第32話

ーーー首相官邸ーーー


「恵ちゃんうちらなんでこんなとこ呼び出されたんやろ。やっぱりあのミスなんかなぁ?うちら儚い人生やったな」


「アホ言うたらあかん。いつもの強気な早苗ちゃんはどこ行ったんや。

確かにミスはしたけど最終的には丸くおさまったんやから大丈夫なはず」


自身も不安で押しつぶされそうだった三条 恵子だったがそれを必死にこらえ、ビクビク怯える兵藤 早苗の背中をパシッと叩き活をいれた。


そして、彼女たちの到着から三十分が過ぎた頃ようやく扉が開かれた。

入ってきたのは三村首相と国分副首相の二人だけ。二人は三条と兵藤をちらっと見たが無言のままその横を通り過ぎていく。

首相・副首相と向かいあって対峙した三条と兵藤の緊張はピークに達する。そして、ようやく国分副首相から声がかけられた。


「どうぞおかけになってください」


二人が座ったのを確認した副首相は話し始めた。


「それで、片岡様の様子はいかがです?」


「はい、あの一件以来今のところ目立った問題は起こっておりません。

警備に関しましても元あびこ区警察署長の片桐 桃華と緊密な連携のもと万全を期しております」


「それは上々ですね。

あの一件に関しては早急にこちらで処理いたしましょう。

では、本題に入りましょうか」


その言葉に三条と兵藤の緊張がピークを超えた。


「二人とも動画配信のことはご存知ですね?」


てっきり報告書を後回しにした件での叱責と降格処分、最悪の場合懲戒解雇を覚悟していた二人は拍子抜けする思いだ。


「は、はい。もちろん存じておりますが。何か問題が?」


「あの動画配信は名家でない庶民にも希望を与えているの。その反面厄介な問題も引き起こしてしまうのよ。

この報告書を見てちょうだい」


副首相が差し出した報告書を受け取った三条は目を通していく。


「こ、これは………」


「ええ。

配信を通して一躍有名になった片岡様だけどそれは日本人だけに限らない。諸外国にも存在が知られることになったのよ。

そして、さらに悪いことに片岡様の精液検査の結果を諸外国に流している者がいる」


「ですが、結果を閲覧可能なのは…」

報告書を見ていた三条は慌てて顔を上げて答えた。


「そう。

我々国会議員いえ内閣官僚の中の誰かよ。こちらは現在急ぎ調査中です。

問題なのは諸外国の方よ。そこに書かれてある通りもうすでに動き始めているわ」


兵藤が三条の持つ報告書をのぞきこむとそこには各国の大統領や王族が来日する日時が記されていた。それもほぼ同時期にである。


「我々日本としてはもちろん片岡様を失うわけにはいかない。

けれど、諸外国の訪問を無碍に突っぱねるわけにもいかないの。なにせエネルギー資源や鉱物資源・食物その他の多くを輸入に頼っているんだから。

不幸中の幸いなのは諸外国が力づくで奪いに来ることはほぼないということね」


「どうしてですか?中国辺りは力づくで奪いに来てもおかしくないと思いますが」


「理由は様々だけれど一番は日本の人工授精装置と技術よ。

日本に比べて諸外国の人工授精の成功率はかなり低い。仮に力づくで奪った場合でも装置や技術を止められる。それにこれだけ多くの国が来日しているときにそんなことをすれば世界から孤立してしまうわ。

だからこそ諸外国は奪うのではなく片岡様自身が自分の国へというふうに仕掛けてくるというのが我々の見解よ」


「なるほど。事情はわかりました。

では我々は諸外国が片岡様に近づかないようにすれば良いのでしょうか?」


「悪いがそれはできない」

今までずっと黙っていた三村首相が苦々しく答えた。


「……残念ながら我々も清廉潔白というわけではない。後は言わなくてもわかるね?」


つまり諸外国に弱味を握られているということだと三条と兵藤は瞬時に理解した。


「では、我々に何をしろと?」


事情が事情だけに自分たちにできることなどあるのか疑問に思った三条は率直に訊ねた。


「貴方たちに頼みたいのはーーーーー」



副首相の言葉を聞いた三条と兵藤はお互い見合った後、力強く頷いた。




⭐︎



ーーーアメリカの場合ーーー


「キミの任務は理解していますね?」


「ハァイ、任せてクダサーイ。ワタシのダイナマイトボディでイチコロデース」


彼女は自分の胸を手で持ち上げながらウインクして答えた。


「キミに全てがかかっています。各国を退けてカレを我がアメリカへ連れてくるのです」



⭐︎



ーーー中国の場合ーーー


「内通者の報告でもこの者の好みは掴めなかった。が、一番可能性が高いのがお前だと私は踏んだ。

よってわざわざ犯罪者であるお前を呼び戻したのだ。どんな手段でも構わない、この者を我々中国に連れて来なさい。

できなければ…わかっているわね?」


国家主席から写真を受け取った彼女は不敵な笑みを浮かべた。


「報告書も穴があくほど読んだ。無問題」



⭐︎



ーーーアフリカ連合の場合ーーー


「我々ではアメリカやヨーロッパ連合、中国などをおしのけて彼を連れ帰るなど難しいのは承知しています。

ですが、せめてどうにか彼からの精液提供の協力をとりつけてきて貰いたいのです。

それができなければ我々アフリカ連合は遠からず滅ぶことになるでしょう」


「マザー、ワタシせいいっぱいやる。期待に応えられるよう」


決意を固めた彼女は力強く拳を掲げた。





こうして各国の思惑が交錯する中、運命の一週間を迎えることとなる。








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