第29話(千夏視点)
ーーー千夏と里穂の場合ーーー
「ねぇ、昨日の見た?」
登校中偶然出会った友達の里穂と歩きながら私は昨日の配信について話を振ってみた。
「もっちろん!ほんっと羨ましいよねー。特にあの握手や撮影なんかは一生の思い出じゃない?私あれに参加できるなら全財産はたいてもいいよ」
「わかるわかる!
しかも、自分から写真撮影を言い出せなかった子を見て男聖自ら『一緒に撮る?』なんて。その後それを見てみんな自分も自分も!って。それも笑顔で快諾してくれてたよね」
「うんうん、見ててもう新婚じゃん!って思って思わず自分に置き換えて妄想しちゃった。そしたらさ〜なんとビックリ四時間経ってたんだよね!
千夏はSNSで発表された倍率見た?一応私も応募してたんだけど、あれ見てたらまだ宝くじの方が当たる気がしたよ」
「里穂も応募してたの?って当然か。
私もだよっていうかおばあちゃんもお母さんもぜんっぜん当たんなかったけどね〜。
私ね、高校卒業したらこんなど田舎出て大阪行く予定なんだ。そしたら少しでも片岡様に会える確率高くなると思わない?」
「無理無理。
男聖はE区から出ないし庶民はE区に入れないし。
でも、このど田舎から出るってのは賛成〜。ここ田んぼと畑しかないし年々人も減ってるし。
それにね、うちのおばあちゃん頭固くて…」
「なにかあったの?」
さっきまでの明るい表情から一転して暗い顔になった友人を心配した私は事情を聞いてみることにした。
「実はさ、うちの野菜がどんどん売れなくなってるんだよね。
いくら私がもっとコスト下げて安くしなきゃ売れないって言っても有機栽培だかなんだかにこだわっちゃってさ…ほとんど廃棄になっちゃってるんだよね」
「そうなんだ…実はうちも同じ。
ほら今って田舎の広い土地で大型の機械使って大量生産ってのが主流じゃん。なのに、そんなに広くない畑で手作業でちまちま作ってるもんだから値段が高くなって売れないんだよね。今年も赤字で借金すごいし…」
「そっか、千夏のところも同じなんだ」
二人同時に特大のため息をついたところで背後から声がした。
「やぁ、おはよう。
ちょっと道を聞きたいんだけどいいかな?」
……………………………
「里穂、私家の借金のこと考えてたらとうとう幻聴が聞こえるようになっちゃったみたい」
「千夏も?私も。
病院行った方がいいのかな?つっても病院まで車で二時間かかるから気軽に行けないよね」
「あの〜…」
「ほらまた。
私、今日学校休もうかな。幻聴はさすがにやばいよね…って里穂どうしたの?その顔やばいよ?」
隣の里穂を見ると大根をそのまま咥えれそうなくらい口を開けてしきりに私の背後を指差していた。
「もうっ〜ドッキリ?そんなのに私引っかかるほど子どもじゃ…………」
言いながら背後を振り返った私は雷に撃たれたかのように硬直し頭が真っ白になってしまった。
「「かかかか、片岡様っ!!??」」
数秒後我に返った私と里穂は同時に叫んだ。
「やぁ、おはよう。いい朝だね」
そこには昨日の配信で見たまま片手をあげて優しく微笑む片岡様がいたのだった。
「どどどどどど、どうしてこんなっ田舎にいらっしゃられ…あれ…いららっしゃっられれ…あれ…?」
里穂は混乱しすぎて日本語が不自由になってしまっている。
そんな様子を見た片岡様は優しく微笑んだ後おっしゃった。
「そんなに緊張しないで大丈夫だよ。
ピクニックに来たんだけど大阪では珍しい蜻蛉を見て思わず追っかけてたらみんなと逸れちゃってね。あはは、面目ない…
君たち自然緑地公園って知らないかい?」
なにこの少年のような心に無邪気な笑顔…
尊い、尊すぎるっ!!脳内再生メモリーに保存しなきゃ!
「あっ、あのご案内しますっ!」
私は通学中であることも何もかも忘れて叫んでいた。里穂もコクコクコクコク…
里穂、いつまで首振るの?
「ほんとかい?すごく助かるよ。
でも、本当にいいの?制服ってことは通学中なんじゃない?」
「いえっ、創立記念日ですっ!」
私はフル回転させた頭で一瞬にして言い訳を考え自分でも驚くほど清々しく嘘をついた。
じゃあお願いしようかな?と言った片岡様と並んで来た道を引き返したのだった。
「へぇ、千夏ちゃんと里穂ちゃんは高校生なんだ。
この辺り田んぼや畑が多いから農業高校か何かなのかな?」
「いえ、普通の高校です。家は農家ですけど」
片岡様は配信と全く変わらず気さくで話しやすい方だった。私と里穂もはじめは緊張でうまく話せなかったのが今となっては普通に会話できるようなっていた。
「マジ!?何育ててるの?」
めっちゃ目を輝かせた片岡様が里穂の言葉に食いついた。
「えと、季節によって違うんですけど、今だと秋大根ですね。ちょうど今収穫時期なのでおばあちゃんとお母さんが収穫に追われてます」
「うちも今年少し植え付けが遅かったのでちょうど今サツマイモの収穫してますね。
あっ、ここが自然緑地公園です」
「いや、ほんと助かったよ。一人だったら一生彷徨い続けるとこだった。
二人ともありがとうね」
片岡様はそう言って私たちに頭を下げた。
と、その時…
ドドドドドドドッ!!
ものすごい地響きが聞こえたかと思うと一人の女性がオリンピックで金メダルを取れるほどのスピードで走ってきた。その女性は片岡様の前まで来ると膝をついて頭を垂れた。
「超越神様ご無事ですか!?
くっ…!我々が準備に気を取られ目を離したばかりに…かくなる上はこの命を以て」
「いやいや、桃華さん。蜻蛉追っかけてたら逸れちゃっただけだから。
それに超越神様はやめてって言ってるのに」
そう言った片岡様は膝をついた女性の手を優しく取って立ち上がらせた。
「大失態をおかした私になんとお優しい…
この片桐 桃華 一層の忠節を超越神様に捧げますっ!」
「あっ、うん…頑張って?」
その言葉を聞いて目をキラキラさせた片桐さんは「はいっ!」と勢いよく答えたあとで私たちを見た。
「ところでこちらのお二人は?」
「ああ、千夏ちゃんと里穂ちゃんだよ。
二人が親切にここまで案内してくれたんだ。ところで桃華さん、ピクニックの準備って終わっちゃいました?」
「いえ、超越神様がおられないことに気づいてからみなで手分けしてさがしておりましたので……申し訳ございません」
それを聞いた片岡様はパンッと手を叩いた。そして、信じられないことを口にしたのだ。
「じゃあちょうど良かった!
この子たちの家が農家でさ、ちょうど今収穫してる最中なんだって。もし良かったらみんなで見に行かない?
二人とも行っても大丈夫そうかな?邪魔にならないようにするし」
「「はっ……?え、えぇぇぇぇぇ!?」」
片岡様がうちに…うちに?
お、落ち着け落ち着くのよ私。
えっと、円周率は3.1415926535………
………無理っ!無理だって!円周率ごときで誤魔化せるようなそんな事態じゃないもん。
「全然大丈夫ですっ!」
私が混乱で正常な思考ができないうちに隣にいた里穂が勢いよく答えていた。
先を越されて恨みがましく見つめる私に目で『早い者勝ちよ』と訴える里穂。
「う、うちも全然大丈夫です!ぜひうちにお越しください!」
友達といえどここは譲るわけにはいかない。
私と里穂の間で激しい火花が散っていた。
そんな私たちの様子など全く気づかない片岡様はいつもと同じ笑顔で言った。
「そっかぁ、収穫一度見てみたかったんだよね。じゃあ順番にお伺いしようかな」
それを聞いた私と里穂はさっきまでのバチバチをすっかり忘れて手を取り合って飛び跳ねたのだった。
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