第8話 玉露タマの会社

 俺は、玉露タマの用意されていた車に乗り込んだ。


 運転手付きの車。運転手はピリッとしたスーツ姿の老紳士だった。


「どうぞ、お乗りください」とドアを開いて促してくれた。 そんなの初めての体験だ。


「これ、タマさんの車ですか? リムジンとか、ベンツとか、そういう種類ですか」


「ロールスロイスよ」とドヤ顔のタマさんだった。


 俺は車に詳しくない。……って、そんな所に冷蔵庫が収納されてるのか。


 まるで隠し扉のような冷蔵庫。グラス自体が冷やされている。

 

 それを手渡され、オレンジジュースが注がれた。口をつけると、


「美味い!? これ、本当のオレンジジュースですか?」


 強烈な酸味と甘味……なるほど、これが本物の甘酸っぱいという表現なのか。 まるで自分がグルメ漫画の登場人物になったかのような感覚なる。


 しかし、タマさんは、


「大袈裟よ。普通のオレンジジュースじゃない」


 これが普通? とんでもない。


 昨今、


『グルメな味覚よりも、なに食べても美味しく感じる舌の方が幸せじゃないか?』

 

 なんて意見もあるが、どうなのだろ?


 これを普通だと言える人生は、やっぱり幸せなのでは?

 

 そんな事を考えてると車が到着した。


 やっぱり、丁寧に老紳士の運転手さんがドアを開いてくれた。

 

「このビルが目的地なのか?」


「そうよ、ここは私の会社よ」


 俺はビルを見上げる。大きなビルだ。

 会社だろう……でも、何の会社かわからない。



・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・

 

 会社の応接室。 豪華な応接室だ。


 初めて見た……等身大の木彫りの熊。


「えっと……玉露タマさんって企業勢でしたか?」


「え? 違うわ。私は個人勢よ、あなたと同じで」


 配信者には、個人勢と企業勢が存在している。


 ダンジョン配信者が誕生するまでの歴史を思い出してほしい。


 最初は、外資系企業が莫大な資金と投資して、ダンジョンを探索するチームを作ろうとしていた。


 ダンジョン配信者(企業勢)とは、その延長にある。


 芸能事務所に近いのか? 華々しい上位ダンジョン配信者たちとは縁のない俺のイメージではあるが……


「それじゃ、この会社ってのは?」


「私の会社よ? 若いダンジョン配信者を支援するために作った会社。私自身は個人勢だけど、企業勢の社長……そういう意味だと、個人勢でもあり、企業勢とも言えるわ」


「……確か俺と同じ歳ですよね? 凄いですね」


「そうね。ヒカリくんと同じピチピチの17才よ!」


「ピチピチ……」とやけに強調されたが、


(もしかして年齢を詐称してないか? この人?)


 それを口にする事は回避しておいた。


「でも、立地条件の良いビルですね。もしかして自社ビル?」


 たしか、日本でトップクラスの投資家ディトレーダーが秋葉原でビルを購入したニュースを見たけど、その時の値段は90億円……だったよな


「あら? もしかして不動産に興味があるのかしら?」


「いえ、俺はまだ高校生ですよ?」


「ふ~ん」と少しがっかりした様子のタマさんだった。


「それじゃ本題に入りましょう。ヒカリくん、私のチャンネルにゲスト出演してくれないかしら?」


 コラボ配信の申し出。 俺は少しだけ震えた。


 薄々と感づいてはいたけれども、トップ配信者からのコラボのお誘い。


 これは大きな大きなチャンスだ。でも……


「でも、どうして俺なんですか? 確かに昨日の配信は大きな反応がありましたが……タマさんみたいな大物と配信するほどでは……」


「確かに……ね。コラボ配信ってのは慈善活動じゃないわ。お互いに利益がでないと――――コラボ配信ってのは成立しないの」


「――――っ!」と威圧された。それほどまでに、この人がコラボ配信に重点を置いている。 それと同時には、なおさら疑問が湧いてくる。


「それなら、どうして俺と?」


「ん~ 君、企業うちに入るつもりない?」


「はい?」


「わからない? スカウトしてるのよ。あなたを」


「スカウト!? 俺を」と驚いた俺は、腕を組んで、「う~ん」と考え込む。


 確かに企業勢の力は凄い。 なんせ、国がバックアップをしているのだ。


 ダンジョン攻略は、大国同士の代理戦争のようなもの。


 戦車や戦闘機の代わりにダンジョン配信者へ金が撃ち込まれていく。


 エネルギー問題に対して、主導権を取りたい大国……


 ぶっちけ、アメリカ、ロシア、中国だ。


 さらに、石油に代わる新時代のエネルギー確保に血眼になっている中東諸国。


 欧州連合たちは原発問題で分裂の危機にある。


 ダンジョンの深層に迫れば、それらのエネルギー問題は全て解決すると言われている。


 各国……出し惜しみはなし。 ダンジョンを制した国が世界を制する。

 

(まぁ、ダンジョン配信者自身は、そこまで考えてなさそうだけどな。他企業同士で普通にコラボ配信してるみたいだし。でも……)


「……そうよね。企業に所属するって事は簡単な選択じゃないわ。でもね――――」


「やっぱり、遠慮しておきます」


「――――え? いま……何て言ったの?」


 必死の形相で顔を近づいてきた玉露タマにビビるヒカリであったが、


「いや、家族から企業入りは禁止されていますから!」


「どうして! 家族と話させなさい! 今すぐに!」


「それは……困ります!」


 しばらく、タマが落ち着くまで押し問答が続いた。


 コラボの具体的な話をするのは、もう少し後になった。

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