第6話
「すみません、ご心配をおかけしました」
面会室に入り、みんなの顔が見えるなりすぐに目を閉じて頭を下げた。
と同時に足に何かがしがみついてくる感触。目を開けるといっぱいの涙をためた優子ちゃんがいた。
頭をあげて前を見ると全員がうぅぅ…ぐすっ…と声を出して泣いていた。
「がだおか様…がご無事…ぐずっ…何よりでず」
署長さんが代表して言ってくれたがみんな泣いていて話ができそうにないので落ち着くまで待つことにした。
その間、足にしがみついている優子ちゃんに大丈夫だよと声をかけて頭を撫でておく。
「お体はもう大丈夫なんですか?」
大人の中で最も先に落ち着いた美弥さんがまだ心配そうに訊ねてくる。ちなみに一番は優子ちゃんだ。頭を撫でたらすぐににぱっと笑顔を見せてくれた。
「ええ、もう大丈夫です。
今は最終的な検査をしてまして特に問題無ければ明日にでも退院できるそうです」
「それなら一安心やな。けど、ほんまいきなり倒れたって聞いたときは腰抜かしたで。未来の旦那がぁぁぁぁぁッ!ってなったもん」
次は咲希さんだ。相変わらずの調子で場の雰囲気を明るくしてくれた。
中々泣き止まなかったのは署長さん。
彼女らが落ち着いてからもまだ泣き続けていた。そこから更に数分経過してようやく落ち着きを取り戻した。
そして、おもむろに俺の前へ来たかと思うとそれはもう見事な土下座を決めていた。
「この度は私どもの至らなさで大変な御苦労をおかけいたしまして誠に申し訳ございませんでした。
つきましては、事の重大さを鑑みて『辞表』を書いて参りました。お受け取りください。ただなにぶん新野特別官はまだ若い身でして何卒私一人でお許しいただけますよう伏してお願い申し上げます」
そう言った署長さんはスーツの懐から取り出した辞表を俺に捧げた。
は…?辞表ってなに?
え、俺が倒れたことを自分らのせいだって思ってるの?いやいや、重いよ…ヘビー級超えてミラクルヘビー級だよ署長さん…『元気になって良かったね〜』ぐらいのノリで良いんだよ。
「いえいえそんな…私が倒れてしまったのは何も署長さんたちの責任ではありませんのでどうかお気になさらず」
身振りを交え必死にアピール
「いえっ!それでは上に立つ者、それだけでなく全日本国民に対しても示しがつきません!」
「いえいえ、ほんとに大丈夫ですから」「いえっ!」
あっ、、、コレあれだ。坂本さんのときと同じで何かしないと収まらないやつだ…
そう考えた俺は思考をフル回転させ一つの策を編み出した。そして、それを行動に移す。
片膝をつき、頭を地面につけたままの署長さんの顔を優しくあげてから「桃華さん、私のために職を続けてもらえませんか?」と真っ直ぐに目を見つめて言った。
すると、署長さんが再び下を向いてしまった。小刻みに震えているのが顔に添えた手の感触から伝わってくる。
ありゃ?失敗したかな?と首を傾げていると再び顔をあげた署長さんの目は爛々と輝いていた。
「私ごときが男聖、いえ、もはや神に近しい片岡様のために働けるとはッ!!この身を賭して粉骨砕身はげまさせていただきたく思います!」
署長さんからものすごい覇気を感じる。
これが覇王色か…
「あっ、うん、、、頑張って?」と適当な返事になってしまった。にもかかわらず美弥さんや咲希さんは「本当に片岡様で良かったですね」などと署長さんをねぎらっており、署長さんも「はいっ!!」と目から嬉し涙をこぼして喜んでいた。
「検査が残っておられるのに申し訳ございません。また明日お迎えにあがりますので今日のところはこれで失礼いたします」
ひとしきり喜びあった後、署長さんがキリッとした表情で皆を連れ立って面会室を出ていく。
「あっ、、、すみません。桃華さんだけ少し良いですか?」
そう言って署長さんだけ残ってもらった。
「あの、実はお願いがありましてーーーー」
それを聞いた署長さんは胸を叩いて「片岡様の忠実な僕である私にお任せください!」と言って頭を下げた後、意気揚々と部屋を後にした。
あっ、うん、、なんかこれから大丈夫かな?少しいやかなり不安になったが未来の俺がなんとかするだろうと丸投げして部屋を出たのだった。
部屋を出たところで、国分さんと桜さんが待っていた。次の検査まで30分少々お待ちいただけますか?とのことだったので休憩室で待たせてもらうことにした。
食べ物は遠慮してほしいとのことだったが飲み物は大丈夫らしい。喉が渇いていたこともあり、申し訳ないとは思ったが桜さんにナックの袋からパックのリンゴジュースを取ってきてもらった。
2人は検査の準備があるらしく、休憩室に案内してくれた後行ってしまった。
そして、休憩室で一人座ってジュースをちびちび飲んでいるとどこからか視線を感じた。いや、耳を澄ますとはぁはぁ…と全力疾走した後のような息遣いまで聞こえる。
辺りを見渡した俺は柱のかげからこちらを覗く一人のナースさんを見つけた。そのナースさんは俺と目が合うとすぐに柱に隠れてしまった。だが、まだ荒い息遣い聞こえてくる。
ナースさんって激務だって聞くからなぁ。あんなになってもきっとお茶を淹れたりする時間すら無いんだろう。
「あの、良かったら飲みます?飲みかけで申し訳ないですけど…」
気を利かせて手に持ったジュース差し出し柱へと声をかけた。
すると、シュバっという音がしたかと思えるほどのスピードで出てきたナースさんはそのままの勢いで近づいてきジュースを受け取った。
そして、まじまじとストローの先を見つめて固まっている。20代後半黒髪で少しどこかかげのあるナースさんだ。
ああ、飲み口が気になるのか。世の中には回し飲みが気になる人と気にならない人がいる。俺は全く気にならないタイプだが、この人は気になるタイプなのだろう。
ちょうど目の前にティッシュが置かれていたので一枚手に取った俺は「良かったら拭きましょうか?」と声をかけた。
すると、こちらを見たナースさん。その視線が俺の手に持ったティッシュへと注がれた。そして、目を見開いた次の瞬間、先程と同等、いやそれ以上の速さで飲み出した。
「それ良かったら全部差し上げますよ」
よっぽど喉渇いてたんだなと思った俺は笑顔でナースさんにそう声をかけた。
すると、コクコクと頷いたナースさんはストローを口に咥えたままものすごい速さでどこかへ行ってしまった。
その後、さきの俺の軽はずみな行動でこの大病院始まって以来の『大阪市立病院ストロー争奪戦』などというふざけた内容ながら烈しい争いが起こることになる。
しかし、当の俺はちょっと良い事をしたという晴れ晴れした気持ちでいっぱいなのだった。
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