第41話

「えっと………どういう状況???」



リビングへ足を踏み入れた俺はそこに異様な光景を見た。

まず目に飛びこんできたのは、縄で縛られ床に正座する二人の女性。そして、その二人の女性を腕組みしながら見下ろすうちの面々と要人たち。



話は俺たち三人が病院へ出かけた直後まで遡る。



⭐︎ーーー妃 麗香視点ーーー



「(お母様!これはいくらなんでも危険です!今すぐおやめください!)」


三女の日向が隣から小声で注意してくる。


「(五月蝿い!このままではわたくしたちは第壱名家どころか下手をすれば庶民落ちになってしまうのよ。あなたは黙ってついてくればいいの)」


「(仮に庶民になったとしても次の審査でまた名家に返り咲けばいいではありませんか。こんな危険をおかしてまで…)」



わたくしたちは今、男聖専用住宅街にある片岡邸の庭の植え込みに身を隠している。

第壱名家であるわたくしがこんなことをしなければならないのも全てあの男聖、いえ男のせい!えぇい、ほんと憎らしい。



あの配信が流れてからというもの、これまで良好な関係を築いてきた国会議員たちは揃って音信不通となった。

そればかりか妃家が出資していた企業からも関係解消を申し出る者が相次いだ。中には、今までの恩を忘れ電話一本で済ます不届きものまで出る始末。



「(フン、なにが超越神よ。見てなさい。あんな男なんて弱みの一つや二つ握ってやればそれで終わりよ。

………しっ!誰か出てきましたわね)」



「カーズヤー、どこに隠れたデスカー?」


見ると、辺りをキョロキョロ見渡し大声を出しながら金髪巨乳の女が一人でこちらへ近づいてくる。


「(ちょうどいいわ。日向、あの頭の弱そうな女を捕らえて、あの男の弱みを吐かせるわよ)」


「(ですが、お母様、あの女性片岡様を名前で呼んでらっしゃいますよ?)」


「(あの時、部屋の中にいた使用人の中にあんな金髪はいなかったわ。

男聖を名前で呼ぶなどきっとまた特例で名家になったどこかの田舎者でしょう。

さぁ、日向行きますわよ)」



手に持ったスタンガンのスイッチをONにし植え込みを飛び出し全速力で駆ける。

途中で女はこちらに気づいたようですが、もう遅いですわ。これを当てて終わりよ。



った!!!




あら?おかしいですわ。どうしてこの女がわたくしを見下ろしてますの?

日向が何か言ってますわ。聞こえません。視界もぐにゃんぐにゃんして……

そこでわたくしの意識は一旦途切れた。



次に目覚めるとわたくしは縄で縛られ、部屋に転がされていました。隣には同じく縄で縛られた日向の姿。

前にはあの女の他に使用人たちもおり、第壱名家であるわたくしを見下ろしていました。



クソックソックソがぁ!!あともう少しのところでしたのに!!



それより今はこの状況をなんとかしませんと。

もし、首謀者がわたくしだとバレて警察へ突き出されでもしたら前科がついてしまい、庶民落ちどころか二度と名家に返り咲くことすら………

そんなっ!?一生庶民だなんて死んでもお断りですわ!!



その時、突如として天啓にも似た閃きがわたくしに降ってきました。



もし仮に、首謀者が日向でわたくしは止めたとあれば庶民落ちは免れないでしょうが前科はつかず日向との縁を切ってしまえば次の審査で名家へ返り咲くことも可能。

と、なれば日向には悪いとは思うけれどこれも全て妃家のため。

日向、あなたもわかってくれるわよね?




⭐︎



「それで後頭部への回し蹴りで気絶させて捕らえたと?」


エミリーさんの話を聞いた俺は呆れてしまい、思わず額に手を当てて大きなため息をついた。


「ハァーイ!その通りデース!

ワタシ空手二段デース!!But、シショーからは四段の実力言われてマース!」


そういえば昔、空手を習ってる友達が段まで行くと年齢制限あるんだよって言ってたっけ。


「それで、どうしてエミリーさんを襲ったりしたんですか?妃さん」


すると、今まで顔を伏せていた妃さんはガバッと顔を上げて凄い勢いで捲し立てた。


「違いますわ!わたくしは止めたのですが、こちらの日向がどうしてもと言うので親としてついて行かないわけには…!!」


「そんなっ…!!お母様!?」


隣で縛られていた若い女性が目を見開いて抗議した。

ああ、どこかで聞いたことあるなと思ったら彼女が日向さんか。確か妃家の三女だっけ。


「そうなんですか?日向さん」


「間違いありませんわよね?ひ・な・た?」


「…………はい。間違いございません」

真っ青な顔になった彼女は小さく呟いた。



すると、突然横から出てきた杏ちゃんが言い放った。


「妃様、仮にそれが本当であったとしても無断で男聖の敷地内に入り込み、あまつさえアメリカの要人を襲ったとなれば庶民落ちは免れませんよ?」


アメリカの要人と聞いた妃さんは一瞬驚いたがすぐに今にも泣きそうな表情で言い訳を述べ始めた。


「それはもちろんですわ!

日向を止められなかったのは親としてのわたくしの責任ですわ。

庶民落ちも甘んじて受け入れます」



ピンポーン



こんな大変な状況の中、来客を知らせるチャイムが鳴り響いた。

私が出るからと娘が玄関へ向かってくれる。

なので、こちらは話を再開することにした。


「それで、杏ちゃん」

お母さんの方は庶民になるってことだけど日向さんの方は普通どうするの?」


「そうですね。

警察へ引き渡したのちに裁判にかけられるのが普通かと思います」


「その場合今回の件から考えますと、よくて無期懲役下手をすれば即死刑もありえるかと」

元警察署長である桃華さんが横から補足を入れてくれる。



はぁ……どうしたもんかな?

これ日向さんが首謀者だなんて絶対嘘だよなぁ。けど、今の感じみてると妃家のためとかで本当のこととか死んでも言わなさそうだしなぁ。



悩んでいると、突然リビングの扉が開くと同時に娘ではない誰かの声が聞こえてきた。


「さすがは元警察署長ですね、見事な判断力です。

話は古賀様から聞かせていただきました」


そう言いながら入ってきたのはスーツ姿の40前後の女性だ。

彼女の姿を見て、要人たちを含む全員があんぐりと口を開けている。


あれ?でもこの感じどことなくーーー


「片岡様、お会いするのは初めてですね。

いつも妹がお世話になっております。祥子の姉で副首相を務めております国分 未来みくと申します」


「やっぱり!!似てると思ったんですよね、雰囲気とか。あっ、すみません。

それより副首相がどうしてうちに?」


「未来で構いませんよ。

祥子から例の件について電話をもらいましてそれでお伺いしたのですが」

彼女はふふふと上品でありながら嫌味のない笑いをして答えた。



例の件というのがカサンドラさんのことだと即座に理解した。


「そうだったんですね。

すみません、今ちょっとゴタゴタしてて。

そうだ!未来さん副首相なんですよね?彼女らの処遇についてお願いできませんか?」


「ええ、お任せください。

まず、妃 麗香さん。副首相権限でたった今をもってあなたの第壱名家の資格を剥奪いたします。それに伴い、大阪ユーフォリア特別区域からの即時退去を命じます」



突然の副首相訪問に加え、その場で名家資格剥奪及び即時退去を聞かされた妃さんは呆然としておりその場から動けないようだ。


「何をしているの?

さっさと失せなさい!!」


その言葉を聞いた妃さんはヒィィィィィィィと第壱名家らしくない悲鳴をあげ何度も転びながらリビングから出て行った。


「あっ…縄……まっいっか」


次に日向さんへ顔を向けた未来さんが処遇を言い渡す前に口を挟んだ。


「あの、未来さん。

おそらくですが日向さんは」


すると、くるっとこちらを振り返った未来さんが少し微笑んでから言った。


「ええ、わかっております。

それで、片岡様は彼女をどうされますか?」


「あの、どうされますかとは…??」


急に話を振られた俺は彼女の意図を全く汲み取ることができずに聞き返してしまう。


「このまま私に処遇をお任せいただきますとアメリカの手前もございますので彼女は即日死刑となります。

ただし、片岡様が彼女の処遇について何かご意見やお考えがありましたら私どもは全力でそれをサポート致します」



そう言われてもなぁ。

流石にエミリーさんや他の要人たちが見てる前で「無罪で!てへぺろ♪」ってわけにはいかないだろうし。

俺がどうすれば良いか迷っていると、未来さんがおもむろに口を開いた。


「これは私の独り言です。どうかお気になさらず。

妃 麗香さんはE区を退去したのち、すぐさま伝手を使い彼女との縁を切るはずです。

でなければ、未来永劫妃家が名家に返り咲くことはできませんからね」



ということは、日向さんは妃家と関係がなくなる。つまりフリー!!



「未来さん、名家って養子縁組することは可能なんでしょうか?」


「いえ、名家に関しては養子縁組することはできません。でなければ、財力にモノを言わせた庶民で溢れかえってしまうことになりますから。

ですが、名家になる前であれば可能です」



なるほどなるほど。都合が良いかもしれない。

そう考えた俺は真っ青な顔で俯いたままの日向さんの前まで行き、しゃがみこんで目線を合わせた後で彼女に訊ねた。



「日向さん、カサンドラさんと養子縁組しません?」



「「「「「「はっ????」」」」」」



ケラケラ笑う未来さんを除く全員が口を揃えてそう言った。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る