第27話

「……痛い…あと重い…」


顔を10tハンマーで殴られる悪夢で目覚めた俺は顔に足が乗っていることに気づいた。


「いてて…あ〜あ、こんなに動いちゃって。そういえばゆっちゃんもこんな感じだったっけ」


バンザイのポーズで俺の顔に足を乗せたまますやすやと眠る優子ちゃんを見て自然と四歳頃の娘と重ね合わせていた。

起こさないようにそっと元の向きに戻して掛布団をかけてあげる。



昨日の壮絶なあみだくじ大会を制したのはなんと優子ちゃんだった。

「や〜ったやったやったった〜♪」と両手をあげながら踊る優子ちゃんの様子に室内の緊迫した雰囲気は一気に霧散しみんな顔を見合わせて笑うしかなかった。

『一緒のお布団で寝て、寝るまで絵本読んであげる』と提案すると「うんっ♪」と満面の笑みで快諾してくれた。

そして、約束通り絵本を読んでいると途中で優子ちゃんが眠ってしまいつられるように俺も眠りへと落ちた。



しばらくの間、幸せそうに眠る優子ちゃんを見ていると扉がノックされた。


「おはようございます。

朝食の準備ができております」

そう言って起こしに来てくれたのは愛莉ちゃんだ。


「うん、ありがとう。

優子ちゃん起こして顔洗った後行くね。

……ところでそのガッツポーズはなに?」


彼女が右手で小さくガッツポーズをしていることに気づいた俺はなんの気なしに訊ねた。


「片岡様にお仕えできる喜びと壮絶な死闘を制してこの役割を得た満足感です」


扉から顔だけ出し廊下の方を見ると悔しげな表情に顔を歪ませる桃華さんと咲希さんが遠くからこちらを見ていた。



な、なるほど…起こす役を巡って何かしらの戦いがあったのねと苦笑した。



寝室へと戻った俺は自分の用意を整えた後、優子ちゃんを起こし寝ぼける優子ちゃんを連れて洗面台に向かい、顔を洗って拭いてあげた。

そして、ダイニングに並べられた朝食をみんなと一緒にいただく。


「この卵焼き誰が作ってくれたの?めっちゃ美味しいんだけど」


「それはうちが作ったんや!ダーリンのこと想像しながら愛を込めて作ったんやで。やっぱ愛の大きさが他と違うんやな〜」


ちらちらっと美弥さんを見ながら言う咲希さん。そんな咲希さんの言葉にピクリと反応した美弥さんはスッと目が細くなり殺意の波動が体から溢れ出している。



だ、大丈夫?瞬獄殺とか出さないよね?朝っぱらからド派手なK.O.の文字とか見たくないよ俺。



「おっとぉ!こっちの焼き魚も塩加減やら焼き加減が抜群だ!」


「そうでしょう?さすが片岡様はわかってらっしゃいますね」

途端にぱあっと笑顔になる美弥さん。


味噌汁と焼き魚で悩んだが、間違ってなかったらしい。あっぶねー命拾いしたわ。


「どっちも美味しいよー♪」

優子ちゃんが場を和ませてくれる。


そんな感じで和気あいあい?と朝食をいただいた。でも、実はこの食事にしても昨日少し揉めたのだ。





昨日の夕食時、ダイニングへとやってきた俺はテーブルに並べられた一人分の夕食を見て唖然としてしまった。


「あれ?みんなの分は?」


「男聖と食事を共にするなど言語道断でございます。私たちは男聖が食事を終え、その片付けをした後にいただくのが普通です」

すぐそばで待機していた杏ちゃんはキッパリと言い切った。


「みんなと一緒に食べたいなぁって思うんだけど…?」


「無理でございます」

にべもなく断られてしまった。


「そこをなんとかっ!お願い!」

両手を合わせてお願いポーズで頼むと彼女は困った顔になった。


「ほら、一人で食べてもつまらないしさ。みんなで一緒に食べた方が美味しいよ?」

「ですが…」

というようなやり取りを何度か繰り返した後、結局杏ちゃんが折れてくれたのだ。




朝食を終え、桃華さんが淹れてくれたお茶を飲みながら今日の予定を確認していく。


「今日は昨日話した例の件のための許可申請と動画撮影をしたいと思います。

みなさんご協力よろしくお願いします」


「よっしゃ!撮影は任しといて!」

「超越神様のため全て完璧にこなしてみせます」

「お掃除頑張りますね」

「わ、私も映るんですか?」


「うん、オープニングはみんなにも映ってもらう予定だよ。その後は俺だけって感じで考えてるかな。

今日は告知みたいなものだからそんなに長い動画は撮らないつもりなんだけど」



ちなみに娘は絶対映りたくないということでSNSなどの裏方担当となっている。なにやらそっちに興味があったようで昨日から愛莉ちゃんや咲希さんに教えてもらっていた。彼女たちいわく70歳とは思えないほどの飲み込みの早さなんだとか。おそるべし我が娘よ。



そんなこんなで午前中は許可申請のために国分先生に会いに病院へ行った。

本当は加藤さんたちが適任だとはわかっていたのだが、わざわざ呼び出すのも悪いしこっちから行くにしてもE区外は遠いということで先生に相談しようとなった。



病院へ入ると受付の女の子がもじもじしながら「せ、精液提供でございますか?」と聞いてきたので「あっ、いえ違います」とあっさり否定すると目に見えて落ち込んでいた。

期待してくれていたんだろうと思うと少し申し訳なくなる。そこで、俺はちょっとしたイタズラも兼ねて彼女に近寄り耳元で囁いた。


「近いうちに来ますね。良かったら手伝ってくれますか?……なーんて冗談ですか…ら?あれ?」


ジョークが通じなかったのか、顔がゆでダコのように真っ赤になった彼女はそのまま後ろ向きに倒れてしまった。

それに気づいた看護士が彼女を医療室へ運んでいく。運ばれていく彼女の顔はとても幸せそうで鼻血も結構出ていた。



いや、ほんとごめんなさい。

心の中で繰り返し謝りながら国分先生のもとへと向かった。



「うーん、これの申請ですか…?」

難しい顔で紙を見つめる国分先生


「やっぱり厳しいですかね?」


「あっ、いえ大丈夫だと思います。ですが、なにしろ前代未聞なので…

許可が出るまでに2、3日お時間をいただくことになると思いますがよろしいでしょうか?」


「えっ!?2、3日で良いんですか?てっきり1か月くらいかかるものだと思ってました」


「片岡様の件は特例となっておりますので…それにしても、、またとんでもないことをお考えになりましたね。

あっ、良い意味でですよ?」


「そうなんですか?

今までこういったことをしようと思った男っていなかったんですか?」


「聞いたことありませんね。

SNSですらされない方たちですから。

………やはり片岡様に来ていただいて正確でしたわね」


「最後何か言いました?」


「あっ、いえこちらの話ですので。

では、早速申請の方出しておきますね。

それと、先ほど受付のほうが騒がしかったようですが何かございました?」


「あっ、、、いえ実はーーーーーというわけでしてほんと面目ない…」


元の時代であればセクハラで即刻通報案件であるイタズラをしかけてしまったことを猛省した。


「ふふっ、そうですか。

では、次回の提供の際は彼女に手伝いをしてもらいましょう」


「ちょっ…先生!?話聞いてました?

それに彼女だって嫌だろうし」


「あら、彼女というかみなさん喜んでお手伝いしてくださると思いますわよ?

なんでしたら私や堂本でも大丈夫ですよ?」


「からかわないでください先生。

許可申請の件お願いしますね。

あっ、そうだ。午後から動画撮るんですよ。もしお時間ありましたら先生や桜さんもオープニング一緒にどうですか?」



「(ちょっ…押さないで)わ、わわわ!!」



ドテン…ズシン!!



急に扉が開いたかと思うと数名の看護士さんが重なるように前のめりに室内へ倒れこんできた。


「いてててっ…

あっ、片岡様お久しぶりでございます!私のこと覚えてくださってたんですね!」


「呆れた…あなたたち盗み聞きしていたの?」

額を手で覆った先生が呆れた様子で看護士たちに訊ねた。


「盗み聞きだなんて。

片岡様がお部屋に入られるのを目撃して、部屋の前で体中全てが痛くなり、扉に寄りかかって休んでいたところお話を聞いてしまったというわけです。うん、こりゃ仕方ない」


わたしもわたしも!と桜さんの言葉に他の看護士さんたちも続いた。



「あっ!それより先生。私午後から半休いただきます!」

元気良く手を上げた桜さんは呆れる先生に高らかに宣言した。


「ずるい!」「なんで桜だけ!?」「私も行きたい!」

口々に訴えてくる看護士さんたち。


「あっ、いや、そんなたくさんはちょっと無理かなーって。

でも、ほらコレ!当たれば来れますよ!」

そう言って一枚の紙を気落ちする彼女たちに見せた。


「なになに?えーっと、、『引越し祝い&新居お披露目会』ーー応募者の中から抽選で選ばれた方ーー名家・庶民問わず。どなた様でもお気軽にご応募ください!!???」


「ウッソ!?」「マジ?」


「あはは、応募とか大層なこと書いてますけど多分最初だしほとんど集まらないと思うんで確率は高いと思いますよ」


そんな俺の言葉が聞こえていないかのように真剣な目で紙を睨む彼女たち。その中の一人がボソっと言った。


「……コレって応募数とんでもないことになるんじゃ?」


「いやいや、一応午後から動画撮って告知したりSNSでも告知は出しますけど、さっきも言った通り最初なので10人応募あれば良いかなぁ?ぐらいで考えてるんですよー」


彼女たちだけでなく先生までもが一斉に俺の方を見た。


「片岡様、それ本気でおっしゃってます?」

先生の声のトーンがいつもより真剣味を帯びている気がする。


「えっ?めっちゃ本気ですけど…俺なんか変なこと言いました?

じゃあ桜さん午後にお待ちしておきますね」



唖然とする先生と看護士さんたちを残したまま部屋を後にし帰宅したのだった。








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