第2話

自宅マンションだと思われる外観に呆然としながらも親子に不審に思われないようにとの本能が働き、指を差した俺は自然と言葉が出ていた。


「えっと、、私の住んでるマンション、ここなんですよ」


女性が今度は口をパクパクさせながらマンションを指差したが、言葉が出ないようだった。

すると、女の子が元気よく答えた。


「いっしょだね!!いっしょいっしょ!」


あれ?こんな親子住んでたっけ?と思ったが、入れ替わりの激しいマンションのことだ。知らないうちに越してきたのだろうと納得した。



エントランスに入ると外観は変わっていたが、造り自体はほぼ同じ。

その間も女の子はいっしょいっしょ!と嬉しそうだ。女性の方は心ここにあらずといった感じでなにやら『まさか男聖が……』と呟いていたが、とにかくエレベーターへと向かった。

ボタンを押すとすぐにエレベーターが開く。


「あの〜、何階ですか?」


いまだに聞き取れないほど小さな声で何かを呟いている女性に訊ねた。

話しかけられるとさすがにハッと我に返った女性。


「9階です、すみません…

うちの子と手を繋いでもらうなんて御慈悲を賜った上に、男聖のお手を煩わせてしまいまして…」



ん?エレベーターの階数ボタンを押すのなんか当たり前なんだけど?あと、御慈悲ってなに!?

しかし、もっと驚いたのはそこではなかった。


「えっ!?9階なんですか?奇遇ですね。

私も9階なんですよ。ご近所さんだったんですね〜」


なんて会話をしていると扉が開いた。

でも、9階にこんな親子住んでたっけ?他の階ならいざ知らず同じ階の住人はさすがに把握している。


確かお隣の901号は年配のご夫婦だ。旦那さんが警備員をしていてクマのように大きい。たとえ向こうが素手でこちらが拳銃を持っていたとしても挑もうとは思えないほどの威圧感がある。

もう一方のお隣さんの903号は赤ちゃんが産まれたばかりの若いご夫婦だ。赤ちゃんの他に人懐っこい2歳くらいの女の子もいて賑やか。たまにエレベーターで一緒になると無性に微笑ましくなる。

904号は40代ぐらいのご夫婦。お子さんは見たことがないので恐らくいないのだろう。

いつも声をかけようとすると足早に通り過ぎてしまう。なので、ほとんど会話をしたことがない。



いつの間に入れ替わったんだろう?そう思いながらもすぐに902号に到着した。


「あっ、私の家ここなんですよ」と言いながら取手を引いて開こうとしたが鍵がかかっていた。


「あれ?おかしいなぁ。鍵かけずに出てきたんですけどね。妻か娘が鍵かけちゃったのかな?」



女性が恐る恐る訊ねてきた。


「あの、、、松浦さんの…旦那様ですか?

……羨ま…私も旦那様欲しい………」


ん?なんか最後のは小さすぎてよく聞き取れなかったけど、松浦さん?


「あっ、いえ!すみません、、、申し遅れました。私、片岡 和也と申します。ご近所さんだったなんて知らなくて…

今度妻と娘も紹介しますね。よろしくお願いします」



「えっと、相馬 美弥そうま みやです。こっちが娘の優子ゆうこです。

あの…その…お子さんいらっしゃるんですか?男聖に非常に失礼なのは承知しておりますがお歳の方は…?」



「へぇ〜、優子だったらゆっちゃんって呼ばれてるのかな?そうだとしたら娘と同じだね」

俺は目線を合わせるためしゃがんでから笑顔で女の子に言った。女の子はまたもいっしょいっしょ!!と嬉しそうにはしゃいでいる。


「歳は今年で35になりました。子育てしてると時間があっという間に過ぎていくんですよ〜」



そう言った俺は立ち上がり、チャイムを押した。すると、中からピンポーンとお馴染みの音が聞こえた。


「へっ!?歳上の男聖だったんですか…?

えっ…えっ!?どう見ても中学生か高校生くらいにしか…」



ガチャッ



話している最中に突然扉が開く。と同時にけたたましい女性の声が降ってきた。


「なんやねんっ!うっさいなぁ!これから出かけるとこ…や…ねん…?」


反射的に扉から離れた俺の目に映ったのは上も下も下着のみを身につけたショートカットの20代の気の強そうな女性。

ガッツリ見てしまっては警察の御厄介になってしまう。そう思った俺は本能的に目を逸らした。


「へっ…?男聖…なんでこんなとこに?えっ、なにどういう状況…?なぁ、美弥ちゃん…」


女性に最初の勢いはまるでなく困惑へとかわっていた。


「えっ!?松浦さんの旦那様ではないんですか?私はそうお聞きしましたが」


全くの別人である。

妻は20代ではないし気は強いがもっと素朴な容姿だ。あと、もちろん松浦ではなく片岡だ。


数秒の沈黙……その後すぐ


「あ、あ〜、そやったそやった!ダーリンはよ入りっ!!」


松浦と呼ばれる女性が視線を逸らして固まっている俺の腕を女性とは思えない力でぐいぐい引っ張って中へ入れようとする。


「ひ、人違いですっ!!この人知りません!」


焦った俺は美弥さんに救いを求めた。

すると、スッと目を細めた美弥さん。そして、ギリギリっと音がしそうなほどの勢いで松浦さんの腕を掴んだ。


「いでっ!いてててて…痛いって!美弥ちゃん!」


そのおかげで俺は解放された。

その後、この場に居合わせた全員が『どういうこと!?』と困惑する珍妙な光景になってしまったのだった。




とにかく松浦さんに服を着てもらった俺たちは状況を整理することに。

俺の話を聞いた美弥さんがまとめてくれた。


「つまり、買い物をして出てきたら全然知らない街になっていて帰ってきたら全くの別人が住んでいたと。そういうことで合ってますか?

それにしても松浦さんは…危うくヒラキにするとこでしたよ」


笑顔で恐ろしいことを口走った美弥さんの爆弾発言を無視して答えた。

「はい、大体そんな感じで合ってます」


「ちょっ!美弥ちゃんならやりかねないからマジで勘弁…それにしても変な話やなぁ。アタシはここに住んで5年になるしな」

答えたのは松浦 咲希まつうら さきさん。話し合いの前にお互いの紹介は終わっている。


「そもそもここあびこ区に男聖が住んでるなんて聞いたことがありませんし、、、男聖を生で見たのも初めてですから」


うんうん!と咲希さんも同意している。


男性を見るのが初めて?何言ってるんだ?そんなことありえるわけない。それに美弥さんには優子ちゃんもいるのだ。仮にシングルマザーだったとしてもお相手がいたはずだ。


「ここで考えても仕方ありません。ひとまず警察へ連絡しませんか?本来ならこちらが警察へ行くべきでしょうが片岡様も居られますから」


「あっ、それなら私がかけますよ」

そう言った俺はポケットからスマホを取り出しながら電源をつけた。いつもの林檎のマークが出てきてすぐに起動したのだが、、、


「あれ…?圏外…?」

まだまだ5Gが安定とはいかないが大阪で4Gすら入らないのはおかしい。

再起動させようとしてふと3人の方を見ると三者三様の表情を浮かべていた。


困惑の表情の美弥さん。値踏みするような目でスマホを見つめる咲希さん。キラキラした目で見つめる優子ちゃん。

最初に口を開いたのは咲希さんだった。


「それ、もしかしてl-Phone?」


「あ、はい。SE3なんですよ」


「えっらい古いの持ってはるんやなぁ…ってかそれ使われへんからもしかして趣味とか?」


SE3が古い?使えない?

いやいや、14が最新ではあるがSE3も十分に新しい機種だ。


再起動できたかな?とスマホの画面を見るとまだ黒いままだった。黒い画面に自分の顔が映る。

なんとそこには見慣れた35歳の俺ではなく高校入学くらいの俺の顔が映し出されていた。

俺はうわっ!!!と驚きスマホを手から落としてしまった。


3人は何事が起きたのか心配そうに訊ねるが、今の俺にそんな余裕はない。

自分の顔を手で触って異常がないかを確かめた。


「あっ、いやなんでも…

すみません、私何歳に見えますか?」


首を傾げた3人は口を揃えて「15、6才ですか(やなぁ・ですっ)」と答えたのだった。














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