第8話
2083年 7月16日 熊本県熊本市 南部九州中継センター
ようやく一台の配送車への荷運びを終えた私(結月)は首からさげたタオルで汗を拭ってから腰をコンコンと叩く。ベルトコンベアーで仕分けされた荷物を配送車に積みこむという仕事だ。先週70歳を迎えた私には正直かなりきつい。
「おいっ、欠陥品BBA!休んでんじゃねーよ。この分だと今日もサービス残業確定だな。ぎゃっははは」
声のした方へ視線を移すと同じチームメンバーである
彼女らは全員若い。チームリーダーである池永 麻耶ですら28歳というかなり若いチーム構成である。そんな中で唯一自分だけが高齢なのはもちろん意図的なものだ。
ちらっと横目で彼女らが担当する配送車を見ると全く荷運びが進んでいなかった。きっと今日も自分に押し付けるつもりなのだろう。
ここ南部九州中継センターでは四人一組のチーム制をとっており、仕事内容や量も四人分割り振られる。だから、四等分した自分の仕事が終わったとしても他のチームメンバーが終わっていなければ終わりではない。
このチームになってから彼女らはほとんどの時間をああしてダベっている。そして、私に仕事を押し付け、挙げ句の果てにさっさと帰ってしまうのだ。
所長の嫌がらせも相当なものだ、ここもそろそろ潮時なのかもしれない。
そんなことを思いながら仕方なく彼女らの配送車への荷運びを手伝うべく歩き出そうとしたところで声がかけられた。
「あれ?古賀さんたちまだ仕事終わってないんですか?私のチーム終わったので手伝いますよ」
声のした方を見ると細い腕で力こぶポーズをとったかわいらしい笑顔の女の子がいた。
「いつもありがとうね、愛莉ちゃん」
お礼を言ってから二人で黙々と荷物を運びこんでいく。そんな中で私は彼女と二人きりで話したあの日のことを思い出していた。
⭐︎
寒さの厳しい冬の日だった。
その日も倉庫内で一人黙々と彼女らの残した仕事をしていたときだ。事務所に忘れ物をしたという彼女が明かりのついている倉庫があることを不審に思い、覗いてみたところたった一人で作業をする私を見つけたのが事の始まり。
優しい彼女は作業着に着替えて手伝ってくれた。そして、一息いれようと腰を下ろすとペットボトルのお茶を二本持った彼女が目の前に来て「良かったら一緒に」と言ってくれた。並んで休憩している間に彼女は自身の夢について語った。
「笑わないで聞いてくださいね?
私の夢は男聖と関わる仕事に就くことなんです。
古賀さんは男聖を知ってるんですよね?」
「そうね、15歳までは男女が同じぐらいだったから。一緒の教室で勉強したりときには遊んだりね。お付き合いしている同級生も少なくなかったわね」
「本当にそんな時代が、、、今では考えられないですね。
それで古賀さんはお付き合いしている男聖や好きな男聖はいたんですか?」
「いいえ、私の場合ちょっと特殊だったの」
「特殊って?」すかさず訊ねる彼女
「聞いても参考にはならないわよ?」
それでも食い下がる彼女に私は話した。
「あの頃は思春期の女の子って父親を嫌う傾向があったのよ。理由はさまざまなんだけど、髪が薄くなってきたとかお腹が出てきたとか匂いがダメになったとか。
そんな中で私はパパが大好きだったの。あら、やだ、こんな年寄りがパパなんて気持ち悪いわね」
「そんなことないです!」と力強く否定する彼女
「ありがとうね。
私のパパは見た目も若くてね、それでいて優しくて一緒にいて安らぐ人だったのよ。家事もほとんどパパがやっていたのよ。そんなパパと粗暴な同級生たちを比べてしまって…」
「そんな男聖が…それでやっぱりお父様もあの病気で?」
言ってしまってからハッとした彼女は本当に申し訳なさそうに平謝りしていた。
「そんなに謝らなくていいのよ。
パパは病気じゃないの、パパはーーー」
私は10歳の誕生日に起きたあの出来事について彼女に話した。そして、次はこちらから質問してみる。
「でも、どうして?こういってはアレだけれど噂では今の男聖は相当酷いって聞くけれど…」
基本的に新聞やテレビといった媒体では男聖に仕える喜びの声しか聞こえてこない。だが、インターネットは別だ。匿名で書き込みができるネットでは現在の男聖の横暴な振舞いが赤裸々に語られている。
いわく、少し気に入らないことがあると近くにある物を殴る蹴る。大声で怒鳴られた記憶しかない。名高い名家の跡取り娘が殴られて失明したなどなど列挙すればキリがない。
だが、そんな書き込みにも庶民からの反応は冷たい。男聖に関われるのだからそれぐらいご褒美だと思え!など
男聖至上主義を幼少期から徹底的に教え込まれ、実際に男聖と接したことのない庶民がこうなってしまうのは仕方がないことなのかもしれない。
「ええ、わかってるんです。
でも、幼いときに絵本で見た男聖に仕えたお世話係が幸せになるというお話が忘れられなくて…」
「そうなのね、いつかあなたの夢が叶うといいわね。さてと、あとひと頑張りしようかしら」
私は話を打ち切り仕事へ戻った。
彼女には悪いと思うが、彼女の夢は叶わないだろうし叶わない方が幸せだと思った。彼女なら現実を目の当たりにしても頑張っていけるかもしれない。だが、やはり夢は夢でキレイなままにしておいた方がいい。
⭐︎
「ーーーん?古賀さん?」
過去を振り返っていた私は彼女の言葉に気づかなかったようだ。
「ごめんなさいね、少し考え事をしていたものだから…
それでどうしたの?」
配送車に荷物を下ろしながら訊ねた。
彼女も同様に荷物を下ろす。
「17時に全作業員の第一倉庫前集合って指示はなんでしょうね?」
今朝の所長の指示のことだ。いつもは作業終了者からの帰宅が普通なのだが、今日は作業が終わっても必ず残るようにという指示が出されていた。
そのためいつもならとっくに帰宅しているチームメンバーも帰ることができずに文句を垂れ流している。
「あっ、そろそろ17時ですよ。一緒に行きましょう」
気づけば16時55分となっていたため、私たちは作業を中断し、急いで第一倉庫前に向かった。
第一倉庫前に集まった中継センター全作業員の前に真剣な表情をした所長が姿を現した。
「これからこちらに大阪府あびこ区警察署署長がお越しになる。緊急であるとのお達しだ。全作業員は必ず!何があっても指示に従うように!」
そう言った所長は事務所へと戻っていった。
なぜ他府県の警察署署長が?とみなが疑問に感じたが誰一人その疑問を発することなく黙って待つ。数分後、所長が普段からは考えられないほど愛想笑いを振りまきぺこぺこしながら40過ぎのキリッとした美人を連れて戻ってきた。彼女が署長なのだろう。
そんな美人が私たち作業員の前に立つと同時に言った。
「この中で古賀 結月さんはおられますか?」
ババッと音がし全作業員の目が『このBBAどんな犯罪しやがった?』と言わんばかりに私を見つめた。隣の愛莉ちゃんは警察署署長に呼ばれた私を心配げに見つめている。
「あの、、古賀 結月は私ですが…私がどうして…?」
私が何かしてしまったのだろうか?震える手を必死であげて目の前の警察署署長に訊ねた。
「では、所長、例の場所をお借りします。先程言った通り絶対に人を近づけないようお願いします」
そんな彼女は私の質問には一切答えず「ついてくるように」とだけ言いさっさと歩き出してしまった。慌ててその後を追う。
その後残った者には『応接室にだけは絶対近づくな』とだけ指示が出され解散となったが、しばらくの間今の話題で持ちきりとなり誰一人帰らなかった。
応接室へと足を踏み入れた私は向かいのソファへ座るようにとの指示を受けた。
警察署署長自らがわざわざ大阪から熊本まで足を運んで対応するなど余程のことをしてしまったに違いない。不安に押し潰されそうになりながら座った私の足はガクガクと震えるばかり。そして、警察署署長の目が鋭く私を捉えたときには私の緊張はピークに達していた。
「私は大阪府あびこ区警察署署長の片桐 桃華と申します。古賀 結月さんで間違いありませんね?」
「はい…間違いありません。私が何かしてしまったのでしょうか?心当た…」
再び署長が鋭く私の目を見たことでその後の言葉が続かなかった。
「申し訳ありませんが、質問は受け付けません。私の質問に嘘偽りなくはっきりと答えてください。
ではまず、あなたの氏名・年齢、それから生年月日を西暦でお願いします」
ノートPCを開いた彼女は質問を開始。
お願いしますと言いながら彼女の言葉には一切の有無を言わせぬ威圧感があった。
「古賀 結月 70歳、2013年 7月9日」
「すみませんがそれは母親方の姓ですよね、父親方の姓の方でお願いします」
「片岡 結月 70歳、2013年 7月9日」
父親方の姓で訊ねられるなどはじめてのことだ。だが、特に疑問に感じることもなく聞かれたことにだけ答えることに徹する。
「あなたの両親の名前、それと生年月日は覚えていたらで構いません。あと、あなたは大阪に住んでいましたね?その当時の住所もお願いします」
「父は片岡 和也、母は片岡 しのぶです。父は1988年 5月17日、母は1988年 4月18日です。
当時の住所は、、大阪府大阪市住吉区ーー」
その後もいくつかの質問に答えた後、署長さんは「間違いありませんね」と言い笑顔を見せた。
「試すような真似をして申し訳ありませんでした。ですが、重要なことでしたのでこんな手段を取らせて貰いました」
そう言った署長さんは深々と頭を下げた。
「あの、、、全然話が見えないんですけど…どういうことでしょうか?」
困惑する私に署長さんは「まずはお入りいただきます。話はそれからで」と言って扉を開いた。
そこにはフードを被り俯いていて顔が見えない人を先頭に、その背後に3人の女性が立っていた。その内の一人は4、5歳くらいの女の子だ。
ますます混乱している私に近づいたフードの人は私に手を差し出した後、あり得ない言葉を私にかけたのだ。
そう、二度と聞くことは叶わないと思っていたあの言葉を……
「ゆっちゃん、お手手ちょーだい」
その言葉をあの当時の抑揚のまま聞いた私の目からは大粒の涙がとめどなく溢れだしていた。
(注意)中継センターの話などは作者がこの物語を書くにあたってつくり上げたものでしかありません。
四人一組なんて実際は違うのに!!などはご都合主義だと割り切って読んでいただけると幸いです。
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