魔王vs勇者?の書
英雄。勇者と慕われていた父の葬儀は街を上げて行われた。
涙を流す者、一心不乱に祈りながら天を仰ぐ者、墓場に集まった人々の顔は皆、何かに怯える様に不安げな様子だった。
唯一魔王に対抗出来ると思われていた父がいなくなってしまった今、いつ魔王が世界を滅ぼそうと攻勢を仕掛けてきてもおかしくない状況なのだ。
神父と人々の祈りを浴びながら、父の体は地中へと沈んで行く。
啜り泣く声が響く墓地で私はプルプルと震えていた。
涙を堪えていたのもあるが、何よりも憎き魔王を倒してやる。というやる気が上限を突破しそうになっていたのである。
魔王に殺された勇者の息子が、父から勇者と言う名を引き継いで街を救う為に立ち上がり復讐を遂げる。
完璧なシナリオだった。
「僕……僕が……勇者になって絶対魔王を倒すから!僕がこの世界を救うから!だから皆泣かないで!」
私は拳を強く握り締め、涙を堪えながら叫んだ。
確かに頼りない小さな少年の発言ではあった。人々がポカンとした顔をするのも当然だ。
だが涙を浮かべ、父の墓前で魔王への復讐を誓う小さな勇者の姿は、少なからず人々の小さな希望となった。
打倒魔王を掲げた少年はそれから十年に渡る修行を行った。
……長かった。魔王を倒す!ただそれだけを糧に長く辛い修行に耐えてきた。
十年と言う日々は少年を大人へと変えた。充分に修行を積んだ私は準備を整え、十年前父と共に歩いた道を進み魔王城へと向かった。
父と共に向かっていた時は数々の敵が待ち構えていたのだが、不思議な事に今回は城へ向かう道中、そして城の内部にも敵という敵は見当たらなかった。
体力は充分だった。今すぐにでも飛び掛かりたいくらいに闘気が満ち溢れている。
そして……その宿敵が今!目の前にいる。武者震いが止まらない。
私はゆっくりと目を開くと魔王を睨みつけた。
魔王は玉座に腰掛け頬杖をついてこちらを見ていた。
「……随分長い間目を瞑っていたな。寝ているのかと思ったぞ。」
私は魔王に向かって拳を突き出すと
「黙れ!覚えているか魔王!十年前お前が惨たらしく……残酷に殺した勇者の事を!」
魔王はため息をつきながら気怠そうに答えた。
「覚えてるも何も。ここにはお前達以外誰も来ていないからな。それに勝手に階段から落ちただけだろうが。」
「勝手に落ちただと?父がマヌケだったと言いたいのか!殺すだけでは飽き足らず、更に死者を愚弄するのか!」
「いや……別に愚弄したわけではないんだが……勇者と呼ばれるくらいだから偉大な人間だったんだろうな。」
私はカッと目を見開き
「その通りだ!そんな父をお前は……私はこの十年間お前を倒す事だけを考えて生きて来た!来い!魔王!お前を倒し復讐を成し遂げ父のような立派な勇者になってみせる!」
そう言いながら構えを取ると、魔王はやれやれといった様子で玉座から立ち上がった。
全身から一気に血の気が引いていくのを感じた。立ち上がっただけ。ただそれだけの事なのに一気に空気が変わったのを感じた。
ピリピリとした空気が体を覆っていく。息苦しい。冷や汗が頬を伝って流れていく。押し潰されそうな程のプレッシャーに体が震え始めた。
(十年間の修行を思い出せ!この程度で怖気付くのか?父さんを越えろ!魔王を倒せ!)
魔王は身動き一つせずこちらの様子を伺っている。
「行くぞ!」
凍り付いた体を溶かすように、自分自身に喝を入れ魔王へと飛び掛かかった。
魔王は面倒臭そうに欠伸をし躱す素振りすら見せない。
「うぉぉぉぉぉ!」
棒立ちの魔王の顔面に大きく振りかぶったパンチが当たる!
殴られた勢いで左側に傾いた顔に間髪入れずもう一発!
少しのけぞった魔王の懐に入り込みボディーに一撃!
深々と魔王の腹部に拳がめり込む。
私は確信した。魔王に勝てる!
十年間……家の裏にある大木をひたすら殴り続けた。
毎日毎日殴り続けた。拳を怪我した事もあった。それでも殴り続けた。
そんな小さな積み重ねが、鋼の拳を作り上げ今こうして魔王を倒す寸前まで追い詰めている。
バックステップをして距離を取ると、拳に力を込めグルグルと腕を回し魔王に向かってとどめの一撃を繰り出した。
「おらぁぁぁ!これが私の最強の技だ!」
勇者の咆哮と共に、必殺の一撃が魔王の顔面に叩き込まれた。
殴られた勢いのまま魔王の体は後方へと倒れ込みピクリとも動かなくなった。
私は勝利を確信し、拳を天高く突き上げた。
「魔王!討ち取ったり!」
声高らかに雄叫びをあげた。
フードで隠れて顔はよく見えなかったが魔王は倒れ込んだまま動かない。
念の為近くに駆け寄り、足で体をつついてみたが動く気配はない。
「ああ……父さん。やったよ。見ていてくれたかな?父さんの仇取ったよ。私が勇者としてこれから世界を守っていくから……父さんは安心してゆっくり休んでいてよ。」
悲願の魔王打倒を達成し、天を仰ぎ涙を流しながら呟いた。
「……感傷に浸っている所悪いんだが。」
声に驚き足元を見てみると、魔王が倒れたまま目を開きこちらを見ていた。
「貴様!死んだ振りか?姑息な奴め!」
魔王は答える事無く、ゆっくりと体を起こしローブをはたきながら呆れたように深くため息をつくと
「あのな?普通魔王に挑む勇者だったら伝説の剣とか伝説の防具とかある程度装備を整えて挑まないか?」
「伝説の武器?……防具?そんな物どこに売っているんだ?」
私は腕を組み魔王に問いかけた。
「いや、知らないが……そういう装備を探しながら各地を旅して、そこで強敵を倒しながら成長していって最終的にここに辿り着くものでは無いのか?なんだその粗末な装備は。それ部屋着じゃないのか?なんか素手だし。剣とか使えないのか?」
私は煩わしそうに顔を顰め
「剣?そんな物はいらない!この拳が剣の代わりだ!お前もこの拳の強さを身を持って味わっただろう?」
「……悪いがノーダメージだぞ?」
魔王はジッとこちらを見たまま呟く。
「強がるな!現に倒れて意識を失っていたじゃないか!」
そう言うと魔王は首元のフードを止めていたボタンとパチンと外した。
「いや。お前うるさいし面倒くさいし、しばらく倒れていれば帰ってくれるかな。と思ったけどなかなか帰りそうにないし……それにお前如きに魔王が倒されたなどと吹聴されては魔王の名折れになってしまうからな。」
そう言うとゆっくりとフードに手をかける。
「このローブは特殊な素材で編まれていて、私の巨大過ぎる魔力を包み込み外部へ漏らさない様な細工がされている。少しだけ……お前に力を見せてやろう。一撃で消し飛んでくれるなよ。へなちょこ勇者。」
魔王の周りの空気が一気に凍りついて行くのが分かる。
「くっ……」
私は魔王と距離を取る為、大きく後ろに飛んだ。
魔王が手にかけたフードを下ろす。
フードの中でまとめられていたのだろうか、長く綺麗な金髪が輪郭を伝い流れて行く。
その瞬間。今まで経験した事の無い強烈な衝撃が私の体を叩きつけた。
魔王はただ立っているだけなのだが、プレッシャーという物なのだろうか。とても普通に立っていられない。
膝がガクガクと揺れ始め、今にも腰を抜かしてしまいそうになる。
魔王はニヤリと笑うと少し力を強め更に魔力を高めた。
強力なプレッシャーが体を突き抜けたと思ったその瞬間、私の体は後方に傾きそのまま大の字に倒れてしまった。
そしてそのまま意識を失った。
「おい!まだ何もしてないぞ!ふざけるな!せめて何か一撃食らってから倒れてくれ!おい!起きろ!本当にへなちょこじゃないか!」
魔王の怒号が聞こえる。
「……い!…………めろ!…………!」
徐々に魔王の声は遠ざかって行き、心地よい世界が私を夢の世界へと誘っていく。
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