魔王が私の横をすり抜け、倒れかかる魔物をグッと抱き締めた。
「ジュリ。助けてあげられなくてすまなかった。こんな姿になったお前を閉じ込めたままにしてすまない。弟1人すら助けられなかった情けない兄を許してくれ。」
魔王はそう呟くとギュッと強く魔物を抱き締めた。
……気のせいかもしれないが魔物の目から涙の様な物がこぼれ落ちた様に見えた。
「……弟?私はお前の弟を殺したのか……?」
私は意味が分からずに困惑した様子で魔王に尋ねた。
「……気にするな。私がお前にさせた事だ。それにもうこれは……魔物に成り下がった者で弟ではない。」
何かしらの感情を押し殺した様な声で魔王は答えた。
私は何も言えずにその場に立ちすくむしかなかった。
(初めて殺した相手が魔王の弟だと……なぜ魔物の姿に……)
息絶えた魔物は魔王の腕の中でキラキラと光り塵となって天へと昇って行った。
魔王は消えていった魔物の足元に落ちていた何かを拾うと、そのまま声を発する事無く自分の部屋に戻っていった。
血の付いた剣を拭うと鞘にしまい、魔王の後を追って部屋に向かった。聞きたいことが山ほどあった。言いたい事がたくさんあった。
魔王は玉座に腰掛け、頬杖をつきながら先程拾った何かを片手に持って眺めていた。
私は魔王の目の前まで行き問い詰めた。
「……話せ。弟の事を。全て。聞かなければ私は納得出来ない!」
魔王は大きくため息をつくとゆっくりとした口調で語り始めた。
……弟は私と違い病弱な体を持って生まれてきた。
何をするにも私の後を追いかけ何でも真似をする可愛い弟だった。
成長するに従い強力な力を得て行く私を見て人々は魔王と奉り始めた。
しかしそんな私とは対照的に魔法の才能の無かった弟は必死になって勉強をしていた。
そんなある日。弟は病にかかった。数百年に一度魔族の者だけがかかると言われている徐々に体が魔物へと変化して行ってしまう病だ。
放っておけば最終的には世界を滅ぼしてしまう程の力を持った魔物へと変化してしまう。
魔族の者達は基本的に大人しく、無駄な争いをしない種族なのだが、お前達の世界で言う世界を滅ぼす魔王というのは病にかかった魔族の者の成れの果てなのかもしれんな。
私は弟をそんな魔物にさせない為、この古城に閉じ込め病を治す方法について調べた。
……様々な書物を読み、何か手がかりがあれば現地に飛び調査し、何年も費やし調べた結果……この病気を治す方法は一つだけだった。
それは……勇者と呼ばれる者の心臓を食べさせる事。
そうすれば病は消える。
という物だった。真かどうか分からない。
丁度その時だった。
勇者がこの城へ向かっているという噂を聞いた。
そう。お前達親子だ。
私はこれこそ運命だと思った。
弟を救う為にわざわざ勇者の方から来てくれるとは。
だが辿り着いた勇者は思いもよらぬ形で命を落とした。
私と戦わずして勇者は倒れた。
病を治すのに生死は問わないと書かれてあった。ただ心臓のみが必要なのだと。
しかしお前を目にした瞬間……私の中で迷いが生じた。
お前の姿が幼き頃の弟にそっくりだったからだ。
私も自分の行動が理解出来なかった。
なぜお前の父を……勇者を蘇生させようとしたのか。なぜ力づくにでも亡骸を奪ってしまわなかったのか。
そして十年の時を経てお前は再び私の前に現れた。
成長したお前は勇者と名乗ってはいたが余りにも弱かった。
だがお前の目は真っ直ぐ私を倒す事だけを考えていた。
まるで私に憧れ私を越えようとしていた弟の様に。
そしてお前は弟を封印していた部屋へ辿り着いた。
封印が解かれ、外に出た弟を見て私は思った。
弟は想像以上に変化していて、これ以上このまま閉じ込めて置くわけにはいかない。
こんな半分死んでいる状態の弟をこのままにしておくわけにはいかなかった。
苦しいだろう……悲しいだろう。だが私には弟の命を奪う事がどうしても出来なかった。
……お前には悪いと思っている。
最終的には弟の命を奪うという行為をさせてしまったのだから。
すまない。でもありがとう。弟を救ってくれて。
魔王は一通り話し終えると下を向いたまま何も話さなくなった。
私は黙って魔王の話を聞いていた。
……ポロポロと私の頬を涙が伝って行った。
「辛かったな……魔王……そうか。病を発症していたんだな。」
魔王は深くため息をつくと思い出した様に言った。
「で、再びここに来たのは父の仇か?それとも……その……熊……?」
「そう!熊吾郎!今は熊五郎を探す事の方が先だ!」
「何か手がかりはあるのか?」
「いや。はっきりとは……よく分からないんだが……ランドとか何とか」
「ランド……ランドと名の付く島はいくつかあるが……クリープランドという島なら多少可能性があるかもな。」
「クリープランドか……そこにいるかは分からないが行ってみる価値はありそうだな……よし!魔王、ワープホールを頼む!」
魔王は驚いた様な顔を私に向けると
「は?甘えるな!それに私が行ったことのない場所にはワープ出来んぞ。」
少しムッとした表情を浮かべぶっきらぼうに答えた。
「お前でも言ったことがない場所って事は……相当遠いと言う事か?」
魔王は首を振りながら
「遠いというよりも……クリープランドは別名神の住む島とも言われていて今まで生きて辿り着いた者はいないと言われている伝説の島で、本当に存在しているかも分からない島だ。」
私は嬉々と瞳を輝かせながら魔王の目を見つめた。
「へぇ!生きて辿り着いた者がいないって事は私が発見して足を踏み入れたら第一号って事か!」
「まぁ……実際に存在していればの話だが……その剣は餞別としてくれてやる。どんな者が待ち受けているか分からない。準備だけはしっかりして行くんだぞ?」
魔王はそう言うと私の左手を取り何かを括り付けた。
「ん?なんだこれ?」
「お守りのような物だ。幼かった弟が健康に育つ様にと願いと魔力を込め編んだ紐のブレスレットだ。意味があったのかは分からんがお前にくれてやる。お前が弟の分まで生きてくれ。」
キュッと私の腕にブレスレットを括り付けると魔王はワープホールを開いた。
「入れ。近くの街まで送ってやる。」
私は嬉しそうに腕に巻かれたブレスレットを見つめた後に、チラッとワープホールに目をやった。
そして玉座に近付き魔王に向かって言った。
「なぁ?お前の弟を私が救ったと言ったよな?……だったら今度は私の弟を救う手伝いをしてくれないか?」
魔王は顔色一つ変えずこちらを見ている。
「一緒にクリープランドを目指そうぜ!勇者が魔王を倒すってありきたりな物語にはもう飽きた!たまには勇者と魔王が手を組んで熊のぬいぐるみを救うって物語があったっていいだろう?」
真面目な顔で聞いていた魔王だったがフッと吹き出すと
「……お前は本当に変わった人間だな。親の仇だと言うのに……だが面白い。少なからず私も神の島とやらに興味がある。お前の弟を探す旅に同行するとしよう。」
私と魔王はがっしりと手を握ると前代未聞の勇者と魔王と言うパーティーがここに誕生した。
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