第19話 タウロスボアとの戦い

『ヒカリくん、1年以内にトップ配信者になってください』


 俺の頭の中には、その言葉がグルグル回っていた。


 ダンジョンの最深部……そこを攻略したら、新たなダンジョンが出現した。

 

 ない話ではない。むしろ、ゲームなら定番……みんな大好きなテンプレート展開だ。


 しかし、そこに俺が――――


『どうしたの?』


 流れたコメントで俺は正気を取り戻した。


「ごめん、ごめん。今日は、地下11層……この草原ステージで狩りをしていきます」


 ダンジョン――――建物の内部とは思えない光景だ。


 地面には土と草。 周囲には木々……天井には青空? どうして室内で青空が見えるのだろうか?


「ここにはタウロスボアという牛型の魔物が出現するので、それを目的とします」


 タウロスボア――――説明した通りに牛型モンスターだ。


 獰猛で人を見ると襲い掛かって来る。 


 アイテムドロップとして、角は武器や防具として加工されるために高額で取引される。


 さらにドロップされる肉は、高級食材……単純に美味い。


「よし!」と俺は手にした戦斧を確認するために素振りする。 


 今まで、実戦で使ってきたが、この姿————男性の姿で振るうと感覚が違う。


 そう……今の俺の姿は男性だ。 おかげでコメント欄も――――


『あの……どなたです?』


『いつもの可愛い女の子、はよ!』


『むしろ、男装はレア配信』


 ……荒れてる。 なんだよ、男装はレアって?


「……えっと、あの女性に変身する兜は、ダンジョン安心保全委員会————ギルドの人たちに確認して貰ってる最中です」


『つまり、没収された?』


『もう二度と返ってこないやつじゃん、それ』


『返せ! 俺たちのヒカリちゃんは返せ!』


「兜が返却されるまで、この姿で配信をするのでよろしく」    


 撮影してるドローンから、配信の情報が確認できる。


 チャンネル登録者数が減る事を予想していたが、まったく減少していない。


 同時接続者数も凄い数字だ。 数日まで数十人しか視聴者はいなかったが……


「今日の同時接続者数……同接は、2万人! 今日は平日だぞ!」


『それだけ、期待してんだよ。言わせるな恥ずかしい』


『お前、自分が何やったか自覚してねぇのかよ?』


『可愛い女の子が見たくて開いたら、普通の男が出てきた。でも、これはこれで……あり』


「ン~ 待て。ヤバイ奴が1人いるぞ」

 

 そんなやり取りを視聴者リスナーと交わしながら――――「いた!」


 タウロスボア


 黒い牛型魔物……けど、デカい。 1トンの牡牛は実在するが、それ以上に大きい。


「まだ、俺に気づいてない。あれが走って襲って来るのか……正面衝突したら吹き飛ばされるな」


 草影に身を隠しながら、タウロスボアへの奇襲を考える。


 周囲に仲間はいないようだ。1匹のみ……群れから離れたのか?


 流石に、群れを相手に戦うわけにはいかない。 2匹同時に戦う事も無理かもしれない。


 そんな事を考えていると、タウロスボアは後ろを向いて離れていく。


「――――ここがチャンスだ」と声を潜めて、しかし配信に乗る程度のボリュームで言うと――――


 俺は体を起こすと、音を殺して駆け出した。


 地面を蹴る。 草を踏み付ける。 その音を極限まで封じて――――俺は飛びついた。


 駆け上がるようにタウロスボアの背後を取る。


 すぐに気づかれた。背中の俺を振り払わんと猛牛は暴れ狂う。


 俺の片手には戦斧。バランスを取るのは難しい。 


 だが、弾き飛ばされないように耐え忍ぶ――――なぜなら、これが取れ高になるからだ。


 持久戦。


 人間の持久力は、あらゆる生物と比較しても別格。 それでも、左右上下に暴れ狂う牡牛の怪物を乗りこなすのは、スタミナはもちろん、腕力の消費も激しい。


「このっ!」と悪態をつく。 俺の腕から握力が失われていく……それも秒単位で失われていく感覚。


(このまま、吹き飛ばされる)


 そう覚悟したが、それよりも早くタウロスボアの動きが制止した。


「耐えきった! このチャンスを!」


 俺は動きを止めたタウロスボアに攻撃を開始する。


 手にしたままの戦斧。 それを前にして、動きを止めたタウロスボアを撃破した。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「これでタウロスボア――――6匹目撃破だ!」


 ついに貴重な素材である角が転がった。 


 今日の目的も達成だ。


「アイテムドロップも来た!」


 それを荷物に詰め込んで、俺は配信を終えようとする。


「さて――――それじゃ今日はこの辺りに……」


 しかし、配信が終わる準備に向けていた俺は言葉を止めた。


 何か気配を感じたからだ。

   

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