第34話

「入場までこちらで少々お待ちください」


案内係の女性がそう言った後、恭しくお辞儀をして部屋を出ていく。

一人きりで部屋に取り残された俺はソファに座ったり立ったりを繰り返した。中身35歳のいい大人がみっともないと思われるかもしれないが、こんな豪華な歓迎会など無縁の生活を送っていた俺なのだからこれはもう仕方ないことだ。



一応、歓迎会参加が決まってから杏ちゃんに最低限の作法を教えて欲しいと頼んだのだが、返ってきたのは『男聖なのですから作法など必要ありません。好きに振る舞えばいいのです』という絶望しかない答えだった。



もうこうなったら高い料理を食べれるだけ食べて後は隅っこの方で空気になって過ごそうと心に決める。

その決意と同時に先程の案内係の女性がコンコンと小気味良いノックをした後そろそろお時間でございますと呼びに来た。



案内係の女性に連れられ、ここは王宮かと思うほど大きな扉の前に立った俺は首を傾げた。


「あの〜、他の参加者の方は?」


「みなさんもう会場入りされておりますよ。本日のメインゲストである片岡様のみ後からお一人で入場する流れとなっております」


案内係の女性はさも当然であるように答えた。



なん……だとっ!!?

てっきりみんな並んで入場みたいなノリを想像していた俺は目立たないよう最後尾でみんなのマネしながら入ればいいやと考えていた。しかし、彼女はそんな願いを軽く打ち砕きごりごりライフポイントを削ってくる。

頭の上で俺にしか聞こえないピピピピッという音がした。



現在のライフポイント

2000/8000

入場する前からカース・オブ・ドラゴ◯に攻撃されたら即死レベルとなってしまった。



「ご準備はよろしいでしょうか?」


全く心の準備はできていない俺だがさすがにここで「もう帰っていいですか?」とは言えず無言で頷く。

そして、彼女が扉を押し開くと同時に高らかに音楽が鳴り響き『片岡様御入場ッ!!!』というバカでかい声がした。



煌びやかな室内には色鮮やかなドレスに身を包んだ各国の美人たちが整列し大きな拍手を、その後ろではトランペットか何かを吹いている大勢の女性が見えた。



またも頭の上でごりごりライフポイントが削られる音を聞きながら俺は意を決してできるだけ堂々と進んでいく。JAPANと書かれたテーブルまでの道のりが果てしなく遠い。

ようやく辿り着いた頃にはライフポイントがかなり削られてしまっていた。



現在のライフポイント

300/8000

まだ歓迎会自体始まってすらいないのにクリボ◯に殴られたら死んでしまうレベルである。



進行役だと思われるスーツを着た女性がマイクを握った。


「諸外国の皆様、この度は我が日本国へお越しいただき誠にありがとうございます。

皆様との友好の証としてささやかですが歓迎会を開かせていただきました。本日は我が日本国が誇る男聖である片岡様にもご参加いただいております」



ちょっ……!?

俺はここから空気と化す予定なんだから、そんな俺のこと強調するのマジでやめて…



「マナーなど気にせず日頃の疲れを癒しながらごゆっくりお寛ぎください。

乾杯!!」



「「「「カンパ〜イ!!!」」」」

そう言いながらみながグラスを高く掲げた。



その直後、ドレスのスカート部分をつまみながらこちらへ猛ダッシュしてきた各国の美人たち。その顔は真剣そのものだ。

隅っこに避難する暇もなくあっという間に俺は取り囲まれてしまった。

さらに、彼女たちは俺そっちのけで言い争いを始めてしまった。


待つこと二分

ようやく言い争いを制したのか一人の金髪巨乳美人が俺の前に立った。

こう言ってはなんだが、彼女のスタイルはうちの誰よりもすごい。胸に視線がいきそうになるのをこらえるのに必死だ。


「は、、はうわーゆー?」

彼女の容姿からきっと欧米系だと思った俺は中学一年生で習った挨拶をさらにたどたどしい口調でした。


「ハァーイ!!

ダイジョブデース!ニホンゴハナセマース!

アメリカ代表のエミリーデース!

ハグシマショー!」


元気いっぱいの彼女は腕を広げたかと思うと俺の返事も待たずにいきなり抱きついてきた。



あ、あの…む、胸が当たって…

2・3・5・7………なんとか平静を保つために頭の中で素数を数える。

意識しないようにしても脳がその感触を感じ取ったのだろう。頭の上でピピピピッと鳴り響き数値が変動する。



現在のライフポイント

1300/8000

エル◯の剣士に斬られてもまだ生き残れるほどの回復に成功した。

そうか…彼女は治療の女神 ディアン・ケ◯だったのか。見た目は全く似てないけど…



「片岡 和也と申します。

エミリーさんはアメリカの方なんですね。やっぱりアメリカは自由の国っていうだけあってこういうハグとか普通なんですか?」


しばらくしてから彼女を引き剥がしながら俺は訊ねた。別に胸の感触を楽しんでたわけじゃないよ?ほんとだよ?


「ハァーイ!アメリカジユウデース!

アメリカ来たらワタシジユウニデキマース!!イッパイモンデクダサーイ!ワタシその為キマシター!」

彼女はそう言いながら自分で豊満な胸を持ち上げてウインクした。



ブフォッ!!それはぜひおねが…

俺が伸びそうになる右手を左手で必死に抑えているとサングラスにスーツ姿の女性がどこからともなく現れて彼女の両脇をガッチリ抱えてどこかへ連れ去っていった。



はぁはぁ…危なかった。治療の女神だとばかり思っていたらとんだアサシンだったぜ。

ほっとして腕で額を拭ってから前を見ると物凄い行列が目に飛びこんできた。

果てしない行列を見た俺は頭の上でまたもピピピピと鳴り響きライフポイントが削られるのを感じたのだった。








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