第45話
「うーん、予想はしてたけどこれはまたすごいなぁ」
古賀家之墓と彫られた小さな墓石の前に立った俺は思わずそう呟いた。
それも仕方ないことだと思った。あの当時の娘の状況からして、建ててから一度も手入れされていないであろうことが容易に想像できたからだ。
「一応今ならちょっと立派な墓も用意できるけど生活の苦しい中、娘が頑張って建てた思いのこもってる今のままの方がいいよな。
手入れだってこれからしていけばいいわけだし。
今日は俺がしっかり綺麗にして、また後日一緒に墓参りに来よう」
(ママ、娘を立派に育ててくれて本当にありがとうございました。これからは俺が責任をもって娘を幸せにします。
それと、いきなり居なくなってごめんなさい。あの世っていうのが本当にあるならいつの日かまたそっちでみんな一緒に…)
しばらくの間、墓の前で手を合わせて妻への感謝と謝罪、冥福を切に願った。
「さて!張り切って掃除しますか!
っておおい!お線香でどうやって掃除すんだよ。掃除用具全部忘れるっておっちょこちょいかよ」
しんみりした気分を振り払うため自分で自分にツッコミを入れた。
「これは困った。これから戻ってホームセンターに行ってたらかなり遅く…どこかに同じ墓参りに来てる人いないかな?」
辺りを見回すと遠くの方で墓の前で手を合わせる二人組が小さく見えた。
ちょっと申し訳ないけど、箒やら雑巾やら貸してもらおうと思った俺は二人に近づいて声をかけた。
「あの〜、すみません。お墓参りの方ですよね?」
俺の言葉にこちらを振り返った二人を見たところ40代と20代の親子のようだった。
二人は俺を見た途端、目を見開き後ろ手に尻もちをついてからズザザザザッと音がするほどの勢いで距離を取った。
仕方なくこちらから距離を詰める。
すると、またもやすごい勢いで距離を取られた。
え…なに?俺の後ろに見えてはいけないものでもいるの?ちょっとここ墓場ですよ!?マジやめて…
また同じことの繰り返しになりそうな予感で背筋がひんやりと冷たくなったので、仕方なしにこの距離のまま話すことにした。
「いや、怪しいもんじゃないんです。
お墓の手入れに来たんですけど、掃除用具一式全部忘れちゃって。お線香だけは持ってきたんですけど…
もし、お持ちでしたらお借りできないかなと思いまして」
すると、20代の女性が手をつきながらも立ち上がった。が、膝がかわいそうなほどガクガクと震えている。
そして、こちらと目を逸らさないようカニ歩きの要領で置いてあった掃除用具のところまで行き、無言でそれを差し出した。
「あっ、いや無理にとは。これからお帰りになるところなら申し訳ないですし」
だが、彼女は再び無言のままズイッと掃除用具を押し付けるようにこちらへ差し出した。
なんか怒ってるようにも見えるけど、貸してくれるってことで良いのかな?
「ありがとうございます。少しの間お借りしますね。
えーと、どの辺にいらっしゃいますか?終わったらお返しにあがりますので」
すると、彼女はまた無言のまま遠くの方に見えるお寺を指差した。
「わかりました。申し訳ありません。なるべく急ぎますので」
これ以上気分を損ねて更に恐くなっても嫌なので借りた掃除用具を持って離れた。
彼女たちから結構離れたところで後ろから「「キャーッ!!!」」とバカでかい声がした。
振り返ってみると、先ほどの二人が手を取り合って飛び跳ねている。だが、こちらと視線が合うとピタッと止まり、俺が再び前を向いて進むとまた「「キャーッ!!!」」という声。
もう気にしないことにして掃除を始めた。
「うん、こんなもんかな。
ちょっと気になるとこはあるけど、続きはまた今度にしよう。
お二人を待たせているわけだし……」
と言いながらチラッと後ろを見ると墓と墓の間から左右に分かれてこちらを覗いている二人の姿が見えた。しかし、こちらの視線に気づくとすぐに隠れてしまう。
うん、途中から覗いてるのとか写真撮ってるのとか気づいてたよ?気づいてたけどさぁ…もし、もしもだよ?
「あなたの背後に白い着物の女の人が見えますよ」なんて言われたらどうすんの!?
そりゃ、こっちからおいそれと声かけられないさ!もうこれ以上考えるのはやめよう。
でも、一応。幽霊とか信じてないけど!!一応な?帰りに伯方の塩体にまぶしとこう。
お二人に丁寧に御礼を述べて返し終わった後で昔、母がよく墓地の水道代払いに行くとか言ってたことを思い出した。
そこで俺はさきほどの彼女が指差したお寺で聞いてみることにした。
「おぉ、ここかぁ。ずいぶん年季入ってて如何にも御利益ありそうな気がする。
外に人はいない…か。声かけても出てくる気配もないし。
仕方ない。ちょっと上がらせてもらおう。
ごめんくださーい」
靴を脱いで本堂だと思われる襖を開ける。
すると、中にはご本尊の前で熱心に御念仏を唱える袈裟を身につけた女性がいた。幸いにもまだこちらには気づいてないようだ。
きっと煩悩などとは無縁の熱心な仏教徒に違いないと思った俺は邪魔にならないよう御念仏が終わるまでその場で待つことに。
すると、数分もしないうちに背後からの風に気づいたのか彼女はこちらを振り返った。
と、同時に手を合わせたままでゆっくりと後ろ向きに倒れた。
「だ、大丈夫ですか!?」
駆け寄って彼女を両腕で抱えると、うっすらと目を開けた彼女が言った。
「御釈迦様…私はようやく今その境地に達しました。
…………あぁ、しゃーわせ♡」
なんかこの人ほっといても大丈夫な気がしてきた。めっちゃ安らかな顔だし、なんなら涎垂れてるし、さっきまでの厳かな感じはどこ行ったんだろ?
「あの、お墓の水道代は…?」
一応訊ねてみたが、彼女は俺の腕の中で安らかな顔のままふるふると首を振ったのだった。
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