第6話 約束の風鈴
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「あつ子さんの旦那様、すごいカッコイイね。あなたも、あの義兄さんに比べられたらなかなか辛いわね」
「うっ……言うなよ」
透は、図星だったため何も言い返せず苦笑した。
あつ子と夫と子供の団欒を邪魔しないようにと、二人は病室を出て談話室で話をしている。
入院生活に退屈している美海にとって、透はいい話相手になったようだ。
「昨日、強く叱ってごめんなさい。大きなバイクに乗ってるから、ちょっと偉そうっていうか、なんだかうらやましいって言うか……、ガツンと言ってやりたくなったのよ」
ケーキにありつけなかった透は、自動販売機で買った紙パックのコーヒー牛乳を飲んで美海の話しの続きを待った。
次の言葉は、彼にとって意外なものだった。
「わたしも、あんなバイクでどっか遠くに行きたいなぁ」
「バイク嫌いじゃないの?」
「ううん。カッコイイと思うよ。バイクで走るのって気持ちよさそうだし」
「うん、最高。嫌なこととか全部忘れて、気分爽快」
透の笑顔を見て、美海も笑ったがすぐに自分には無理なことだと言い、沈んだ顔を見せた。
「無理じゃないよ! 大型はちょっと難しいかも知れないけど、小型や原付もあるし女の子だって乗れるよ。それに、すぐに乗りたいんだったら、俺の後ろに乗せるよ?」
「ホントに!?」
美海は、はしゃいでパッと顔を上げたが、急に苦しそうに胸を押さえた。
「大丈夫?」
声をかけたものは、美海は青ざめていてとても大丈夫だとは思えなかった。
「……横になればすぐ落ち着くから」
美海は手を借りれば歩けると言ったが、透は見ていられず彼女を抱えてベッドまで運ぶ。
よく知らない男性に運ばれるのは嫌かもしれないと、多少心配したが特に恥ずかしがったり嫌がったりの抵抗見せなかった。
ただ、悔しそうに顔を背けていた。
こういう症状で運ばれることが良くあるのかもしれない。
あまりにも軽く小さい手ごたえに、彼女が病気であることをいまさらながら感じた。
美海の言葉通り、病室のベッドでしばらく横になると確かに顔色が戻ってきた。
「今度、手術するの……そのための入院」
彼女のベッドには、名前と心臓外科と書いてあった。
(胸を押さえていたのは、心臓が悪いからなのか……)
彼女が言うには、心臓に穴が開いていてそれを塞ぐのだという。
「そんなに難しいものではないわ、それに、手術が終われば元気になるのよ?」
それでも、その肩は震えていた。
(あたりまえだ、怖いに決まっている)
しかし、『怖いか?』と聞いてしまったら彼女は泣いてしまうだろう。
かといって、黙っていたらやはり泣いてしまうような気がし、透は思いついたことを口にした。
「俺さ、いつも嫌いなものから食べるわけ。その方が後に残った好物が美味しいから。俺、こんなでかい図体してるけど肉なんかについてる甘いニンジン…グラッセとかいうの? あれ嫌いなんだ。でも、ステーキだと必ずついてくるだろ? 嫌いなものだけ食べるとつらいから、大好きな肉と一緒に食べて誤魔化そうとすると、美味しいんだか美味しくないんだかわからなくて損した気分になるんだ。でも、嫌でも我慢してニンジンを先に食べると後から肉を食うときすごい美味しく感じるんだよな……俺なに言ってるんだ?」
照れ隠しに頭を掻く透を、美海は横になりながらくすくすと笑った。
「えっと、つまりだ。嫌なことを我慢すると、後で良いことがあるってことで、その手術の後でやりたいこととか、行きたい場所があれば俺、連れて行くよ」
「ホントにいいの?」
「もちろん! 遊園地じゃ大変かな? 美術館じゃ静かすぎてつまらないよな」
透が、うーんと唸っている間に美海はどこか思いついた様子で明るい顔をした。
「……水族館! イルカが見たいな」
「水族館か!」
その言葉に頷くと、美海は頭上にあった風鈴のヒモを解くように透に言った。
透が不思議に思いながらも指示に従って、風鈴を外し渡そうとすると美海は首を横に振る。
「あなたにあげる。約束のしるし」
「大切なものなんだろう? 交換じゃなくてもちゃんとバイクで連れて行くよ」
「今、わたし夏休みなの、手術がなければ友達と旅行に行く予定だった。
この風鈴はね、友達のお土産でお見舞いなの」
ならば、なおさら受け取れないと透が遠慮すると、
「お願いだから受け取って。心臓さえ悪くなければわたしも一緒に楽しい夏を過ごしていたはずなのにと思うその音を聞くたびちょっと嫉ましい気持ちだったの。でも、そういう気持ちは手術してさよならするって決めたから。その音を聞いたら、わたしとの約束思い出してね。みんなより、楽しい夏をすごすんだから!」
透は、風鈴を受け取った。
それが美海なりの手術への決心だとわかったからだ。
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