第3話 謀略の生贄
ションホルが何食わぬ顔で隊に戻り、訓練に励んでいた頃、トゥマン王の周辺ではとある事件が持ち上がっていた。
事はすぐに露見し、奴隷は捕らえられ、苛烈な拷問の末に首を刎ねられて、その首は晒し物とされた。
しかし、ナル、サル、オド――それぞれ太陽、月、星を意味する名前を付けられ、「
ヒューーーーーッ!
ボルドゥが放った
哀れな
今回は、躊躇うものは一人もいなかった。そもそも、何者かに盗まれたはずの王の
兵たちの覚悟を決めた表情を見渡して、ボルドゥも満足げに頷いた。
「さて、フレルノム。始末を頼む」
「心得ました」
ボルドゥの参謀であり、優れた魔道士でもあるフレルノムは、
が、フレルノムは
「これは万に一つも人目に触れさせるわけにはいきませぬ。焼いてしまった方がよろしいのではございませんでしょうか」
任せる、というボルドゥの言葉を受けて、フレルノムは配下の魔道士を三人ほど呼び寄せ、
肉の焦げるにおいが一面に広がって、
「そう申せば、サラーナ妃の
フレルノムがふと思い出したように、主に問いかけた。
あの日の翌日、フレルノムは自ら配下を連れて現場の確認に赴いた。
しかし、そこに残っていたのは、獣か、あるいは他の魔物に食い散らかされた一体の
「その話を蒸し返すか? 魔物が
ボルドゥの冷ややかな眼差しにたじろぎながらも、フレルノムは意を決して言葉を続ける。
「恐れながら申し上げます。サラーナ妃を死なせてしまったのは、少々考えものだったのではございませんでしょうか」
「ふむ。まあ確かに、ただ美しいだけでなく、頭も良い女だったからな。話をしていて退屈しない女というのは貴重ではあるが……。だが、だからこそあやつを血祭りにあげる必要があった。殺しても惜しくないのだろうと思われる程度の女では、覚悟のほどを示せぬからな」
「ではありましょうが……。彼女は竜神を
冷や汗を滴らせながらのフレルノムの進言を、ボルドゥは鼻で笑い飛ばした。
「ふん。竜神の力は強大だとは言うが、聖域の外へ出て人界に干渉することは無いのであろう? ならば、いてもいなくても同じではないか。それに、里の者どもも、あの女の死に不審は抱いておらぬようだと言っていたではないか。……そう言えばあの女、竜神の鱗とやらを紐で首からぶら下げて、
「は、左様で……。ま、まあ、一年あまりお
無自覚に外道な台詞を口にしたフレルノムだったが、そんな彼も
「いっそ腹に子がいたほうが、覚悟を示すという意味ではより効果的だったかも知れぬがな」
ボルドゥは生来他者に対する情が薄い性格ではあったが、決定的に
正室、側室から女奴隷に至るまで、何人もの女を抱きはしても、決して愛情を覚えることはなかったし、生まれた子供たちに対しても、肉親の情はほとんど感じていなかった。
だからその裏返しとして、妻たちが他の男と通じようとも、何の
正妻が産んだ男児に浮気相手の子だとの噂があることも承知しているが、さして気に留めてはいなかった。その子が優秀ならば自分の覇業を継承させるし、無能ならば廃する。誰の
そこでふと、ボルドゥはサラーナ――艶やかな黒髪をなびかせ、少々口は悪いが打てば響くような聡明さを瞳に宿し、彼に対しても
「ふむ、確かにあの女ならば、俺の覇業を受け継ぐに足る子を産んでくれたかもしれぬがな……。今さら言っても詮無いことだ。それに、代わりの女も探せばいずれ見つかるだろうさ」
会話を交わす主従から十数歩ほど離れた場所で、ションホルは背を向けたまま、両の
いささか距離はあったが、草原の民は聴覚も鋭い。会話は丸聞こえだった。
あの日、サラーナと共に
魔物を呼び寄せる
その時のことを思い出し、さらに怒りがこみ上げてくる。
(絶対殺す絶対殺す絶対殺す絶対殺す絶対殺す絶対殺す絶対殺す絶対殺す…………)
怒りのあまり
こうして、
愚王は息子に疑いを抱いていないにしても、家臣たちの中には王太子の叛意を察している者もいるのではないか。
しかし、王太子の私兵の一人にすぎないションホルが、それもボルドゥや同僚たちの目を
その一方で――。
「殿下、あそこに兎が」
「落ち着いて狙いを定められませ」
「う、うん」
少年と二人の娘が、
ラムナル妃が生んだボルドゥの異母弟・ジムスと、母の氏族の中から抜擢された守り役の姉妹。姉が十九で妹が十六と、まだ年は若いが、二人ともそこいらの男には引けを取らぬ騎射の名手だ。
一羽の兎を追いながら、ジムスが矢をつがえる。草原の民の常として、彼も幼少の頃から弓矢にも
落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながら狙いを定めるジムス。しかし、兎の進路を狙って放った矢は、兎が寸前で向きを変えたせいで、虚しく地面に突き刺さる。
そして、ジムスが慌てて二の矢をつがえようとした時、打撃音と共に、兎はキーッと鳴いて草の上を転がった。
兎の上に覆いかぶさるようにして、大きな翼を広げているのは、一匹の
警戒心を示す様子もなく、むしろ
「何者だ。
「こちらにおわすをジムス殿下と知っての無礼か」
守り役の姉妹、オルツィイとツェレンが口々に
「いやあ、失敬失敬。でも、ここは別に王族専用の
肩口で切りそろえた黒髪にフェルトの帽子をかぶり、その瞳はかすかに瑠璃色がかった
その姿を見て、ジムスが叫ぶ。
「サラーナ
姉妹も、王太子の元寵姫の顔は知っている。しかし――。
「サラーナ様!? お亡くなりになったはずでは?」
「あー。そういうことになってるらしいね。でもこのとおり、生きてるよ」
寵姫サラーナは
「あの
ボルドゥの
サラーナの口から真相を聞かされ、三人は絶句した。
素直な性格で、知勇に優れた異母兄のことも純粋に
「まあそういうわけだから、くれぐれも殿下の身辺には気を付けてもらおうと思ってさ」
「ありがとうございます、
表情を曇らせ、ジムスが言う。
いかに聡明とはいえ、まだ十一歳。母と異母兄の「仲の良さ」の実態には気づいていないのだろう。
そして、姉妹は苦々しげな面持ちで眉を
「できればラムナル妃にも、王太子に気を許すな、と伝えてほしいんだけどね」
「わかりました。……正直、お聞き入れいただけるか自信はありませんが」
気が重そうな様子で、姉のオルツィイが頷いた。
そしてそれから一月ほど後。トゥマン王主催による大規模な“
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