5話 恨みや妬み、人間なら誰しも持っているもの
同時刻…
(大原陸斗視点)
選別戦が始まってから今日で三日目だ。
前二日間で非現実的な事が起こりすぎたせいで、俺の”普通”の感覚は麻痺してしまった気がする。初日からあまり寝れてない俺は、一人食堂へ行き、窓もない壁をじっと眺めていた。
「陸斗〜。おはよ」
「ああ」
明るげに話しかけてきたのは、麗だった。俺たちは付き合っている。
今回、偶然か、必然かペアの相手も麗であり、運がよかった。
俺はただここで、自分の身と麗の身を守ることだけ考えればいいんだ。
「麗はなんでそんなに元気なんだよ」
「この2日で何人もの人が死んで、ようやく気づいたの。私達は絶対に生き残らなきゃいけないって。そのためにいつまでも暗い表情なんてしてられない」
ああ、麗はいつもポジティブで、悲観的な俺を励ましてくれる。
俺はあの頃、麗がいないと立ち直れないまでに心を打ちひしがれていた。
だからこそ麗には頭が上がらない。
「それにしても、装置によってじゃなくて、殺人によって人が死ぬなんて変だと思わない?もしかして”あのアンケート”が関係してるのかも」
アンケート。
それは修学旅行、いやこの選別戦の前に俺たち全員が書かされたものだ。生活に関わる質問が続き、最後に学校側で出されるべきではない異様な質問が一つ。
「今あなたには殺したい人はいますか?例えばそれは誰ですか?」
俺はその質問に殺したい人がいると答えた。俺が築いてきた努力の結晶を、いとも簡単に踏みにじったアイツは恨んでも恨みきれない。
「そうなのかもしれないな。もしかしたら、5組全員に殺したい人がいて、みんなアンケートに誰かの名前を書いてるのかもな。今回殺された人も、そのアンケートに該当していた人なんだろきっと。」
「だったら私達も殺される可能性はあるってことじゃん!どうしよう。あんな風に死ぬなんて絶対に嫌!!!!」
安室と伊波の死体は、殺人ドラマでも表現できない程無残なものだった。あの光景が俺たちのすぐ近くにあると思うだけで吐き気がする。
(二階堂麗視点)
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!死にたくない。怖いよ。
陸斗には明るく接しているけれど、本当は死ぬほど怖い。震えを抑えてる。
…あ、もしかして私達も誰かを殺さないといけないのかも。自分たちを守るために、一番に生き残るために。
「麗、部屋に戻るぞ」
「あ、うん!」
私は陸斗が大好きだ。私達はそう簡単に死んだりなんかしない。陸斗を守るためなら、殺すことなんて…。そうだ。最初に殺すならアイツにしよう。陸斗から全てを奪ったアイツを。
陸斗の部屋に戻った私達は、ベッドでだらけていた。そこで、私は口をゆっくりと開いた。
「陸斗…、私達も誰かを殺さなきゃならないと思うの」
「…は?なに言ってんだよ。さっきのアンケートの話は冗談だって。今は余計なことはしない方がいい!」
陸斗はベッドから飛び上がり、ありえないといった表情で私を見てきた。…分かってる、分かってるよ非常識なことくらい。でも、生き残るために必要な手段なのだとしたら、私は殺すよ。
「普通はそんなことしたら犯罪、いや、人としておかしいのは知ってる。でも、あんな風に殺されるくらいなら、殺して生き残るほうがいいにきまってるじゃない!もし、殺されている人があのアンケートと関係しているんだったら、私達にも殺したいほど恨んでいる人がいるでしょ!?アイツも前までは陸斗をひどく妬ましそうにしてた。もしかしたら、アイツも殺したい人に陸斗の名前を書いているかもしれない!」
まくしたてるように”アイツ”のことを言う。
陸斗をあんな風にした元凶。
「…椎名のことか?ああ、俺はアイツを殺したほど恨んでるさ!でも、…でも殺すなんて」
そう。椎名日向。アイツが全ての元凶。
私と陸斗はクラスメートであり、サッカー部のエースとそのマネージャーという関係でもあった。
陸斗は他校から推薦を受けるほど実力があって、その裏では、毎日自主練をしてた。片付けの合間にそんな姿を見て、私は陸斗のことが好きになった。
高校二年生になったとき、椎名が入部してきた。彼によれば、「部活できるのも高校が最後だし、華のサッカー部に入りたくて」らしい。私はその頃は部員が少しでも増えればと思って、入部を承諾した。でも、それが悪夢の始まりだった。
「なんで、CFが椎名なんですか!?」
夏の全国高校サッカー選手権大会へのポジションが発表されたとき、私は耳を疑った。毎回陸斗がCFだったのに、なんで入って数ヶ月しか経って間もない椎名なんかを…(CFはセンターポジションとも呼ばれ、サッカーにおいてエースポジションとも呼ばれる、得点を決めるための重要なポジションだ。)
「確かに陸斗は実力もある。だが、最近の椎名の動きには勝るものはいないはずだ。マネージャーなんだから、それくらい分かるだろう?」
監督の言葉は曖昧だった。…ああ、椎名の両親は学校に多額の寄付金を送っている。それでアイツが選ばれたのね。”実力”ではなく、たかが”金”で!!!!
部室に行くと、陸斗は声もかけられないほど泣き崩れていた。触ってしまえば壊れてしまいそうな、怒りで我を失ってしまいそうな。そんな状態だった。
「なんでアイツなんだ…。なんで、なんで!俺の今までの努力は一体何だったんだ!!」
陸斗にとって、この大会は今年最後だった。この学校では高3の5月までには選別戦への準備という名目で退部しなければならなかったからだ。
その日から陸斗は変わってしまった。まるで抜け殻のように。以前の華やかさなんて微塵もなく、ただただ全てにおいてネガティブになってしまったのだ。
アイツのせいで、、アイツのせいで!!!!
「椎名のせいでどうなったか忘れたの!?アイツは陸斗から全てを奪ったんだよ!?私はアイツを見るだけでも虫唾が走るのに…。もういいじゃん、せっかく法律関係なく殺せる機会が来たんだよ!?」
「…俺は、俺は」
何よ、なんでそんな弱気になったのよ。もういい。昔の陸斗ならここで、パスを受け取らないような人じゃなかった。
「もういいよ、私一人で殺ってくる。陸斗はそこにいて!」
一人で椎名の部屋に行こうとする私を、陸斗は引き止めた。
「待てよ!一人で勝手に行動するのは許さない。麗一人で殺ろうとするなら、俺も…殺る」
「陸斗…」
陸斗の瞳に以前のような、闘志が、少しだけ戻ってきたような気がした。
私は嬉しくなって、強く自信が持てた。
私達はようやく通じあえた。もう怖いものはないんだよ。
(椎名日向視点)
「あーあ、なんでこんなことになったんだよ」
朝食を終えた俺は、一人部屋で黄昏れていた。
「…、チッ。学園ではあんなにうまくいってたのに」
言うまでもなく、俺は順風満帆な生活を送っていた。
サッカー部で入部してすぐに、いいポジションについて。そのまま目立つプレーで活躍。そして学校一可愛い中井桜と付き合うことになった。
やはりサッカー部に入る選択は間違ってなかった。
ただ、一つ気に入らないことがある。中井桜のために、わざわざサッカー部で親に頼んでCFまで取ったというのに、俺と桜はうまくいっていない。
男女で、関係性が築けている以上、ある程度のスキンシップは許されるはずなのに、桜は俺を近づけようとしない。
学校では内緒にしたいの一点張りで、普段まともに会話もできない。
俺には桜と付き合っているという実感が湧かなかった。
そして自分の身近に良い付き合い方をするカップルを見ているからこそ、苛立ちは日々募るばかりだった。
麗と陸斗の仲睦まじさは、いつも俺を空しくさせる。
イライラしていた俺は、この建物の地下にある運動場へ体を動かしに行った。
サッカーをしていてわかった。俺は元より運動が嫌いな性質(たち)ではない。
体を動かしているときは、もやもやしたものから解放される。
「椎名〜、ここにいたんだ」
「あ、麗!?」
運動場を走っていると、麗が手を振って俺を呼んだ。その後ろには陸斗もいた。
…なんだか二人の様子がおかしい。
「どうした?」
「あー、ちょっと話したいことがあって…ね!」
俺に近づいた途端、麗は包丁を俺の胸に向けて刺してきた。
何となく、そんな気がしていた。
俺は軌道が安易に予想できたので、包丁を華麗に避け、麗の手首を強く殴る。
「いっ!!!!」
そのままよろける麗が落とした包丁を奪って、麗自身を倒し、上に乗っかった。
「はあ!椎名なんで」
「あれ?言ってなかったっけ、おれ空手黒帯なんだよね。こういうのは得意中の得意なんだよ」
はあ、麗は本当に陸斗ばっか考えてやがる。これはそういうことだろう。
この機会に乗じて陸斗のために俺を殺す。
本当にお気楽なやつらだ。けど、それがうらやましい。
桜は、俺のことをこんな風に思って、殺人にまで手を染めようなんて、思ってはくれないから。
…仕方ない。そんなに一緒にいたいなら、天国までまとめて葬ってやるよ、そう思った俺は、麗の頭を包丁で一突きに刺した。
「ぐはっ。なんで…」
「やめろおおおおおおお!!」
怒りに我を失った陸斗が俺に襲いかかる。だがもう遅い。たとえアイツが包丁を持ったとしても、俺も包丁を持ってる時点で勝確なんだよっ!!!
「ゔっ」
俺は包丁を振りかざそうとした陸斗を腕で防ぎ、麗の血が付いた包丁で陸斗の胸を指した。
「残念だったな。二人は俺を殺そうとしたみたいだけど、俺の方が一枚上手だったらしい。…ああ、でもちょっと、めんどくさいことになっちゃったよ。まあ、殺したい人を殺れたし、良しとするか」
っはは、実はあのアンケート、殺したい人にお前を選んだって知ってたか?
陸斗、お前はうざいんだよ。サッカーのポジションくらいで楯突くな、住む世界が違うんだ。
運動場の真ん中で仲良く倒れる2つの死体。その光景を見ながら、俺は笑っていた。
本日の死亡者))
大原 陸斗:サッカー部のエースだったが、そのポジションは日向に奪われていった。慰め合うようにマネージャーの麗と付き合うが、彼の心の空白は今でも埋まっていない。
二階堂 麗:ひたむきな陸斗が好き。だからこそ、日向への憎しみが陸斗以上にある。人懐っこい彼女だからこそ、憎むなんて感情に慣れていなくて、エスカレートしたのだろう。
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