目覚めの書
「…………!……い!……さい!」
声が聞こえる。心地よい世界が遠ざかっていくのを感じる。
(うるさいなぁ。せっかく気持ちよく寝てたのに……いつまで叫んでるんだ。あの魔王は……魔王!?)
そうだった!私は戦いの最中に気を失ったのだった。
ガバッと勢いよく起き上がる。
「わ!ビックリした!」
女性がビックリして私を見つめていた。
「冬休みだからっていつまで寝てるの!もう昼になるわよ!」
(……冬休み?あれ……もしかして僕……夢を見ていた?)
声をかけた女性は私が目覚めたのを確認すると、いそいそと部屋から出ていき昼食の準備を始めた様だ。
随分とリアルな夢だった。冬だと言うのにまるでさっきまで戦っていたかの様に、全身に汗をかいていた。
「寒い……風邪引く前に着替えないと。」
まだぼんやりとしていた頭を無理やり回転させようやく状況を把握し始めた。
そうだ。僕は朔夜(さくや)小学四年生で十歳、今春休み中だ。
僕を起こした女性は母親で、父親は出張に出ていて一年間の内、合計しても一ヶ月くらいしか家にいる事は無かった。
ようやく現実に頭が追いついた所で重要な事に気がついた。
一人っ子だった僕に、共働きの両親が寂しくない様にと僕とほとんど大きさの変わらない大きな熊のぬいぐるみを買ってくれたのだ。
小さい頃からどこに行くにもそのぬいぐるみと一緒に生活していた為、僕は本当の弟の様に熊吾郎の事を可愛がっていた。
寝る時も一緒にベッドに入っていたのだが、横に寝ているはずの熊吾郎の姿が見当たらないのである。
「……熊吾郎がいない!」
僕はベッドから飛び起きると走って部屋を出ていき母親に尋ねた。
「お母さん!熊吾郎知らない?」
母親は僕に背を向けたまま
「知らないわよ?ベッドの下に落ちてるんじゃないの?」
ドタバタと部屋に戻りベッドの下を覗き込むが見当たらない。
「熊吾郎!どこに行ったの!」
部屋をひっくり返すくらいの勢いで探すが、熊吾郎の姿は見当たらなかった。
だが代わりに無かったものがある事に気付いた。
「あれ……なんだこれ?」
テレビに繋がれたゲーム機。そのゲーム機にセットされているソフトが見覚えのないものだった。
「……リベンジクエスト?こんなゲーム持ってたっけ?」
ゲームは好きだったから色々なソフトは持っていたのだが、こんなゲームを買った記憶も買ってもらった記憶も無かった。
熊吾郎探しを一時中断し、ゲームの電源を付けてみるが……映らない。音もしないし映像も映し出されない。
なんだこれ。壊れてるのか?ゲームの電源を落としもう一度付けようと手をつけた時。
「朔夜ー!ちょっと手伝って!」
母が僕を呼ぶ声が聞こえる。声のした部屋に向かうと母が薄ら汗を浮かべながら、服をタンスから出しては整理をしていた。
「衣替え?そうか、もう暖かくなってきてるもんね!」
一旦熊吾郎の事もゲームの事も忘れ、夢中で服の選別を手伝った。
そうこうしているうちに夜になり夕食の時間となった。
食卓には美味しそうなシチューが並べられていた。
「ねぇ?僕の部屋に見た事ないゲームソフトあるんだけど何も触ってないよね?」
母は怪訝な顔をして
「何も触ってないよ?昔買ってたゲームなんじゃないの?」
「そうなのかなぁ?熊吾郎も見当たらないしどこいっちゃったんだろう。」
「そのうちいつの間にか出てくるわよ。探し物なんて大体そんな感じで見つかるんだから。」
母はニコッと笑ってシチューを口に運んだ。
「そんなものなのかなぁ?」
私は残ったシチューをかき込むと手を合わせ食器を台所へと持っていった。
夕食も終わり、お風呂に入るがどうにも落ち着かない。
いつも一緒にいた熊吾郎がいないだけでこんなにも心がざわつくものなのか。
風呂から上がり寝る時間まで部屋や家の中を一通り見て回ったがやはり熊吾郎を見つける事は出来なかった。
ベッドに入る頃にはゲームの事などすっかり忘れ、頭の中は熊吾郎一色になっていた。
真っ暗な部屋の中。いつも熊吾郎が隣にいてくれた。
胸がギュッと苦しくなる。
不安な気持ちからなかなか寝付けずにベッドの横にある窓から月を眺めていた。
「……なんか月がぼんやりしているな。月も熊吾郎いなくなって悲しんでくれているのかな?」
少しずつやってくる眠気と熊吾郎がいない不安感から、目を開いたり閉じたりしながら朧げな月を見ていた。
「熊吾郎……どこ行っちゃったんだよ。」
そう呟くと何か音が聞こえてきた。
ゆっくりと音のする方へ顔を向けてみるとテレビがついていた。
驚くと共に不思議に思い、テレビ画面を見つめていると画面の下の方にゲームの吹き出しの様な物が現れ文字が流れてくる。
「タスケテ……僕は……ランド…………待っている。」
意味が分からず寝ぼけ眼でボーッと画面を見ていると、ドット絵で描かれた熊が同じくドット絵で描かれた黒いフード姿の何者かに引き摺られていく様子が流れてきた。
僕はカッと目を見開くとベッドから飛び起きテレビにしがみついた。
「熊吾郎!熊吾郎だろ!誰に攫われたの?大丈夫!?」
僕はその引き摺られていく熊を熊吾郎だと認識していた。確証はなかったがそれが絶対に熊吾郎だという自信があった。
熊の腕に母の付けてくれたリボンが付いているのが見えたのだ。
何とか熊吾郎を助けようとコントローラーを握り、ボタンを押したり動かしたりしたが画面は真っ暗なまま何も変わらなかった。
思い切ってゲームを再起動すると、画面にリベンジクエストの文字が浮かび上がり音楽が流れ始める。
そしてスタートボタンを押し、続きから冒険と言う項目を押してみた。
すると突然画面いっぱいに夢の中で魔王が出したワープホールの様な物が浮かび上がって来た。
恐る恐るそのワープホールに近付くと以前の様にガバッと広がり体を吸い込まれた。
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