第5話  緋炎ヒカリの勝利と祝福

 何を喰らって、何を受けて吹き飛ばされたの変わらず混乱する俺に――――


『ラッシュアタックだ!』とコメントが正解を教えてくれた。


 一部のダンジョンボスが持っている特殊能力。


 追い詰められたボスは攻撃力3倍。攻撃速度が倍になる『ラッシュアタック』というスキルを使用してくる。


「――――いや、攻撃力3倍に攻撃速度2倍って!」


 そんなのどうやって……


 口裂け女はニタニタと笑っている。 


 わかっているのだ。獲物を追い詰めた事を――――

 

 絶望に近しい感情。 しかし、闘魂というものを与えてくれるのは、やはり視聴者の声だった。


『諦めるな! ラッシュアタックが発動したのなら、相手も瀕死状態だ!』


 そのコメントに体が動く。 今までの戦いで刻み込まれたダメージも決して少なくはない。


 至近距離で受け続けた爪での斬撃。 対刀効果があると言っても、限度がある。


 血が失われて、意識が朦朧とする。 段差がないはずの地面に躓いて倒れそうになる。


 それがきっと隙のように見えたのだろう。いや、実際に隙なんだけれども……


 けど――――


「けど、なんか勝てそうな気がしてきた」


  

 自分に向けられた鋭利な爪。俺は、その攻撃が顔面に届くよりも速く、両腕で捕まえる。


 そのまま体を反転させる。

 

 口裂き女の突進力を殺さず、前のめりになりながら、腰を勢いよく跳ね上げた。


 一本背負いだ。


 口裂け女は顔面から地面に叩きつけられると、その衝撃で体が浮き上がり、バウンドしながら吹き飛んで行った。


『え? なに? 柔道技?』


『もしかして、口裂け女は……口裂け女……だから』


『そんな馬鹿な……いやでも……』


『格闘技とか対人戦闘技術が有効なのか?』 


 その予兆はあった。 例えば、最初の初弾ファーストアタックである飛び膝蹴り。


 ダンジョン配信者は、戦いに武器を使い、鎧を着こみ、魔法すら使う。


 殺人鬼マーダーだって、ダンジョンでそうやって戦う一匹の魔物に違いはない……はず。


 魔物を相手に殴ったり、蹴ったり、対人戦闘である格闘技は効果が薄いと言われている。


 ……当たり前だ。


 殴るよりも剣で斬った方が良い。 鍛えた体で受けるよりは盾を使った方が良い。


 そのはず……そのはずだった。


 しかし、この殺人鬼マーダー 口裂き女は、最初の打撃で大ダメージを受けていた。


 だから―――――


「蹴る!」とダウンから立ち上がろうとする口裂け女の顔面を蹴り上げた。


 そのまま、背後を取ると――――裸絞めスリーパーホールド


『うっそやろ! 殺人鬼相手に絞め技で!

格闘技で勝つのか!』


『まだ油断するなよ! 落とせ! 喜ぶのは絞め落としてからだぞ』


『絶対、絶対に、その腕! 話すんじゃねぇ!』


 わかる。 自分の腕の中で暴れ続ける怪物から力が失われていく感覚が伝わって来る。


 だから、俺は逆に――――腕に力を込めて絞り上げた。


 気づけば、口裂け女の体は黒い煙に包まれていた。


 これは、倒された魔物が消滅する時と同じ現象だ。


 つまり――――


「勝った……ってこと?」


 完全に口裂け女は消滅した。 代わりに何か、見慣れない物が落ちている。


「……もしかして、アイテムドロップ? 殺人鬼マーダーもアイテムを落とすのか?」


 地面に転がっているのは、防具……兜だろうか? 


 俺が、それを拾い上げると祝福のコメントが流れ始めた。


『うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


『おめでとう!!!!』


『殺人鬼討伐、初めて見たぜ! おめでとう!』


『殺人鬼のドロップアイテムって初めてじゃねぇ? 時代に名前を残したぞ!』


 凄い勢いで流れるコメント。 思わず圧倒される。


 よく見ると――――


「同時接続者数が増えてる。 チャンネル登録者数も……これ、壊れてない?」


 そこには見たこともない数字が――――少なくとも自分のチャンネルでは――――のっていた。  

 

「チャンネル登録者数が――――50万人!?!?」


 今も数字は壊れたカウンターのように表示がクルクルと伸び続けている。


 興奮した俺は手にした兜をトロフィのように上に突き上げて――――


 その興奮のまま、頭に被った。


 すると、それが合図になったように地面に魔法陣が浮かび上がる。


「なにが――――」


 何が起きたのか? そう思った次の瞬間、黒い煙に体が包まれた。


 たぶん、刹那の時間。 一瞬の出来事だった。


 すぐに黒い煙は消え去った。  俺自身には、何も変化はない……いや、なぜか体が軽い気がする。


「もしかして、新しく手に入れた兜の効果か? 素早さアップとか、運動能力の向上とか……凄い効果があるんじゃないか?」


(あれ? 俺の声のはずだけど……妙に甲高いような。大量に煙を吸い込んだから、喉の調子がおかしいのかな?)


「あっああ……」と発声練習をする。 でも、しっくりとしない。


「ごめん、声の調子がおかしくて。こういう時、無音ミュートにするのが常識みたいだけど慣れてなくて」


 素直に謝罪をして、コメント欄を見ると――――


『いやいやいやいや……』


『そんな事言ってる場合じゃない』


「ん? みんな、何を言ってるんだ?」と首を傾げる。


 少し様子を見ていると、


『鏡見ろ!』のコメントが大量に送られてきた。


「鏡……持ってない」と言いながら、俺は自分の荷物を漁る。


 何かよからぬ事が俺の身に起きてる……らしい。

 

「あっ、そうか。これがあったか」と俺は自分の背後に飛んでいるドローンのカメラに気づいた。


 カメラに反射する自分の顔を確認すると――――


「……え? 誰だ? これ?」


 するとコメント欄には、


『ガチ恋距離助かる』


『正直かわいい! 正直推せる!』


『まぁ、呪いのアイテムだろうなぁ。性別転換系の』


 最後のコメントが目に止まった。 まさか――――  


「性別転換系の呪い? それって俺の性別が……」


『うん、女』


『女児』


『ロリになってるよ』


  

   

 


 

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