第5話 姉の旦那
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翌日も、透はあつ子から呼び出された。
妙なメールだった。
――― ケーキを二個買ってきなさい。ティラミスとフルーツタルト。『マシェリ』のケーキじゃなければ許しません!
(誰が許さないんだ? 大体『マシェリ』って、この病院の近くではあるけど女子大や女子高の集まった通りにある人気のケーキ屋で、いつも女の子がわんさかいるとこじゃないか……嫌がらせか?)
透は、甘いものは好きだがケーキはさほどではなかった。
同じ甘いものなら冷たいゼリーやアイスが好きなのだ。
(姉ちゃんがティラミスなのは分かる。大好物だ。でも、フルーツタルト? そんなの誰が食うんだ? 間違っても俺の分ではない。鬼姉がそんなことするわけない。だとすると友達でも見舞いに来てるのか?)
あつ子の指定のケーキ屋へ行くと、夏休みに入っているということもあり透が覚悟していた行列はなかった。それでも、カフェはほぼ満席。
この女子校御用達といっても過言ではないケーキ屋に、バイクで乗りつける客はそうはいない。
透は、若い女性客や白いひらひらのエプロンの店員たちの好奇の目にさらされ、小さくなりながらケーキを買った。
そのご褒美だったのだろうか?
姉の病室に行くと、思いもかけない客がいた。
赤ん坊の小さな手を握りながら、笑っている長い髪の少女。
(なんで、美海ちゃんがここにいるんだ!?)
そこには、昨日、透をしかりつけた美海の姿があった。
「お邪魔してます」
美海は、透の姿を見ると驚いた様子もなくぺこりと頭を下げた。
どうやら、昨日の透の話を聞き、あつ子がお詫びにと病室へ呼んだらしい。
「透、ケーキは?」
「指定のものをちゃんと買ってきたよ」
透の差し出した箱を見て、美海は驚いて目を大きくした。
「ホントに、透さん『マシェリ』で買ってきたんですか? 見たかったなぁ」
「たっちゃんもお乳飲んだところだし、こっちも一息つこうね~」
「あれ? 赤ちゃんの名前決まったの」
「まだだけど、どっちの名前に決まっても『たっちゃん』だからいいの」
達哉なのか龍生なのか、そのくらいまでは候補は絞ってあるのだろう。
そんなあつ子と透のやりとりに、美海は腹を抱えて笑った。
フルーツタルトを食べながら、美海はうれしそうだった。
「赤ちゃんを見たらすぐに戻るつもりだったんですけど、あつ子さんってわたしと同じ高校の出身だっていうから、なんだか話がはずんじゃって」
自分の買ってきたケーキが、昨日のお詫びだったと気がついて透は恥ずかしい思いをしても美味しいケーキを買うことができてよかったと思った。
昨日の『おじさん』呼ばわりから一転、美海から『透さん』と呼ばれるまでに仲良くなり透は姉に感謝した。
素直にそう思ってしまう素直ないしは、単純なところが彼のいいところかも知れない。
*
三人と赤ん坊のパステルな空気に飛び込んできたのは、息を切らした長身の男性。
「あつ子! 遅くなってすまん」
ドラマから抜け出してきたような端整な顔。
紺のスラックスに白い半そでワイシャツ、肩には金糸の肩章がついた制服。
透の義兄であつ子の夫は、パイロットだ。
「和くん、待ってたよー」
あつ子が、甘い声で夫の名前を呼び両手を広げると、夫の和哉はカバンを投げ捨てて抱きしめた。
「一人で、よくがんばったな」
「一人じゃないわ、赤ちゃんと一緒だったもの」
そう気丈な言葉を返したが、夫が来て安心したのだろう、その目は涙でうるんでいた。
あつ子は、目を細めてベッドで眠るわが子を抱き、和哉にゆっくりと託すと彼はぎこちない手つきながら、しっかりと両腕でわが子を抱いた。
「はじめまして、お父さんだよ」
美海は、そんな新しい家族たちの様子をまぶしそうに見つめていた。
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