第4話

入ってきたおばちゃんは明らかに顔が青ざめていた。手も足も小刻みに震えており、今にも倒れそうだ。


体調悪いのかな?

だが、この考えは次の刑事さんの荒々しい言葉によって吹き飛んだ。


坂本 千代さかもと ちよ!裏口廊下はあなたの担当です。その担当内で男聖がつまづきました。

転んで怪我でもしたらどう責任を取るつもりですかっ!?答えなさいっ!」


「申し訳ございませんでした」

小刻みに震えながらも土下座をし、震える声で謝罪をする坂本さん



「謝って済む問題ではありません。

男聖が怪我をされたとなるとあなた個人だけでなくこの警察署全体の問題となるのです」

そう言ってこちらを向いた刑事さんは申し訳ございませんでしたと深々と頭を下げた。


「こちらの不手際でご不快な思いをさせてしまっておいてお願いできる立場でないのは重々承知の上であえてお願い申し上げます。

我々2名への懲罰をもって償わせていただきたく……」

気丈に振る舞ってはいるが刑事さんの声も最後は消え入りそうになっていた。



懲罰ってなに!?ただ自分の不注意でつまづいただけなんだけど!?仮に転んでたとしてもナックがちょっと哀れなことになってたぐらいなんだが!?


「いえいえ、つまづいたのは私の不注意が原因でして…その、お2人が気にされることでは…」

身振りを交えて刑事さんへと答えた。


「いえっ!!このままでは示しがつきません!腕の1本や2本は覚悟しております。どうぞお気の済むまでお願い致します!」

頭を上げこちらを見た刑事さんは決意を固めた強い目で言った。



えぇっ…!?いやいやいやいや。

さて、困ったぞ。これは何かしないと収まらない気がする。

人生で最も頭をフル回転させ、この窮地を無事に抜け出す方法を模索する。


………これだ!!

アクセルトライアルとぴったり同じ9.8秒(多分)で答えを出した俺は無言のまま、土下座の態勢で震えている坂本さんへと歩みを進めた。

そして、そんな坂本さんの頭をポンポンと優しく叩いてから「坂本さん、いつもお仕事ご苦労様です」と声をかけた。



顔を上げた坂本さんは何が起こったのか理解できないようだった。だが、俺の笑顔を見て段々と状況を飲み込んでゆく。

目にいっぱいの涙をためて、土下座のまま「ありがとうございますっ!ありがとうございますっ!」と繰り返していた。


刑事さんの方を向きながら「これでこの話はおしまいで…」と言いかけた俺は刑事さんも溢れんばかりの涙を流していることに驚く。



「か…斯様なお慈悲を賜った上に彼女の名字まで呼んでいただくなど。なんと御礼を申し上げてよいか、、感動で前が見えません」



「いや、全然大したことは。ねぇ、坂本さ…」と言いながら坂本さんの方を振り向くと俺を見上げて拝んでいたので見なかったこととした。



パンっと手を叩いた俺は、それより本題に入りましょうと切り替えるように促す。

涙をハンカチで拭った刑事さんはそうですねと言って笑った。その笑顔には当初の不自然さは全くなかった。



名残惜しそうに退出していく坂本さんを俺は笑顔で手を振って見送った。

その坂本さんと入れ代わりに今度はノートPCを脇に抱えた推定年齢33歳の警官が首を傾げたまま入ってきた。きっと彼女が五体満足で出てきたことが不思議なのだろう。

そして、刑事さんの隣に立った。


「申し遅れました。

私は住吉警察署署長の片桐 桃華かたぎり ももかと申します。こちらは特別部の新野 愛菜にいの まなです。

この2名が本日担当させていただきます。よろしくお願い致します」

2人は揃って頭を下げた。


署長!?めっちゃ偉い人やん。なんでわざわざ署長が。え?俺マジでどうなるの、、?

頭パニックになりながらも努めて冷静に返す。


「片岡 和也と申します。こちらこそ宜しくお願いします」と頭を下げた。


新野さんが小声で「噂はほんとだったんだ…」と呟いたのが耳に入ったが華麗にスルーしておく。


「失礼ですがどういった字でしょうか?」と署長さんが訊ねた。


「片仮名の片に岡目八目の岡、和也は平和の和になりという字の也です」


俺が答えると新野さんがノートPCのキーボードを叩いてゆく。

そして、すぐに顔を上げ署長の方を向いた新野さんは首を振りながら「だめです。E区特別データベースにありません」と答えた。


「片岡様はどちらの名家に所属しておられますでしょうか?そちらで検索をかけてみますので…」



名家ってなに、俺一般庶民なんだけど?またE区…そんな区は聞いたことないし。


「あの、、、名家って何ですか?私は一般庶民なんですが。あと、E区ってのもよくわかりません」

申し訳なさからおずおずと手をあげて答えた。



「えっ、、?その、、男聖の方ですよね?」署長がおそるおそる手をあげて訊ねてくる。


「あっ、はい。私は男性ですが?」


数瞬間流れる沈黙


その後、わからないことだらけなのでとにかく色々と説明して欲しいと頼んだ。すると、署長さんは嫌な顔ひとつせずに丁寧に教えてくれた。



説明を要約するとこうだ。


2028年秋、C国が化学兵器として研究していた未完成ウィルスが大地震の影響で外部へと流出。空気感染によって男性死滅病、通称MD病が瞬く間に全世界へと広がった。その発症率は驚異の100%

MD病にかかると1日ほど高熱を出し、皮膚に無数の斑点が現れ、その後死亡。あらゆる手法を試みたが止めることはできずに次々と男性のみ死亡していった。

そんな中、C国の上層部は保管されていた数少ないワクチンを打ち無事だった。と、彼らが安心したのも束の間、ウィルスが突然変異し上層部も次々と死んでいった。

奇跡的に一命を取り留め回復した男性には検査の結果、性欲・精液量・運動率などあらゆる項目で著しい悪化が認められひどい場合には勃起不全いわゆるEDとなってしまうことも度々あったらしい。



全人口の約半数が死亡し、世界は当然混迷をきわめた。女性の社会進出が増加したとはいっても大部分は男性が担っていたのだ。

そんな全世界を巻き込んだ未曾有の人類危機に対して各国の女性官僚が一丸となって諸問題に対応していった結果、まだ問題は山積みではあるものの2031年にようやく落ち着きを見せ始めた。



同年、各国は人口減少・男性不足を解消するべく保管してあった精子にて人工授精を開始。

だが、男性のみだと思われていたMD病が実は女性にも影響を及ぼしていたとこのときはじめてわかった。

なんと人工授精で産まれてくるのは99.9%が女児であり男児はわずか0.1%に留まった。さらに奇跡的に誕生した男児も成長すると約30%がEDとなり残りの70%も2週間に一度の射精が限度であり、その上量も質も正常な男性と比べるべくもなかった。


一時期、そんな男性をクスリ漬けにし無理矢理精子の確保をしようとしたがストレスなどから完全な無精子となってしまい諦めたという経緯を経て、現在は男聖と崇め2週間に一度精液を提供していただくという手法を取っている。

そんな男聖には国からあらゆる補助がされており働かずとも裕福に暮らしていけるようだ。


そして、アメリカ研究者の努力の末、人工授精よりも自然妊娠の方が男児出生確率が高く、また精液に関してもあらゆる項目において微々たるものではあるが改善しているという結果が発表された。



その発表を受けて日本は名家制度とユーフォリア特別区域、通称E区を導入。それまでは警護のみだった男聖を東京・大阪・福岡に集め、その中で何不自由なく暮らしていただく。そして、そのE区にいる男聖とは名家のみが関われるようにした。

強い反発もあったが、ときの総理大臣:山村 佐知子やまむら さちこは『男聖が望んでいる』ことを盾にして強引に決行した。

実際、男聖を狙った犯罪は増加の一途を辿っており男聖たちからの要望もかなり多くあったようだ。


そんな名家は権力だけでなることはできない。容姿はもちろん財力・教養などあらゆる能力が審査の対象となる。そして、厳正な審査の結果、第壱名家〜第伍名家に振り分けが行われる。ちなみに、第壱が最も位が高い。

その名家も一年毎に再審査があり、たとえ昨年まで第壱名家であっても庶民に落ちることもあるようだ。逆に庶民からいきなり第壱名家になることも理論上は可能らしい。



「ーーー実際には、我々庶民はなれても第伍名家が石の山ですが。

申し訳ございません、既知の情報を長々と…」



そんなことはない。本当に有意義な情報だった。今の話が事実なら…いや事実なのだろう。今までの美弥さんたちや署長さんたちの行動も全て納得がいく。

そして、聞くのは本当に恐ろしいが最も重要なことを震える声を抑えて聞いてみた。


「ちなみに今日は何年の何月何日でしょうか?」


「2083年の7月9日ですね」

署長さんは当然という態度で答えた。





※今回めちゃ頑張って書いたので多少のおかしな設定はスルーしてもらえると助かります。













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