第11話

「お、おう…これは…」


「だからっ!狭いし汚いって言ったじゃない!」

隣で顔を覆って文句を垂れ流す娘に対して呆れる俺とどう言っていいのか困惑する五人。


そういえば、娘は昔から片付けや整理整頓が苦手だったな。ランドセルから一週間前の配布物が出てくるなんてのも日常茶飯事だっけ。

昔と変わってないことに対する懐かしさや喜びと未だに片付けが苦手なことに対する親としての恥ずかしさが入り混じった複雑な心境になった。



「だ、大丈夫です!人には得手不得手がありますから!」

愛莉ちゃんの優しいフォローが入る。若干顔が引き攣ってはいるが。



夜なのもあってさすがにご近所さんの迷惑になるので大掃除というわけにはいかない。みんなに手伝ってもらい、なんとか全員が座れる場所を確保した。


「いや、みんな娘が本当に申し訳ない」

そう言って頭を下げる俺に娘の反撃が入る。


「パパだってお金無いのに再会パーティーとか言って。結局出したの私たちじゃない!」


「いやぁ、まさかあの頃とお金が変わってるなんて思ってもみなくてさ。しゃーないしゃーない。あはははは」



そこから、座る席を巡っての若干のトラブルなどもあったが、ようやく再会パーティーが開始された。

ちなみに今一番機嫌が良いのは優子ちゃんだ。人数分席を確保したはずなのに何故か俺の膝に座って満面の笑顔で食事している。

逆に一番落ち込んでいるのは咲希さん。

「なんでうちはあのときグーを出してしもたんやぁ」と言いながらすごい勢いでビールを飲んでいた。


そうこうしながらもパーティーは和やかに進行していく。



「ところで片岡様、こちらに住むというお話ですが」

署長さんが話を切り出した。


「そうそう!パパ、ちゃんとE区に住んだ方がいいって!ここに住むなんて私の気苦労が…」

娘が必死に訴えてかけてくる。


「ひぐろうって?」

口に焼き鳥を頬張りながらあっけらかんと訊ねる俺に娘は頭を押さえて説明した。


「あのねぇ、庶民区に男聖が住んでたら大騒ぎになるでしょ。ここから一歩も出ないならまだしもパパは普通に出歩くつもりなんでしょ?」


「そりゃそうだよ。熊本なんて初めてでワクワクしてるし、明日あたり散歩行こうかなぁ?仕事も探さなきゃいけないしね。

あっ、優子ちゃんこれも食べる?」


俺の食べかけの焼き鳥をじぃっと見つめていた優子ちゃんに聞くと元気よく「食べるー♪」と返事が返ってきたので口まで運んであげるとパクッと食いついた。

すると、隣から異様な殺気を感じた俺。目を向けると瞳孔の開いた美弥さんがぶつぶつと「娘とはいえ…くっ、娘に嫉妬……いや、帰ってから……」などと呟いていた。



優子ちゃんの身の危険を感じた俺は大急ぎでもう一本の焼き鳥を半分まで食べてから「良かったら美弥さんも食べます?」と訊ねるとさっきまでの様子はどこへやら満面の笑みであーんされていた。


すると、「私もぜひっ!」「うちもうちも!」「あの、、、ご迷惑でなければ…」と娘以外の他のみんなも真剣な目で要求してきた。


あっ、いやでももうお腹いっぱい…とか言える雰囲気でもなかった為仕方なく半分食べた焼き鳥を全員にあーんしていった。



「ほら、そういうとこ!もうトラブルの予感しかしないんだけどっ!?」

そんな俺を指差して娘は言った。


「いやいや、パパはトラブル回避マスターだから。問題も起こさないし商売も繁盛!超いい感じにいくって。ほんとほんと」

言ったものの今の状況では説得力など皆無なのは一目瞭然だ。


「それに、確か男聖はE区に住まなきゃいけないって法律かなんかあったはず」


「あっ、いえ厳密には」

署長さんが言いかけたときピンポーンとチャイムが鳴らされた。



こんな夜分に誰だろう?と皆が首を傾げる中娘が応対のため玄関を開けた。

立っていたのはスーツ姿の女性二人組。歳は30歳前後だろう。どちらもメガネをかけ髪をキッチリまとめていて、仕事のできる女という感じがする。



「私は内閣男聖省特別補佐官の加藤かとう サラと申します」「同じく神林かんばやし つぐみと申します」


「夜分遅く突然押しかけてしまい申し訳ございません。

本日はこちらに居られる男聖の片岡 和也様にお伝えすることがございまして、こうして参りました」



膝から優子ちゃんを下ろして立ち上がった俺は二人へと声をかけた。

「片岡 和也は私ですが、どういったご用件でしょうか?」


すると、神林さんが手に提げたバッグからファイルを取り出し、俺へと手渡した。


「まずはこちらをご覧ください」



ファイルを開くと最初のページはすごい豪邸の写真だった。


ほぇーすごい豪邸。なんか噴水とかついてるし。掃除とか大変そう。


次のページには専属使用人と書かれており、そこから女性の写真とプロフィールがずらっと何ページも並んでいる。プロフィールには第参名家次女とかなんとかの肩書き付きだ。


はぁ…なんか可愛い子か美人しかいないんだけど?


さらにページをめくると専属護衛官と書かれており、こちらも写真とプロフィールが何ページにも及んでいた。また名家なんちゃらかんちゃら付きだ。



「はぁ…見ましたけどこれが何か?」

ファイルを閉じてから二人へと訊ねる。


「片岡様の為にご用意したものです、ぜひ大阪ユーフォリア特別区域へとお越しください」

加藤さんはそう言ってから神林さんと二人揃って頭を下げた。



「は…?……えぇぇぇ!?これ全部私が住むために用意したんですか!?」


驚いてもう一度ファイルを開く。横から娘が覗きこんで「すっごい豪邸…」と感想をもらしていた。



そこからは加藤さんの説明が続いた。


「はぁ…要するにE区に住むとお得感満載ですよってことですよね?」


「え、えぇ…まぁ」

俺のまとめ方に困惑した加藤さん


「ところで、今ここにいる六人は一緒に住んだりできないんですよね?」


「そうですね、ユーフォリア特別区域は名家のみとなっておりますので。住むどころか入ることすらできません」


「あっ、じゃあ大丈夫です。ここに住むんで」

即答した。


俺の言葉に呆気に取られる二人。

俺の背後からは啜り泣く声が聞こえてくる。


「ということなので、御足労いただいて申し訳ないんですが…

あっ、コレも返しますね」

そう言った俺はファイルを神林さんに返し、呆けたままの二人を外に出して玄関を閉めた。



「さっ、続きしよっか」

戻った俺がみんなに声をかけると五人がいっせいに飛びついてきたのだった。



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