第8話 僕らのエキゾストノイズ
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八月も、残すところあと数日となっても美海からの連絡はこなかった。
透は焦った。
振られたのならそれでもいいが、術後の経過が悪いのではないか? そのことだけが気がかりであった。
透は美海に電話するために何度もジーンズのポケットから携帯電話を取り出したが、そのたびになにもせずにしまった。
(もし、繋がらなかったら……)
そう思うと、怖かった。
しかし、もうこれ以上は心配で待っていられなかった。
夏が終わってしまう。
(手術はきっと成功している。だとすれば、美海は元気に毎日過ごしていて、俺は振られたのだろう。電話をかけて、彼女の元気な声を聞いて『忘れてた』と言われるほうが、ただ心配しているよりずっといい)
怖いのは、振られることよりあの子がいなくなってしまうことだ。
縁側にぶら下げた風鈴がチリンと鳴った。
「よし!」
透が気合をいれて電話をかけると、あっさりと美海に繋がった。
「もしもし、美海ちゃん?」
『すごい顔して携帯を睨んでるからどこにかけるのかと思って様子みてたけど、わたしなの? わたしそんなに怖い?』
「見てた??」
『こっちこっち』
ポンと肩を叩かれて振り向くと、やわらかい白い綿のチュニックにジーンズを履いた美海の姿があった。
「目の前にすると、結構バイクって大きいね」
透の400ccの青いバイクの周りを興味深そうにぐるりと見て歩く。
「美海ちゃん!?」
「人をお化けみたいに驚かないでよ。足ちゃんとあるわよ」
真新しいスニーカーを自慢げに見せる。
「ど、どうしてここに!」
「住所教えてもらったわ」
「そうじゃなくて、待ってたんだよ……」
透は、今までの心配が取り越し苦労で本当によかったとへたり込んだ。
その様子を見て、美海も心配をかけて悪いと思ったのか本音を口にした。
「電話、かけようと思ったの。でも……透くんが同情して約束してくれた言葉に甘えるのはなんだか悪いような気がして……」
「そんなことあるわけないだろ。連絡がこないから、元気になってもう約束なんて忘れちゃったかと思ったよ」
「そんな薄情じゃないわ」
美海は、いたずらっぽく頬を膨らました。
「それに、忘れてるなんて思ってないくせに」
ピカピカに磨かれたバイクを指差す。
顔が映りそうなほど磨かれたバイクがすべてを物語っていた。
「綺麗な青いバイク。わたし、青って大好き!」
「女の子なのにめずらしいね」
「そうかな? ねえ、このバイクの青は、空の青かな? 風の青かな?」
透が、『詩人だね』とからかうと『そうよ』と美海が笑う。
「翼のマークが書いてあるから空の青ね?」
それはバイクメーカーのエンブレムだが、特に説明はしなかった。
いろいろ思いをめぐらせるのは楽しいのだろう。
「考えてもみなかったけど、きっと『海』の青だろ。今日は、美海の青でいいよ」
言ってしまってから、透が恥ずかしそうに頬を掻くと美海は頬を染めながら『ありがとう』と笑った。
まぶしい太陽の下、二人はバイクに乗った。
「さあ、出かけようか?」
透のバイクは、待ってましたとばかりに軽快なエキゾストノイズを響かせた。
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