第25話

単身で部屋へ乗り込んでしまった俺は後ろを向きながら口パクで「(後で覚えてろ)」とごめんのポーズを取っている娘へと伝える。

そんな俺の入室に気づいた妃さんは声をかけてきた。


「あら、あなたが片岡 和也様ですの。これは聞いていたよりもずっと…いえ、なんでもありませんわ。

あら、わたくしとしたことがご挨拶が遅れましたわね。第壱名家 妃 麗華きさき れいかと申しますわ。以後お見知りおきくださいませ。

ところで、このお紅茶はどこのブランドですの?それに変わったデザインのティーカップですわね。どこの名工がおつくりになったのかしら?」


娘が出した湯呑みを持ちあげながら訊ねた。


「あっ、ご丁寧にどうも。

片岡 和也と申します。こちらこそよろしくお願いします。

紅茶ではなくほうじ茶ですね。ブランドものではないかと…あと、そちらはティーカップではなく湯呑みです。

私そのお茶が気に入ってまして、毎日飲んでるんですよ」


湯呑みとほうじ茶をまじまじと見つめた彼女はやがて口を開いた。


「不躾な質問となってしまい申し訳ありませんが、お値段のほどはおいくら万円でしょうか?」


お、おいくら万円!?

これスーパーで50パック380円くらいなんだけど。それに湯呑みも多分100均のだし。


「おそらくほうじ茶は50パックで380円くらいかと、湯呑みの方は100円ですね」


別に隠すこともないだろうと素直に教えたのだが、それを聞いた途端に彼女は持っていた湯呑みを床へ落として両手で口を押さえた。


「そ、そんなものをわたくしに飲ませただけでなく男聖にも飲ませているのですかっ!

ここの使用人たちは一体何を考えているのですか!?」


その物言いに一瞬ムカッとしたが、わざわざことを荒立てる必要もないと考えた俺は努めて冷静に返す。


「すみません、お口に合いませんでしたか?このお茶以外となりますと…あっ、水道水ならありますが?

水道水もおいしいですよね。私も食事のときなんかはよく飲むんですよ」


「なっ…片岡様、すぐに使用人たちを呼んでくださらないかしら?」


一瞬の驚きのあと顔を真っ赤にした彼女は言い方こそ丁寧ではあるもののお怒りであることは明白だ。だが、俺には彼女が何をそんなに怒っているのか全く理解できない。


はぁ、別に構わないですけど?と言った俺は扉の外で待機しているみんなに中へ入るよう促した。すると、扉が開きしずしずとみんなが中へ入ってくる。



おぉ!!みんな本物のメイドさんみたいだぞ。今日のアレやソレが嘘のようだ。


俺がそんなことを思っていると、ジロジロと厳しい目でみんなを見た妃さんが口を開いた。


「はん!どこの極地から出て来られたのかしら?みなさん田舎くさい顔してますわね。

お猿さんは山へお帰りになったらいかがかしら?」


ピキッ…


第壱名家である彼女から批判を受けたみんなはどんどん顔が暗くなり下を向いてしまっている。


「そこのあなた?よくそんなブッサイクな顔して男聖に仕えようなんて思いましたわね。

わたくしなら恥ずかしくてとてもとても」


ピキピキッ…


「片岡様、こんな山猿どもではあなた様の品位が損なわれてしまいますわ。

本日はわたくしの三女たちを使用人に薦めにまいりましたのですが、やはり気が変わりましてよ。我が家へお越しくださいませんか?

本来、男聖は名家に住むことはできませんが第壱名家だけは特権で許されておりますの。ふふっ、近くで見ると更に可愛らしい顔してらっしゃいますのね」


そう言って身を乗り出し、俺の顔に手を這わせた彼女は上機嫌だ。


「……かく…………みれ…な、……バ…ア」


「片岡様、申し訳ございません、よく聞き取れなかったもので。

もう一度おっしゃってくださるかしら?」


我慢の限界に達した俺は伏せていた顔をガバッとあげて叫んだ。


「近くで見るとシワまみれだな!クソババア!!厚化粧でごましてるつもりか?無駄な努力ご苦労さん。

あんたんちに行く?冗談は顔と髪だけにしとけよ。なにそのウン◯頭にまつ毛。舐めてんの?どうやったらそれがいいと思えるのか理解不能だわ。

それにな、お前なんかよりここにいるみんなの方がよっぽど美人だわ!!俺の大切に想ってる人たちをバカにすんなッ、さっさと帰れよおばはん」



「なっ、なんですってぇぇぇ…キィィ!

ちょっと顔がいいからってこのッ!第壱名家のわたくしにそんな口を聞いて」


ハンカチを噛みちぎりそうな勢いでさらに真っ赤になった顔で怒り狂う。

そんなヤツにもはや興味など微塵もない俺は冷たい目で言い放った。


「じゃっそういうことで。

あっ…もう二度と来ないでね。美弥さん悪いけどお塩持ってきて撒いといてくれる?」


パァッと明るい顔に戻った美弥さんは笑顔で「すぐにお待ちします!」と嬉しそうにスキップで部屋を後にした。


「みんなもあんなおばはんの言うことなんて気にしなくて…良いから…?」


「うへへ…」

あれ?今なんか変な声聞こえたような…?

よく見ると下を向いて落ちこんでいると思ったみんなの肩が震えている。


「ダーリン結婚や!今すぐ結婚!」

そう言って咲希さんが腕を広げて飛びこんできた。


「咲希さん?あれは私に言ったのですよ?咲希さんじゃないです!」

愛莉ちゃんはそんな咲希さんを俺から引き剥がそうと頑張っている。


「わ、私ごときを大切だなんて…慈愛神様、いえ超越神様!」「かーくんに大切って言われたぁ嬉しいなえへへ」


そんな喜ぶみんなを見てヤツは苛立たしげに吐き捨てる。


「あなたたち!調子に乗るんじゃないわよ。わたくしは第壱名家なのですよ?それをこんな…絶対許しませんわ。あなたたちを必ずE区から追い出して片岡様をなんとしてでも手に入れますわ」


「あれ、まだいたの?

第壱名家だからなに?それに、みんなをE区から追い出したら俺があんたんとこに行くなんてことは絶対無いから。

みんながE区から出ていくなら俺も一緒に出ていくよ。別にここに居たいってわけじゃないし…」


「ッ……!?フゥ〜〜。

わたくしとしましたことが取り乱しましたわね。本日のところはお暇いたします。

それと、一つご忠告を。

あまり羽黒家に肩入れなさらない方がよろしいかと」


「どういう意味だ?」

彼女を睨んだ俺は訊ねた。


「そのままの意味ですわ。

羽黒家は斉藤様に不快な思いをさせたということと長女の他に男聖にお仕えしている方もいらっしゃらないようなので昨日の名家会議で潰すことが決定しておりま…」


ビュン…ドガッ!!

勝ち誇ったかのようなヤツの顔のすぐそばを通過した俺の拳がソファをぶっ叩いていた。


「あの子の家に手出ししてみろ。次はお前のそのシワだらけの顔面が更に醜くなるからな」


真っ青な顔をして小走りで部屋を後にしたヤツと入れ違いに大量の塩を両手に抱えた美弥さんが戻ってきた。

ここで大量の塩をぶち撒けようとする美弥さん。それを慌てて制止する。


「あっ、できたら玄関で撒いてもらっていいですか?掃除が大変なので…」


扉の方を見ると覗いていた娘があちゃーと額に手を当てていた。

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