8話 当たり前が、当たり前じゃなくなる恐怖。

(工藤真子視点)


小杉桃花とは入学式で出席番号が隣だった時からずっと一緒だった。


何年一緒にいても飽きない相手で、やれオシャレにしろ、やれ食べ物にしろ、やれ恋愛にしろ、何をするにも桃花とだから楽しかった。

「桃花!!約束通り、日向との遊び、こぎ着けてきた!!」


だから桃花から日向のことが好きだと説明された時、本気で応援しようと思った。

できることは何でもやったし、日向と連絡を取り持つ役もした。でも次第に…。



「真子〜。お前昨日の宿題やった?ちょっと移さしてよ!」

「え?真子のやつ?」

「そうだよ?真子にはいつも助けられてるからなぁ〜。」

日向と仲良くなっていたのは真子の方だった。

「ありがとなぁ〜!真子が困ってたら、俺が助けるからっ!」

そう言って笑顔を向けてきた日向を見て、真子の心は揺らいでしまった。

桃花のために日向と話していたはずが、いつしか自分のために話すようになっていた。



隠し事はできない性だった。桃花への罪悪感で隠すつもりもなかったというのもあるが、すぐに桃花に真子の気持ちの変化はバレてしまった。

でも、真子としては桃花はきっと受け入れてくれると思っていた。

自分が桃花のことを手伝ったときと同じように、友達を応援するという一点で、ライバルになっても良好な関係は築ける、そう思った。


「そっか真子もね。」


淡い期待はすぐに破れ、それ以来、桃花は話しかけてこなくなった。


真子はすっかり孤独になった。


真子を孤独から救ってくれたのは中井桜だった。人との柵を嫌う温和な性格の桜とはすぐに打ち解けて、そして桜もまた日向を好きなことを知った。真子は今度こそ友達を失いたくないと、自分の気持ちに重く錠をかけた。



「真子は好きな人とかいないの?私は日向って言ったけど…」

「え、全然、いない、よ?」

「動揺しすぎ…。あ、もしかしておんなじだったとか?」

「…。ごめん。隠し事下手で…。」

「私はさ、真子がどう思ってても良いと思うんだよ。日向はモテるし、真子が日向を好きになるのも仕方ないと思う。私に気を使って自分の気持ち、隠すことなんてないから。」


そんな桜の言葉を聞いてから、真子の中で桜は特別になった。


しばらくして桜が日向と付き合い始めた頃、桃花がようやく口を聞いてきた。諦めがついたのだろうか。元々気が合っていたし、今までだって完全無視というわけではなかったこともあって、すぐに仲が戻るとともに、真子の中にあった桃花への嫌悪感は消えた。高校生の人間関係なんてそんなもんだと思う。



「桃花さ、桜のこと嫌いなんだよね。たまに殺したくなるもん。」



それでも、一つ、不安があった。ふと歩いているときにそんな言葉を口にした桃花の目を見て、怖いと思った。今だって桜を見つめる桃花の瞳が恐ろしいことくらい気がついている。こんな状況にあって、桃花が何を考えるか、わからない。どちらとも友人であるからこその、不安だった。



—――


「だからさ、知晃。別に殺人者が理沙だとは私、思ってないよ。たとえ、理沙がそうでも、他にもいると思う…」

もっとも、今の真子は桃花が一番疑わしいと思うけど。


「それなら俺にだって殺したいやつくらいいるよ。」

知晃が口を開く。その表情は決してふざけたものではなく深刻であり、本気だった。


「じゃあ殺すの?」

「殺さない。ここで殺せばこの試験の立案者の思惑通りになんだろ。それはもっとムカつくだろ?」


知晃が珍しく的を射たことを言っているのを聞いて、真子の中で燃え上がっていた何かが静かに消火された。殺すこと、殺されること、そんなことよりももっと大きな何かを私達は知っておくべきだ。これは前提として、あくまで試験であり、私たちは大人にずっと何かを試されているのだということ。





(小杉桃花視点)

理沙がこれまでの一連の殺人の犯人だという説、あれは全くの嘘だ。なぜなら桃花は知っているからだ。自分のペアが殺人を犯していることを。


「日向。落ち着きなくなってる、バレちゃうから…!」


小声で日向を諭すと、日向は浅く深呼吸をしてから、ありがとうと言った。


桃花が日向を一人にするわけがなかった。


この意味のわからない試験で、偶然にもペアになることができた。つまりこれは、今この場において桃花の方が桜よりも日向に近いところにいることになる。この機会を易々と見逃す桃花ではない。日向の外出だけは常に監視している。


ふらりと運動場へ向かう日向と後からついていく数人の影を、桃花は見逃さなかった。それでも、その影を止めなかったのは、日向が負けないことを知っていたからだ。一連のあれこれを見たうえで、桃花は日向に寄り添った。


ただ、日向は陸斗と仲がいいと思っていたので、殺した相手が陸斗であることには少し驚いたが、桃花にとっては日向が全てで、他の人なんてどうでもよかった。


「なんとかバレないようにしようね!」

「え…。怒ったりしないの?勝手に人殺しちゃったし…、誰かのターゲットにされる可能性も出ちゃったかもだけど…。」

「なんで??桃花は日向さえ無事ならそれでいいの。」


本当にその言葉通りだった。日向のことが好きだと自覚し始めたのは、かなり前のことだ。それからずっと日向を好きでいたのに、日向は別の女になびいてしまった。ずっとこの状況を打開する策を考えていたから、この試験は都合が良かった。


「日向は、この試験が始まっても桜と付き合ったまま?」

「え…!あ、うん…。」

日向は質問に一瞬驚いていたが、目を伏せて頷いている。これはなにか訳ありな感じだろう。桜と日向の間に、何かしらの不都合があったことが明確だ。

「なにかあったの?桃花は日向のペアだし、命を守り合う仲として何でも相談乗るよ。絶対に他の人には言わないし!」

桃花はこの機会を絶対に逃したりしない。相手が弱っているときに相談相手として一番近くに行くのは恋愛において常識的なことだ。

「実は…。」




(椎名日向視点)

2日目の夜だった。宏介が殺されて、死者が増え続ける中で桜に夜に食堂に来てほしいと頼まれたことを思い出す。


「話があるって…。なんだろう…。」


恋人関係にあるにも関わらず、俺は自分は呼び出されて、そのまま桜に殺されるかも知れない、なんて最悪な想像をしてしまった。が、すぐにそれを頭から払おうとする。


「護衛用に食堂から拝借したナイフ、持っていくべきかな…。」


どんな間違いがあっても大切な恋人である桜にナイフを向けるべきではない。部屋を出る直前に思いとどまり、俺はナイフをそっと布団の中に閉まって部屋を出た。就寝時間も近いということで、廊下は閑散としていて、食堂には勿論そこには誰もいなかった。


「日向。」

薄暗い食堂の奥から桜の声がする。


「桜!話って…。」

「あのね、日向、私と別れてほしいの…。」

「は??」


思わず素っ頓狂な声が漏れる。別れる。そんな話をされるとは思っていなかった。桜は一体何を考えているんだ。この俺と別れてたいなんて、どうして今更急に。思い当たるところはある。付き合ったはいいものの、お互いに良好な関係が築けていたかと言われれば、そうではなかった。


「ペアのやつに言われたのか??桜のペア、光輝だもんな。あいつなら言い兼ねぇよ。俺のこと嫌ってるだろうし。」

「違う。これは私が自分で決めたことなの。この状況、私と日向はペアじゃないから、付き合ってるってことはきっとお互いの足かせになるよ…。」


それはつまり、俺は断然桜のことも別のペアだけど守ろうと考えていたにも関わらず、一方の桜は俺を守るどころか、俺が殺されそうになっても助けに来てはくれないという事だろうか。


「やっぱり、桜は俺のことなんて好きじゃなかったんだな。」

「そんな事ない!!!!」


桜がどれだけ悲痛に声を張り上げても今の俺は桜の言葉を耳に入れることはできなかった。


「いつも俺ばっかりが桜に思いを伝えてた。その度に俺と桜の思いが違ってることを痛感してたよ。あの時だって、あとちょっとって所で怖いからやめたいとか言い出してさ。」


そこまで息継ぎなしで言い切ると、俺はそのまま桜のもとを離れた。桜は一瞬俺を引き留めようとしたけれど、そのまま何も言わなくなってしまった。




(小杉桃花視点)


「朝起きてもイライラは止まんなくて、そんでそのままの勢いで陸斗と麗を…。」

「うまくいってる二人が許せなかったんだよね…。桃花にも、気持ちわかるから。」


日向は一瞬声を震わせていたけど、桃花の方に向き直すと、ペアの桃花だけは全身全霊かけて守り抜くからと告げると、そのまま部屋に戻っていった。


「そっか、日向は桜と別れたのね…」


事は桃花が手を下す必要もなく滞りなく進んでいるらしかった。これなら、桜を排除せずとも、日向自身を桃花の手にできる。このまま試験を安全に切り抜いて生き残れば、きっと日向は桃花になびくはず。

「まぁでも、桜が余計なことをしなければいいんだけどね。」

日向の表情から見て、煮え切らない感じ、おそらく日向はまだ桜のことを諦めたわけではなさそうだ。別れを持ち出したのも桜からだし、安心はできない。


「今なら桜を消しても、問題ないかな…。」

むしろそれは今のうち、そう誰かに言われたような気がした。




(工藤真子視点)


やっぱり何度考えてみても、桃花が桜を殺そうしているとしか結論が出ない。

このまま桃花を放置すれば、あるいは桜にこの事を伝えなければ、何も知らずに、油断している桜は間違いなく殺されてしまうだろう。


「ふたりとも友達だからふたりとも守りたい、二人に生きててほしい。そう願うのは欲張りなのかな?」


とにかく今は桃花の動向を見つつ、桜を殺すことを止めないと。これ以上被害が出るのを見てはいられない。被害が…。


「あれ?私達誰かに脅されて殺してるわけでもないよ…ね?なのに、なんで被害なんてものが出るの…。」


この試験の違和感。ずっとおかしいと思っていたこと。当たり前のように死者が出るから忘れかけていたけれど、誰かに殺されて死んでいく、そんな事普通あり得ないんだ。殺すことを当たり前に考えていたけど、どうしてクラスメイト同士で殺し合いなんてしているんだろう。試験では最初から最後まで、一度も人を殺せんなんて命令はなかった。凶器だって渡されていない。勝手に盗んで、使ってる。なら、これはなんのための試験なの…?私達は生き残ることを試されているわけじゃない。だとすれば、一体何を試されているの?


「真子たちは、何をしたら試験をクリアできるの?」

一週間。この期間中に、全員が何もしなければ、全員で生き残るという道もあったのではないか。




本日の死亡者))

なし


その代わりに


本日までの生き残り))

江口美波

工藤真子

小杉桃花

佐々木露

椎名日向

涼宮なきり(百鬼)

瀬川葵

田辺光輝

東條梓

中井桜

菱田鈴

吹野啓吾

若狭知晃




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