第16話
「あー、疲れたぁ!
パパ、問題とか起こしてないよね?」
靴を脱ぎながら問うてくる娘。
「おかえり!おう多分大丈夫」
下着を買ったときのことを思い出し、少し不安になったがここは大丈夫だと強気でいくべきだろうと判断した。
「多分ってなによ、たぶ……」
「あっ、すみません。お邪魔してます」
美里ちゃんが律儀に立ち上がって挨拶をした。
その瞬間ずかずかと俺のもとまでやってきた娘はいきなり俺を締め上げる。とても70歳とは思えない力だ。
「早速問題起こしてるじゃない!!
なに?どういうことっ!?この子は誰!?」
「ちょっ…結月さん落ち着いて、マジギブ」
「あ、あの…あの落ち着いてください」
おろおろしながらも美里ちゃんが助けに入ってくれた。
ちなみに美里ちゃんにはこちらの事情を伝え済である。
それでようやく娘の手から力が抜けた。
「で、どういうことなの?なんで子ども連れ込んでんの?」
怒りの目で俺を見つめる娘
そんな娘に俺はことの経緯を話していく。
「ーーーーーでさぁ、なんと家が隣だったわけ。それで、お母さん帰ってくるまでうちにおいでよって誘ったわけさ」
「事情はわかったけど、中学生誑かすとか世が世なら逮捕もんだからね?
こっちもある意味で疲れてるんだからあんまり問題起こさないで欲しいわ」
事情を聞いて少し怒りがおさまったようだ。
「ん?ある意味で疲れたってなに?」
普通に仕事で疲れたのならある意味など言わないはずだ。
娘は髪をかきながら理由を話してくれた。
「あー、まず私と愛莉ちゃんが出勤したところ社内で『慈愛教』とかいう聞いたこともない宗教ができてたのよ」
ほうほう…慈愛教ね。うん、確かに聞いたことないな。
………ん?慈愛…?確かあのとき…なんか嫌な予感
「えっ?慈愛ってまさか…?」
おそるおそる訊ねてみる。
「そう、パパを慈愛神と讃える宗教だそうよ」
嫌な予感が的中してしまった。
更に話を続ける娘。
「それで、パパは慈愛神になってたんだけど私までみんなから聖母様とか呼ばれちゃってさ」
「お、おう…良かったじゃないか?」
「良くないわよっ!!
みんな膝ついて拝んでくんのよっ!?『聖母様聖母様…』って。
それに仕事始めようと思ったら所長が一目散にやってきて『聖母様の分は終わらせておきましたのでどうぞごゆっくりお寛ぎ下さい』って言ってまた拝まれるのよ!?
仕方ないから休憩室で休んでたらみんなが次から次へとやってきて『聖母様、こちら知り合いから取り寄せました。どうぞお納めください』なんて色んな物捧げてくんの。
とりあえず断っといたけど、断ったら断ったで泣きそうな顔で『もっと高級品じゃないと…』なんて言い出す始末。なんかこっちが悪いことしている気になったわ」
ハァ…と盛大なため息をついた娘はどかっと腰を下ろした。
「…いや、なんかごめん」
捲し立てるような娘の話し方に気圧された俺はとりあえず謝っておく。
「まぁ、私を助けてこうなったんだから仕方ないわよ。
…あなた、美里ちゃんだっけ?あなたも覚悟しといた方がいいわよ。話を聞く限り似たようなことが起こる可能性大だから」
それを聞いて少し狼狽えた美里ちゃんを見て俺は口を出した。
「まぁどうにもならなくなったら俺に言うって言えば…」
「それ逆効果だから!
より親密だってアピールしてるようなもんじゃない!中学校内どころか町の人にまで拝まれたりするわよ」
美里ちゃんは娘の話を聞きながら考えこんでしまった。
「美里ちゃん、ほんと申し訳ない!かえって悪いことしたみたいで…」
「あっ…いえ!そんな…!!死ぬところを救っていただいて更に問題まで解決していただいたのに。それに私は片岡様に身も心も捧げた身なので。
…考えていたのは母は大丈夫かな?ということなんです」
ん?美里ちゃんのお母さん?
「というのも、母と同じ職場に同級生のお母さんも勤めていまして…」
それを聞いた俺と娘は顔を見合わせてアイコンタクトでお互い嫌な予感がしたことを伝え合う。
「ま、まぁお母様もまだ帰ってきてない段階で心配しても仕方ないわよ、うん。
そ、それよりお腹すいたわね、夕食にしましょう?美里ちゃんも良かったら一緒に食べましょ。今から大急ぎで作るからちょっと待っててね」
明らかに同様を隠しきれていない娘だったが、話題を変えることでなんとか状況を変えようと試みる。
「あっ、それならパパが作っといたから。ちょっと待って、今温め直すから」
台所へ行くため腰をあげた。
「ちょっ…ちょっと待って。
パパ、料理したの?男聖なのに…?」
「何言ってんの?平日の朝食・休日の朝昼晩はパパが作ってたの忘れたの?
プロの主婦とまではいかないけどそこそこの腕はあるつもりだよ」
「私も最初驚きました、まさか男聖が料理をするなんて…」
そう言って美里ちゃんは娘に同意した。
そんな二人を残して台所へ行き、ふんふんと鼻歌まじりに用意しておいた料理を温め直した。
「あっ、ゆっちゃん!ちょっと運ぶの手伝ってほしい」
盛りつけた料理を運んでもらうために娘を呼んだところでピンポーンとチャイムが鳴った。
「あっ、それなら私が…結月さんはお客様の応対をどうぞ」
気を利かせた美里ちゃんがやってきた。
美里ちゃんに料理を手渡して運んでいってもらう。
すると、娘が困った様子で顔を出した。
「パパにお客様…ほら、昨日の」
あぁ、なるほどと納得した俺は娘と応対を変わることに。
玄関には昨日の加藤さんと神林さんが立っていた。確か内閣男聖省の方だったような?
「片岡様、再度お願いにやって参りました。
どうか何卒大阪ユーフォリア特別区域へお越しください。
そのためなら片岡様のどんなご要望も叶えることが可能でございます」
ちょっと後ろを振り返ると、料理を運んでいた美里ちゃんは今の話を聞いて足を止めて驚いていた。
「あっ、これから夕食なんで無理です」
俺の返答に誰もが呆気に取られ、一瞬静寂に包まれた。
そんな静寂の中、神林さんのお腹から発せられた『グゥゥゥゥゥ』という音が一際大きく鳴り響いた。
その神林さんは恥ずかしさで顔が真っ赤になり下を向いたままモジモジと手を擦り合わせている。
「良かったらこれから夕食なのでご一緒にいかがですか?」
お腹がすいてはかわいそうだと思った俺は二人へ提案してみる。
「あっ、いえ!私はそんな…」
慌てて答える神林さん。
それに対して加藤さんは一歩前へ出て答えた。
「よろしければぜひご一緒させてください」
食卓に五人分の料理が並べられた。
誰も動こうとしないので先陣を切っていただきますと言って食べ始める。
すると、ようやくみんなもいただきますと言い食べ始めた。
うん……
無言だ。誰一人喋らない。
そこでひとしきり食べたところで俺が加藤さんと神林さんに話をふってみた。
「お味はいかがでしょうか?」
「あっ、美味しいです」と答える神林さんに対して加藤さんは「特徴のない味です」とハッキリ答えた後で「こんなものを…食べさせて…」とぶつぶつ言っている。
それを聞いた娘と美里ちゃんは茶碗を持ったまま固まり、手から箸をポロリと落とした。
「そうですか…特徴ないですか。
うーん、もっと研究して特徴のある美味しい料理を作れるよう精進しますね」
自分でも並程度の腕であることは重々承知しているためハッキリと言ってくれた加藤さんに好感を覚えた。
すると、今度は加藤さんが茶碗を持ったまま固まってしまった。しかも、二人同様に箸を落とす。
みんなさっきからよく箸を落とすなぁ。握力大丈夫か?
そんなことを思いながら三人の落とした箸を拾ってから水洗いするために台所へ向かう。
その途中、加藤さんがわなわなと震えながら訊ねてきた。
「あっ、あの、、まさかこの肉じゃがは…」
「俺が作りましたけど?」
箸を洗い終えて戻ってみると加藤さんの顔が死にそうなほど真っ青になっていた。
体調悪いのかな?
箸を手渡す際、加藤さんの額に手を置いて熱を確認してみた。うん、熱はなさそうだ。
「あっ、それで先程の件ですが…」
「もうっ!もうやめてあげて!!この人のライフは0よ!」
どっかで聞いたセリフをはきながら娘が必死に止めてきた。
その後、加藤さんは真っ青のまま、神林さんはしきりにお礼を言って帰っていった。
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