4話 曲がった愛の終着点ほど、わからないものはない。

(佐々木露視点)

2日目の夜になった。


昼食の時、死体にはもちろん誰も触れない。だからこそ、その場所から距離はとっているのに生臭いようなにおいが鼻に入ってきて、口に入れるものすべて、口当たりが悪いように感じた。

そのせいで、まともな食事ができなかった。



「宏介がこないね…。」

夕食の時間が終わっても、宏介が一向に姿を見せない。

思えば、昼食の時、死体が発見されたあの時間にも宏介はどこにもいなかった。

「ちょっと、俺様子確認してくる!」

よく宏介と話していた柳瀬大雅が走って宏介の部屋に行く。



「うわあああ!!」

しばらく時間が経つと大雅が叫び声を上げた。

嫌な予感は元からしていた。宏介はお昼ごはんの時間にも食堂には来ていなかったのだ。それでもルールには食堂で3食食べなければ…



「これ、どういうこと!?!?」

部屋のドアが開いていた。鍵の部分が壊れているようだった。


すんなりと開く部屋のベッドで首元から血を吹き出して死んでいる宏介が見えた。

「この死に方、装置が作動したように見えるけど。」

「宏介のペアって!?」

全員の視線が紅井理沙に集中する。紅井理沙は宏介のペアだ。もし宏介が死んだのだとすれば、ペアである紅井理沙は死んでいる、ということになる。

「わ、私、生きてるよ…?」


紅井理沙は戸惑ったようにこちらを見ていた。


「どういうことだ?」


ざわつく中で、理沙が口を開く。


「もしかして、ルールを破ったから?」

自室のベッドでの就寝と、食堂での食事、ルールにはその二つがあった。三つ目のインターネットの使用不可は、圏外だということを伝えるのみで、ルールとは関係がない。

「ルールを破ると頸動脈の装置が作動するのか…。」

「それって、つまり、ペアの片方が頸動脈の装置で死んだ場合は、残った方は死なないで生き残るってことだよね?」

「それ大丈夫なの??なんか色々矛盾してる気もするけど…」

ペアが死ぬと自分を死んでしまうというルール。そしてルールを破れば、その人は死んでしまう。

宏介が死んで、理沙が生きている。

この大きな矛盾が意味する、この試験の本当の意味。


結局私たちが一体何をやらされているの正確にわかったわけではないが、現状明らかなのは、食事そして就寝時間のルールを守ること、これだけが私たちに言われていることで、試験終了のためには一週間生き残る必要がある。


頸動脈の装置は、ルールを破った者、そしてペアを失った者の命を失わせるために作動する。


そのペアを失う、この条件が、他殺によるもの、というわけだ。


そういえば、なぜ他殺なんて起こるのだろうか。試験では一度も誰かを殺せなんて言われていないのに。生き残れば、とだけしか聞かされていない。もしかして、殺人をすることが、何かポイントを稼ぐことに繋がっているのだろうか。



人が死んでいるというのに、自分の点数のことを気にしていた自分は、後から考えてみれば、気持ちの悪いものだった。既に私は、人としてまともな倫理観を崩していたのかもしれない。




(向田悠仁視点)

僕には好きな人がいる。


優しくて、可愛くて、何より可愛く、それでもって可愛くて、そう、その人は完璧なんだ。涼宮なきりは、絶対僕のものにしたい。


「なきりのペア、大雅が…。」


ずるいな。アイツ。なきりと一緒に話していてもおかしくないし、何より一番近くでなきりを守ることができるのが、アイツだってことが許せない。


「人、既に5人も死んでるもんなぁ。」


元々大雅のことは嫌いだ。


気に食わない。

中学の頃からアイツのことは知っているけど、アイツはいつも女子に囲まれている。決してかっこいいわけでも、スタイルが良いわけでもない。それなのに、アイツは持ち前のコミュニケーション能力で、いろんな女子を落としてきている。

当のなきりとも仲がいい。


「なきり、そろそろ部屋戻っとこうぜ、外いるの危ないし!」

「そうだね!心配してくれてありがとうだけど、大雅も危ないのは同じだから!」

「僕は男だから大丈夫だって〜!」


また笑ってる。なきりはお前のものじゃないぞ。


「悠仁!!もういいよ部屋戻ろっか!」

与那城琴葉に声をかけられて、ようやく我に返った。

ここでこうやって棒立ちしていても意味がない。

宏介の死も続いて、みんなピリピリとした雰囲気になっているのだ、これ以上ここにいる必要はないだろう。


「悠仁、またなきりのこと見てた、でしょ?」

「…は!?!?」

俺がなきりのことを好きなことは誰にも言っていないはず。


「なんで!」

「見てればわかる…。私と同じだよ。」

「同じ?琴葉にも好きな人が??」


同じ目をしていると、琴葉は続けた。


「啓吾のことが好きなんだよ私…。でも、邪魔なやつがたくさんいてさぁ…。まず理沙は出席番号も隣同士で啓吾にやたら近づくのが許せないし、葵はこの試験でペアになってから啓吾にべったりくっついてるし、それに…。」


普段はそこまで勝手に一人で喋り倒すような人柄じゃない琴葉が目の色を変えて、話し続けている。様子が変だ。こんな状況になって、焦っているのだろうか。


「親友だと思ってた音羽だって、まぁもう死んじゃったけど、啓吾にこっそり告白してたし。どうしてみんなして私を邪魔するの?そんで…何より、梓。あいつが一番許せない。」


琴葉は服の裾をギチギチとこちらにも伝わってくるほどに掴んでいる。歯をぎりぎりと鳴らしながら、恨みに満ちた顔をしている。


彼女のそれは、僕の愛情なんかよりもずっとどす黒く、深いものであった。


「私、結構うわさ話とかすぐに聞いちゃうタイプなんだけどさ、あの女、啓吾と二人で出かけたことあるって聞いたのよ…。そんなの、啓吾だってきっと嫌がってるはずだよ。もし私がアイツを殺せばきっと啓吾も自由になれる…。これはきっと神様がくれたチャンスなんだよ…。啓吾のためにも、私が殺してあげないと。」


「それって…まさか梓を殺すのか!?状況は状況でも殺しをしてはいけないことくらいわかるだろ!!?そりゃ、俺だって殺したい人はいるけど…」


必死に止めようと、殺してはいけない理由をいろいろ考えた。


もし人を殺したりなんかすれば、きっとこの先犯罪者として扱われてしまう。


この先…。


この先なんて来るのだろうか。


一週間で生き残ったペアだけがここから出られる、そんな言葉そもそも信用できないし、実際色んな所で殺人が起きているのに、今更自分が生き残れるなんて全くもって思えない。


「生き残るためには、周りの人間を排除するしかないんだよ。殺しとけば、私達を殺しにくる人だって減るはずでしょ???」

「…そうだ。そうだよ!!!」

頭の中でほつれていた糸が真っ直ぐになったかのように、俺の中には――



ライバルを減らすという考えだけが浮かんでいた。



そのまま部屋に戻って色々考えた。俺はなきりがほしい。なきりにいま一番近いのは大雅だろう。でも、その大雅を殺せばペアであるなきりも、おそらくは死んでしまう。

「一体どうやって大雅を消せば良いんだ…。」

ふと頭の中に今日死んでいた宏介のことがよぎる。宏介はルールを破って死んでいた。つまり、大雅にルールを破らせればいい…。

「大雅と、ルール…。」

ルールとしてあるのは24時以降には自分の部屋で寝ることってやつと、後は食堂で3食食べることの2つだ。

「このうちのどっちかでも破らせて、大雅を殺しちゃえば、なきりはペアを失って、そこで俺が頼れる男として現れれば…。」


俺に泣いて抱きついてくるなきりが目に浮かぶ。


「あ…。」

考えながら、俺は思わず赤面していた。部屋の中で一人、悶々と男性として抑えられるはずもないそれを、行っていたわけである…。





「とりあえず、なきりと一度話しておこう!!土台を形成して、俺の元にくるようにしてから、計画的に大雅を殺せばいい!!それだけでいいんだ!まだ殺してしまう段階じゃない。」

俺はティッシュをゴミ箱に投げ捨てながら、部屋を出た。すっきりとした頭で改めて考えると、人を死に追いやる恐ろしさを実感したのだ。俺は、人を簡単に殺せるほど、肝の座った人間じゃない。





(与那城琴葉視点)

はあああああああ。梓。東條梓。アズサ。あ、ず、さ。この女がいない世界を何度望んだだろうか。学校では殆ど啓吾とは話していないくせに、影でコソコソ啓吾に近づく卑怯者。

「殺(や)っちゃお…。」

悠仁と話してようやく決心がついた。この状況、人を殺しても疑われることは少ないだろう。それにきっとこれは人を殺すために作られた盤面なんだ。


コンコン


「梓〜!」

「あーい、琴葉、なんでしょー?」

梓は部屋にこもっているらしく、扉を叩いても出てこない。その上、自分のことを声利きと称するだけはあり、声だけで扉の外側にいる人間を私と判断できるらしい。


「ちょっと話したいことあるから、出てきてよぉ!」

「今??ちょっと手、離せなくて…」

梓はかなり周りを警戒しているらしい、余計に外に出ることはないようにしている。こうなってくると、梓を殺すのは難しいな。

「そっかぁ。じゃあ、また後で…」


くそ。警戒心だけは一人前に持ちやがって。

こっちは一刻も早くお前を殺したいのに。

「あ、そうだ。ペア…。あっちを殺せば万事オッケェ〜。」

考えてみれば、梓のような卑怯者は元より、もっと警戒心のない人を狙うべきだった。梓のペアは都合のいいことに人をすぐに信じるような誰にでも優しい、あの子だ。




(向田悠仁視点)

「なきり!!」

「誰ですか〜?」

とうとうなきりの部屋の前に来てしまった。さっき部屋に戻るという話をしているのを聞いたから部屋に来てみたけど、案の定部屋の中になきりはいるらしい。

「あの、今さ、少しだけ離せないか…。こういう状況で俺を疑うのはわかるんだけど、俺、こんな時だから、今言わないと、もう二度といえないかもしれないって思って…。」

何度も言葉に詰まってしまう。部屋の前じゃ誰が聞いているかもわからない。周りが気になって肝心なセリフは言えない。


「あぁ…。」

なきりも何を話したいのか察したようで、ちょっと準備するからと言ってから、すぐに部屋から出てきた。

「もっと人に聞かれないところで話したほうが良いよね…?」

「う、うん!!!」

なきりは顔を赤らめていた。これは、もしかすると…。期待に胸が踊ってしまう。



自動販売機のエリアの奥は暗がりになっていて、ここには人はほとんどこない。

私たちはそもそもお金を持っていない。だからこそ、ここは二人きりで話すのに最適だと言える。


「それじゃ、話きこっか…。」

「俺、俺は!!!なきりのことが、やっぱり好きで…」

なきりは一向に目を合わせてはくれない。それでも俺の話をちゃんと聞いているようで、時折首を縦に振っている。

「だから、俺と!!!」

俺と…、その先を言ったはずなのに、俺の視界は地面に落ちている。

「な、んで…」

体が言うことを聞かない。それどころか全身が痛い。特に腹部が熱くて、痛くて、耐えられない。


なきりの表情が見えない。


俺は、なんで死んでるんだ?

大事なことすらいえずに、死んでしまうのか?




(与那城琴葉視点)

別に梓を殺す必要はないんだ。この状況は本当に私にとって好都合だ。ほんとうに。この”コロシアイ”は私のためだけに作らているのかもしれない。

「梓は運動神経も良いほうだし、あの警戒心。殺すのは容易じゃなかったはず。でも、梓のペアの鈴なら。」

鈴はお人好しだし、適当に嘘をつけば部屋からひょっこり出てきてくれるはずだ。



「鈴ぅ!!絆創膏持ってない??」

「んー?だれ??」

鈴もドア越しに話しかけてくるだけだった。おそらく梓が元から根回しと、念押しをしているのだろう。厄介なやつだ。みみっちい。こういう時こそ平常心を保たないと…。ポケットの中に隠してあるハサミをそっと握りしめながら、再度話しかける。


「琴葉だよぉ!さっき紙で手を切っちゃったらしくて、絆創膏持ってる人、頑張って探してるんだけど…。」

「持ってるけど、梓にドアは絶対に開けるなって言われてるから…。」


またアイツだ。面倒くさい。どこまでも私の邪魔だけをしてくる。表面上では楽しくおしゃべりしているふりをしていた今までが、本当に鬱陶しい。

こんなことなら、もっと早くにこの殺したい衝動に身を任せておけばよかった。


「ドアの隙間、開けてくれるだけで大丈夫!そこから受け取れるし!」

「それなら…。」


ドアを開けてくれないことだってもちろん想定済みだ。そんな時のために、ドアが開いたその一瞬にこれを差し込めれば、鈴は部屋を閉められなくなる。


「はい!これ〜…きゃあああ!!」


隙間につっかえる置物を挟み込んで、そのままドアを閉められない状態にする。

そのまま一気にドアを蹴り飛ばし、部屋の中に入る。

鈴はドアを思い切り開いた衝撃で床に怯えながら座り込んでいる。

恐怖のせいか、立ち上がることもままならず、逃げられないらしい。

「どうしようどうしよう。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい梓…。」


「煩いな。あの女の名前、出すなよ。」


今はとにかくこの勝利に、そしてこれからの未来に待つ幸せに、私は身を委ねよう。



ピー



あの日、日常が変わった、その時きいたサイレン音。なぜ今こんな近くで聞こえてくるんだ。まるで私の首元の機械が音を鳴らしているみたいじゃないか。

「な、な、なんで…。よ。」

首からどくどくと流れてくる血液を感じながら、私はだんだんと意識が遠のくのを感じる。鈴は唖然としているし、これは鈴の仕業でも、梓の仕業でもない。

「悠仁のせいか…。」


せめて梓を殺してから、死にたか………




本日の死亡者))

清水宏介:授業中もいつも寝ているようなうっかりものの男の子。どこか憎めないような雰囲気があり、宿題などを手伝ってもらうことが多い。


向田悠仁:根暗で何かに執着する性格。なきりのことが大好きなのは、入学してからずっとのことで、その思いはこの状況で爆発していた。


与那城琴葉:ダンス部に所属していてキラキラしている女子生徒かと思えば、悠仁と少し似通るところのある闇を感じる女の子。梓のことが異様に嫌い。

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