第42話

「彼女がカサンドラさんです」


俺がカサンドラさんを紹介すると、彼女は戸惑いながらも日向さんの前まで行き、ぺこりとお辞儀をしてくれた。

その日向さんは何がなんだかわからず固まったまま動かない。



「あっ!養子縁組っていってもカサンドラさんと日向さんですから親子というより姉妹、友達みたいな感じになってくれればいいなと思うんですけど」



日向さんが固まってしまった理由をてっきり『え…彼女が母に?年齢的におかしい!』と思った俺は慌てて付け加えた。



「パパ、そこじゃないでしょ…

きちんとはじめから説明してあげて」

いつの間に戻ってきたのか娘が呆れた様子で言った。



「いやぁ、彼女が名家となってここのE区で暮らすことになったんだけどね。

ほら!急に異国に来て勝手とかもわからないだろうしましてや名家だなんてさ。

だから、日向さんが彼女のサポートをしてくれたらなぁって思っ……たん…だけど。

あれ?なんかおかしなこと言った?」



言葉を聞くにつれみんなの目と口が大きく開かれていくのを見た俺は隣までやってきていた娘に訊ねた。


「おかしなこと言った?じゃないでしょ!?

どうやったら小一時間でそんな奇想天外なことになるのよっ!」


70歳とは思えないパワーで首元を掴んだ娘は俺をガクガクと揺す振りながら訊ねた。



「エミリーも住みたいデース!!」

勢いよく手を挙げてぴょんぴょん跳ねながら言うエミリーさん。


「あっ、いやそれはちょっと…

名家ってそんな簡単になれるものじゃないらしいし」


揺すぶられながらも答えると、娘の攻撃が更に激しさを増した。


「なってるじゃないっ!ものっそいものすごい簡単に!

『あ、彼女名家にしてくんない?』『りょりょりょ〜♪』みたいなノリでさ!」



いや、ちょっ結月さん…マジでギブ…

そんな俺と娘の様子を見た未来さんは微笑みながら言った。


「ふふふ、なんだか片岡様のところは他の男聖のところと違って楽しそうですね。

配信も拝見しましたが、あのように愉快で幸せな気分になったのは初めてかもしれません」



いや、笑ってないで助けて…

うぷっ、きぼちわるく気持ち悪くなってきた。



「こちらはエミリーさんが名家入りしても問題ありませんよ?

なにせ次回の更新で大量に庶民落ちが出て枠がたくさん余る予定ですから。

同盟国アメリカであれば何ら問題なく承認されますわ」



なにさらっと爆弾発言してんの?この人。

というか、大量に庶民落ちが出るってなに?毎回そんな感じなん?


ようやく怒りがおさまったのか首元から娘の手が離れて解放された俺は床に膝をついて呼吸を調えながら思った。

そんな弱り切った俺に駆け寄ってきたエミリーさんは何の遠慮もなしに飛びついてきた。

ぐへっ…!せっかく戻りかけていた調子が今の攻撃?で悪化してしまう。


「イェーイ!!ビクトリー!!

カズヤーさっそく子づくシマショー!!ワタシ100人産みマース!」



100人てあんた、一体何歳まで産み続ける予定なん?一年に一人ペースでも100年かかりますけど。

いやいやいや、それよりマジでここに住むつもりなん!?そんな重要なこと議会やらなんやら通さなくていいのか?



「ちょっとまた!離れなさいってば!」

「抱きついていいのはうちらだけや」

「一番切れ味のいい包丁持ってきますね」

「エミリーちゃんも住むの?やった〜♪」



優子ちゃんを除くみんながエミリーさんを引き剥がそうと頑張ってくれてはいるが、ここはやはり副首相である未来さんに助けを求めようと思った俺がふと彼女の方を見ると他の諸外国要人たちが彼女に詰め寄っていた。



「少し落ち着いてください。

あのですね、準同盟国の皆様はちょっと難しいかと…」



要人たちを落ち着くようにと指示しながらも彼女の表情は何かを企んでいる悪い顔になっている。



こ、こいつ…ここで外交してやがる。逞しすぎだろ。



もはやリビング内は収拾のつかない状態になっている。しかし、そんな事態がある一人の行動で一変することとなった。

桃華さんが突如手で口元を押さえながら慌てて部屋から飛び出してしまったのだ。



そんな彼女の行動を見た全員が一瞬時が止まったかのように静止した。

桃華さんの様子が心配になった俺たちが彼女の後を追うとトイレの扉が開きっぱなしになっており、中で彼女が嘔吐していた。

こちらを振り返った彼女の顔色は悪くとても調子が悪そうだ。



「も、申し訳ございません。少し気分が…」


「桃華さん大丈夫ですか?調子悪いなら無理せずに言ってくれれば」


そんな俺と桃華さんのやり取りを見ていた未来さんは急に嬉しそうな表情になって言った。


「あらあらあら、まぁまぁまぁ♡これはまさか…」


「何がまさかなんですか?それより桃華さんをベッドに連れて行きますので手を貸してくださいよ」


ぐったりとした桃華さんの右腕を取って肩に回した俺は呑気に見ているだけの未来さんに向かって言った。


「ああ、はい。すみません、ですがこれはベッドよりも病院で診てもらった方が」


未来さんは俺に言われて彼女の左腕を肩に回しながら嬉しそうに言った。


「桃華さんそんなに悪いんですか!?

美弥さん悪いけど、すぐ国分先生に連絡して検査と入院の準備をして…もらって…?」


お願いしたのにその場から動こうとしない美弥さんを変に思った俺が彼女を見ると、両手で口元を覆っていて目からは大粒の涙が溢れ出していた。

気づけば美弥さんだけでなく杏ちゃんや咲希さんまでもが同じようになっている。


「これはおそらくおめでたですよ」


何がなんだかわからなくなっていた俺に未来さんは微笑みながら言った。



えっ???



⭐︎



「はい、バッチリ妊娠してますね。

その嘔吐は初期つわりでしょう」


検査を終えた国分先生があっさりと言った。


「ですが、娘を産んだときは全然そんなこと…」


まさか40歳の自分が一番に妊娠するなどと思ってもいなかったのだろう。桃華さんはいまだに信じられない様子だ。


「つわりはその時々で違います。あるときもあればないときもあります。それに年齢的なこともあるでしょうし。

何はともあれおめでとうございます!」


国分先生のお祝いの言葉を聞いた桃華さんの目からは嬉し涙がとめどなく溢れ続けた。



「おめでとう、桃華さん。

一番が私じゃなかったのは少し悔しいですが、桃華さんなら問題ありません」


拍手でお祝いを述べる美弥さんの表情は優しさに満ち溢れている。


「大切に育んでいきましょう。私たちもお手伝いしますから」


杏ちゃんも本当に嬉しそうだ。


「いやぁ、ほんまにめでたい!

今日は帰ったら酒やな!あっ、妊娠中はあかんのやっけ」


話の途中で気づいた咲希さんはナハハと誤魔化し笑いをしていた。


「実は私裁縫得意なんですよ!赤ちゃんの為に色々編んでおきますね♪」


ガッツポーズをした美里ちゃんはすでに今から赤ちゃんの服やらを作る気満々だ。



「みんなありがとう!

そして、こんなおばさんに慈悲をくださった片岡様、本当にありがとうございます」


「おばさんだなんて!それに慈悲なんかじゃないですよ。

桃華さんのこと本当に大好きですよ」



その言葉に一瞬目を大きく見開いた彼女はすぐに顔がくしゃくしゃになりさっきよりも大号泣。


「なぁ、ウチは?ウチは?」「もちろん私も好きですよね?」「かーくん、わたしはー?」


次々と詰め寄ってくるみんなを見た俺は笑顔で言った。


「もちろん、みんな同じくらい大好きだよ」



「告白されたってことは次はウチやな!」

「咲希さんなんかに負けません!片岡様からの愛は同じくらいかもしれませんが、片岡様への愛は私が一番です!」

「え〜?かーくんの赤ちゃん次は私じゃないかな〜?」



あー、あの咲希さん美弥さん?妊娠は勝ち負けじゃないから。

優子ちゃんそれは絶対にないよ?コウノトリさんが運んでくるなら話は別だけど。



そんなこんなでお祝いムードの中、念の為桃華さんは一日入院することとなり、俺たちは帰宅の途についた。



その後、全く気づかなかったのだが、娘が病院でのやり取りを撮っていたようで動画をあげたところ、すぐさまSNSで拡散され日本だけでなく海外からもたくさんのお祝いメッセージが書き込まれた。

動画を見た中には、ついこの間まで庶民だった40歳女性が自然妊娠したのなら自分もいけるのではないかと考えた人が結構いたらしく写真付きプロフィールを添えてDMを送ってきたりしてだいぶ困った。

その中でもとりわけ兵は裸だったり、とてもここでは言えないような鼻血必至の卑猥なポーズだったりして、怒り狂った美弥さんと杏ちゃんに即削除されていた。









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