第4話 弑逆の烽火
草原の民にとって、狩猟は遊牧と並ぶ重要な
そして王自らが主宰する“
今回の“
そして同時に、ジムスを今回初めて“
ションホルは緊張の面持ちで、
謀反の決行は今を
結局、トゥマン王側の協力者を得ることはできなかった。
サラーナから、ジムス王子とその側近に
(やっぱり、これ以外に手はなさそうだな……)
ボルドゥがトゥマン王に
サラーナは、馬鹿な真似をするなと怒るだろう。だが、ボルドゥを討てるのならば命など惜しくはない。
暗い決意を胸に秘めたションホルをよそに、狩りは進められていく。
ジムス王子が見事に兎を仕留め、初めての獲物を王に献じるという流れになった時、ションホルの緊張は頂点に達した。ボルドゥにしてみれば、父王と異母弟を同時に討つまたとない好機のはずだ。
しかし、ボルドゥは動かなかった。王の護衛と王子の護衛、両方が側にいる状況は、むしろやりづらいと判断したのだろうか。
「ジムス、次はもっと大きな獲物を狙ってみてはどうだ?」
優しい兄の表情で、ボルドゥは異母弟に語り掛ける。
「そうだな。まだまだ日も高い。頑張ってみなさい」
溺愛する末息子の筋の良さに、トゥマン王も上機嫌だ。
「手勢が五人ではいささか少ないかな? よし、俺の配下を何人か付けてやろう」
親切ごかしにそう提案するが、真意は見え透いている。トゥマン王とジムス王子を分断した上で、
この時ジムスに付いていたのは、例の姉妹と、やはりラムナル妃の氏族に連なる男たち三人。彼らを代表して姉妹の姉オルツィイが前に進み出て、
「お
そう丁重に断ったが、ボルドゥも引き下がらない。
「そうは言っても、大物を狙うならやはり手勢は必要だろう?」
確かにボルドゥの言うとおり、大きな獲物――たとえば群れで行動する野生馬などを狙うのなら、群れを追い込むのに手勢が五人では
「では……お言葉に甘えさせていただきまして、三人ほどお貸しいただけますでしょうか。それと、厚かましいお願いではございますが、殿下の配下にはションホル殿という弓の名手がいらっしゃるとか。そのお方を付けていただけましたら、感謝に
断るのは無理と判断したオルツィイが、妥協案を出した。ションホルが同志だということはサラーナから聞かされており、せめて一人でも味方についてくれれば、という判断だ。
当のションホルも、自分の名前が出ていささか驚いたが、何としてでもジムス王子を守りたい彼の側近たちの立場も理解できたので、成り行きを見守ることにする。
と、そこで突然ジムスが異を唱えた。
「いえ、兄上。そのような弓の名人はぼくにはもったいないです。兄上のおそばにあってこそ、真価を発揮できるというものでしょう」
その言葉に、オルツィイは思わず
主従の様子を、笑顔の仮面を張り付けたまま観察していたボウルドゥは、さらに笑みを深めて言った。
「遠慮するな、ジムス。実を言うと、俺も最初からそいつを付けてやるつもりでいたのだ。それと、やはり三人では少なかろう。五人付けてやるから、存分に使いこなして見せるがいい」
そこまで言われては、ジムス側もこれ以上拒み続けるわけにはいかない。結局ジムスは、
こうなっては仕方ない。トゥマン王は見殺しにするしかないし、ボルドゥを討つ機会も他日を期するしかない。何としてでもジムス王子だけでも救い出し、ボルドゥに対抗する旗頭になってもらおう。
苦渋の思いで方針を切り替え、ジムス王子に付いていこうとしたションホルに、ボルドゥがすっと寄って来て、耳元で囁いた。
「よろしく頼むぞ、ションホル。何をすべきかはわかっているだろうな」
「はい。心得ております」
ボルドゥの意図は、ジムス王子を確実に仕留めろということだろう。ションホルの弓矢の技量はボルドゥの
(誰がてめえの思惑通り動いてやるか。
心の中で舌を出したションホルだったが、ふと振り返ってボルドゥがほくそ笑むのを見て、かすかな疑念が生じた。
もしかして、ボルドゥはションホルの真意を見抜いており、
いや、もし仮にそうだとしても、ションホルのやるべきことに変わりはない。
ボルドゥが謀反を起こしたら、ともにジムス王子に付けられた四人を排除し、ジムス王子を逃がす。それだけだ。
ボルドゥとトゥマン王の一行の姿が遠くの点にしか見えなくなった頃、
後継者にと考えている末息子が見事に獲物を仕留め、自身も毛並みの美しい狐をはじめ何匹かの獲物を仕留めて、トゥマン王の機嫌はすこぶる良かった。今回の“
「これでヒュンナグ王の権威も高まることだろう」
高揚した声でそう言った王に、王太子は
「そうですな。新たなる
「? 新たな?」
ボルドゥの言葉に疑問を覚え、振り返った王が見たものは、自分に矢を向ける息子の姿だった。
「ご機嫌良う、父上」
冷笑とともにそう告げるや、ボルドゥは鏑矢を放ち、そして何十本もの矢がトゥマンの体に降り注いだ。
「お、王太子! ご乱心召されたか!」
驚き怒ってボルドゥに詰め寄ろうとした老臣の額に、彼が放った矢が突き刺さる。
「今この時をもって、ヒュンナグ王はこの俺だ。異議のある者は他におるか?」
その継承の手段はともかくとして、知勇に優れた
鏑矢の音を聞いて即座に行動を起こした者は、ションホル以外に
ボルドゥの
しかし、その間に残る二人の
そして、ジムスの護衛の男の残り一人――鏑矢の音を聞くや否や行動を起こした六人目の人物は、護衛対象であるはずのジムス王子に向けて矢を放ち、その矢はジムスの胸板に突き立った。
「殿下ぁ!!」
その間にションホルは
「「殿下!」」
オルツィイがジムスに駆け寄り抱き起す。
「追手が来る。手当てよりも逃げるのが先だ!」
ションホルが叫ぶ。
姉妹は
駆け出す前に、ツェレンは
「チョローンバル、まさか裏切っていたなんて」
ボルドゥに買収されたのか、それとも人質でも取られていたのか。
しかし今はそんな詮索をしている場合ではない。姉に促され、その後を追ってツェレンは
ションホルはジムスを自分の
南にある天の山に向けて
姉妹が振り向きざまに矢を放ち、二騎を脱落させたが、ボルドゥをはじめとする追手との距離は段々詰まってくる。
ジムスが自分で
そして、ボルドゥが矢を
「ぐはっ!」
矢はションホルの背中に深々と突き刺さり、思わず苦鳴を漏らす。
しかしションホルは、痛みを
だが、このままいけばいずれは追いつかれる。
万事休したかに思われたその時――、黒雲が空を覆い、激しい雨が降り出した。
年間を通じて雨の少ない草原地帯にも、時として激しい雨が降ることはある。それにしても、これほどの豪雨は珍しい。
完全に視界を遮られ、また落雷の危険性もあって、ボルドゥはやむなく引き上げることにした。
「まあ良いわ。完全に肺を突き破った致命傷のはず。竜から転げ落ちなかったのは
ジムスの胸に深々と矢が突き立っているのも確かに見た。いささか不可解な点もあるが、二人とも生きながらえることは不可能なのは間違いない。
ボルドゥは気持ちを切り替えた。彼が新たなヒュンナグ王として権力を掌握するためには、まだやるべきことが残っている。それをさっさと終わらせるため、ボルドゥは兵たちを率い、王宮へと向かった。
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