朧月夜に夢を見る

放浪者

始まりの書

ようやくここまで辿り着いた。

大陸を越え海を渡り、いくつもの難所を乗り越えてこの場所に立っている。

全てはこの男に復讐する為に。

私はゆっくりと目を閉じ辛く苦しかった日々を思い返していた。

父は勇敢な男だった。人々を助ける為ならばどんなに巨大な組織だろうと強力な敵であろうと怯まずに戦った。

そんな勇敢な父は、いつからか勇者と呼ばれる様になり人々から羨望の眼差しを向けられる様になった。

そんなある日、北の大陸にある古城に魔王が住み着き世界を滅亡させようとしているという噂を耳にした父は早速準備を整え、幼い私を連れて北へと旅立った。

過酷な道のりだった。

山を越え谷を越え難敵を薙ぎ倒し、苦難の末ようやく魔王の巣まう古城へと辿り着いた。

城へと辿り着く頃には、すでに父は満身創痍の状態だったが、城の入り口まではまだ長い長い登り階段が待っていた。

その長い階段を一歩一歩と踏み締め登っていく。

はぁはぁと息を切らし、父と私は足を止める事無く登り進めて行く。

登り切る頃には息は絶え絶え、膝はガクガクと震え疲労が見えていた父だったが最後の一段。エイ!と気合いを入れ階段に足をかけたその時、なんと父は足を踏み外し、そのまま階段を転がり落ちてしまったのである。

「うぉぉぉぉ!」

雄叫びを上げ父は階段を跳ねるように落ちていく。

「父さん!!」

叫んだ時には無防備にゴロゴロと転がっていく姿しか確認出来なかった。

少年の叫び声、雄叫びと共に何かが転がり落ちる音を聞きつけたのか、全身を黒いローブで包み手に杖を持った、いかにも魔王らしき人物が飛び出してきた。

「何の音だ!?」

「父さんが……父さんが落ちた!」

聞き終わるより早く魔王は私の襟首を掴み、飛ぶように階段の下へと駆け降りていく。

階段下には無惨な姿となって横たわる父の姿。魔王は父の隣に跪き何やら魔法を唱えていた。

全身を緑色のオーラが包み込んで行く……だが父が目覚める事はなかった。

「ダメだ。回復魔法はある程度使えるが蘇生魔法は使えない。残念だがお前の父親はすでに……」

「父さん……」

私は横たわる父を抱き静かに泣いた。

「……魔王!よくも父さんを殺したな!」

黙って見ていた魔王を睨みつけ私は叫んだ。

「え……?なぜそうなる!お前の父親が勝手に足を滑らせて落ちたんだろ?」

「黙れ!あれだけ鍛えていた父さんが階段から落ちたくらいで死ぬはずがない!きっとお前が何かしたに決まっている!」

キッと魔王を睨みつけたまま怒鳴りつけた。

魔王は面倒くさい奴が来たな。と言った顔をして黙ったまま私の顔を眺めていた。

「くっ……まだ僕にはお前を倒す力はない。だけど。どれだけの時間がかかろうと必ず強くなって僕は……お前を倒す!世界を救うとかどうでもいい!ただ僕は僕の復讐の為だけにお前を殺す!」

ゆっくりと立ち上がり魔王を指差し言い放った。

終始面倒臭そうに話を聞いていた魔王はうんうんと頷き

「分かった分かった。そんな事よりも早く父親を連れて帰った方がいいんじゃないのか?」

そう言いながら魔王は詠唱を始める。すると目の前に空間を裂くように不気味な渦のような物が現れた。

「お前の力で父親を担いで帰るのは無理だろう。このワープホールで近くの町まで送ってやる。ほら?入れ。」

私はワープホールを見つめたまま、呟くように静かに答えた。

「……カイラムの街。」

「ん?なに?」

「カイラムの街……僕達が生活している街だ。」

「そこまで送れって事か?……お前随分と図々しいな。」

私は俯いたままゆっくりと頷くと、魔王は眉を顰めながらもう一度ワープホールを開く。

「いいか、魔王。僕はお前を絶対に許さない。次に会う時がお前の最後だ!僕の顔をしっかりと覚えておけ!」

魔王に背を向けたままそう言うと、魔王はシッシッと手で追い払う様な仕草をして城へと戻って行った。

魔王が帰ったのを確認すると、私は目の前のワープホールを眺めた。

グルグルと不気味に渦を巻き、本当に入っても大丈夫なのか不安に感じてしまう。

「これ……入ったら体が千切れたりする事は無いだろうな。魔王の魔法だから用心するに越したことはない。」

私はそう呟くと、横たわる父の腕を引っ張りゆっくりとワープホールに突っ込んだ。

「……うん。千切れたりしない。大丈夫そうだな。」

確認を終えて父の腕を引き抜こうとしたその時、小さなワープホールが一気に人一人分の大きさまで広がり、父の体を吸い込み始めた。

「やばい!ダメだ父さん!」

吸い込まれていく父の体を引っ張るが吸い込む力が強く2人ともワープホールの中へと吸い込まれてしまった。

一瞬真っ暗な空間の中に放り出された。と思った瞬間……周りの景色が一気に加速していく。

私達は止まっているのに、周りの風景だけが高速で流れていく。不思議な感覚だった。

そう思ったのも束の間、気がついた時にはカイラムの街の入り口に立っていた。

私は横たわる父の体を起こそうとするが、こんな筋骨隆々な人間を子供1人が持ち上げられる訳もなく、引きずるにも重たすぎる。

どうしようかしばらく思案していたが、アッ!と思い立ち、僕は力の限り泣き叫んだ。

「うわーーん!うわーーん!誰か助けて!」

程なくして子供の泣き声を聞きつけた人々が街の中から駆け出してきた。

「どうした!?大丈夫か!?」

「ん?リックさん所の倅じゃねーか?」

「まさか……そこに横たわってるのはリックさんか?」

私はワーワー泣きながら頷くと、その内の1人がガシッと私の体を抱き締め

「そうか……お前だけでもよく無事に帰ってきた。重かったろうに。リックさんの亡骸を魔王に渡す事無く担いで帰ってくるなんて……子供ながらに大変な思いをしたな。流石勇者の息子。お前こそ勇者を継ぐ者だ!」

泣きながら私にそう言った。

(勇者……僕が勇者?なんて心地良い響きなんだ。かっこいい。そうだ!僕が勇者だ!)

勇者という言葉を聞いた瞬間、全身に活力が溢れ何故かとんでもない力を手に入れた様な気がした。

この時、私は少年から勇者になった!

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