3話 考えるより先に体が動かないのは、まだまだ未熟者ってこと。


(伊波音羽視点)

昨夜、乃々香の部屋の前で二人死んでいた。


麻里と乃々香だ。


就寝時間前までに二人を見かけたという話は出ていたから、殺されたのは深夜近くだろうと言われている。死因が不明なせいで、2日目を迎えた私達は恐怖に煽られた。


1日目で、すでに色々なことが起きすぎて、依然として頭の整理がついていない。

こんな非現実的なこと起きて良いのだろうか。

人が沢山死んだ。それも4人だ。


そのうち2人は見せしめのように殺されている。



「やっぱり昨夜の二人は誰かが殺害したってことかな…。片方は殺されて、もう片方は頸動脈で…。そうなると、生き残ったペアがこの場所を出られるって話ししてたし、殺さないとダメなのかなぁ…。」


正直殺したいなぁと考えてしまう相手はいる。

ちょっと目障りだったり、ちょっと自分にとって不都合だったりすると、自然とそんな考えが頭の中に浮かんでしまう。

それでも、それを実行しないのは殺した後が怖いからだ。


「でも、こんな状況だし…。殺しちゃっても、バレなかったら…。」

「もしバレたらまずいでしょ。」


背後から突然声をかけられて背中が飛び上がってしまう。

振り返ると、そこには華絵がいた。


「な、なんだ華絵かぁ…。」


華絵はペアの相手だからこんな物騒なことを考えていることがバレても心配する必要はない。それに華絵とは長い付き合いだ。目指す将来も同じ方向を見ていて、これからだってずっと一緒に進んでいくつもりだ。


「もしペアの片方が死ねば、もう片方も死ぬ。そんな事言ってたんだから、もし音羽が死んだら、私も一緒にこの首の機械でぶしゃっといくんだよ。」

「ぶしゃって…。」


昨日のことが鮮明に思い出される。


吹き出した血液の上に失われた生命、死体には誰も触れなかったはずなのに、夜の間に片付けられていたらしい。

外出禁止の約束事、これはおそらくその間に死体の処理をするということなのだろう。


けれど、この試験の恐ろしさは、きっとまだもっと奥深くのところにあるはずだ。


「と、とにかく食堂に行こう!朝ごはん食べないと元気出ないよ!」


毎日3食食堂でというルールだ。破れば即死、あの文字を見て、食べに来ない生徒はいなかった。ちなみに時間は明記されていないらしく、どのタイミングで食べに来てもいいらしい。




「おいしい!!」

「このパンとかすごいふわふわで美味しいよ〜!」

こんな状況だからだろうか。余計にご飯が美味しく感じられる。

そう思うと不思議に涙が出てきた。

「あれ…なんで…」

「私達生き残れるのかな…。」

私の涙につられてか、華絵も声を震わせながら、下を向く。


「ねぇお二人さん!」

しんみりとパンを食べていると、紅井理沙が話しかけてきた。

「私も一緒にご飯食べていい…?宏介まだ寝てるみたいで。」


清水宏介はどうやら理沙のペアの相手のようだが、こんな状況になっても睡眠を優先するとはさすが宏介だ。彼は非常にマイペースなのだ。

もう時期昼ごはんが出されるというのに、一向に顔を表す気がないらしい。


「一人で食べるのも寂しいし、いいかな…?」

「もちろんいいよ〜。」


正直気乗りはしなかった。

いつ誰に殺されるかもわからない状況で、他のペアの人間と一緒にいることは危険でもある。


何より理沙なのだ。その私が殺したい人間の相手とは。


もともと理沙が特別嫌いというわけではなかった。ただ理沙には不思議な雰囲気があり、何を考えているのか全くわからない態度を取る。

いつもなら多少の嫌悪感で済むそれも、こんな状況で、強い不信感へと成長していた。


「これ美味しかった?」

「バターつけるともっと美味しいよ!」


それでも華絵もニコニコしながら食べているし、理沙がいなくなる様子もなかったので、仕方なくそこに黙って座って時間が過ぎるのを待つ。


「でさぁ〜〜?」


黙って座っている私を横目に、華絵と理沙の間でアニメの話題が繰り広げられていた。私の見ていない知らないものだ。

私もここに座っているのに、理沙が私に見せつけるためにわざとらしく話しているように感じられてきた。


「あ、そうだお昼にステーキ食べたいと思ってたんだ!ちょっと用意してくる!」


私はその空気に耐えきれずに、立ち上がる。そして食器コーナーへと向かう。

探しものはすぐに見つかった。私はそれをいくつかポケットに忍ばせると、そのまま席に戻る。


そういえば、理沙のペアの相手の宏介は部屋で就寝中だっけ。


「あ!音羽戻ってきた!」

「ん?なにか取りに行ったんじゃないの??」


そう言って能天気に首をかしげる理沙の顔を見て、私の中の何かが破裂した。



キィン



金属と金属が擦れ合う音。私が理沙の両目めがけて差し掛けたフォークとナイフは理沙の持っていた金属の盾で防がれてしまった。

盾の正体とは料理の熱が冷めないようにする、あの蓋のようだ。


「なっ!!!!」

防がれることは一切考えてなかった。ただ目に突き刺して、失明させてやろうと思っただけだった。しかし、華絵の曇った瞳を見ても、私は止まれなかった。


「潰してやる!!刺してやる!」

両腕を振り回し、がむしゃらに理沙めがけてフォークとナイフをふるが、金属の板でそのたびに防がれる。


「なんで!!そんなもん!持ってるの!!」 

「だってそりゃぁ…。」 


理沙が懐にするりと潜り込んできた。その瞬間、腹部に急激に尋常ではない熱が走る。


「あああああいたい痛い痛い!!!あついあついあつい!!!!」


どこに隠し持っていたのか、大きな包丁で私の腹部がぱっくりと割れているのを感じる。必死に手で抑えても血は止まるところを知らない。


「ちょっと何してるのふたりとも!!!こんなこと…。」


聞こえない。微かににじむ視界の中で華絵が叫んでいる様子は見える。でも、何を言っているのかは聞こえてこない。もしかして、私、このまま死ぬのだろ、うか。そうすれば、ペアを失った華絵も死んで…。


だんだんフェードアウトしていく世界の中で、口元を緩ませる理沙の顔が目に映った。そこで初めて自分があの時同じ顔をしていたのかも知れないと思うと、命を失ってはじめて、自分の愚かさに気がついた…




(菱田鈴視点)

「梓ぁ〜?」

「あーーい!」


ペアの相手の梓は基本的に自分の部屋からは出てこない。ただ、二人の間で安全を期すためにお互いの安否確認を一時間ごとに行うことにした。部屋なら鍵もあって危険が一番少ないため、なるべく部屋にいて影を薄くする作戦らしい。

普段から自分を陰キャだと自負する梓らしい作戦だ。


「安否確認完了だね。お昼の時間にまた!」

「だね〜!私はあとで行くわ〜。」


部屋に戻ろうと思ったけど、部屋に戻った所で特に何もない面白くない部屋だ。

小腹も空いたし、食堂にお昼前に食べられるものがあるか確認してみよう。




「…」


言葉が出ない。地面に血の海が広がっている。昨日見た死体と酷似しているが、別人のものだ。恐る恐る遠目でその顔を確認する。


「音羽?華絵?」


音羽の方は腹部をぱっくりと刃物のようなもので切られているようで、華絵は昨日の死体のように首元から血が吹き出していたように死んでいた。


「これって、音羽が…。うぅぅ…。」


激しい吐き気に襲われて、私は口を必死に抑えて走ってトイレに向かった。




おええええええ…





(東條梓視点)

お昼の時間になって顔色の悪い鈴が部屋にやってきた。


「だ、大丈夫?」

「梓…。今は食堂に行かないほうが良いよ…。」


食堂で何かあったのか鈴は下を向いたままで話している。


「きゃああ!!!」


食堂の方から叫び声が聞こえてくる。止める鈴を振り払って、私は走って食堂に向かう。他の生徒たちも、食堂に集まってきているようで、叫び声の主はどうやら理沙だったようだ。


「理沙!!これ…。」

「私が食堂に来たときにはもう…二人は…」


理沙は顔を手で覆いながら、とぎれとぎれに説明する。鈴がみたものはおそらくこれだ。鈴のことだから、死体を一人で発見してしまったこと、そしてこの死体、おそらく一つは他殺。そのせいで、具合が悪くなったのだろう。


「また犠牲者だよ…。」

「生き残れるのかな、私達…。」



全員の間に静かにも命を失うかもしれないというざわめきが走っていた。





本日の死亡者))

安室華絵:真面目な医学部志望の女の子。正義を貫く性格をしているが、たまにおちゃらけてしまう。音羽とは気が合う。


伊波音羽:運動部に所属しており、なんでも熱心に取り組める性格。少しだけ疑り深いところがある。

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