9話 友達とは作るものではない、なっているものだ。
(工藤真子視点)
4日目はどうやら不審な動きは見られないようだった。部屋が隣のこともあって、こっそり自室の扉を開けておけば、隣の部屋のドアの開閉に気がつくことができる。でも昨日は食堂への行き帰り以外は外には出ていないらしい。
そのまま、とうとう、5日目に突入した。
「後、今日を含めれば3日。」
4日目は理沙の処刑があったが、他に死人は出なかったらしく比較的平和な日だった。それにしても、一体何を試験の目的としているのか、一日考えてみても、答えは出なかった。
(佐々木露視点)
これまでの一連のことを踏まえて、これが試験であることを再度考える。
どう考えても、答えは一つしか出ない。
この試験で殺しをすること、これが試験を切り抜くための手段だ。
「目障りで殺したいやつを殺すための試験なんだ。だから、ここではきっと私達の意志が試される。」
殺すということは人との関係を断つということにもなる。きっとこの試験の中で一人でも殺せば、自分の致死率も上昇するのだろう。でも、そんな中でも生き残る、これが試験の本質にあるのだ。きっと。そうだ。おそらく。大丈夫。
「あのアンケートが試験のもとになってることは間違いないもん。」
あのアンケートには確かにおかしな質問が一つあった。今殺したい人はいるのか、それを名指しで書き込むというものだ。先生に提出するための紙にそんな物騒なことを書くと考えると、なんだか心が高ぶってしまって。
「あの時はつい自分の感情に任せて、田辺光輝なんて名前を書いちゃったっけ…。」
同じクラスで、何かと縁があった光輝。過去に私が好きだった人。でも、彼は私を裏切った。私の期待を裏切っていた彼を、私は許したくない。
「恨んでいる相手の名前を書けば、もしかしたら何か罰が下るのかなぁとか思って、あの時は結構軽い気持ちで書いちゃったけど…。」
「露!!鈴がね、梓に取り込まれてる…の…。」
そんな事を自室で考えていたことはさておき、ドアを叩きながら悲痛な声を上げるのは、私のペアの江口美波だった。
「梓が??あの子、取り込むとかそんな芸できる子じゃないと思うけど。」
梓、東條梓。いい意味でも悪い意味でもあの子は目立つ。
あらゆる部類の人間から、あらゆる理由で嫌われつつも、あの主人公のような明らかに作られた性格。腹が読めない人間だからこそ、私はあの子と友達になっておくことにしていた。三年間、長い時間、一緒にいて退屈はしなかったが、いつもどこか危うい雰囲気を感じてはいた。
「梓は鈴がペアになってから鈴を雁字搦めにしてるの…。あの子かなり性格悪いよ…。鈴から自由を奪ったせいで、私も鈴に近づくことが許されないって…。」
美波は気づいていない。彼女は少し人に依存しすぎる節がある。しかもその依存先は定期的に変えられていて、今は鈴の番だ。
「まぁでも、ペアだからってのもあるとは思うし。」
なるべく梓は敵には回しておきたくない。4日目のあの処刑の時だって、なきりと梓の様子はどこか変だった。普通なら人を殺害するという点において裁判まがいのことはしない。あの時の二人からはどこか恐ろしい雰囲気を感じた。
「私、私さ、梓を殺しておきたい…。」
「はぁ?!??何いってんの!?!」
私は驚いて、つい大声を出してしまった。梓は鈴のペアだ。梓を殺したいという気持ちは美波の中にあるのかもしれないけれど、それをすれば鈴も死ぬということをわかっているはずだ。それがわからないほど、何も考えていない人間だとは思えない。
「いやわかってるよ!!そんな事したら、確かに鈴も死んじゃう!!でも、鈴が今みたいに梓に縛られてるの、見てられないの!!」
そう言って涙を流し始めた美波をみて、私は目も当てられなかった。鈴が縛られているのは今に始まったことではないし、一番鈴を縛っていたのは美波じゃないのか?
「私、友達を作るの苦手だから…。鈴は初めて私の友達だって言ってくれた子なの。」
「そっか…。でも、それで梓を殺すことは美波にとってメリットにはならない。鈴が死ねば、美波はきっともっと悲しむでしょ?」
冷静に事をいったはずなのに、美波はぽかんとしている。鈴が死んでも悲しくないとでも言いたげな表情だ。
「美波??」
「…。私、別に鈴が死ぬのは悲しくないよ。そうじゃなくて、鈴が苦しむのは見てられないってこと。鈴を楽にしてあげたいんだって。頸動脈装置なら死ぬのはきっと一瞬でだから、苦しくないと思うし。」
美波に関して、今ひとつ、理解したことがある。美波はヤンデレだ。
「美波、落ち着いてよ!!もし梓を殺せば鈴も同時に失って、私達を殺さないって確証のある人間がいなくなるの!友達が減るって危ないんだよ!」
「じゃあ、どうするの…?露の仮説では、殺すことが試験では必須なんでしょ?」
多分。
それはおそらくの仮説だ。
信頼度は低い。
ただそうじゃなければ殺人が起きるのはおかしいし、この試験の合格条件として殺すことが条件として挙げられている可能性は高いんだ。
「私の殺したい人、光輝なの…。」
「光輝?本当に殺しちゃっていいの?」
「もういいの…。」
美波は黙って頷いた。方針は決まった。
(田辺光輝視点)
クラスで一番嫌いな人間を聞かれた時、俺は真っ先に”東條梓”と答える。あの女は俺の知る中で最も最低で、最も最悪の人間だ。狡猾で、計算高く、人を騙すことに長けている。
「あいつに騙されたやつを沢山見てきたからな…。」
俺になびかなかった時点であいつは少し異常なのだ。今ではその光も静まってしまったが、全盛期の俺はモテにモテた。クラスのイケメン枠日向が一途に想っている桜だって、クラスの男子の大半と仲のいい葵だって、ハーフ顔で可愛らしい露だって、ちょっと天然で背の低い乃々香だって、美人な上に不思議ちゃんななきりだって、クラス中の上位な女子たちはみんな俺に一度は惚れている。
「でもあいつは出席番号も隣だから、ずっと近くにいたはずなのに、最初から俺をバカにしたような嘲笑した視線を向けてきやがった…。」
以来俺はあいつと目が合う度に睨みつけているし、それに便乗してか、それとも本心からか、向こうもこちらを睨みつけてくる。
「もし殺すなら、一番にアイツを排除したいな。」
そんな事を考えていたときに、素敵なこんな試験が始まってしまった。あいつをなんとかしておびき寄せてから、殺してしまおうと、試験が始まった5日間。練りに練って、道具を集めて、ようやく完成させた濃度激高のオキシドール爆弾。
「おっと…。」
材料を運んでいるときに、知晃と衝突した。物を落としそうになって、必死に支える。今俺にとってこれが全てなんだ。
「あ、光輝じゃん。何やってんの?」
「お前には関係ない。」
俺は俺のことに夢中だ。こんなやつと言葉を交わす時間ももったいない。そのまま唖然とする知晃を放って、俺は自室へと足早に戻った。
「説明しよう!!」
俺の天才的頭脳で完成したこのオキシドール爆弾は、物理的な衝撃を与えると表面の薄紙が破れて高濃度のオキシドールが漏れ出す。オキシドールは濃度を上げると、人間の体に毒だから、皮膚もビリビリに破れて、溶け出すだろうな。苦しみながらアイツは死に至るって寸法だ。
目をキラキラ輝かせながら、かつて科学の授業で学んだことがこんな形で役に立つとは思わなかったと胸を躍らせていた。小さい子供にでも戻ったような気分だった。
「後は梓をどうにか誘い出して、鈴には悪いけど、犠牲になってもらおうか。」
これから起こる幸せに乾杯。
(若狭知晃視点)
光輝の部屋はここのはずだ。夕食と昼食の間の時間が最も長い。時間に猶予のある時だ。夕食の後でもいいが、それだと返り血などを浴びたとき、服を洗っている間に、就寝時間を超えて、そうなれば俺はこの頸動脈につけられた装置でぶしゃっと行くだろう。
「よし…。ここでさり気なく呼び出して、人目のつかない所で始末しちゃえば完璧だ。」
さっきの光輝の態度。まるで俺のことを虫けらでも見るかのようにさげすむ目。吐き気がした。元々くすぶっていた殺意が、ちょっとした出来事で沸点に達してしまうのは、この異常な状況のせいだろう。さっきまでこの試験に対して反抗しようとしていた俺だが、今はもう、そんなことは考えられないでいた。
「あ、美波と露。なんでお前らもこの部屋の前に…?」
二人で何かを話しながら来ていたのか、部屋のドアの前に来るまで俺の存在には一向に気づいていなかった二人。まさか、この二人も光輝を殺すためにきたのか。それ以外に部屋に来る理由があるだろうか。
「知晃も光輝を殺しに来たの…?」
まさか俺の他にも光輝を殺そうとしている人がいるとは思わなかった。これは3人で協力して光輝を殺すべきなのだろうか。
「私、光輝殺したいんだけど、いい?」
露が名乗り出た。
「ちょ、ちょっと待てよ。俺だって光輝を殺したい。」
「美波は別に光輝が死んでも、死ななくてもいいかな。」
俺はずっと前から光輝の事を殺したかった。今ようやくその機会が訪れた。この役目を誰かに譲ろうなんて気持ちはない。
「私は、光輝を殺さないと、自分の中でけじめがつけられな…」
光輝の部屋の前でそんな風にわちゃわちゃと言い合いしていると、その場に血しぶきが吹いた。ありえない話だ。その場にいる誰もが、刃物を持っている可能性はあった。それでもそれを見せることは誰もしていなかった。
「だ、誰が」
熱くて痛い何かが首元に走り出す。立っていられないから倒れ込むけど、支えるために腕が動いてくれない。鈍い音を立てて、首が曲がってしまう。
「な…なきり…。」
美波の悲痛な声はピーという音とともにかき消されてしまった。
「あ、ごめん。目に入ったから。」
(工藤真子視点)
ガチャン
「嘘…。ドアの開く音…。」
食堂に行く時間にはまだ全然早い、むしろ今は昼食を食べ終わった直後くらいの時間だ。食堂から帰ってくる時、二人でジュースを買いに行ったから、飲み物問題でもないし、トイレは自室にもついてる。
「あ、怪しいよ…。どうしよう。」
今日かも知れない。確かに5日目だ。もう試験の中盤は過ぎ去った。殺す決心がついている人間ならば、もう殺しに行ってもおかしくはない。
「こっそり後をつけるしかない…。」
部屋のドアからバレないように覗き込むと、間違いなく桃花は階段を降りていく。下の階にはたしか桜の部屋もあるはずだ。
「ダメだ!!このままじゃ桃花は人殺しになる!!」
止めようと、そう心に決めてドアを押した時、ふいにあの恐ろしい機械音が首元から鳴り響くとともに、真子はその場に倒れ込んだ。
「あれ…?」
力の入らなくなった全身が感覚を失う中、心に残ったのは、知晃への恨み。
あれ?どうして真子は桃花を止められなかったことを悔やまなかったんだろう?
きっと死んでまでいい子ちゃんでいることは、真子にはできなかったってことだ。
芝居はもう終わりだった。
額が真っ赤な生ぬるい液体に沈んだ。
本日の死亡者))
工藤 真子:桃花とも桜とも仲良くしていたかった女の子。友人関係を優先し、自分の恋心は後回しにしていた。健気だが、どこか救われない損な立ち回りをする。
しかし本心ではそれを望んでおらず、八方美人をしていただけだった。
若狭 知晃:少し陰湿なところがあり、社会に歯向かおうとする中二病的思考を引きずっている。自分と同類だと思っていた光輝が実は女子に人気と知って、勝手に裏切られたと思い込んでいる。発言がコロコロ変わる。
江口 美波:鈴に対して異常な依存感情を向けており、そのせいで周りが見えなくなっているところがある。それでも露の言葉を信じ聞くのは、露もどこか彼女と似たところがあると知っているからだろう。
佐々木 露:梓と仲が良いと思われていたが、それは計算の上でのことだった。かつて光輝のことが好きだったが、今ではそんな過ちを犯した当時の自分ごと嫌っている。口ではそういいつつ、今でも光輝を忘れられない依存的思いがある。
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