第44話
ーーー古賀 結月視点ーーー
「ね、ねぇ!?古賀さん、片岡様お見かけしてない?」
ある日の朝、慌てた様子でリビングへ駆け込んできた愛莉ちゃんは青ざめた顔で捲し立てた。
「愛莉ちゃん、おはよう。
パパ?今日はまだ見てないわよ。まだ寝てるんじゃないかしら。
というか、昨日はあなたが一緒に寝たんだからベッドにいるかどうかはあなたの方がわかるんじゃないの?」
「それがいないのよッ!
朝いつも通り片岡様より早く起きて寝顔を拝見しようと思ったらもぬけのからだったの」
愛莉ちゃんいつもそんなことしてたの?パパの寝顔なんて見て何が楽しいのかしら。まぁ、本人が楽しんでるのだから別に構わないけれど…
「トイレとかじゃない?それか早朝から掃除してるとか。パパなら十分あり得ると思うわよ。
他の場所も見てみた?」
「トイレもお風呂も階段も廊下も見たの!なんならゴミ箱の中まで!!
でも、どこにもいないのよッ!!
ああ…どうしたら。もし、寝てる間に攫われたりなんかしたら」
この子、ゴミ箱の中まで見たんだ…
なんか熊本にいた頃とだいぶ印象変わったよね。パパに紹介したの間違ったかしら?
その時ちょうどタイミングよく美里ちゃん親子が朝食を運んできた。お味噌汁が湯気を立てておりとても良い匂いが鼻を刺激する。
「朝食の準備ご苦労様。今日も美味しそうね。
ところで、美里ちゃんたちはパパ見かけなかったかしら?」
「あ、古賀さん。
片岡様は薄味の方が好みだって美弥さんから教えていただいたので今日はちょっと味付けを変えてみたんですよ。
片岡様ですか?いえ、今日はまだお見かけしてないですね。まだおやすみになられているのでは?」
「それがどこにもいらっしゃらないの!
助けて美里ちゃん、私もうほんとにどうしたらいいか…」
そう言って中学生の美里ちゃんの足に縋り付く愛莉ちゃん。
美里ちゃんはそんな愛莉ちゃんの頭を優しく撫でてもう一度探してみましょうと声をかけている。
ほんとにどっちが年上なんだか…
美里ちゃんの提案でまず一番可能性の高い寝室へとやってきた私たち四人。
愛莉ちゃんの言う通りベッドにはいないようだ。
すると、美里ちゃんのお母さんが突然声を上げた。
「みなさん!こちらを見てください!」
お母さんの方を見ると、一枚の紙切れを手に持っていた。
なになに?えーと…
『ちょっと一人で出かけてくるね〜留守番よろピクミン♪』
あんのクソ親父一人でどっか行きやがった!
呆れて頭を抱えていると、青ざめた顔でわなわなと震えだした他の三人。
「お一人でどちらかへいらっしゃるなど。な、何か私たちに至らない点があったのでしょうか…?
ハッ、まさか私たち親子の味付けに不満があって出ていかれたとか」
「いえ、きっと昨日の私の夜伽がご不満だったんだわ!桃華さんの妊娠で焦った私が三回もねだったから…
申し訳ございません!私の命を以て償いますのでどうかお戻りに…」
「いやいや、三人とも落ち着いて?
よろピクミンなんてふざけた書き方してるぐらいだからきっと超つまらない理由に決まってるわ」
一応は慰めてみたけれど、彼女たちの沈んだ心が晴れることはなかった。それどころかその騒ぎを聞きつけた他の面々まで同じように暗い顔でずっと何かを呟くようになってしまった。
みんな心ここにあらずで抜け殻のようになってしまい、一言も言葉を交わさないまま朝食を終えた。
そんな状態のままお昼が過ぎた頃、自室に籠っていた咲希さんがものすごい足音を立てながらリビングに駆け込んできた。
「みんなちょっとこれ見てんか!!」
その手にはVoltが握られており、何かの映像が浮かび上がっている。
「こ、これはッ……!!」
⭐︎
「うーん、やっぱりここの風は最高だなぁ。
60年経ってるから街並みなんかはすっかり変わっちゃってるけど」
丘の上に立ち、目を閉じて風に身を任せているとあの頃の記憶がありありと浮かんでくる。
「ほんとはゆっちゃんだけでも誘った方が良かったんだろうけど。
あんなに気持ち良さそうに寝てたらなぁ。起こすに起こせないよな。
おっと、忘れるとこだった。配信配信」
最近は色々あってすっかり配信が滞っていたので今日は自分一人で生配信なるものをやってみようと熟睡中の娘の部屋からカメラやらノートPCなんかを拝借してきたのだ。
「えーと、確かこれをセットして。ここをこうだったかな?それでこっちがこうと。
おっ、なんだ。意外と簡単じゃないか。さすが60年経ってるだけあって技術の進歩もハンパないな」
画面に配信中の文字が現れたのを見てカメラを片手に持った俺はとりあえず手を振ってみた。
「おーい、映ってるかな?」
すると、画面にはすごい勢いでコメントが流れて行く。
「今日はずっと来たいと思っていたここに来てみましたー!
ここがどこだかわかるかなー?わかった人はコメントで教えてね」
大阪E区!やら東京E区でしょやら様々な地名が流れていくが正解は一つとして無かった。
「今のところみんなハズレー!
移動するのでこれから正解出ても見れません、ごめんね。
ちなみに答えは配信が終わって家に帰ったらSNSであげようと思います。
今日は一人なのでちょっと色々トラブルかもしれないけど頑張ってみますね。みんなも温かく見守ってくれると助かります」
移動する前に一応画面を確認すると、
「まさかのE区じゃないだと…!?」
「特定班今こそ君たちの能力が試されるときだ!」
「勝負パンツがアップを始めました」
「勝負パンツだと…?何を生ぬるい。我はいつでも漏らせるように既に脱いでおるわ」
といった狂気を感じるコメントが多数見られた。
そんなコメントは見なかったことにして、カメラを片手に今日の目的地へと進んでいく。
「実はここは前も来たことがあって、この川とか懐かしいなぁ。小さな川だけどすごく趣を感じるというか。
みんなもそう思わない?俺だけかな?」
過疎化の進む田舎のそれも平日の昼間ということもあって全く人がいないため非常にスムーズに移動できている。
「あっと、ここからはちょっと映せないし作業もあるから一旦配信切ります。ここまで見てくれた方ありがとうございました。
ちょっと正直どれぐらいかかるかわからないんですがまた終わったら配信しますね。
じゃっ!頑張ってきます」
そうして撮影を終了した俺はカメラやノートPCをバッグにしまい腕まくりをして気合を入れたのだった。
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