10話 人への思いは、重みとなる。
(中井桜視点)
突然桃花に来てほしいと呼び出されてしまった。思わず着いてきてしまったけれど、こういう時にのうのうと着いてくるのは危険なんじゃないっけ?確か、ペアの光輝が人に呼び出されても、それがどんなに親しい仲でも、今の状況を考えれば危険だからついて行っちゃいけないって。
「桃花さ、少し息抜きしたかったんだぁ。地下に運動場あるでしょ?二人でバドミントンでもやらない?」
「バド…。こんな状況で今、バドミントンなんてやってる場合じゃないんじゃ…。」
二人きりになるという行為は本当に危険だ。もし桃花が私を殺すつもりなら、私が死ねば同時に光輝も死ぬし、第一桃花がなにか凶器を持っているとすれば、私に抵抗するすべはない。
「でも、桜はバドミントン、たしか得意よね?こんな状況だからこそ変な気を起こさないようにリフレッシュすることも大事だよ〜」
桃花はいつもの調子で話しているし、もし万が一桃花に殺意がないのだとすれば、私は友達のことを疑う最低な人間になってしまう。バドミントン…。
「そうだね…!」
もし桃花が凶器を持っていても、バドミントンのラケットを持っていれば、僅かでも抵抗になるかもしれない。ラケットを使ってなんとか桃花から逃げて、光輝の部屋まで行けば、光輝は助けてくれるはず。
日向は…。
あんなことを言ったんだ。きっと助けてはくれないだろうな。第一、日向は桃花のペアだ。そう、こうなることがわかっていたから、私お別れしたんじゃないの?
「地下室にこんな運動場作るなんて、不思議だよね〜!」
「私はそもそも、存在すら気づかなかったよ。桃花はどうやって?」
「桃花も人から聞いたよ!」
運動場なんて作る必要あったのだろうか。それに地下だとやはり電気をつけないと暗いし、広い空間が怖い。
パッ
「きゃあ!!」
電気がいきなりついて目に少し刺激が走る。
「誰が??」
桃花も予期していなかったことらしく、驚いたように電源のある場所を見つめてい
る。その視線の先には、私の彼氏…いや今はもう彼氏ではなくなった日向がいた。
「日向!?なんでこんな所に!!」
「それはこっちの台詞だよ。桜とここで何をしようとしてたの?それもたった二人で。まさか、桜のことを殺そうと…」
日向は剣幕を変えて言葉を連ねている。私が日向と喧嘩した時でも、こんなに怖い日向は見たことがない。
そうか。あの時日向は、本当は怒っていなかったんだ。
「殺そうとしてないよ!!!桃花はただ息抜きに二人でバドミントンしたかっただけ!!」
引きつった笑顔を見せながら、必死にそう叫んでいる桃花に対して、日向は唐突に抱きついた。
「えっ!!///」
赤面しながら口をパクパクとさせている桃花を見て、私はその光景を見て、日向とはもう関係ないはずなのに、胸がズキズキと苦しくなった。
「あるじゃねーか…。」
低い声で日向は桃花から離れると同時に、その手にナイフを持っている。桃花の服のポケットから取り出されているようだった。
「あ、ちょ…!それは、それは護身用だからっ!!返して!!」
「桜相手に護身なんているか?桜は桃花を殺そうとなんて、してねぇぞ…。」
「日向もういいから!!第一、私と日向は、もう、関係ない…でしょ!!」
ペアを超えて恋愛感情があると、こうやってきっと障害になると思った。だからお別れしたのに。私のためを思ってか、気まぐれか、ペアの桃花に対してチームワークを無視して怒鳴り散らす日向を見て、私は見ていられなくなった。
それが醜いと思ったわけじゃない。私自身が、自分のためだけに日向と別れた私自身が、醜く、見ていられないと思ったのだ。
—――
試験初日。
ペアの相手はどうやら光輝のようだった。バスの座席に座った時、隣だった人とペアになるらしかったから、それは光輝であった。
「日向とは、やっぱりペアではないんだ…。」
日向とペアになれば、日向と二人で生き残れば良いのだから簡単な話だった。それでも、日向と別々になった以上、生き残ってここを出るには、私と私のペアの光輝、日向と日向のペアの桃花を守ればいい。
「桃花!!ちょっと話が…!」
桃花にもこの算段を話そうと思い、声をかけようとしたが、その瞳を見て話しかける気持ちが失せた。彼女が見ていたのは日向だった。その目はまるで獲物を狙い、そのまま自分のものにしようとしている、そんな目だった。
「も、桃花…?」
「ん?え?なに?」
どうやら桃花は日向を好きらしい。そのことには前から気がついてはいた。それでも、桃花には普通に話しかけられることもあるし、友達だと思っていた。
「やっぱり、何でもないよ!!」
でも今の桃花はこの非常事態に重ねて、間違いなく日向を狙ってくるだろう。そうなれば私はおそらく桃花にとって邪魔な存在となる。
「私、このままだと、殺される…?」
途端に怖くなった。桃花のあの目は、どんなことをしてでも日向を奪い取ると物語っていた。もし、私が日向と今の関係を続けようものなら、私の命はこの試験で確実にむしり取られるだろう。だったら、この試験中だけ別れておけば、その事実さえあれば、桃花はきっと手出しはしてこない。
「日向、私と別れてほしいの…」
そう言葉を発した時心が痛かった。日向の瞳が一気に曇り、さっきまでの笑顔は嘘のように消えてしまっている。日向はもう笑ってはくれない。
「は??ペアのやつに言われたのか??桜のペア、光輝だもんな。あいつなら言い兼ねぇよ。俺のこと嫌ってるだろうし。」
日向は自分の頭の中で勝手に私の意見への理由をこじつけているようだった。
「違う。これは私が自分で決めたことなの。この状況、もし私が日向と付き合っていれば、日向のことを好きな桃花は私をきっと殺しにくる。だから一時的に別れておこう!」
この際日向が桃花からの好意に気づいているか、気づいていないかの問題はどうでもいい。今はただ一時的に別れてもらうという事実さえ聞いてくれればいい。
「やっぱり、桜は俺のことなんて好きじゃなかったんだな。」
通じてない?今の日向はもしかして、私が言ったことが全く通じないほど冷静じゃないの?そんな事一言も言っていないのに、なんでそんなひどい結論に至るの?
「そんな事ない!!!!」
日向に否定されればされるほど、私の中のギリギリとした感情、フラフラと浮つく心がどんどん溢れてきて、しまいには日向を怒鳴ってしまっていた。
「いつも俺ばっかりが桜に思いを伝えてた。その度に俺と桜の思いが違ってることを痛感してたよ。あの時だって、あとちょっとって所で怖いからやめたいとか言い出してさ。」
勢いよく言葉を吐き出すと日向はそのまま行ってしまった。私のことをそんな風に思っていたなんて、そういう行為に至ることが本当に好きだという気持ちと直結すると思っているのだろうか、日向は。私は日向を引き止めて、説明することを辞めた。
あのときの日向よりは幾分か頭が回っているようだけど、日向はそれでも激情すると周りが見えなくなるタイプだ。
「あ…。なきり…。」
「ちょっと騒がしいと思って来てみたら、3人で痴話喧嘩??」
なきりは全身真っ赤に染まっていた。
(小杉桃花視点)
なんなのよ。なんなのよ。何もかもうまくいかないじゃない。桜をようやく殺せるって所まで来たのに、桜を殺そうとしていることは日向にバレちゃうし、おまけに片手にナイフをもった血まみれのなきりが現れるし。
「なきり!!その格好はなんのつもり!」
「いっけな〜い。洗うの忘れてた!!一気に3人もやったからなんか気持ちが昂ぶっちゃってさ??でも、今も片手にナイフ持ってる二人殺しちゃった日向くんなら、この気持わかるよね??」
二人殺しちゃった…麗と陸斗のことだろうか。日向はまさかなきりにまでそんな秘密にしておくべきことを漏らしたのか。
「まぁ血の匂いするところに私あり。天然不思議ちゃんななきりは、本当は百鬼(なきり)なのだから、今もこうやって血の匂いがしそうな現場に舞い降りたわけ。」
「何いってんだよお前…。」
日向はさっきまでの怒鳴り散らしていた威勢を失っている。目の前に現れた狂気に驚いているのだろう。でもきっとそれも一時的なものだ。
「じゃあ、まぁ、話してても意味ないので、殺しますね…」
そう言うと百鬼は突然桃花に向かって切りかかってきた。
「あ、危ないじゃないの!!!」
「殺すつもりだから、危なくなんてないです。」
「はぁ!?!?!」
殺すつもり、なんで、どうして私なきりに殺されなくちゃならないの。私なきりには何もしていないじゃない。私が殺そうと思っていたのは桜だけで、私は日向さえ手に入ればそれで良かったの。
「人を殺すなら、殺される覚悟くらい、持っときましょうね。」
キィン
「おい。桃花を殺すってことは、俺にも殺意があるってことだよな?」
「ひゅ、日向…♡」
やっぱり日向は桃花の王・子・様。
(田辺光輝視点)
オキシドール爆弾。これであいつを殺すためにはどうすればいいか。まずはおびき寄せるところからだが、多分あいつは用心深いから俺の名前を使って呼び出しても、きっと現れないだろうな。
「ということで、この食堂に啓吾の名前を使って呼び出させてもらう…」
啓吾はクラスで一番人気のある男子生徒だ。他クラスで啓吾と話したことがない奴らでも、啓吾のことを好きになっているやつがいるくらいにモテる。俺と多少キャラかぶりしている所はあるが、ここは梓を殺すという事実に免じて、お前と協力関係を結んでやろう。
たったった
「お?きたきた…。」
置き手紙だ。絨毯とドアの隙間には紙1枚がギリギリ通るくらいの狭い隙間がある。その隙間から紙を通せば、置き手紙は簡単に作れる。あとは「啓吾より。梓、ちょっと話があるから、食堂まで来てほしい。」と紙に書いておくだけ。梓は単純だし、告白だ、なんて考えてのこのこやってくるだろうさ。
「食堂…。誰もいないように感じるなぁ…」
梓の声だ。間違いない。ここは食堂の入り口に一番近いの席の机の下。机にはばっちり白いテーブルクロスがかかっていて、俺の姿は見えない。入り口の裏側に爆弾をくす玉のようにセットして、足音が聞こえたら噴射。ここからだと正確な位置は見えないけど、オキシドール爆弾には大量の液体が入っているから、吹き出したオキシドールが多少でもかかれば、失敗しても弱った梓であれば確実に殺せる。プランBもセッティングしてあるし問題はない。
たった
「食堂暗いなぁ。確か入り口付近に電気あったっけ?」
間違いない。今だ!!
バンッ
爆弾を開けると大きな爆発音とともに高濃度のオキシドールが吹き出している。
「よしっ…。」
悲鳴も何も聞こえてこないが、どうなったんだろうか。俺はテーブルクロスの中から這いずり出ると、オキシドールの池の中に落下しているスマートフォンを発見した。
「す、スマホ!?!?」
スマートフォンは水浸しになってすっかり機能を失っているようだった。表面から既に溶け出している。
「なんで!!」
「怪しいもの。気づくよ?」
梓はスマホを設置しただけで、入り口から程遠く離れた安全な位置に立っている。自分で作成したオキシドールの海のせいで梓と俺の間には川のようにオキシドールが流れてしまっている。
「なぜ…なぜ気づいたんだ。」
「字が違う。」
「確かに…。」
そういえば俺は字が汚くて、啓吾は字が綺麗だった。こんなときに、こんな単純でかんたんなことをすっかり忘れてしまった。
「わざわざ食堂に呼ぶんだから、入り口に何かしかけがあることはあからさまだし?こんな罠にかかるほうがおかしいわ。」
腕に手をやりながら、いつものように人をあざ笑うかのような冷たい目を向けてくる。梓はやっぱり最低最悪な女だ。何もかもを知っているようなその口ぶりが気に食わない。
「こ、こうなったら、この手に持った爆弾を使って!!」
俺は平然として突っ立っている梓の方へ向かって走り出す。助走をつければ、オキシドールの海はきっと超えられる。このままただで終わりたくはない。積年の恨みと、この絶好のチャンスを俺は絶対に逃したくないんだ。
そう思って、俺は一歩踏み出す。
そのまま前のめりにずべんと、自ら用意した海に顔を突き落とす。俺が愚かにもそう転んだのではない。力なく、倒れた結果だ。ピーという音が先に、鳴っていた。首から流れる温かい赤が、オキシドールと混ざる。
(椎名日向視点)
どうするのが正解なんだ。俺のペアの桃花は桜を殺そうとしているし、そこになきりは乱入してくるしで、事態は収拾がつかないことになっている。
「しぶといっ、やつっ…」
息を切らしながらも、必死でなきりの猛攻を持っているナイフで切り抜く。でも、なきりはどうやら手練のようで、俺の体力が底を付きそうだったてのに、なきりのナイフは一向に止むことを知らない。
「なきり!!やめなさいよ!!あんた正気なの!!」
桃花はその場を動こうとはしないらしく外野から声を入れてくる。一方の桜は黙ったままだ。おそらく友人だと思っていた桃花に殺されそうになったことが応えているのだろう。
「なきりやめろ!!人を殺して何になるんだ!!俺たちはなきりに対して、何もしてないだろ!恨む必要なんてないじゃないか!!」
「は??」
なきりの猛攻は止まった。俺は急いで地面に足をつくと、なるべく短時間で効率的に息を整える。
「何いってんの?人を恨むことは人を殺していい理由にはならないわよ。」
「い、いやそりゃそうだけ!!ど!!」
またナイフの雨が降り掛かってくる。とめどない攻撃。頭がだんだん働かなくなってきて、脳に酸素が回っていないのを感じる。そういうときは、言葉は単調になりやすい。
「俺だって恨んでいるやつくらいいる!そいつを殺したいって思ったことだって当然ある!でも、それは人を殺していい直接的な理由にはならないんだ。」
「日向は実際に人を殺していたわけだけど?説得力がないわね。」
「それは…。」
確かに俺はこの場所で2人殺してしまった。でも、それは恨んでいたこともある。確かに俺は陸斗が気に食わなかった、何よりあの状況、振られた腹いせにうまく行っているあいつを殺したかった。考えるほど、嫌な言葉が浮かんでくる。
そうか俺は2人のことを、その場のノリで殺してしまったのか。
あの時、俺は死体を見て、知らない間に笑みを浮かべていた。今までどうにもならないと思っていた二人の仲を、羨望した二人の仲を、こうも簡単に引きちぎることができるという快感に酔いしれていた。
俺も、なきりも、人を殺すような人間はきっと、同類なのだろう。
「私が人を殺すのは…。」
そういってなきりがナイフを力強く振り上げる。防いでいたはずの俺のナイフが宙を舞った。
「あっ…。」
「殺したいからよ!!!!!」
グサッ
「きゃああああ!!!!」
桃花の叫び声とともに、世界が真っ赤になる。俺の世界が真っ赤になる。痛くない。全く痛みを感じない。死ぬってこういうもんなのかな?
「ご、ごめん、ね…日向…。私は日向を、最後まで、守れな、かった…。」
近くで声がする。桃花の甲高い声でも、なきりの不気味な声でもない。落ち着いていて、大人びた彼女の、声だ。ずっと聞いていたいそれだ。
痛くない。
痛くない。
痛くない。
「ああああああ、ああああ!!!」
刺されたはずなのに、何故か痛くなかったんだ。その理由がわかって。
あとはもう、無我夢中。
本日の死亡者))
中井 桜:のんびり屋で自分の世界を大切にする性格。日向のことが好きで晴れて付き合うことになるが、恋愛には慣れておらず何かとうまくいかない。そのせいで、日向が自分にイラついていることに気づいて、いつも、少し悲しい気持ちになっている。
田辺光輝:何でも知っている、そんな雰囲気の梓のことが好きだったからこそ、彼女のさげすむ目が痛かった。せめて自分の手で殺してしまおうと思ったが、それすら叶わない。しかし、彼にとってはそれくらいがちょうどよかったのかもしれない。彼は人に恨まれる生き方をしてきているのだから。
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