第9話

俺と娘はお互い呼び合い、抱き合ってわんわん泣き続けた。お互いを呼びあうくらいしか言葉が続かなかった。その時間はゆうに30分を超えた。

ようやく少し落ち着いた娘が泣き声のまま言った。


「ぐすっ…パパ、いままでどこに行って?…その顔も、、もうわけわからないよ」


「そのことも今から話すから。みなさんも一緒に聞いてください」


ハンカチなど持ってなかった俺は病院で洗濯してもらったパーカーの袖で娘の涙を拭いてあげながら後ろの四人にも声をかけた。


「パパ、この方たちは?一人は署長さんだってわかるんだけど」

四人に視線を向けた娘の問いにお世話になった方たちだよと答えた。



俺たち六人は応接室のテーブルを囲んで話し合いを始めた。口火を切ったのは当然俺だ。


「まず、さっきのゆっちゃんの問いの答えなんだけど、パパはどこにも行っていないんだ。というか、ナックを買いに行ってからまだ一週間しか経ってない」


「そんな、、、」


そこで俺は状況がほとんど飲み込めていない三人に事の経緯を端的に伝えた。三人というのは署長さんには娘を探してもらうにあたって予めある程度伝えておいたからだ。


・まず俺が1988年 5月17日生まれであり、目の前にいる娘の10歳の誕生日にナックへ買いに行ったこと。そのとき俺が35歳であったこと。


「だからあのとき35歳とのお答えだったのですね」美弥さんは納得して言った。


・ナックから出ると男が一人も歩いておらず街並みもすっかりかわっていたこと。そして、60年後の2083年になっていたこと。


「なるほど、あの時の私たちとの話はそういうことやったんか」こちらも納得した咲希さん。


・さらに自分の顔が若返っていたこと。

こちらは娘に向けて言った。が、反応したのは優子ちゃんだった。


「あ〜、かーくんあのとき自分の顔見てビックリしてたもんね」


「こ、こら男聖に向かって…」と美弥さんが注意していたが俺は優子ちゃんの頭を撫でて「じゃあかーくんで」と微笑んだ。


「それで顔だけ若返ったのかなと思ってたんだ。実際、身長や体重は若いときからほとんど変わってないから。

でも、病院の検査結果によると体も15、6歳であることは間違いないらしい。国分先生に何度も確かめたから」


「それから、桃華さんアレをお願いします」

俺が頼むと一枚の写真がテーブルに置かれ、それをみながのぞきこむ。


「これは、、、壁ですよね?ただのコンクリートの」


娘は見たままの感想を口にした。俺と署長さん以外はなぜただの壁の写真?と困惑している。

そして、署長さんがその写真の隣にもう一枚の写真を置いた。


大きく目を見開いた娘だけは意味がわかったようだ。

「あっ!!これってあの当時のナックの…」


「そう、パパが出てきた当時のナックの自動ドアと今現在のその場所の写真なんだ。もしかしたら何かヒントがあればと思って桃華さんに撮ってきてもらってた」


俺の言葉が終わると署長さんが補足を入れた。

「一応警棒を使って何度か壁を全力でぶっ叩いてみたのですが、やはりただの壁でした」



「えっ…??警棒でぶっ叩いたの?しかも何回も?ここ一応歩道に面してて人の往来もそこそこあるはずなんだけど?」


それは初耳なんだけど?と驚いている俺に署長さんは「神に等しい片岡様の頼みですから!仮に叩いたことでこのビルが瓦礫と化しても全く問題ありません」とキリッとした表情で答えた。


いや、大問題でしょ…やっぱ署長さん重いよ。ミラクルヘビー級超えてカビゴ◯だよ。と思っていると他の三人も「片岡様(かーくん)のためなら当然ね」と深く頷いていた。


「パパずいぶんと慕われてるのね」

娘がクスッと笑って言った。

そんな娘が再び顔を伏せ暗い顔になって言った。


「パパ、あのね、、ママは…」

その続きを言う前に俺が口を挟んだ。


「うん、一昨年亡くなったんだろ?知ってる。桃華さんに調べてもらったから。………ママの最期はどうだった……?」


「うん…『また三人一緒がいいね』が最期の言葉だったよ…うぅ…」

再び泣き出した娘の背中をさすりながら「落ち着いたら一緒にお墓参りに行こうね」と言うと泣きながらも「うん」と返事をしてくれた。



「それでパパはこれからどうするの?」

しばらくして落ち着いた娘が聞いてくる。


「そう言われてもなぁ、現状元の時代に帰る方法なさそうだし。この時代で生きてくしかないんじゃないかな?」


その答えを聞いた四人は口々に「絶対そうすべきです(だよ)!!」と主張した。

お、おうなんか必死だな…


そこで娘がアッ!という顔をしてから

「パパに紹介したい人がいるんだけどここに呼んでいいかな?」と言った。


「なに!?ダメだダメだ!娘はやらんぞ」

腕組みをしてソッポを向く俺。


「違う!ここで本当にお世話になってる女の子がいるのよ。大体E区にしか男聖はいないって聞かなかったの?」と反論する娘。


「そ、そっか。それなら大丈夫、無問題」


娘は一応署長さんにも許可をとってから満面の笑顔で部屋を出て行った。



数分後、扉が開きこっちこっちと急かすように娘が若い女の子の手をひいて戻ってきた。「ちょっ…古賀さんどうしたんですか?いきなり」と言って俺を見た彼女はフリーズしている。


よしっ、ここはいっちょ威厳を見せておくかと思い俺から挨拶することに。


「フハハハハハ、ずいぶんと娘が世話になったようだな!褒めて遣わす。かたお…」


「パパもっと普通に」


「あっ、うん。結月のパパです。よろしく」


どっかで見たやりとりをした後、まだ固まっている彼女の目の前まで行き、おーいと手を振ってみた。

すると、わかりやすくハッとした彼女は慌てて挨拶をした。


「なかみゅらあいりです!ほ、ほんじつはごきげんうるわしゅう?あ、あれ?」


か、噛んだ!上にわけわからん!

そんな彼女を見た娘はクスクスと笑って言った。

「もっと普通で大丈夫よ、うちのパパだから」


だが、彼女は益々混乱した。


「へっ!?えっ、パパ、、ってことはつまりお母様!?あれ?でも男聖だから…」


そうか、これがメダパニか。などと思っていると娘が彼女に今までの経緯を話し出した。それを聞き終えた彼女は「そうなんですね、なんかすごい」と感想を呟いていた。



あっさり受け入れたぁ!!というかこの子もそうだけどみんなも案外あっさり受け入れてたよなぁ。なんか、今まで一人でパニクってたのがバカみたいなんだけど!?



「それで、パパは今日これからどうするの?もう結構な時間だけど」

ひとしきり彼女への説明を終えた娘が訊ねた。


「ん?帰るけど?」

「帰るって大阪に?今から?家あるの?」


そこで俺は当然とばかりに娘を指差した。当の指を差された娘は少しの間考えてからパニックに。


「無理無理無理無理!無理だから!私の家に男聖泊めるとか無理!狭いし汚いし」


「今まで病院に泊まってたから家とかないし、家族が一緒に住むのは当たり前じゃん。何言ってるのかこの娘っこは、、ねぇ?

あっ、そうだ。今日はみんなも泊まっていきなよ。再会パーティーも開くし」


みんなの方を向いて提案すると「だ、男聖と…私の初めてを…」と真剣な表情で呟いていた。

いや、違うから。雑魚寝するだけだから。


「ちょっ!勝手に決めないでよ!っていうか住むってなに!?住むって」

話をどんどん進めていく俺に娘が食いつく。


「ん?ああお金のこと?大丈夫、パパも働くし。へーきへーきいけるいける。

さっ、みんなレッツゴー!」


なおも激しく抗議する娘の背中を押して部屋を出ていく。

ちゃんとついてきてるかな?と後ろを振り返ると「えっ…男聖が庶民区に住んで働く…??」と困惑するみんなの声が聞こえた。



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